防護魔法の習得
王都リガレアに帰った俺たちは、すぐに魔石を換金した。
その結果、予想よりかなり多い金貨36枚の入手に成功する。
もっとも、値切られそうになったところをリズが交渉してくれたからなんだが。
何しろ、こんなに大きな魔石を手にいれたことは初めてなのだ。
俺には全然相場がわからない。
あたりには夕暮れの気配が漂いはじめていた。
「さて、利息込みで金貨16枚、返してもらうね。で、残りは10枚ずつ」
リズが屈託のない笑顔を見せる。
あれ? 当日返したのに利息が金貨1枚……。
やや高すぎる気もするが、金貨10枚もあれば充分か。
炎弾の魔導書までもらっちゃったしな。
「これから魔導書店に行きたいんだけどさ。リズも付き合ってくれないか?」
金貨は今後の戦いのために、魔導書の購入費用に充てるつもりだった。
俺よりずっと戦闘経験が豊富な、リズの助言が欲しい。
「いいよ。あんたにぴったりの魔法を選んであげる。手数料は購入費用の一割ね」
「え? あ、うん。疲れてるのに悪いな」
「……冗談だよ」
少しひるんだ俺の表情を見て、リズが言う。
取れそうなら取ろうという気配を感じたが、そこには触れないでおこう。
もしかして、結構がめつい性格なのかな。
その割には、俺なんかの装備代金を建て替えてくれたりもしていたが。
いずれにせよ、この世界でたくましく生きていくためには、多少押しが強いほうがいいのかもしれない。
戦闘以外にも、リズから学べることはたくさんありそうだ。
◇
魔導書店のやけに高い天井には、大きなランプが吊り下げられていた。
薄暗い店内には俺の身長よりもずっと背の高い書棚が立ち並んでいて、魔導書がこれでもかというほど収納されている。
金貨3枚で買えるお手軽なものから、50枚を超えるものまで様々だ。
奥に座っている品の良い老人は、俺の姿をちらりと見て、すぐ手元の本に視線を戻した。
客じゃない、と判断されたんだろう。
金貨7枚と書かれた書棚の前で、リズがいろいろな魔導書を物色しはじめた。
爆雷砲、空裂断、速鋼弾に雷閃領域。
彼女が手にした魔導書はどれも、ぶっそうなタイトルばかりである。
リガレアの領主が北側の森を開拓しはじめて以来、街の人々が襲われることが増えた。
当然、戦闘用の魔導書もよく売れるのだ。
「んで、あんたどんな魔法を探してるの?」
「できれば、防御系の魔法が欲しいんだ」
攻撃手段もたくさん欲しいところではある。
炎が効かない魔物もいるだろう。
だが、いざという時にリズを守れるようにしておきたい。
「防御系? なんで?」
「いやその……街の人や仲間を守るのが、俺の目的だから」
本当の理由は気恥ずかしくて言えない。
まあ、仲間なんてリズしかいないんだけど。
「ふーん。あたしのこと、守ろうとしてくれてるんだね」
少しだけ口角を上げて、リズが言う。
ちょっとだけ、嬉しそうに見えた。
「そりゃまあ」
「んじゃさ、これなんか良いんじゃない?」
リズが差し出したのは【防護】と書かれた魔導書だった。
「初歩の魔法だけど。あんたの魔力なら、ガッチガチの防御になるでしょ」
「へえ。防護か」
「そいつが気になるのかい?」
奥から店主が声をかけてきた。
どうやら真剣に話す俺たちを見て、客として認めてくれたようだ。
店主の話だと、体の周りに魔力で作ったバリアを展開できる魔法らしい。
ちなみに対象は自分に限らない。
込められた魔力が強ければ強いほど、対象の防御力は上がる。
なんでも、大魔道士によって付与された防護は、龍のブレスにすら耐えられたという伝説があるのだとか。
俺はこの魔法で、仲間を守る自分の姿をイメージした。
龍の吐く強力無比なブレス。
それを片手で防ぐ俺。
背中にしがみついてくるリズ。
うんうん。
悪くない、悪くないぞ……むしろ良い!
