プロローグ1 いすずとナナと転移者達
ある世界、森の奥深く、アルカディアに住まうエルフ達は伝承の宝玉の一つである"新緑の宝玉"を管理していた。宝玉が七つ集まるとどうなるかは彼らも把握していなかったが、それでも守り続けていた。
「また"歪"が…転移者が来るのか」
「最近、増えてきていますよね」
エルフ達は異なる世界からの転移者が増えている事を、不安視していた。この世界にどんな影響をもたらすのか、未だに分からないからだ。
「野垂れ死ぬ者も多いですが…」
「彼らの目的は何だ…?」
この世界で生きる術を得られずに、死んでいく転移者も多かった。エルフ達は向こうの世界が荒廃しているのでは無いかと考えた事もあったが、結論は出ていない。
「彼らは敵と決まった訳じゃ無いわ。でも、警戒は怠らない様に」
「ヘレナさん…了解です」
人一倍美しい容姿のエルフ、ヘレナにはアルカディア族長の娘としての責任感があった。里と宝玉を守る為にも、油断など絶対に出来なかった。
ーー
(水と木の実はあるが…)
カリド・ダグブザイは自身が暮らしている町で言い伝えられていた伝承を信じて、洞穴に飛び込んだ。その洞穴は"歪"になっていて、彼は異世界に転移する事ができた。
(この世界の言葉が分からない…少しずつ学ぶにもどうすれば…)
カリドはずっと野宿を続けていて、かなり衰弱していた。彼はずっと山の中を彷徨い続けて、全く同じ形の木が立ち並ぶ奇妙な森にたどり着いた。
(気味が悪いな…木の実が生えているが…)
疲れ果てていたカリドは、木に生えている果実に目がついた。毒があるものには気をつける様に教えられて来た彼は、毒は無さそうな色だと判断した。
(食べてみるしかないか…っ…不味いな)
その後、町に向かったカリドは…
("村はこの先、脇道に入らない様に…何で読めるんだ?!)
ーー
「大丈夫?怪我はない?」
「うん…助けてくれて、ありがとう…」
天川いすずは、何年も前に別の世界から転移して来た小柄な少女だった。彼女が最初に降り立った地は、枝の数も太さも全て同じ木が並ぶ奇妙な森で、そこには異常な程に苦い"交換の実"が生えていた。いすずは交換の実を食べた事により元いた世界の言語の代わりに、こちらの世界の言葉を理解できる様になっていた。
「この辺りには弱い魔物しかいないはずなのに…」
いすずは奇妙な森の近くにある、小さな村に住まわせてもらっていた。その村には医者がいなかったが、彼女の異能は生物の身体に作用するものだった。
「万が一怪我しても、私が治してあげるからね」
彼女は自身の異能を用いて、村人の怪我を治していた。最初は怪しまれたが本当に治る事や、いすずの能力にも限度があると分かると、途端に頼られる様になった。
ーー
いすずは畑仕事を手伝う一方で、冒険者ギルドにも所属していた。強力な魔物を討伐して報酬を得て、村には無い本などを買っていた。
「まだあの村の連中を助けてるの?」
「村に無い物で、子供達が喜びそうな物を買ってるの」
冒険者ギルドには、いすず以外にももう一人転移者がいた。荒井涼子という名前の、掴みどころの無い性格で、いすずと同じくらいの身長の少女だった。
「自分の好きな様にやれば良いじゃん。あんたの異能があれば、何処でだってやっていけるでしょ」
「そういう訳にはいかないよ」
いすずは自分を受け入れてくれた村への恩返しをしたかった。涼子はそんな彼女のことを、いつも冷めた目で見ていた。
「涼子の方は…あの話を本気で信じてるの?」
「絶対に、ある」
涼子は伝承に伝わる七つの宝玉を探し求めていた。宝玉を全て揃えれば、願いが叶うという言い伝えだった。
「それで冒険者達を集めて情報を集めてるのね…」
「いすずは…協力しないんでしょ」
いすずは"願いが叶った状態"がどの様なものなのかを気にしていた。場合によっては、周囲の人々に危害を与えると考えていた。
「本当だったとして、どんな風に願いが叶うの?他の人を傷つける形だったら…」
