遺跡の守り手
俺は薬店が閉まる前になんとか滑り込み、ハンナさんに渡す薬を購入した。
薬だけじゃ病は治せないが、なにせ瓶ひとつで金貨2枚の高級品。
ハンナさんの容態は、少しだけ快方に向かった。
咳が少し減り、血色もよくなったように見える。
突然、高級な薬を持ち帰った俺に驚いていたが、街の周囲で魔物を狩り、魔石で稼いでいることを話すと、ハンナさんは喜んでくれた。
まだまだこんなものじゃない。
育ててもらった大恩があるんだ。
もっといい治療を受けられるように、稼がなくては。
翌朝、俺は街の警備兵が集まる詰所に向かい、退職を願い出た。
俺がグリフォンに殺されかけたことを知っていた上長は、引き止めなかった。
もっとも、大した戦力じゃないから辞められたところで痛くも痒くもないのだろう。
そこは少し寂しいが──
俺はカイルや警備兵の仲間たちに礼を言うと、詰所を後にした。
昼前にリズと合流。
今日は街の南西にある遺跡を探索する予定だ。
なんでも古代に作られた建物らしく、貴重な魔導書が眠っているという噂だ。
情報の出どころがディモンなので、あまり期待はしていない。
戦闘に使える魔法なら戦力アップにつながるし、住み着いた魔物を倒せば治安も向上、魔石で金も稼げる。
今の俺にとってはいいことずくめだ。
「ずいぶんやる気じゃない。なんかあったの?」
「ああ。昨日薬を買って帰ったんだけど、少し効果があったんだ。ハンナさんは俺にとっては親みたいなもんだからさ」
リズは少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「アッシュにとって大事な人なんだね。あたしもいつか会ってみたいな」
「優しい人だよ。リズの話をしたら、一度お礼をしたいって言ってた」
快癒の魔導書が見つかれば、リズだけでなくハンナさんも治せるようになる。
手がかりはリガレアの街に訪れた大賢者が快癒の魔導書を作り、どこかに残したという伝説だけだ。
怪しそうな場所は片っ端から調べていくしかない。
◇
平原を抜けた、沼地の近くにその遺跡はあった。
古代の宗教施設として使われていたらしいが、今は石柱もところどころ崩れており、相当な時間の経過を感じさせる状態だ。
入り口まわりの石材にも、苔や熱帯樹の枝や根が絡みついている。
木々が侵食した瓦礫の山は、視界の先まで広がっていた。
天井もところどころ崩れていて、そこから陽の光が差し込んでいる。
あたりはうっすらと霧に包まれていた。
「ずいぶん広いね。それに、あちこちから魔力の反応があるよ」
リズが感知魔法で索敵してくれている。
足場が悪い中を、器用に前進してく。
比較的軽装とはいえ、身軽なもんだ。
「俺が先に行くよ」
「はーい。無理しないでね」
遺跡に入る前から、防護魔法を使いっぱなしだ。
自分にもリズにも付与してある。
こんなに贅沢な使い方、普通なら魔力の消費が気になるところだろう。
だが、俺には関係ない。
元の量が常人の比じゃないうえに、一晩ぐっすり眠れば魔力は満タンになるのだから。
防護のおかげで、多少の不意打ちを受けても無傷でやり過ごす自信があった。
侵入者に気づいたのか、霧の向こうにぼんやりと人影が現れる。
剣を引きずる音まで聞こえてきた。
ずいぶん動きが遅いな。
近づくにつれて、それが人ではないことに気づく。
魔力で動く骸骨戦士、スケルトンだ。
がらんどうの目が俺たちを捉えている。
確認できる限り、8体が思い思いの装備でこちらに向かっていた。
「なあ、リズ。あれって炎は効くのかな?」
焼いて残った部分だけで構成されたような連中である。
「んー、火力次第じゃない?」
こちらの会話に反応したのか、急にスケルトンたちはガシャガシャと音を立てて走り出した。
遺跡の内部はほとんどが石造りだ。
多少派手にやっても、火事の心配は無いだろう。
俺は軽めの炎弾を、立て続けに3発放った。
直撃したスケルトンは炎に包まれ、その場で崩れていく。
身につけていた古い兜や鎧だけが、がしゃんと音を立てて地面に落ちた。
あれ? こんなもんでいいのか。
強力な魔物ではないことは知っていたが、それにしたって呆気ない。
残ったスケルトンたちにも炎弾を叩き込む。
それぞれが着弾した瞬間から一歩も動けないまま、燃えて朽ちていった。
遺跡を守る戦士たちだったのだろうか。
それとも、遺跡を訪れた冒険者が返り討ちにあったのか。
いずれにしても、悲しい光景だった。
しかし、自分の亡骸が魔力に操られて遺跡をさまようなんて、嬉しいことじゃない。
彼らを闇の呪縛から解放できた、と考えるようにした。
「トレントに比べると魔石は小さいね。金貨1枚ぐらいかな」
リズは魔石を拾い集めていた。
淡々としたものである。
