ひと時の平穏 使者からの手紙
(何というか…変化が無い)
ソルとの戦いから1週間が過ぎていたが、それからは王都の新居で平穏な日々が続いていた。涼子が金持ちだったお陰で、生活に困る様な状況にはならなかった。
(アルバイトみたいな事をさせてもらって、金は稼げてるが…)
基本的に生活に必要な金以外は、涼子が独占している。その為、当然ではあるが趣味に使う金は自分で稼ぐルールになっていた。
「図書館の本の管理はどんな感じ?」
「予想より重労働だったよ…」
図書館の本の整理を任されたのだが重い本も多く、運ぶ距離も意外と長い大変な仕事である。王都の図書館はかなり広く、迷わないか心配になるほど入り組んだ部屋もある。
「ついでに本を読めるのは嬉しいけど、報酬が低い…」
持っていた物の内、もう使わない物は売り払った。ただし、元の世界の服など手元にある物もいくつかある。以前、涼子に不味い果実を食べさせられた事で、こちらの世界の文字を理解できる様になっていた。仕事の合間に図書館の本を読んで必要な知識を身につけている。
「だが…本を読む事以外にやる事が無い」
デジタルネイティブの世代である俺からすれば、この世界の娯楽は少なすぎる。魔法は発達しているので俺達の世界には無いグッズもあるが、すぐに飽きてしまった。
「仁子は…あんな感じだし」
「もうすっかり気力を無くしてる。ぱっと見だと干からびてるみたい」
仁子は最初は珍しい物を探していたが、すぐに飽きたらしい。今では部屋に引きこもり気味になっていて、少し心配である。
「というかリリィはこっちに住んで大丈夫なのか?」
「あなたと仁子は初めて会った異世界人。興味あるし…放って置けないの」
それで良いのか…とは思ったが、俺は何も言わない事にした。異世界人の協力者がいるのは、俺だけでなく他の転移者にとっても重要である。
「桜はすっかりこの世界に馴染んでるよな…」
桜は王都のレストランで働き始めて、人手が足りなかったからか既に調理もやっている。彼女のレシピで作った料理は人気で、以前と比べて多くの人が訪れる様になった。
「琴音は時々、裏路地の地下室に行ってるね…」
琴音は涼子との生活が嫌みたいで時々地下室に向かい、日帰りで戻る場合もあれば泊まる場合もある。たまに設備の点検なども手伝っていて、俺も協力した事がある。
「涼子は…」
「たまに王都を出てるみたい。金を稼ぐために、危険なモンスターを狩る任務を受けたりしてるみたいだけど…」
それだけではなく、何か悪い事をしているかも知れない。この間、聞いた情報もあるので、あらぬ事を考えてしまう。
「まぁ、少し前までは私にも味方はたくさんいたんだけど…」
「…味方は、大切に扱っていたのか?」
カリドさんは正直に思った事を聞いたらしく、以前ほど険しい表情では無かった。一方で後ろのシローネさんは、相変わらず仏頂面をしている。
「それぞれの願いを叶える為に協力し合っていた…途中で斃れた転移者もいたけどね」
「…異世界で死んだら、元の世界では…?」
「失踪という事になって、終わりだろうね」
「やはり、そうなってしまうのか…」
シローネさんの表情が一瞬曇ったが、すぐに元の表情に戻った。彼女も自分の願いを叶えるための覚悟ができているという事か…
「私は他の転移者と一緒に協力して願いを叶えようとしてたけれど…方針の違いで揉めてね」
「異世界で願いを叶えようとしてるんだ。色んな人間がいるからな…」
確かに元の世界で地道に努力するのではなく、異世界に来て願いを叶えようとするのは、普通とは言いがたい気がする。カリドさん達は俺の事も助けてくれたが、そんな優しい人間ばかりでは無いのは、明らかだろう。
「この間のソルみたいに、君に恨みを持ってる奴は他にもいるのか?」
「それなんだけどね〜」
それからは数時間近い、涼子の武勇伝が始まった。この世界での冒険譚には興味があったが、途中にはきな臭い話もあった。
「いやそれはお前が悪いだろ」
「どうせ向こうは独り占めしようとするから〜」
ある洞窟の奥で手に入れた宝の取り分で揉めた時に、相手に有利な条件を出して山分けしたが、相手にはヘドロがしか入っていない箱を渡した事もあったらしい。