「信じてないんでしょ?私は何が起きるかなんて、気にしてないよ」
いすずと涼子は仲がいい訳ではなく、一緒に行動する事は少なかった。今後この世界でどう暮らしていくのかを話し合っても、意見が合わなかった。
「あんたさぁ…あの村に住み始めてだいぶ経ってんでしょ?いつまで恩返しなんて言ってるの…」
いすずは周囲の人に献身的に尽くす事を良しとする少女だった。自由気ままに生きることを好む涼子からすれば、とても理解し難い人物だった。
「世界を自分の望むままに変えたい…涼子は何でそんな願いを…」
「…元の世界からこの世界に転移して、満足したあんたには分からないよ」
ーー
結局、いすずとは分かり合えなかった涼子は次の行動を開始した。元の世界から、使えそうな人間を連れて来る事にしたのだ。
「交換の実を集めてるみたいだけど…どうしたの?」
「あんたには関係ない」
いすずは涼子の行動を怪しんでいたが、追及する事は無かった。準備を終えた涼子は冒険者ギルドから去り、姿を現すことが無くなった。
ーー
(涼子はどうしてるのかな…本気であの話を信じて…)
いすずは涼子が姿を現さなくなった後も、村に住み続けていた。それからの仕事は、畑仕事の手伝いではなく冒険者ギルドとしての一員としての任務が多くなっていた。
「ここから離れる気は無いのね」
「はい、居心地の良い場所なので」
「最近では、あなたの噂を聞きつけて来る怪我人や病人も増えてるんでしょ?」
「治せるものは全て治しています。断る理由がありませんので」
いすずは他の土地から連れて来られた怪我人や病人の治療を行っていた。村人の中には金を取るべきだと主張する者もいたが、彼女は異能の使用には労力が一切かからないからと断っていた。
「まぁ、あなたはここにいた方が良いかもね。そう遠く無い未来、この世界に混乱が巻き起こるから」
「そう…ナナ、手伝う必要は無いかな」
涼子が居なくなって数ヶ月後、今度は菱星ナナという少女が現れた。彼女は運送の仕事をしているらしく、村に無い物品を販売していた。
「今は、まだ。あなたと私の力が必要になるのは、争乱が始まったずっと後」
ナナが村にいる期間は、涼子が冒険者ギルドにいた期間より短かった。本来の仕事が忙しくなりそうだから、別の大陸に帰らないといけないらしい。
「ずっと先か、そう遠くない内かは分からないけど…この村を去る時は周りの人に行き先を伝えておいてね。少しでも手がかりがないと探せないから」
「…またいつか会えるよね」
「うん、またね」
「また、いつかだね!バイバイ!」
ナナはいすずに別れを告げて、村を去って行った。いすずはそれからも村で生活を送り、その平穏は続いている。
ーー
現在、ナナがいる建物はいすずや涼子がいる世界にあるのかどうかも定かでは無い。だが、転移した者達が元いた世界にはない文明が存在する、無機質で黒い建物ばかりが並び、所々に水色のエネルギーラインが走る都市に建っていた。
「さて…涼子はどう動くのかな」
ナナは宙に浮かぶディスプレイで涼子の様子を監視しつつ、近未来予知の異能で彼女の行動の先を見ていた。涼子は常に監視されているなど、考えもしていなかった…
プロローグを書いてみました。
しばらくの間は本編を進めるつもりです。
登場人物
天川いすず
身長144cm。誕生日は2月2日。
異常な程に他者への献身的な態度を見せる、素性不明の少女。
同じ冒険者ギルドに所属していた、荒井涼子という転移者との関係性は良好とは言い難かった。
異世界に転移した事で得た異能は、無理やり気絶させたり傷を治したりする事が出来る「身体操作」の能力。
菱星ナナ
身長154cm。誕生日は4月5日。
嶺二や涼子達と同じ世界の出身の筈だが、いつから異世界に居るのかは不明。
彼女の異能は現在から1分間の間に何が起きるのかを、自在に閲覧できる「近未来予知」の能力。
戦況を制御する上で非常に強力な異能力と言える。