襲撃!騎士ルイス
見覚えのない男が俺を見下ろしている。
しかも空中で、だ。
まるで見えない足場があるかのように立っている。
「ルイス!? なんであなたがこんな所に」
「無論、リズ様を追ってきたんです。ずいぶん探しましたよ」
地面にふわり、と降りたちながら男が言った。
涼し気な目元が印象的な、端正な顔立ち。
金色の長い髪を後ろでひとつに束ねている。
いかにも上等そうな軽鎧を着込んでいた。
腰には鞘に細かい彫刻が施された、長剣をさげている。
「お父上も心配なさっています。わたしと一緒に戻りましょう」
「勝手なこと言わないで。今さら父が心配? あたしの力を気味悪がってたくせに」
よくわからんが、リズは良家のお嬢様なのかな。
それでこの空飛ぶ色男が、お父さんの依頼で迎えに来た、と。
妙に親しげだけど、リズとはどんな関係なんだろう。
「それで、君はなんだ? なぜ彼女と一緒にいるんだ」
ルイスと呼ばれた男は鋭い視線を投げかけた。
敵意を隠そうともしていない。
「まさか、君がリズ様をたぶらかしたのか?」
「いや、俺は──」
「彼のこと、悪く言わないで。あたしたち、ずっと一緒にいるって決めたんだから」
ええ!?
嬉しいけど、その言い方はマズくないか。
案の定、ルイスの顔がみるみる紅潮していく。
「貴様ッ……! リズ様は断じて貴様のような下郎が近づいていいお方じゃないんだぞ!」
ルイスが怒りを押し殺している。
剣の束にかけた手はプルプルと震えていた。
それにしても、ずいぶんな言われようだ。
下郎はないだろう。
俺はちらりとリズを見た。
「巻き込んでゴメン。でもアイツにしつこく言い寄られてるの。話を合わせて」
リズが俺の背中に回ってささやく。
「わたしの気持ちにも応えず、なぜこんな男に」
「だーかーらー! そういう自分勝手なところが無理なのよ」
「いや、だから俺の話も聞いて──」
問答無用とばかりにルイスが踏み込んでくる。
俺がリズを後ろに突き飛ばすと同時に、ルイスの拳が顔面めがけて飛んできた。
間一髪、突きをいなした俺は飛び退く。
「わたしの拳を止めただと……。貴様の名を聞いておこう」
「アッシュだ」
突きを払った手に、まだ衝撃が残っている。
防護を使っているのに、この威力か。
白銀の小手が淡く輝いているところを見ると、ルイスも魔力付与を使えるらしい。
「わたしはルイス・ファリス。カノン王国の騎士だ」
カノン王国というのは、リガレアのずっと東にある大国だ。
行った事がないからピンと来ないが、大国の騎士団に所属しているぐらいだから、腕が立つのにも納得できる。
「貴様に恨みはないが、少々痛い目にあってもらう」
「なるほど、確かに自分勝手だな」
ルイスは剣を抜き放ち、上段に構えた。
俺はダガーを逆手に持ち、防護魔法をかけ直す。
それにしても困ったな。
まさか人間相手に炎弾を使うわけにもいかない。
やつの気が済むまで、防御に徹するしかない。
一呼吸の間にひとつ、ふたつ。
鋭い斬撃が立て続けに繰り出された。
俺は懸命にダガーで弾く。
とてもじゃないが、完全に見切れるスピードではない。
ただ、防護で体全体が守られている分、俺には余裕があった。
体のどこに当たっても、傷は負わないだろう。
「ちょっと! 彼にケガさせたらあなたのこと一生許さないよ」
「ご安心ください。手加減はします」
リズと話しながらも、その剣技は冴えわたっていた。
俺がバランスを崩した瞬間、肩から体当たりを食らわせてきた。
「うわっ!」
吹っ飛びながら、俺は効いたフリをする。
我ながら迫真の演技だ。
「どうした! 攻めてこい!」
俺に切っ先を向けながら、ルイスが叫ぶ。
騎士らしく、寝ている相手には追撃しないようだ。
どうも守ってるだけじゃ、納得してくれないらしい。
