メルビィ その過去
「メルビィさんは、涼子が原因で金銭面のトラブルに巻き込まれていた様ですが…それ以前の事は聞いた事がなくて」
「誰にも話していなかったのか…」
カリド達は、取り敢えず地下室のメンバーにメルビィについて聞いて回ったが、涼子に会う以前の事を知る者はいなかった。彼女は「涼子被害者の会」のメンバーとも、あまり親しくは無かったらしい。
「メルビィが行きそうな所を知ってる人はいないの?」
「菓子屋の店員に聞いてみたが、メルビィらしいやつは来なかったそうだ」
琴音もビル達と共に捜索に協力していたが、手がかりを得る事は出来なかった。皆、情報が得る事を出来ず、諦めや苛立ちの空気も漂い始めていた。
「取り敢えず一度解散した方が良い…第三皇女を探している兵達も、我々を不審に思い始めている」
「そうか…仕方無いな」
シローネは皇族が来るのに合わせて地下室に集めていたメンバー達を、一度解散させる事にした。余所者が集まっているこの地下室を、気に入らない者も多いのだ。
地下室に残ったのはカリドとシローネ、それから琴音だけだった。琴音は涼子の家には戻らず、再び地下室で生活する事にしていた。
「これからどうする?闇雲に探しても、時間を浪費するだけだし…」
「…情報を売っている男…グーシーに頼んでみるしか無いな」
「グーシーは事情通だ。他の国の情報も得られるだろう」
少数で探しても無駄だと判断したカリド達は、情報屋に協力を頼む事にした。少しでも可能性があれば、それに賭けなければいけない。
(兵士が戻って来たのか…)
用意された個室に戻っていた俺は、階下から慌ただしい足音が聞こえてくるのに気づいた。恐らくシャロンの私兵達が、報告しに来たのだろう。
(どうにかして話の内容を聞けないか…)
俺は音を立てない様に静かにドアを開けて、廊下に出た。幸い、足音は絨毯のお陰で響かないので、気付かれる事なく階段を降りる事が出来た。
(シャロンが直接報告を聞いているのか)
一階まで降りた俺は、兵士達が入った部屋から聞こえてくる声を、盗み聞きしてた。壁が薄かったお陰で、殆どの部分を聞き取る事が出来た。
「そう…期待外れだったな」
「申し訳ありません」
シャロンは明らかにガッカリした様子になり、兵達は頭を下げていた。しかし彼女はいつまでも落ち込まず、すぐに次の指示を出し始める。
「レウニアスにいる兵士達に戻る様に指示を出して」
「了解しました」
兵士達は再び動き始めて、シャロンがいる部屋を出て行った。彼らが玄関ドアを開けた時に、ファルバウティの寒風が吹き込んでくる。
「そこにいるのはレイジだね」
シャロンは俺の盗み聞きに、とっくに気づいていた。どうすればいいか分からなくなっていると、俺が隠れていた部屋に彼女が入って来た。
「盗み聞きしてたと分かって放っておいたのか…俺が何かするとは思わないのか?」
「例えあなたが何かを思いついたとしても、この屋敷から出ないと何も出来ない」
シャロンは窓の外に目を向け、俺もそちらを見る。ファルバウティの山には雪が積もっていて、今も雪が降り続けている。
「何か思いつく頭があるなら、こんな雪山に出るような事はしないでしょ」
先程の兵士達もしっかりとした装備を身につけて、雪山を移動している様子だった。彼らの様な装備が無ければ、この雪山に出るのは自殺行為だろう。
「諦めてくれて助かったよ」
「…早く王都に帰して欲しいんだけどな」
何もする事のない俺は、仕方なく自室に戻る事にした。シャロンは相変わらず表情を変える事なく、俺を見つめていた。
その頃、メルビィは船に乗ってファルバウティに向かっていた。他の兵士達と共に、シャロン皇女の元に戻るのだ。
(失敗した…)
涼子を捕らえられなかったメルビィは、悔しがっていた。過去に自らを嵌めた涼子の事は、絶対に捕まえたいと思っていたのだ。
転移したメルビィはファルバウティに現れて、第三皇女シャロンの指示で秘密裏に拘束された。シャロンは異世界に興味があったので、殺される前に隠れ家に連れて行ったのだ。
