快癒の魔導書探し
「まったく。遅えぞ、坊主! あんなにカワイイ子を待たすなんてよ。いいご身分じゃねえか」
朝っぱらから腰に手を当てて俺をどやしつけるのは、宿屋兼酒場【紅玉の鹿亭】の店主ディモンだ。
短く刈り上げた頭髪、まばらに生えたヒゲ。
そして長身かつガッシリした体躯。
元は名のしれた戦士だったらしい。
ただし、本人談なのでどこまで本当かわからない。
調子のいいオッサンだから、話を盛っているんじゃないかと俺は疑っている。
微妙に腹が出ているところも怪しい。
それでも、幼い頃から俺を見守ってくれた大人のひとりだ。
「カッコつけて無理すんなよ。お前、弱いんだから」
心配してくれるのはありがたいが、今のはちょっとカチンときた。
「大丈夫だよ。俺だって魔法ぐらい使えるんだ」
そういって俺は手のひらに小さな炎弾を作った。
青い炎が揺らめいている。
「お! やるじゃねえか。成長してんだな。安心したぜ。」
ディモンは感心したようにうなずき、ニヤリと笑った。
悪い人じゃないんだけど、一言多いんだよな。
「しっかし、お前もすみに置けないよな。どこで知り合ったんだ、オイ」
「はいはい。それで、おやっさん、リズはどこにいんの?」
ディモンは怪しげな笑みを浮かべたまま、店の奥をあごでさした。
一階は宿泊客のための食堂でもあり、夜は酒場にもなる。
その奥に、リズが座っているのが見えた。
「おはよう。なあ、ディモンに変なこと言われなかった?」
「あのおじさん? 親切だよ。ご飯も美味しいし、ベッドもふかふかだった」
リズは朝から上機嫌らしく、声が弾んでいた。
店主のディモンこそクセのある親父だが、紅玉の鹿亭は宿としてのレベルは高い。
ひとりで眠るには広すぎる、立派なベッドは家具店に特注で作らせたらしい。
夜はリガレアで一番騒がしい酒場なだけあって、料理もうまいと評判だ。
リズとの関係を茶化されるのに抵抗があったが、ここ以上の宿を俺は知らなかった。
「それで、これからのことなんだけどさ」
マグに入ったキノコと野菜のスープを飲み干して、リズが切り出す。
「あたしと一緒に快癒の魔導書を探して欲しいの」
「快癒の魔導書?」
「そ。あたしが幼いころに病気で死にかけたって話はしたでしょ。精霊と融合したことでなんとかごまかせてるけど、その病気は完治したわけじゃないの」
そういって、彼女は鎧をずらし、少しだけ左肩を露出させた。
薄っすらとアザのようなものが浮かび上がっている。
「嫁入り前の娘としては、治しておきたくてさ。それで、全ての病を治癒すると言う快癒のグリモアを探してるってわけ。……しまっていい?」
ハッとして俺は視線を外した。
彼女の白い首すじから、肩にかけての曲線に見とれていたのだ。
無意識とはいえ、恥ずかしかった。顔が熱い。
しかし、病を治せる魔法なんてあったのか。
そんな便利なものがあるなら、ハンナさんの病気だって治せるじゃないか。
「わかった。俺もその魔導書探しを手伝うよ。それで、何か手がかりはあるのか?」
「リガレア周辺のどこかに眠っている、とは聞いたことがあるんだけどさ。それ以上のことはわかんない」
リズは椅子の上に足を投げ出すと、大きく伸びをした。
きっと昨日、神霊の祭壇に来たのも魔導書探しのついでだったんだな。
とにかく、怪しそうな場所を片っ端から調べるしかない。
リガレアの周辺には古代遺跡や洞窟、砦跡など、何かありげな場所だらけだ。
もっとも、強力な魔物が棲み着いていることがほとんどで、探索には危険をともなうんだけど。
快癒のグリモアを探しながら、街の周囲に潜んでいる魔物たちを倒す。
そうすれば、街を魔物から守ることにもつながる。
よし、これでいこう!
