その名はヘレナ
「私はヘレナよ」
侵入してきたエルフの女性…ヘレナの頭上には、天井ではなく星空があった。どうやら地面を突き破って、この地下室に侵入したらしい…
「そう言えば、七つの宝玉について嗅ぎ回っている男がいたけど…」
「…ビルの事か!彼に何かあったのか!」
転移者達には伝承について調べて欲しいと頼んでいたがそれについては一旦中断だと、皆に伝えたはずだ。連絡手段が限られているので、上手く伝わっていない可能性もあるが…
「あんまり好きな顔じゃなかったから、捕まえたの」
「なんだと…彼に何をした」
「別に何も。必要以上に傷付けるつもりは無いよ」
ヘレナはそう言っていたが、天井を突き破って侵入して来た人物を信用する事はできない。カリドさんもシローネさんも、彼女の事を警戒していた。
「それで、他の人を使ってまで宝玉の情報をかき集めているのは何で?」
「そんな事を聞いてどうなる。それに答えると思っているのか?」
「答えてくれたら、ビルとかいう男の開放を考えてあげる」
こういう時はどうすれば良いのか…カリドさんはシローネさんに視線で合図を送っていた。こういう時の駆け引きは、シローネさんの方が上手らしい。
「確かに私たちが知る転移者の中にビルという名前の男はいるが…捕まえたというのは本当か?捕まえたのなら何処にいるのか教えて欲しい」
「王都の外にある小屋…そこに私の仲間と一緒にいるよ」
シローネさんは納得している様子ではなかったし、俺も信じる事が出来なかった。一方でカリドさんは、さっさと情報を渡すつもりの様だ。
「確かに俺たちは宝玉の行方を追っているが…それの何が問題なんだ?」
「あの宝玉は、世界の在り方を大きく変えるもの。よく分かっていない連中に渡すわけにはいかないのよ」
彼女は恐らく、あの宝玉が並行世界を作り出す事を知っている。俺たち転移者が宝玉に手を出そうとしている事を、強く警戒しているのだろう。
「どうして宝玉を欲しがってるの?どうせよく分かってないんでしょう?」
「ああ。俺たちは宝玉の事をよく理解していない」
それ言っていいのか…と思っていたら、シローネさんは俺の横で頭を抱えている様子だった。想像はついていたが、カリドさんは基本的には正直に喋ってしまうタイプらしい。
「呆れた…宝玉を集めて何するつもり?自慢したいのかしら?」
「願いを叶えたいんだ」
これについてはどう思われようと、ヘレナに伝えるべき事だった。地下室に集まった転移者たちの大半は、叶えたい願いがあるからだ。
「俺は早く帰りたいだけです」
「私も!」
俺は正直に帰りたいと告げると、琴音も反応して声を出した。後ろにいたリリィも、ヘレナの方に歩み寄っていた。
「転移者の中には良からぬ考えを持つ者もいます。ですがここにいる人たちは…」
「信じて…ってことね」
転移したばかり俺を助けてくれたリリィは、地下室の人たちも信頼してくれていた。ヘレナの表情も少し和らいでいて、こちらを少しずつ信じ始めているようだ。
「宝玉が、並行する異なる世界を創ることは知ってるのかしら?」
「それは分かっている」
これも正直に答えるのか…と思っていたら、ヘレナはかなり驚いていた。流石に並行世界を生み出す覚悟があるとは思っていなかったらしい。
「願いを叶える為だけに並行世界を生み出す…正気?」
「あんな暮らしをしていたんだ…あの生活を脱する為なら何だってやるさ」
俺や琴音は彼の生活環境を直接知っている訳ではない。手段を選ばないと言っているあたり、相当貧しい暮らしという事は分かるが…
「貴方にも事情があるのね…貴方達は既に宝玉の実物も手にしているんでしょう」
「ああ…シローネ、見せてやってもいいだろ?」
「そうだな…」
ーー
「これは…大地と吹雪ね」
ヘレナはシローネさんが持って来た宝玉を見て、すぐに名前を言い当てた。やはり彼女は宝玉の伝承について詳しい…どころか、俺たちよりも多くの情報を知っている可能性が高い。
「俺たちは二つの宝玉を手にしたが…今は手詰まりだ」
だから、他の転移者達にも頼んで情報を収集していたのだが…収穫はゼロだった。桜がエルフの歴史に関する本を手に入れたのも、図書館の使われていない部屋だった。
「なるほどね…貴方達の事は、何となく分かったわ」
ヘレナがこちらに向ける視線が少しだけ変わっていた。どうやら俺たちが、伝承についてあまり知らない事を改めて理解したみたいだ。
「私も転移者に会った事があるけど…千秋の事は知ってる?」
「?!…ああ、会ったことはある…」
ここで千秋の話題が出た事には、ほぼ全員が驚いていた。だが、千秋がエルフについて詳しいのは、ヘレナと会っていたという事なら納得である。
「それなら、千秋を助けたのは…」
「この世界に放り出された彼女を助けたのは私」
「…あなたも転移者を助けた事があるのだな」
シローネさんは、最初と比べてヘレナに向ける視線がかなり和らいでいる。彼女が転移者そのものを敵視している可能性が、限りなくゼロになったからだ。
「当たり前…という訳でも無さそうだけど、私は困ってる人は放っておかない事にしてるの」
見た事も無い服を着ている見知らぬ人間を助けるのは、何処の世界でも勇気がいるだろう。それでも彼女は、異世界人を見捨てなかったのだ。
「そうか…千秋の事も色々聞きたい。協力してくれるというのなら…」
「それはそうと…」
「シャロンの事はもっと大事に扱った方がいいんじゃない?」
「え…」
何故、シャロン皇女の事がバレたのか分からなかった。それは琴音やシローネさんも同じで、カリドさんは戦いの構えをしていた。
「お前…何故それを」
「まだ気づいてなかったのね」
その瞬間、カリドさんの背後にシャロンが襲いかかって来た。突然の事態にシローネさんの対応が間に合わず、カリドさんの体は押さえつけられてしまった。
「ぐっ…魔法で押さえつけられている?!」
「それじゃ、私の待遇を改善してもらえるかな」
シャロンはカリドさんに、冷たい視線を向けていた…
次の話は、主人公であるレイジがちゃんと活躍する回にするつもりです…




