固有スキル「空洞」
痛みに耐えながら、俺はなぜこんな目にあっているのかを思い出していた。
水龍の加護により栄えた都市、リガレア。
その端にある孤児院で俺は生まれ育った。
戦争で死んだという、両親の顔は知らない。
それでも俺は、寂しいと思ったことなんてなかった。
街には同じ境遇の戦争孤児たちがたくさんいたし、面倒を見てくれる修道女のハンナさんがずっとそばにいてくれたからだ。
「さあ、中にはいって。外にいると危ないわ」
まだ幼い俺の手を引いてくれたのは、質素な修道服に身を包んだハンナさんだ。
水仕事で荒れているけど、あたたかい手。
俺の母さんが生きていたら、彼女ぐらいの年だろうか。
日が暮れると、時々街の北側にある山から魔物が降りてくる。
人里に食べるものを探しにやってくるわけだ。
街は兵士たちに守られてはいたが、配備されているのは金持ちが住む地域がほとんどで、街の端にある孤児院なんて誰も守ってはくれない。
俺はおとなしく孤児院の広間に入ると、窓から外をのぞき込んだ。
もうずいぶん前に舗装されて以来、ずっと手つかずの通りには誰も歩いていない。
空から雪がはらり、と降ってくる。
すきま風で俺の足首はすっかり冷たくなっていた。
獣の遠吠えが聞こえてくる。
街全体がこの孤児院に関心を持っていないような、そんな寂しさを感じる。
「さあ、アッシュ。冷めないうちに食べて」
背中から優しい声をかけられ、俺はテーブルに走る。
具は少ないけど、ハンナさんの作るスープは本当に美味しい。
素朴だけど、ぬくもりを感じられる味だった。
「いっただきまーす!」
うまそうにスープをすすり、硬いパンにかじりつく俺たち孤児を彼女は微笑みながら見守っていた。
俺もいつか──
いつか、恩返しがしたい。
みんなの役に立ちたい。
強くなって、ハンナさんや仲間たちを守れるようになるんだ。
俺の思いは、日増しに強くなっていった。
なんの力も持たない孤児の俺だが、望みはあった。
14歳になった時に受けられる「固有スキル鑑定」だ。
この世界では、誰もが特殊なスキルを持って生まれてくる。
価値のあるスキルを秘めてさえいれば、平民だって領主に召し抱えられるのも夢じゃない。
騎士にだって、なれるかもしれない。
自分に世の中をあっと言わせる特殊なスキルが秘められていて、強くなって、出世して。
そして自分を支えてくれた人たちに恩返しをする。
俺は寝る前にずっと、そんな空想にひたっていた。
14歳になるのが待ち遠しかった。
◇
「次、そこの黒髪のお前。さっさと中に入れ」
衛兵がめんどくさそうに、俺を案内する。
街の中央にある、スキル鑑定専用の施設だ。
ついにその日はやってきた。
固有スキル鑑定を受ける日が。
俺の胸は希望に満ちていた。
自分にはどんなスキルが眠っているのだろう。
爆発的な魔力を発揮できる「増幅」
敵の魔法を跳ね返す「反射」
魔物を呼び出す「召喚」
こういった戦闘向きのスキルは、特に重宝される。
領主は街の北側にある森を開拓して農地を広げようとしているが、魔物の抵抗に手を焼いているからだ。
次に歓迎されるのが補助型のスキル。
魔力の消費を抑えたり、毒を無効化したり。
とにかく戦場で役立つスキルがあればいい。
樫の木で作られた、分厚い扉に手をかける。
簡素な小屋の中では、眼鏡をかけた初老の男が木製のベンチに座っていた。
男の目の前にある小机には、金色の台座と拳ほどの大きさの真っ黒な石が置かれている。
「さあ、そこに座って」
目の前の席に座った俺は、無意識に深呼吸をしていた。
手のひらにはじっとりと汗がにじんでいる。
「ははは、そんなに緊張することはない。すぐに終わるよ」
俺の表情を見て男は優しく微笑み、白髪交じりの前髪を後ろになびかせた。
真剣な表情で、水晶玉をのぞき込む。
ずいぶん長い。
男は眉間にシワを寄せたまま、微動だにせず水晶の奥をにらんだ。
「……こんなことがあるのか。……空っぽだな」
ため息交じりにそうつぶやく。
「えっ? どういう意味ですか?」
たまらず俺は聞き返す。
声はうわずっていた。
空っぽってどういうことだ。
何もない状態なのか?