濃い紫色の石が、黒く変色した土の上に乗っている。
「その大きさじゃ、たいした金額にはならないかもな。でも、数は用意できそうだ」
俺は再び右手をかざす。
薄い霧の奥に、無数の人影が浮かんでいた。
18、19……
数えるのも面倒になってきた。
スケルトンたちは数にものを言わせて突っ込んでくる。
しかし、いずれも俺たちに触れることなく消し炭になっていく。
リズの足止め魔法【捕縛】の効果で、スケルトンたちの動きはさらに鈍くなっていた。
もともと遅いので炎弾で倒すのは簡単だが、こう数が多いと忙しいな。
もっと広範囲に攻撃できる魔法があればいいんだが。
「大漁~! ほら、これ見てよ」
リズは魔石でいっぱいになった革袋を掲げる。
笑顔がまぶしい。
あの袋ひとつで、金貨30枚ぐらいにはなるだろうか。
しかし、肝心の魔導書がありそうな場所はまだ見つからない。
俺たちはさらに遺跡の奥へと進んでいった。
少しずつ重要な場所に近づいているらしく、周囲の石柱や瓦礫には細かい文字が刻まれている。
そして、広場のようなひらけた場所に出た。
「前方に気をつけて。今までとは比較にならない相手だよ」
リズが真剣な眼差しで警告する。
俺は無言でうなづいた。
濃くなってきた霧の向こうに、建物らしき影が浮かんでいる。
それが、ゆっくりと動いているのだ。
イヤな予感がする。
やがて霧の向こうから、それは顔──らしきものを出した。
「うわっ! でけえ……」
思わず俺はつぶやいてしまった。
家一軒分の大きさはあるゴーレムだ。
魔力で動く、岩でできた人形。
ただ、人形という言葉で片付けるにはデカすぎる。
細かい古代文字が刻まれた岩でできた体は、いかにも頑丈そうだ。
熱帯樹の枝が、複雑に絡みついている。
人間の目に相当する部分には空洞があり、赤い光がもれていた。
歩くたびに、地面を揺らす振動が起こる。
俺は両手を重ねて魔力を集中させた。
的は大きい。
ゴッ! と空気を切り裂く音がした。
これまでで最大級の炎弾を、ゴーレムの頭めがけて撃ち込む。
直撃する、そう確信した一撃だった。
しかしゴーレムは炎弾をなんなくかわす。
上体を少し動かしただけだった。
「おいおい、うそだろ。そんなに早く動けるのか!?」
「見た目ほど鈍重じゃなさそうだね。あたしが捕縛を使うから、その間に撃って!」
リズはゴーレムの左側に回り込んだ。
ゴーレムの赤い光が、その動きを追う。
腕を振りかぶった。
「リズ! 危ない!」
俺が叫ぶのと、リズが捕縛を使うのは同時だった。
ゴーレムの動きが少しだけ鈍る。
魔力で作られた見えない縄が、対象の全身を包む。
──はずだった。
ゴーレムは身をよじると、何かをふりほどくように勢いよく体を広げた。
単純な力の強さだけで、魔法による捕縛から逃れたのだ。
「うそ……!」
呆気にとられるリズの眼前に、岩でできた拳が振り下ろされようとする。
俺は走りながら、炎弾をゴーレムの肩と肘部分に撃ち込んだ。
慌てて撃ったので、魔力は少ししか込められなかった。
今度はどちらも着弾したが、ゴーレムは少しバランスを崩しただけだ。
俺は夢中でリズを突き飛ばし、両腕を交差させて防御の姿勢をとった。
魔力を腕に集中させる。
ギリギリのタイミングで、ゴーレムの巨大な拳が落ちてきた。
「アッシュ!」
リズの悲痛な叫び声が、霧の中に溶け込んでいく。
次の瞬間、凄まじい衝撃が俺を襲う。
両足は石畳を突き破って、地面に埋まってしまった。
両膝から下は、地中に隠れている。
しかし、俺の体は全力の防護によって守られていた。
さすがに全身に衝撃は駆け巡ったが、ダメージはほとんどない。
拳の下にいる無傷の俺を見て、ゴーレムはその動きを止めていた。
魔導生物でも驚いたりするのだろうか。
何が起こっているのか理解できていないようだった。
そのスキに俺は魔力を両手にためる。
怒りがふつふつと湧いてきた。
──こんな力でリズを殴ろうとしたのか。
許さん。
俺の怒りに呼応して、魔力はどんどん手のひらに集まっていた。
今出せる、全力の炎弾を叩き込んでやる。
もう一度、拳を振り上げたゴーレムだったが、その動きはリズの捕縛によって鈍る。
動きを制限できるのは、わずかな時間だ。
しかし、今回はそれで充分だった。
「消えろ!」
俺は交差させた両手から特大の炎弾を撃ち込んだ。
膨大な魔力によって作られた火球は、爆音とともに突き進む。
ゴーレムの上半身が一瞬、光に包まれた。
【大切なお願い】
「ハアハア、やったか……?」
「アッシュ硬いな」
「先もちょっと読んでみたいな」
と、少しでも思ってくださったら
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