父さん、TSして政府公認の魔法少女やっているんだ
よろしくお願いします。
俺の父親は今、引きこもっている。
厳しいところはあるけど優しくて、いつもしかめっ面だけど忙しいのに家族サービスをよくしてくれる人だった。
剣道五段の実力者で、居合の達人でもあった。小学生の頃そんな父に憧れて、道場にも通っていた。
そして、捜査一課の刑事で、何人もの凶悪犯を捕まえていた。何度も表彰された事もある立派な警察官だった。
凄く立派な人『だった』。
三年前に母が亡くなって、それでも俺を男手一つで育てようとしてくれたのだ。それが不器用ながらも伝わってきて、一緒に頑張ろうと思っていた。
だけど、二年前から父は部屋に引きこもっている。
仕事もやめたらしい。事情を聴きに来た後輩の刑事さんから聞いた。突然なんの脈絡もなくやめたって。
中学の卒業式も、高校の入学式も顔を出してくれる事はなかった。引きこもってから今日まで、ただの一度も顔を見た事がない。
それでも生活費は稼いでくれている様で、毎月かなりの額が振り込まれている。きっと投資だろう。犯罪に手を染めているとは、考えたくない。
服はドアの前に置いておく。向こうも、こちらがドアから見えなくなったら、洗濯してほしい服を出しておいている。
食事も、部屋の前に置いている。会話はしていない。
ただ、メールでのやり取りはしている。けど、それも事務的なものばかりだ。
家事をしないといけないから、母が死んだときに剣道はやめている。今も部活は入っていないし、放課後遊ぶ時間もあまりとれないから、友達も少ない。
一度、扉の前で叫んだこともあった。
『なんで出てきてくれないんだよ!俺はあんたの家政婦じゃないんだぞ!』
俺は、あんたの息子じゃないのかよ。
そんな叫びに返ってきたのは、メールで『すまない』の一言だった。
以来、父と対話するのは諦めた。それでも、あの頃の自慢の父だった姿が忘れられなくて、嫌いになりきれないでいる。
ああ、そんな中途半端な男だからなのだろうか。こんな最期を迎えるのは。
学校からの帰り道、スーパーに寄って食材や洗剤などを買っていたら少し遅くなってしまった。
いつも通っているスーパーがセルフレジを始めたのだが、どうも操作が難しくて混んでしまっていた。自分は普通のレジに並んだのだが、セルフレジから流れてくる客でそっちも混んでしまったのだ。
近道をしようと思って、いつもとは違う道を通った。それがいけなかったのだろうか。
目の前に、怪物がいた。
全身が血の様に赤く、目だけが白い。筋骨隆々な肉体は二メートルを超えている。
そして、額からは二本の角が生えていた。
鬼だ。童話に出て来そうな鬼が、目の前に立っていた。
その足元には、『人間だったもの』が転がっている。血で出来た水たまりをピチャピチャと鳴らしながら、鬼が振り返る。
体が動かない。頭が真っ白になる。
「■■■■■■■■■」
鬼がニタリと笑って何かを言っている。わからない。けど、決して友好的なものではないのはわかる。
動け、動けと足に念じると、ようやく動いた。けど、腰が抜けて転んでしまった。エコバックから卵が割れた音がする。
ズリズリと這いずってさがる。だめだ、怖い。
なんでこんなに怖いんだ?おかしいだろ。自分はこんなに怖がりだったか?
ああ、そうか、自分は死にたくないのだ。だから怖い。なのに、その恐怖のせいで動けない。
「は、はは」
口から笑い声がもれる。目からは涙があふれてくる。自分はここで死ぬんだ。この鬼に殺されて、食われて終わりだ。
鬼の手がこちらの胸倉を掴んでくる。高校生としては大柄な方だが、あっさりと片手で持ち上げられてしまった。
息が苦しい。鬼の手を掴んでもがくが、びくともしない。
「■■■■」
鬼が嗤う。ゆっくりと見せつけるように、もう片方の腕を振りかぶる。
ああ、せめて彼女ぐらい欲しかったなぁ……。
そう思って目を閉じる。だが、いつまでたっても衝撃はこない。
焦らして遊んでいるのか?そう思っていたら、突然地面に落とされた。
「いっ」
尻を打ち付けて痛みの声を上げながら目を開くと、さっきまで自分の胸倉を掴んでいた鬼の腕が転がっていた。
「■■■■■■■■――――――――ッ!」
鬼が切断された腕を持って悲鳴を上げている。
その鬼と自分を遮るように、小さな背中があった。
「死ね」
鈴を転がすような可愛らしい声がしたと思ったら、突然鬼の首が飛んだ。遅れて、目の前の人物が一振りの刀を握っている事に気づく。
まさか、斬ったのか?あの化け物を?