シャロンは言葉が通じなかったメルビィに、屋敷に貯蔵されていた果実を食べさせた。メルビィが不味そうに食べていたそれは、別の世界から来た者に最初に食べさせる物と書いてあった。
「寒いでしょ。服を持って来させるよ」
シャロンは兵に指示を出して、ファルバウティの寒さに耐えられる服を用意した。転移したばかりのメルビィが着ていた服では、ファルバウティの気候には対応出来なさそうだった。
「この世界にはない服だね…」
異世界の文化に興味を持ったシャロンは、メルビィの所持品を調べる事にした。どれもこれも自分達の世界には無いものばかりで、再現が難しい物も多かった。
「この世界に来たのは偶然?それとも何か目的が…」
「ある異世界に行けば願いが叶う…そういう伝承が、私の暮らしていた村にはありました」
メルビィもある願いを叶える為に、異世界を目指した。その為に命を懸ける覚悟は、とうの昔に出来ていた。
「異世界に行けば願いが叶う…本気で言ってるの?」
「よくある伝承に、縋り付いただけです」
シャロンは疑問に思ったが、それ以上は詮索しない事にした。それよりも、異世界に関する情報を得る事を優先するべきだと分かっていた。
「こっちの世界には、願いを叶える方法に関する…伝承みたいなものはない?」
「大半がおとぎ話だし…それっぽいものもあるけど、信じてる人なんてほとんどいないよ」
メルビィに頼み込まれたシャロンは、配下の者に情報を集めさせた。最終的にはそれらしい伝承を、一つに絞り込む事が出来た。
「七つの宝玉…ファルバウティにも伝わる伝承だけど」
「宝玉を集めると願いが叶う…よくある話だね」
ありきたりな伝説だが、どの大陸にも全く同じ形で伝えられている話だった。それぞれの宝玉の名称も同じで、一番信憑性がありそうだ。
「ファルバウティの国宝の一つに、吹雪の宝玉と呼ばれる物がある…伝承の宝玉の一つだね」
伝説は確かに伝わっているが、真実かどうか確かめる術はまだ無い。他の国家においても、その伝承はひっそりと伝えられているみたいだった。
「直接別の大陸に行って確かめるしか無いね。他の転移者がいるかも知れないし…」
そう言ったメルビィは、シャロンの指示を受けて別の大陸に渡った。辿り着いたのは、オリヴァース大陸にある港町だった。
メルビィは従者を連れることなく、一人で旅をする事になった。怪しまれる可能性を、少しでも減らす為であった。
(最低限の魔法の手解きはしてもらったけど…)
彼女は一人旅にかなりの不安を感じながら行動していた。自分以外の異世界人を見つけられるかどうかも、分からないのだ。
(食事の味もいまいち…)
港町の店の料理は脂濃かったり、逆に味が薄過ぎたりで、メルビィにとっては美味しくなかった。自分で食材を購入して料理を作ってみたりもしたが、元いた世界と同じ様には調理出来なかった。
6日が経ち、異世界に来た事を後悔し始めていた頃に、レストランで自分と同じ転移者と思われる少女を見つけた。服はオリヴェル王国のものだったが、雰囲気で察する事が出来た。
「こんにちは、一人で旅してるの?」
「はい、旅をするのも大変ですね…」
話しかけて来たのは向こうからで、メルビィは出来るだけ自然な対応を心がけた。向こう側は自分が異世界人であるかどうか、気づいていないかも知れないからだ。
「何処からここに来たの?」
「それは…」
メルビィは正直に異世界から来たと言うべきか迷った。相手が自分をどう思うかは分からなかったが、出身地を言う事にした。
「イギリス」
「やっぱり私と同じ世界の人間か…」
その少女はメルビィの隣に座って、涼子と名乗った。こちらも名乗るべきだと判断したメルビィも、名前を教えた。
「この店の料理好きじゃ無いんでしょ?うちに来る?」
メルビィはその誘いを受けて、涼子の家に行く事にした。涼子の家は港町の隅にあり、古かったがメルビィが寝泊まりしている部屋よりも綺麗だった。