「やることはハッキリしたんだけどさ。あんた、その格好で戦うつもり?」
リズが頬杖をつきながら、ジト目で俺をにらむ。
ゆったりとしたチュニックに綿のズボン。
そして飾り気のないサンダル。
厚手の布でできたバッグも持ってはいるが、中は空っぽだ。
「マズいかな。でも俺、金もってないんだよね」
ジト目がゆっくり憐れみを帯びていく。
小さくため息をつきながら、リズは席を立った。
「しょうがないなぁ。あたしが建て替えてあげるから、もうちょっとまともな装備を揃えましょ」
もう十分世話をかけている身だけど、今は彼女の厚意に甘えるしかなかった。
なにしろ先立つものがないのだ。
ハンナさんの薬代も欲しいし、まずは金を稼ぐ必要があるな。
魔物は絶命すると、不思議な力を秘めた魔石に姿を変える。
武具や薬の素材としても使える貴重な資源で、リガレアの街にも魔石を買い取る店はたくさんあった。
金さえあれば、装備どころか魔導書だって買えるのだ。
俺は俄然やる気になって歩き出した。
◇
買い物を終えて武具店をあとにした俺たちは、街を歩いていた。
金属板で補強した鎖鎧
革製のショートブーツ
鋼鉄製のダガー
結局、俺が選んだのはこの3点。
リズに代金の金貨15枚を支払ってもらい、さっそく店の試着室で着替える。
魔力のおかげか、ほとんど鎧に重さを感じなかった。
「おー。らしくなったじゃない。さあ、日が暮れる前に出発しましょ」
「ああ。ありがとう、リズ」
ダガーを腰に差し、じっと自分の手のひらを見つめた。
魔力の高まりを感じる。
今の自分なら、どんな敵でも倒せる──
そんな気がしていた。
街を歩けばみんながリズを振り返る。
見とれて壁にぶつかる男までいる始末だ。
それだけ彼女の容姿は際立っていた。
道行く男たちはいまいましげに俺を見る。
「なんであんなヤツが?」と言いたげだ。
無能として小馬鹿にされてきた俺が、今まで感じたことのない優越感だった。
意気揚々と、街の東にある門に向かって歩いていた、その時。
「おいこら、アッシュ! 能無しのアッシュじゃねえか。挨拶もなしに素通りか?」
ガラの悪い声が背後から聞こえてくる。
振り返った先には、日ごろから俺やカイルを小馬鹿にしていた兵士長のドルガンがいた。
取り巻きの兵士3人と一緒に、うすら笑いを浮かべている。
無精ひげに太い眉。
分厚い胸板と、丸太のような太い腕。
荒くれものを絵に描いたような男だ。
「お? なんだその恰好は。固有スキルも持たないゴミが、冒険者気どりか?」
ドルガンが言い終わらないうちに、取り巻きが笑い声をあげる。
気分の悪い輩だが、全員が戦闘用の固有スキルを持つエリートだ。
「なにアイツ。偉そうね」
リズは不快げに吐き捨てる。
振り返った彼女を見て、ドルガンの顔色が変わった。
「おいおい、ずいぶんイイ女連れてるな。カスのくせによ。能無しにはもったいないぜ。姉ちゃん、俺たちと飲もうや」
ドルガンがなれなれしく声をかける。
リズの肩に触れる前に、俺はヤツの手首を掴んだ。
「彼女に触れるな」
「ああ~~!? お前、誰に口きいてんだコラァ!」
ドルガンの日焼けした顔面が、みるみる紅潮していく。
こめかみには血管が浮き出ていた。
数々の戦地でならしたのだろう、肩の筋肉が盛り上がっている。
手首ですら俺の指が回りきらないほど太い。
「離せ、ボケが!」
ドルガンは強引に振りほどこうとするが、俺はそのまま手首を握りしめた。
大柄で筋肉質なうえに、戦闘用の固有スキルまで。
これだけ恵まれたものを持ちながら、なぜ威張り散らすしかできないのか。
その力を困っている人のために使えばいいじゃないか。
「んぐ、くっ! この……」
掴まれた手を振りほどけないドルガンの姿を見て、俺は我に返った。
あれ? いつの間に、こんなに力が強くなったんだ。
身長も体格も平凡な自分が、この巨漢を単純な腕力で圧倒しているなんて。
取り巻きの兵士たちは、言葉を失いながら俺から離れようとする。
「あああッ! お、折れる! 離せ、離してくれ!」
耐えきれず、ドルガンが叫ぶ。
俺は慌てて手を離した。
ドルガンは痛めた手首を抱えて、背を向ける。
周囲の人々は驚いた様子で俺を見ていた。
──まずい。
目立つつもりじゃなかったのに。
この力が融合によるものなのかどうかはわからなかった。
ただ、古代神と融合した時に俺の基礎的な力も上がっていたらしい。
「リズ、行こう!」
「ん? せっかくだから、もうちょっとボコしていこうよ」
「いや、もういいんだ」
俺は足早に歩きだした。
つい頭に血がのぼってしまったが、力を調節できるように練習しなきゃな。
あんなゴロツキみたいな連中にかまっているヒマはないんだ。
目的地は妖樹の森。
巨大な樹木のような姿をした魔物トレントが多数生息するという、地元の人間なら絶対近づかない場所だ。
あそこなら、今の俺の力も存分に試せるはずだ。
【大切なお願い】
少しでも
「リズの病気は治るの?」
「オッさん、本当に強いのか?」
「ドルガンいい気味!」
と思ってくださったら
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