目の前の人物が振り返る。
それは、とても美しい少女だった。
濡れ羽色の黒髪を肩辺りで切りそろえ、身にまとうのは紫と黒のはかま姿。服の上からでもわかる女性的な体つき。そして、手には一振りの刀が握られている。
少女と目が合う。紫色の瞳が、こちらを頭の天辺からつま先までくまなく観察したかと思うと、突然ほほ笑んだ。
刀を地面に放り捨てて、いきなりこちらに抱き着いてきたのだ。
「え、ええ!?」
わけがわからない。何でこの少女は自分に抱き着いているんだ?さっきの化け物は?どうやって倒したんだ?
頭の中が混乱でいっぱいだが、少女がすすり泣いているのに気づいた。
「よかった……よかった……」
その存在を確かめるように、自分の頭と背中を撫でてくる。いったいなんだというのだ。
まるで、自分自身が助かったかのように喜ぶ少女に抱かれながら、どうしたものかと考える。
ああ、これはもしかして出来の悪い夢なんじゃないだろうか。
それから十分ほどして、黒塗りの車が何台もやってきた。
車から降りてきた黒服たちが少女の姿を見て驚いた後、こちらに、少女に話しかけてくる。
「『御剣』さん、お怪我は」
少女はそっと自分から離れて立ち上がると、無表情に頷く。
「問題ない。この少年も無事だ。だが」
視線が鬼のそばにあった死体に向く。既に別の黒服が回収を始めていた。
「後で彼の名前を教えてくれ」
「何度もいいますが、貴女が背負う必要は」
「いいや、これは私が背負うべきものだ」
「……わかりました」
少女がこちらに手を差し出してくる。それを咄嗟に掴むと、思ったより力強く引き起こされた。
「……怪我はないか」
「あ、はい。おかげさまで」
「そうか」
さっきまでの様子が嘘の様に、少女は淡々としている。
「彼らについていきなさい。悪いようにはしないから」
「え、あの」
それだけ言うと、少女は踵を返して立ち去ろうとする。思わず、その手を掴んで止めてしまった。
「す、すみません!」
勝手に手を握ってしまった。慌てて手を離すと、少女は儚げにほほ笑みながら振り返った。
「大きく、なったな」
「え?」
「こんな姿を、見せたくはなかった」
そう言って、今度こそ少女は歩いて行ってしまった。
それから、黒服の人達に連れられて警察署に向かった。
そこで色々聞かれた後、他言無用の同意書を書かされた。
なんでも、黒服の人達は警察の人らしい。一応警察手帳も見せてもらったが、本物ぽかった。
「カウンセラーは必要かな?その、ショッキングなものを見てしまったから」
「いえ……」
人の死体を見てしまった事に、何も感じていない自分に驚く。どうやら、思っていたより自分は薄情な奴らしい。
「もし、何かあったらすぐに連絡してくれ。専門の者を紹介する」
「ありがとうございます。……あの」
「なんだい?」
「父さん……家族に、連絡とかは」
黒服の人が気まずそうに眼をそらす。
「その……諸事情で来られないそうだ。いや、元々詳しく説明する事も出来ないんだが」
「そう、ですか……」
息子が警察に連れていかれても、あの人は部屋から出る気はないのか。
自嘲気味に笑うと、突然ドアがノックされ、間をおかずに開けられる。
「終わったか」
「あ、御剣さん」
黒服の人が立ち上がって敬礼をする。さっきの少女がスーツ姿で立っていた。
そういえば、御剣と呼ばれているが、それが苗字なのだろうか。
「あ、あの、先ほどはありがとうございました」
自分も立ち上がって頭を下げる。
「構わない。……怪我はないんだな?」
「え、はい」
「何かトラウマになっていないか。吐き気は。後になって出てくるかもしれない。専門の医者がいる。今までかなりの数を見てきたベテランだ。紹介しよう」
「い、いえ、大丈夫です」
「……そうか」
早口で喋ってくる少女に面食らう。無表情だけど、意外と喋る方なのだろうか。
「」
いや、そうでもないのだろう。一緒にいた黒服の人がポカンとした顔で少女を見ている。
「なんだ」
