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疑念

「はっ…いきなり何を」


メルビィに今回の事件の犯人だと言われた涼子は、呆れた様に否定した。いくら何でも飛躍しすぎだし、まともな論理も無さそうだと思っていた。


「証拠は?どうせ無いでしょ」

「皇族の歓迎会には出なかったでしょ。その間何してた?」

「それは…」

「くっ…もっと監視をつけて置くべきだったか…」


既にカリドは完全に涼子を疑いの目で見てしまっていた。確たる証拠が無いにも関わらず、涼子が一番怪しいと思っていた。


「待ってよ…暇だったから王都のまだ行っていない所に散歩しに行ったの」

「どの辺に居たんだ?」


シローネは彼女にいくつか質問をしてみる事にした。質問の答えが曖昧だったり明らかな嘘であれば、今回の事件の黒幕かどうか分かるという事だった。


「王都の端にあるスラム。割と治安が悪い感じだったよ」

「そうか…対処を急いだ方が良いのか?」

「無理に潰そうとしたら反発が起きて大変な事になる。それに他所者の私達は関わらない方がいいでしょ」

「だが衛生上の問題もある…放っておいても、伝染病の心配は無いのか?」


涼子の言う王都のスラムは、シローネも知らない場所だった。彼女は涼子から、出来るだけ多くの情報を聞いて置きたかった。


「スラムにある建物の材質は?」

「シローネ…こいつは出まかせを言ってるかも…」

「それは詳細を聞けば分かる。スラムの建物の材質と強度は?どれくらいの間隔で並んでいる?」

「大半が廃材で、材質は木がメインだね。間隔はかなり狭くて、完全に繋がっている家もあるよ」

「廃材となると、既に害虫が発生している可能性もあるな…それに火事になったら、スラム全体が炎に包まれる可能性も…」

「…兵士達に、対応を急いでもらった方が良さそうだな」


カリドが涼子の話の内容が本当である事を知れば、彼女への疑いを解くだろう。そうなるのは、メルビィにとっては避けたい事態の一つだった。


「私からも聞きたい事がある…涼子はファルバウティについてどの程度知っている」

「北の大陸にあるって事しか知らない」

「そうなの?あなたの事だし、色々知ってると思ってたんだけど」

「図書館の本も読んでないから本当に知らない…オリヴェルの王族は私の事を警戒していたみたいだけど」


シローネはこれも本当の事を言っていると判断した。少なくとも彼女は、レイジの様にまず本を読んで知識を得るタイプには見えなかったからだ。


「というかアンタは、地下室メンバーと合流する前に何してたんだ?」

「知らないの?あなたのせいで迷惑を被ったんだけど」

「私にはアンタの方が怪しく見えるけど」

「…どういうつもり?一番危険なのはあなたでしょ」


追い詰めていた筈の涼子に怪しまれて、メルビィは嫌な気分になっていた。今更反論したところで、涼子が犯人と言う状況は変わらないと思っていたのだ。


「私も知りたいな、メルビィ。地下室に来る前、どう言う経緯で涼子と知り合ったんだ?」

「…色々あって、被害を受けたの」

「さらに聞きたいんだが、なぜファルバウティについて聞いた。確かに最後に目撃情報があった場所は、第三皇女と同じだが」

「っ…それは…ええと」


言葉に詰まってしまったメルビィは、一転してまずい状況に追いやられた事を悟った。どうにかして、疑いの目を涼子に向けようと考え始めた。


「私には動機が無いでしょ…取り敢えず涼子を拘束しないと!」

「落ち着けメルビィ。何を焦っている?」


基本的に地下室の転移者達を信頼しているカリドですら、メルビィを不審に思い始めた。焦ったメルビィの発言は、カリドを不審に思わせる結果になってしまった。


「メルビィ、単刀直入に聞こう。君とファルバウティの間にはどの様な関係性がある」

「待って…ファルバウティとの間に繋がりなんて…」


追い詰められているのが自分だと悟ったメルビィは、言葉を発するスピードが遅くなっていた。メルビィは、もはや涼子を黒幕として仕立て上げるのは不可能だと判断し、その場から立ち去るしか無かった。