「魔法で生成した炎を使ったりすれば、火力を調整しながら料理できるよ」
メルビィの得意料理は、肉や魚を使った物が中心だった。野菜を使ったスープやシチューなども、元の世界の物に近かった。
「これからも料理作ってあげてもいいよ」
「ありがとう…ございます」
それからすぐに、メルビィは涼子と打ち解ける事が出来た。彼女は魔法の応用の仕方も涼子に聞いて、自身も料理を始める様になった。
「私、この世界の伝承について調べてるんだけど…」
「伝承…どんなのがあるの?」
メルビィは七つの宝玉の伝承について調べている事を、涼子に教えた。涼子もその伝承については知っていて、願いを叶える為に調べているらしい。
「その伝承は知ってるけど…あなたも信じてるんだ?」
「元の世界じゃ叶わない願いなの…あなたもそうでしょ?」
メルビィは涼子と協力して、伝承について調べる事にした。人が集うギルドなどを訪れて、情報収集に勤しんだ。
「やっぱりそう簡単にはいかないか…」
予想通りではあったが、大半の旅人にただのおとぎ話と言われて相手にされなかった。願いが叶うなんて伝承を信じる者が少ないのは、当然だった。
「あり得ねぇだろそんな話…昔は信じてたけどよ…」
「昔は信じてた…宝玉について知っている事はありますか?」
「吹雪の宝玉が、ファルバウティの国宝って言う話しか知らねえよ…それが伝承の宝玉かも分からないしな」
「それ以外の6つの宝玉は…」
他の宝玉の内3つはオリヴァース大陸にあるらしい。しかし2つの宝玉は既に海に沈んでいて、行方不明になってしまっていた。
「天空の宝玉なんて手に入れられる訳がないからな…夢の世界にあるらしいぜ」
「夢の世界…そんなものが…」
「夢の中で宝玉を手に入れたら、目覚めた時に手に握られてるらしい…あり得ないよな」
「確かに夢の中に自由に出入りする魔法は、まだ見つかっていない…でも方法はあるはず」
メルビィと涼子は、宝玉を探すメンバーを募る事にした。人は集まらなかったが、何人か流浪の旅人が仲間に加わった。
「宝玉があるという噂がある遺跡なんていくらでもある。それにその殆どが調査済みだ」
「じゃあ未発見の遺跡を探すしか…」
未発見の遺跡を探す為の発掘調査は出来るはずも無かったので、遺跡などの古代文明の跡地の周辺を捜索した。調査は上手くいかず、成果を得る事の無い日々だった。
今回集まったギルドメンバーの中で、異世界人はメルビィと涼子だけだった。たまに他の冒険者から怪しまれる事もあったので、交流を避ける必要があった。
「やっぱり伝承はただの御伽なんじゃ…」
「…宝玉は絶対にある」
「あったぞ!地下への入り口だ!」
森の中に埋もれていた遺跡を調査していた途中、涼子が木の根元にあった石板をどかすと、地下への階段があった。石板との境目は殆ど見えなくなっていて、今まで見つからなかったのも無理は無かった。
「よく見つけられたな…」
地下への道はかなり狭かったので、少人数で行くしか無かった。メルビィと涼子の他、数人の冒険者が探索する事になった。
地下遺跡は非常に暗く、松明の炎があっても奥の方を見通す事は出来なかった。陽の光が一切入って来ない地下の探索は、困難を極めた。
「本当に暗いな…」
ガシャッ!
「ひゃっ?!危なかった…あ」
メルビィは罠の作動に気づいて、咄嗟に回避した。周囲を警戒する彼女の視界に入ったのは、共に地下に降りた冒険者の死体だった。
「お、おい…」
「本当に油断ならないな…」
涼子達は仲間の死体を置いて、遺跡の奥へと進んだ。遺跡の奥の広い部屋まで辿り着くと、急激に湿度が上がっていた。
「変な臭いもして来た…」
「メルビィ下がって!」
広い部屋にいたのは、巨大なトカゲの様な魔物だった。人間に気づいた魔物は、明らかな敵意を示していた。
「待って‼︎近づいちゃ…」
「何だこいつ…うわっ?!」
巨大トカゲは不用意に近づいた冒険者に、唾液の様なものを吐きかけた。冒険者は1秒も経たない内に、ドロドロに溶けてしまっていた。
(何とかして逃げないと!)