「ひどいな…相手もブチ切れただろ」
「さっさと縁を切ったから大丈夫だよ」
他の転移者と協力して魔物を倒して報酬を得た話もあったが、巧く他の転移者を欺いた話もあった。
「そんなこんなで私には桜ちゃんしか味方がいなくなって…転移者みんな、私を敵として見るようになったんだよ」
「…お前が悪い‼︎」
彼女本人が言うには、願いは"世界を変える"程の過激なものだったはずだ。そんな願いを抱えている以上、なりふり構っていられないのは分かるが…
「願いを叶える為に他の者と衝突する…それは仕方ない」
「え…」
俺からすれば、シローネさんの答えは少し意外だった。すぐに涼子の行いに対して非難を浴びせるも思ったが…
「私だって、自分の願いを優先する可能性はあるからな…」
「シローネ…」
シローネさんの願いは、確か"強い権力を手に入れる"というものだった。確かに平和な願いでは無いので、相当の覚悟があるのは分かっていた。
「家族の暮らしの為だったり…そもそも巻き込まれただけの人を切り捨てるつもりは無い」
カリドさんの願いは"家族にまともな暮らしをさせたい"というものだったな…穏便な願いを叶えようとしている人も切り捨てる必要は無いという事だろう。
「物騒な願いを叶えようとしている者は、止めざるを得ないが」
「何で私の方を見るの…諦めさせようとしても無駄だよ」
「諦めろと言うつもりは無い。マイルドな方向に変えてくれと頼んでいる」
「え〜…」
涼子は願いの内容を変えるつもりは無さそうだった。多くの人を巻き込んで願いを叶えようとしているので、今更止まれないというのもあるかも知れない。
「王城の兵士から連絡が来たんですか?」
「ああ。涼子を通じてでは無く、王子から地下室への連絡だ」
エルラ王子はお人好しで涼子を信頼している様子だったが、どうやら事情があるらしい。たが、涼子を介さずに直接地下室の転移者に情報を渡すとは思っていなかった。
「この間ソルが行方不明になった後、琴音と一緒に王城に行ったんだ。あの王子様は普通に会ってくれたよ」
「私達にも出来る範囲で協力して欲しいと言ったら、喜んでと返事していた…世間知らずと言うかお人好しと言うか」
何と言おうと、地下室のメンバーも王族の後ろ盾を得る事が出来たという話になる。王族の助けと言うと大袈裟な気もするが、ほぼ着の身着のままで放り出された転移者にとっては、それぐらいの援助が必要なのだ。
「それで、どんな内容だったんです?」
「ああ…ファルバウティという国から使者が来て、その国の皇族が異世界からの転移者に会ってみたいという手紙が来たんだ」
「ファルバウティ…少なくともオリヴァース大陸には無さそうだが…」
地下室の整備で忙しかったカリドさん達が、まだ異世界の地理には疎いのは仕方ない。俺は図書館の本を読んでファルバウティについて知っていたので、教える事にした。
「ファルバウティはオリヴァース大陸の北にある、ゲルミル大陸に存在する帝政国家みたいです…5年前までは少し違ったみたいですが」
「どういう事だ?」
「旧王家による王政でした。圧政を行なっていたせいで、反乱が起きたみたいですが」
「…表面化しづらいだけで、私たちの世界も問題は山積みだ」
俺達の世界には既に王政の国家などほとんど無いと言えるが、だからと言って問題がゼロになった訳では無い。だからこそ願いを叶える為に、この世界に来ている者も多いのだろう。
「でも、今は帝政なんだろう?民衆が納得する統治者が現れたのか?」
「どうやらある貴族の家が、民の信頼を勝ち取って皇族になったみたいです」
その家の名はフレーグと言い、今は皇族の家系である。長い歴史を持つ家だが、腐敗した王政に虐げられる民衆を見て、立ち上がったらしい。
「複雑な状況の国だが…皇族が会いたいと言うのなら、会って見るしか無いな」
新しい国家が登場しました。歴史背景を考えるのは難しいですが、結構楽しいです。
用語集
ファルバウティ
オリヴァース大陸の北、ゲルミル大陸に存在する国で、帝政が敷かれている。5年前までは旧王族による圧政が行われていたが、貴族主導のクーデターが発生する。現在はフレーグ家による帝政国家となり、民衆の不満は落ち着いている。