「まさか私を庇うなんてね…」

「何かを隠しているのはメルビィの方だからだ」


涼子を追い詰める事に失敗したメルビィは、地下室から去って行った。カリド達によって、そのまま犯人扱いされると思っていた涼子は、少し見直していた。


「いきなりファルバウティの話を持ち出して来たからな…確かに同じ場所で第三皇女が行方不明になったが…」

「それと涼子がイコールで結びつくのが変だったからな…」


確かに涼子は様々な転移者との間で因縁を持っているが、皇女を誘拐すると言った、この世界に危害を及ぼす様な事はしていない。涼子に疑いを被せるのは、何らかの恨みが原因としか思えない。


「メルビィに関する情報を洗い出した方が良いな。彼女と親しかったのは…クリフやビルか」

「被害者の会のメンバーだな。話を聞いてみるか」


メルビィは同じ転移者である、クリフやビルと一緒に「涼子被害者の会」を結成していた。彼らなら、メルビィと涼子の間に何があったのかも知っているかも知れない。


「じゃあ早速…」

「カリドさん!ファルバウティの兵が…」


雇っている傭兵の1人が、慌てた様子で地下室に入って来た。彼の表情を見るだけで、緊急事態である事が分かった。


「どうした?」

「涼子を…引き渡して欲しいって…」


あまりにも突然の事態で、カリドはどうすればいいか分からなくなってしまった。涼子はこっそり逃げ出そうとするが、シローネが彼女の腕を掴む。


「こうなったら仕方ない…涼子を引き渡す」

「そんなっ…何で?!」

「悪いな、ここでファルバウティと対立する訳にはいかない」


地下室に隠れ住んでいる転移者達は、王都の民として認められている訳では無い。問題が起これば、それを理由に追い出されてしまう事も考えられる。


「それにお前なら簡単に逃げ出せるだろ」

「そんな所を信頼されても…」


シローネとカリドは、涼子が自分達よりも強い事を理解していた。捕まっても逃げ出せると思っていたが、涼子は当然嫌だった。


「畜生っ…捕まってたまるか!」

「何っ…しまった!」

「待つんだ!」


涼子は影を操る魔法を使って、シローネの体をすり抜けた。カリドはすぐに追おうとしたが、涼子は影から影へと移動して、あっという間に姿を消してしまった。


「逃げられた…どうする?」

「素直に報告すべきだろう」

「気をつけて下さい。兵士は二十人近くいます」


シローネはカリドを連れて、地下室の入り口に向かった。もちろん、隠しポケットに武器を忍ばせる事を忘れなかった。


「涼子はどちらにいるのですか?」

「隙を突かれて、逃げられてしまった。申し訳ない」


地下室に繋がる階段の近くにいた、物々しい雰囲気の兵士達に、カリドは素直に状況を伝えた。兵士達は険しい表情を変えずに、時々頷いていた。


「あなた達にも、涼子の捜索を協力して欲しいのですが…」

「何故?」

「同じ転移者である仲間がいなくなったのだから、心配でしょう?」

「いや別に仲間じゃ無いが…」


シローネの返答を聞いた兵士達は、困惑し始めていた。彼らは転移者達な事を仲間同士だと、勝手に思い込んでいたのだ。


「私達の中には彼女による迷惑を被った者も多い。いなくなっても気にしないだろう」

「え…そうなんですか」

「こっちも色々と忙しいんだ。涼子の件で協力できないのはすまないが…」

「…分かりました。では、私達はこれで」


ファルバウティの兵士達は、仕方無さそうに引き上げていった。その様子を見届けて、周囲に不審な人物はいないかを確認してから、シローネ達は地下室に戻った。


「どうするんすか。収穫無しですよ」

「あのお方は厳しいからな…」


ファルバウティの兵士達は愚痴を言いながら、王都のバザールを練り歩いていた。その様子を観察していたのは、転移者の1人であるクリフだった。


「少なくとも、彼らは皇族の命令を受けている訳では無い様です」

「そうか…涼子の身柄を求めた理由は、謎のままだな」


クリフはシローネの指示を受けて、ファルバウティの兵士の様子を探っていた。シローネは、捜索している兵士とは別に、第三皇女以外の何かを探している兵士達の存在に気づいていたのだ。


「ファルバウティよりも先に、涼子をとっ捕まえないとな…」

「クリフは…メルビィの行方を追ってくれ」


今回は主人公が登場しない回になりました。


用語集

ファルバウティ特殊部隊

正規軍や皇族直属隊とは異なり、人知れず特殊な任務を行う部隊。精鋭という訳ではなく、報酬目当てで入隊した者も少なからず存在する。


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