一方的にやられるのもイヤだし、少しだけ本気を出すとするか。
立ち上がった俺は、ダガーを腰に戻すと地面を蹴り、距離を詰めた。
ルイスは丸腰の相手を斬りつけることに、一瞬迷ったようだ。
そのスキに、ルイスに防護を付与する。
「なんのつもりだ!」
ルイスは光の膜に包まれている。
それを確認してから、俺は最小限の力で炎弾を撃った。
ゴッという音とともに、ルイスの全身が炎に包まれる。
防護の効果によって、炎は体には到達していない。
それでも充分ひるんだ様子だ。
俺はルイスの細いあごに拳を叩きつける。
当然、これも防護の効果に阻まれる。
だが、衝撃は逃しきれず、ルイスは地面に手をついた。
「ッ貴様ぁ!」
「はいはい、そこまで! 殺し合いじゃないんだから」
立ち上がろうとするルイスをリズが制した。
その場にいるものが耳を傾けずにはいられない、凛とした声だった。
「アッシュと言ったな。手加減したつもりか。この屈辱、忘れはせんぞ」
まったくもって自分勝手なやつである。
俺は殴りかかられたから対抗しただけなのに。
「リズ様。今日のところは引き下がります。しかし、これで諦めたわけではありませんよ」
そう言いながら剣を鞘に収め、ルイスは少しかがんだ後、跳躍した。
体が羽毛のように浮き上がる。
しっかり俺をにらんでから、身を翻して飛んでいった。
あっという間に黒い点になってしまう。
便利だな、あれ……魔法かな。
「あんたに借りができちゃったね」
「いいよ、そんなの。命の恩人なんだから」
俺は力なく笑った。
今日は使い慣れない魔法を連発して、少し疲れた。
「それで、聞かないの? あたしのこと」
「ん。まあ、気にはなるけどさ」
誰にだって話したくないことはあるだろう。
俺は、無理に聞き出すつもりはなかった。
「あたしのせいで殴られちゃったんだから、ちゃんと話さないとね」
宿屋に戻る道中で、リズは身の上について話してくれた。
リズはカノン王国の有力な貴族の娘として生まれた。
固有スキルの融合によって病を一時的に克服するも、両親たちは不思議な力を持つ娘を恐れた。
しかし、魔法を次々に覚えて使いこなす姿を見て、貴族間の勢力争いに使えると判断したのだろう。
急に手のひらを返し、リズに取り入ろうとした。
そんな家族に嫌気がさした彼女は、家出同然の状態で飛び出したのだ。
「つまんない話し聞かせちゃったね」
「そんなことない。話してくれて嬉しいよ」
珍しくリズはうつむいていた。
話している間も元気がなかったので、いい思い出じゃないんだろうな。
「でもさ。心配してくれる親がいるって羨ましいよ。俺は親の顔も見たことがないから」
俺の言葉に、ハッとしてリズは顔を上げた。
「……ごめんなさい。余計なこと思い出させちゃった」
「いいんだ。寂しいと思ったこともないし」
別に深刻な話をしたつもりじゃなかったんだけどな。
俺にとっては、生まれた時から親がいないことが普通だった。
何より、ハンナさんや一緒に育った仲間たちがいる。
今までは家族がいるっていうことは、無条件で幸せなことだと思っていたけど、そう単純な話でもなさそうだ。
紅玉の鹿亭に着いた時には、もうすっかり日が暮れていた。
「おう、坊主! あんまり遅い時間まで姫をひっぱり回すんじゃねえよ」
入り口の前でディモンに見つかってしまう。
姫ってなんだよ。
このオッさん、心配でずっと待っていたんだろうか。
俺は軽く挨拶をかわすと、紅玉の鹿亭をあとにした。
孤児院に戻る前に、寄りたい場所があるのだ。
【大切なお願い】
「この後アッシュどこいったの?」
「ルイスまた出てくるんかな」
「楽しめた」
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