というか、理想そのものかもしれない。
それに俺の戦い方は素人同然なんだから、基礎からしっかり固めていった方が良さそうだ。
俺は支払いを済ませて店主に礼を言うと、店を出てすぐに防護の魔導書を胸に当てた。
役目を終えた魔導書は淡い光を放ち、空気に溶け込んでいく。
「じゃあ早速試してみようよ」
リズは店の裏にある広場まで歩いていく。
もうすっかり日も落ちているからか、人通りはない。
「まずあたしに防護をかけて、その後に炎弾で撃ってみてよ」
「わかっ……はあ!? そんなことできるわけないだろ? ケガしたらどうするんだよ」
「ケガしないための防護魔法でしょ?」
「そりゃそうだけどさ」
恐ろしい提案をする子だな。
それだけ俺の魔力を信用してくれているのか、それとも自分の力だけで炎弾を防げるのか。
グリフォンを仕留めた手並みを見る限り、リズは相当な手練だろう。
リガレアを見渡しても、彼女と同等以上の戦力を持つものは少ないはずだ。
それはわかってはいるが、目の前の彼女は華奢そのものなのだ。
透けるように白い肌は、頑丈さを全く感じさせない。
手足や腰も細い。
ただ、その割に胸は──
「なにジロジロ見てんのよ。やんの? やらないの」
「えっ!? ああ、ちょっと待った。まずは俺で試そう」
うろたえながら、俺は覚えたての防護を自身に使ってみる。
すぐに光沢を帯びた魔力のバリアが、俺の体全体を覆った。
手を広げると、指の一本ずつが膜で覆われているのが確認できる。
「おお! リズ見てよ、この──うぐっ!」
顔を上げた瞬間、炎の塊が飛んできた。
避けるまもなく胸に直撃。
というか、気づいた時には当たっていた。
「うわっ! あっつ……くない」
「すごいすごい。鎧もまったく焦げてないね」
リズの放った炎弾が直撃しても、俺の体にダメージはなかった。
それどころか、鎧にまで到達していない。
しかし、決してリズの炎弾が弱いわけじゃない。
あの屈強なグリフォンですら、悲鳴をあげながら逃げるしかなかった魔法である。
試し方はちょっと引っかかるが、おかげで防護がどれほどの効果を得られるかははっきりした。
「ちょっと荒っぽかった? ごめんね」
そういってリズは手を差し出した。
触れようとした俺の手に、青白く光った短剣が襲いかかる。
「うわっ」
「避けたらダメじゃない」
反射的に手を引っ込めた俺は、なぜか怒られる。
「いやいや、斬りつけるって言ってからやってくれよ!」
「何いってんの。実戦じゃ、誰も宣言してから攻撃してくれないよ」
リズの表情は大真面目だった。
彼女の言うことにも一理ある。
だからって、短剣に魔力付与までかけなくても。
俺は、渋々手を差し出した。
と、同時にリズの短剣に斬りつけられる。
ガギンッ! と聞き慣れない音が響いた。
金属同士をぶつけたような音だ。
「うーん、予想以上。けっこう魔力を込めたんだけどな。これなら、よっぽどの魔物じゃないかぎりダメージ食らわないよ、きっと」
リズは純粋に感心した様子だった。
防護を使用している間は、魔法も物理攻撃も防げるみたいだ。
どのぐらい維持できるのかはわからないが、今のところは全然平気である。
戦闘中に自分とリズを守るぐらいなら、余裕だろう。
またひとつ、自分は強くなれた。
これもすべて、リズのおかげだ。
少しずつ無力感が薄まっている。
充実感にひたっている俺のはるか頭上から、若い男の声がした。
「探しましたよ、リズ様。さあ、わたしと一緒に帰りましょう」
【大切なお願い】
「頭上の男はだれ?」
「アッシュどこみてんだ」
「わるくないな」
と思ってくださったら
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