メルビィは巨大トカゲの唾液を魔法で防ぎながら、出口に向かって急いだ。幸い出口に向かう途中に、別の魔物に遭遇する事は無かった。
(そう言えば涼子は…)
メルビィはいつの間にか涼子がいなくなっていた事に、出口のすぐ近くに辿り着いてから気づいた。しかし、今さら確認しに戻るのは、あまりにも危険だった。
「…そんな」
遺跡から脱出したメルビィが見たのは、仲間達の死体だった。強力な魔物の群れによる襲撃を受けて、全員喰い殺されていた。
(そう言えば、涼子は)
メルビィは周囲を見渡して涼子の無事を確かめようとしたが、遺体の確認も出来なかった。キャンプの跡地から外側に向かっている足跡を見つける事が出来た。
(町の方に戻ったの…?)
殆ど荷物を失っていたメルビィは拠点にしていた町に帰る事にした。ひょっとしたら、涼子も町に戻っている可能性もあるからだ。
「やられた…」
拠点にしていた古い民家は、既にもぬけの殻になっていた。野盗に荒らされた訳ではなく、全ての物品が持ち出されている様子だった。
(涼子…)
恐らく涼子が拠点の移動だと偽って、堂々とギルドの仲間の所持品を持ち出したのだろう。念の為探してみたが、メルビィ自身が拠点に置いていた物も無くなっていた。
(最初からこのギルドは…)
伝承の調査を名目に結成されたが、実際は涼子に利用されていただけだったのだ。そして殆どのメンバーが死亡したタイミングで、見捨てられたという訳だった。
殆ど無一文になってしまったメルビィだったが、幸いにも他の転移者であるクリフに出会う事が出来た。そうして出会ったクリフやビルと共に、王都の地下室に身を寄せたのだ。
(涼子…あんたの秘密、必ず暴いてやる…)
メルビィは心の内側に、自身を見捨てた涼子への強い怒りを秘めていた。メルビィが窓の外を見ると、ゲルミル大陸はすぐそこだった。
「で…涼子を捕らえる手立てはあるの?」
「それは…」
メルビィが提案した作戦は、過去に失敗したものと似ていた。当然、シャロンは彼女の作戦を聞き入れずに、自分の計画を話す。
「こうなったら、実力行使しか無いと思うな。涼子の異能の正体は分からないけど、私から対処出来る」
「ですがシャロン様自ら…」
「私なら大丈夫。問題は無いよ」
兵士達は止めたが、シャロン皇女の決定には逆らう事は出来なかった。結局、実力行使という非常にシンプルな方針になった。
(さて…どうするか)
エルラ王子は第三皇女の捜索に協力していて、多忙である。今は、王族達の権力に頼る事は出来なさそうだった。
(となると…アイツに頼るしかないか…)
涼子としては彼に頼る事は避けたかったが、そうもいかなそうだ。彼女は仕方無く、彼が根城にしているスラム街に向かった。
「転移者に関する情報?今は売らねえよ。帰った帰った」
「どういうつもりだ…」
カリドは情報屋であるグーシーに詰め寄っていた。グーシーが情報を売らないと言い張って、追い返そうとしているのだ。
「どうしても欲しいってんなら…ほれ」
グーシーは用意していた紙切れを、カリド達に見せた。その紙切れはボロボロだったが、高級な紙で作られた誓約書だった。
「これからの収入を全部寄越せだと?!ふざけるな‼︎」
「じゃあ帰れ」
「っ…行くぞカリド」
シローネはカリドを連れて足早にスラム街を去って行った。グーシーは彼らの事を面倒な連中だと思っていた。
「やっと来たか…奴らには黙っておいたぞ」
「情報はまとまった?」
しばらく経った後に、グーシーの元に現れたのは涼子だった。彼女は事前に金を払って、口止めさせていたのだ。
「悪いな。情報がまだ整理できていないんだ」
「いや…これだけでも十分」
涼子はグーシーから受け取った情報をすぐに確認した。それだけでも、今回の事件に関わっている人物を絞り込む事が出来た。
「オリヴァース大陸に来る以前の情報が一切無いのは…メルビィだけ」
ゴールデンウィーク最終日の投稿になりました。