「い、いえ、御剣さんがそんなに喋っている所を見た事がなかったので」
「そうか」
それだけ言って、少女がこちらを見つめてくる。
「本当に、大丈夫なんだな?」
「は、はい。あ、あの、俺、矢島孝太って言います」
恩人の名前を知りたかった。そう思って名乗ったのだが、少女は小さく首を傾げる。
「知っているが?」
「あ、はい」
まあ、車で移動中、黒服の人達に聞かれていたからそこ経由で知られていたのだろう。
「えっと、お名前をうかがっても……」
「……御剣とだけ。元の名は捨てた」
「えっ」
「悪いけど、この人も我々もあまり大ぴらに世間に出られる存在じゃないんだ」
黒服の人が苦笑いでこちらの肩を叩いてくる。
「もう遅いし送るよ」
「あ、ありがとうございます」
黒服の人に連れられて部屋を出ると、少女、御剣もついてきた。
「私も送ろう」
「え、あ、はい」
黒服の人と二人して戸惑う。心配してくれているのだろうか。
「あ、はっけ~ん☆」
前の方からそんな声が聞こえてくる。
目を向けると、廊下を一人の少女が歩いてきていた。
パーカーにフリルのついたミニスカート姿の美しい少女だった。
腰まで届く栗色の髪に、金色の瞳。御剣に匹敵するスタイルのいい体つき。街で見かけたら絶対目で追ってしまう美少女だ。
その少女はこちらに近寄ってくると、自分をまじまじと観察し始める。
「ふ~ん、この子が御剣ちゃんが抱き着いたっている男の子~?」
「えっと」
「思ったより地味ぃ~☆」
そう言ったかと思うと、少女が突然抱き着いてきた。
「えっ!?」
大きな胸が押し付けられる。耳元でそっとささやかれた。
「ねえ、私と付き合ってみない?いい事してあげるよ?」
「なっ……!」
「あっは☆この感じさては童て―――」
突然少女が引きはがされ、そのまま壁に叩きつけられた。
「なんのつもりかな、御剣ちゃん☆」
「こちらのセリフだぞ、軍旗」
少女の首を掴んで、御剣が睨みつける。
「この子に近寄るな。教育に悪い」
「なに、保護者面?おもしろ~い☆」
「っ……!」
目に見えて御剣の手に力がこもる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「お二人とも落ち着いて!」
黒服の人と二人で止めに入る。自分は御剣の肩に手を置いて、少女から引きはがす。
「ど、どうしたんですかいったい」
「こいつには気をつけろ。出来れば半径五メートル以内に近づくな。『卵を植え付けられるぞ』」
「へ、卵?」
「ひっど~い☆私、そこまで見境なしじゃないのにな~☆」
少女がコロコロと笑うが、その目は酷く冷たかった。
「ずいぶんご執心なんだね、御剣ちゃん。もしかしてその子に惚れちゃった~☆」
「それはない」
ものすごいすっぱりと言われてしまった。いや、別に期待していたわけではないが、ちょっとショックでもある。
「だが愛している。生きている人間では一番だ」
「はっ?」
ちょっと意味が分からない。どういう事だ?
「えっと……どういう事?」
少女も分からなかったらしく、怪訝な顔を浮かべている。
「そのままの意味だ。この子の為なら死ねるし、殺せる」
気づいたら御剣があのはかま姿になって刀に手をかけていた。
「へぇ……」
そして、少女の方も扇情的なボンテージ姿に、赤いマントを羽織っている。
どういう早着替えだ。いや、もしかして変身した?アニメみたいに?
「ダメだよ、二人とも。こんな所で返信しちゃ」
「あ、愛歌さん!」
黒服の人が救いの神が来たとでも言いそうな顔になる。
だが、現れたのは着物姿の小さな少女だった。というか幼女だった。
『これ以上暴れるなら、私も少し怒るよ?』
幼女がセンスで口元を隠しながらすごむ。どう反応したらいいのだろうか。
「……申し訳ありません」
「別に、私から仕掛けたわけじゃないし~☆」
だが、二人はあっさりと矛を収めた。もしかしてこの幼女凄いのか?
「あ~あ、白けちゃった。ばいび~」
「ば、ばいびー?」
なんか古くないか?
