古代神との融合
俺が警備の仕事を始めてからしばらくして、ハンナさんが流行り病に倒れた。
長年の無理がたたったのか、ハンナさんはすっかりやつれて、金色の髪に白髪が幾本も混じっていた。
俺は自分の仕事に慣れることに精一杯で、そんなことにも気づいていなかった。
簡素なベッドで眠る彼女を見て、焦燥感にさいなまれた。
ハンナさんが病に臥せってから、2日が経っても、容態はいっこうに良くなる気配がなかったのだ。
育ての親に等しいハンナさんのために、自分にできることはないだろうか。
まとまった金があれば、もっと良い治療を受けさせることができるのに。
そう考えた俺は、カイルとともに街の祭壇の警備についた。
なんでも古代神が眠る場所だとかで、膨大な魔力が秘められているらしい。
その魔力につられて集まってくる魔物はいずれも強力で、警備には大きな危険がともなう。
だからこそ、領主から支給される手当も厚い。
「なあ、アッシュ。本当に良かったのか? きっとここに来る魔物は、俺らの手に負えないぜ」
カイルは祭壇に登るために作られた、石造りの階段を見上げていた。
太陽は天頂を過ぎている。
兵士長たちも、戦闘向きの固有スキルを持たない俺たちに期待しているわけじゃない。
捨て駒ぐらいの感覚だろう。
現に、強い固有スキルを持つ者たちは街の中央の警備にあたっている。
ここに集められたのは、戦力に乏しい者が五人。
兵士長に必要なのは「歴史のある、街の名所を守っていますよ」という体裁だけだ。
古き神々への信仰が、いかに薄まっているかがよくわかる。
「仕方ないさ。金のためだ。怖かったら逃げてもいいんだぜ?」
俺は支給された、粗末粗末な革製の小手をはめながら軽口をたたく。
実際、逃げ出したいのは俺の方だ。
しかしここで5日も働けば、薬を買うぐらいの金は用意できる。
ハンナさんの病気だって、良い薬さえあれば……
小剣の握りを確かめていた時、目の前の木々が揺れたような気がした。
目を凝らしてみる。
葉の動きから、何かが近づいてくるのがわかった。
しかも、葉が揺れた場所は俺の頭の位置よりずっと高い。
草むらをかき分け、巨大な鳥の脚がぬっと現れた。
「お、おい。あれって……」
警備兵のひとりが震えながらつぶやく。
すぐとなりにいる中年の兵士は、口を開けたまま呆然と音のする方を見続ける。
突如、巨大な鷲の頭が木々の間から飛び出し、甲高い鳴き声をあげた。
ビリビリと顔が震えるほどの奇声。
俺たちは一瞬、金縛りにあったように動けなくなった。
頭と前足から腰にかけては鷲の姿。
胴体と後ろ足までは獅子。
──魔獣グリフォン。
体重は俺の10倍以上ありそうな巨体だ。
「ひぃっ!」
警備兵のひとりが、悲鳴をあげて走り去ろうとした。
黒い影がゆらめき、その背中にグリフォンの爪が食い込む。
支給された革鎧のおかげで一命をとりとめた警備兵は、木陰に転がり込む。
続けて、グリフォンは戦意を喪失したふたりの警備兵に襲いかかる。
腰のひけた兵士たちは防戦一方だ。
大小様々な傷を負い、逃げ出すチャンスすら作れない。
俺は駆け寄ると、グリフォンの後ろ足を小剣で払った。
──硬い!
針金のような毛にはばまれて、表面に薄っすらと血がにじんだだけだった。
グリフォンの首が、直角に曲がる。
感情の読めない目が、俺をとらえていた。
「俺が引きつけるから、その間に走れ!」
恐怖と戦いながら、俺は叫んだ。
それを聞いた警備兵たちはためらいなく背中を向け、一目散に走り去っていく。
俺は小剣を正面に構えた。
こんなチンケな武器が通用する相手じゃない。
わかっていても、他にどうすることもできなかった。
「カイル! お前も行け!」
グリフォンは体ごと俺たちの方に向き直り、上半身を沈めた。
飛びかかる気満々だ。
「お前を置いて逃げられるわけないだろ!」
カイルが弓を引き絞る。
声が震えていた。
放たれた矢はクチバシ部分に当たったが、あっさりと弾かれてカツンと小さな音を立てる。
グリフォンは避ける素振りすら見せなかった。
「いいから逃げろ! このままじゃ、ふたりとも死ぬぞ!」
「で、でも……」
近づいてくるグリフォンを見つめたまま、カイルは硬直している。
鋭く尖った、巨大なクチバシが迫った。
無我夢中でカイルを突き飛ばした俺の脇腹に、激痛が走る。
「走れ! 戻って応援を呼んでくれ!」
俺は痛みに耐えながら、叫ぶ。
もちろん、捨て駒を助けるための増援なんか来るはずがない。
それでもカイルがここを動く理由が必要だ。
「わ、わかった! アッシュ、死ぬなよ!」
カイルが背を向けて走り出すのを見て、少しだけ俺は安堵した。
折れてしまった小剣を、地面に放り投げる。
脇腹にあてた手が熱い。
あれ?
いつの間にか、俺の足元は赤く染まっていた。
傷をたしかめる前に、俺の胸はグリフォンの爪によって引き裂かれる。
「ああっ! あ……」
喉が焼けるようだった。
息が思うように吸えず、痛みで声も出ない。
死ぬ時って、こんなに呆気ないのか?
ひざの力が抜けて、俺は地面にへたりこんだ。
立ち上がる気力すらわかない。
自分の作った血溜まりの中で、震えるのが精一杯だ。
痛みと絶望だけが、俺の体を支配していた。
――どれほどの時間が経ったのだろうか。
それとも、数瞬のことだったのか。
グリフォンはピクリとも動かない。
いや、動けないのか。
そしてその頭部がいきなり燃え上がった。
グリフォンは悲鳴をあげて、頭を地面にこすりつける。
不気味なうなり声をあげながら、木々の間に逃げ帰っていった。
な、なんだ。
何が起こったんだ、いったい……。
ほどなくして、草むらから少女があらわれた。
灰色がかった銀色の髪が、肩のあたりで切りそろえられている。
ところどころ金属で補強された上等な革鎧に、ロングブーツ。
年は俺と変わらないぐらいだろうか。
彼女がグリフォンを仕留めたことに、しばらく俺は気づけないでいた。
「大丈夫? ……じゃ、なさそうだね」
彼女は血だらけの俺の前にかがみ込むと、悲しげな表情を浮かべた。
自分は助からない。
それがよくわかる表情と声色だった。
俺は無意識に、少女の赤い唇を目で追っていた。
肌が透けるように白い。
凛とした、美しい顔立ち。
夢でも見ているかのような気分だ。
出血のせいか、頭がボーッとする。
痛む体さえ、少しずつ自分のものではなくなっていくようだった。
「……あんまりオススメはできないんだけど」
彼女の声で、失いかけた意識がもどる。
「ひとつだけ助かるかもしれない方法がある。試してみる?」
俺は目を見開いた。
この状態から助かる?
そんなことができるのか。
どれだけ高度な治癒魔法でも、もう手遅れな気がした。
「あたし、子どものころに病気で死にかけたことがあってさ。固有スキルの融合を使って、森の精霊と一体化したの」
そこまで話して、彼女は少し間を置いた。
きっと、気軽に勧められる方法じゃないんだろう。
「あんたも試してみる?」
人間の体が精霊と融合したらどうなるのかなんて、俺は知らない。
不安しかない。
ただし、はなから選択の余地などないのだ。
俺は半分白目のまま、静かにうなずいた。
彼女は何かを決意したように口を引き結ぶと、俺の肩に手を回し、ゆっくりと担ぎ上げた。
華奢な見た目からは想像できない力強さ。
これも精霊と融合することで得た力なのだろうか。
彼女は俺を背負うと、祭壇に続く階段を登り始めた。
小高い丘の頂上に、石柱がまばらに立っている。
その中央にある、大理石で作られた祭壇に寝かされた俺は、空を見上げていた。
彼女は俺の胸に手を当てて、じっと目を閉じている。
何かを待っているようだ。
俺も目を閉じた。
人気のない丘の上で、風が葉を揺らす音だけが聞こえてくる。
まるで、さざ波のようだった。
そして、音がふいに止む。
祭壇の真下に、何かが居る。
間違いない。
彼女が待っていたのは、この何かだ。
とてつもなく大きな存在に感じられた。
その何かは、品定めするように俺をじっと見つめている……気がした。
俺の体から意識が離れようとした時、彼女の全身が淡い光に包まれた。
その直後、地中に潜む大きな存在が俺の体に流れ込んできた。
今までに感じたことのない違和感。
胸から全身に広がる、燃えるような痛み。
彼女の赤い瞳がじっと俺を見つめている。
そこで俺の意識は途絶えた。
【ぜひ評価・ブクマお願いします!】
「このあと何が起こるの?」
「続きも読んでみようかな」
「アッシュ大丈夫なの?」
と少しでも思ってくださったら、
ブックマークと広告下↓の【☆☆☆☆☆】からポイントを入れてください!
宜しくお願いしますm(_ _)m