少女は軽く手を振りながら歩いて行った。
「ご迷惑をおかけしました」
スーツ姿に戻った御剣が幼女に頭を下げる。
「珍しいね、君が揉め事なんて」
「申し訳ございません」
「……理由は、話してくれないか」
御剣は無言のまま頭を下げ続ける。
「いいよ。これ以上は聞かない。私も仕事が残っているから、じゃあね」
「はい」
そう言って幼女が去っていった。というか、本当に幼女なのだろうか。
「お前たちも、すまなかった」
「い、いえ」
こちらにも頭を下げてくる。命の恩人に謝られると気まずい。
「行こう。もう暗い」
そう言って、御剣は自分達を引き連れて歩き始めた。
車の中で、気になっていた事を口にする。
「あの、俺が見た鬼みたいなやつって何ですか?」
「それは」
「あれは『妖魔』だ」
「御剣さん!?」
黒服が驚きの声を上げる。
「安心しろ、この子は言いふらすような子ではない」
「い、いやしかし」
「妖魔とは、魔界よりあふれ出した魔族と呼ばれる怪物どもと、それが現世で人の感情をもとに生み出したものに分けられる」
「は、はあ」
聞いておいてなんだが、全然わからない。
「あの、魔界ってなんですか?」
「妖精界、人間界、魔界の三つが存在している。ゲームとかで出てくる魔王城みたいなのが魔界だ」
「そ、そうなんですか」
「そして、私のような魔法少女が妖魔を刈り取る」
「ま、魔法少女?」
突然ファンシーな単語が出てきた。え、魔法少女?
「そうだ。私達は妖精と契約する事により、魔法少女となる事が出来る。そして、妖魔には魔力をおびた攻撃しか効かない」
「ま、まりょく」
「魔法少女は陰と陽、二つの属性を併せ持つ存在だ」
「い、いんとよう」
どうしよう、話についていけない。
隣に座っていた御剣さんが、チラリとこちらを見た後、小さく咳払いする。
「以上だ。納得したなら、忘れなさい」
「えっ」
「普通に生きていくには不要な知識だ。今日の事は忘れて、勉学に励み、立派な大人になりなさい。……私が言えた義理ではないが」
何故か悲しそうに御剣さんが目を伏せる。いや本当になんなんだ。
「……あの、忘れる前に一つ教えてください」
「なんだ」
「その、妖魔は、『人の生き血』を吸いますか?」
「っ……!」
三年前、突然母が亡くなった。そして、その死因は『体中の血を抜かれていた』。
同様の事件が十三件もあり、未だ犯人は捕まっていない、テレビでは、『吸血鬼事件』と呼ばれていた。
「その反応は、そういう妖魔もいるって事ですよね」
「忘れなさい」
「待ってください。俺の母は、三年前に」
「忘れなさい!」
御剣さんが声を荒げ、こちらを睨みつける。
「吸血鬼の妖魔は存在する。しかし、あれは私が殺す。たとえ地獄の底まで逃げても殺してみせる。だから、お前は忘れるんだ」
「っ、そんな事……!」
こちらも怒鳴り返そうとしたら、車が止まった。
「ついたよ、君の家だ」
「まだ、話は終わってません」
「いいや、終わりだ。君はこれ以上こっちに関わってはいけない」
運転してくれていた黒服の人が、車から降りてこっちにまわり、自分を降ろそうとする。
「お願いです。その吸血鬼ってやつは――」
「知って、君に何ができる」
「えっ」
黒服の人が、無表情のまま問いかける。
「今日君があった鬼は、妖魔の中でも下の下だ。それに手も足も出なかった君が、吸血鬼に何ができる」
「そ、それは」
「僕も何もできない」
黒服の人が、なんの感情も籠っていない声をだす。
「我々の中で、妖魔に対抗できるのは魔法少女だけだ。敵討ちを頼めるのは、彼女たちしかいない」
こちらの服を掴んでいる力が強くなる。
「山崎」
「失礼しました」
黒服の人が力を緩めるが、自分は振りほどくことが出来なかった。
この人も、そうなのか……?
「とにかく、君はこの事は忘れて、普通に生きなさい。それだけだ」
「………」
車から降ろされる。振り返るが、御剣さんはただ前を向いているだけだった。
走り去る車を見送り、家に入る。
「ただいま……」
リビングに向かい、写真立てを見る。
そこには、まだ小さい頃の自分と、柔らかく笑う母。そして、珍しく笑っている父の姿が映っていた。
二階に上がり、父の部屋の前に立つ。
「父さん、俺……」
口を開いて、すぐにやめる。
「……何でもない。今日は晩御飯作れなくてごめん」
扉からは何も帰ってこない。分っていた事だ。
「おやすみ」
それだけ言って、一階に下りて行った。
御剣も黒服の人も敵討ちは考えるなと言っていた。自分には無理だと。
正直、反論できることは何もない。あの口ぶりからして、今日会った鬼は妖魔の中では決して強い部類ではないのだろう。
それに何も出来なかった自分が、おそらく鬼よりも強い吸血鬼に対抗できるはずがない。
「だからって……」
はいそうですかと、引き下がれるわけがない。
読んでいただきありがとうございます。
また気が向いたら続きを投稿すると思います。