「わしにとっても初めての経験だ。君の固有スキルは、空っぽだ。何も中身がない」
男は憐れむような目で俺を見た。
ゆっくりと手元の経歴書に視線を落とす。
戦争で両親を亡くし、街のために戦おうと決意するものの、何の固有スキルもない。
そんな不遇な少年に、どう声をかけたら良いのかわからない様子だった。
「ちょ、ちょっと! もう一回見てくださいよ! きっとなんかあるはずですよ!」
俺は思わず立ち上がってそう叫んだ。
できれば戦闘に役立つスキルが良いが、この際贅沢は言わない。
何だって良い。
自分だけの強みが欲しい。
「もう何度も見たよ。君の中には何の固有スキルもない。残念だが、諦めるんだね」
男は俺の経歴書を引き出しに直すと、小屋の入り口に目をやった。
鑑定は終わったのだ。
俺に話すことも、もう無いらしい。
「それで……落ち込んでいるところを悪いが、後がつかえている。スマンがもう帰ってくれないか」
「あ、はあ、どうも。……ありがとうございました」
かろうじてそう返事をした俺は、呆然としながら小屋を出る。
外には少し前の俺と同様に、緊張した面持ちで並ぶ少年たちがいた。
この中の誰かは、領主に召し抱えられるような有能スキルを秘めているのだろうか?
「空っぽ……? 俺には固有スキルすらないのか……」
足取りが重い。
今日、俺を送り出してくれたハンナさんに、なんと報告すればいいのだろう。
孤児院に戻った俺の表情を見て、ハンナさんはすべてを悟ったらしい。
不自然なほど、固有スキルについて触れなかった。
俺は仲間たちと雑魚寝している寝室に戻ると、すっかりくたびれた毛布にくるまった。
ベッドがギシッ、と乾いた音を立てる。
深いため息をひとつ。
全身が無力感に包まれていた。
何をやっても無駄なんじゃないか。
未来を良くするなんて、自分には無理なのかもしれない。
そのまま俺は、しばらく起き上がることすらできなかった。
◇
固有スキル鑑定から3年が経ったころ、俺は街の中央にある城の警備の仕事に就いていた。
スキルを持たないからといって、いつまでも腐っているわけにもいかない。
食べていくためには働く必要がある。
たとえ特別な力はなくとも、どうせなら街を守る仕事がしたい。
そんな俺にとって、警備の募集は渡りに船だった。
「よう、アッシュ! メシにしようぜ」
緑がかった短髪の少年が、元気に振り返る。
同じ孤児院で育ったカイルも、戦闘には不向きな固有スキルだった。
もっとも、固有スキルがあるだけ俺よりはずっとマシなんだが。
それでも、戦闘では大して役に立てない、落ちこぼれの俺たちには重要な仕事は回ってこない。
警備とは名ばかりで、洗濯やら炊事、雑用を押し付けられてばかりだ。
無能扱いされてあからさまな嘲笑を浴びることも、もはや日常である。
そんな日々の中では、食事の時間だけがささやかな幸せだった。
「なあ、アッシュ。俺たちって一生このままなのかなぁ」
見張り台の小さな椅子に腰掛けて、カイルは乾燥しきったパンをかじる。
目を細めて、水龍が住むという霊峰を眺めていた。
晴れ渡った空が、なんだか無性に憎い。
「夢のないこと言うなよ。俺たちだって、訓練を続ければいつかはさ……」
安易に語りだした俺は、言葉に詰まる。
同じ訓練を受けたもの同士なら、戦闘向きの固有スキルを持つ方が圧倒的に有利だ。
その差は永遠に縮まらない。
「そうだよなぁ。希望はあるよな、きっと! とりあえず今は、俺たちにできる範囲で街の役に立てばいいか」
カイルが諦めたようにつぶやく。
しかし、そんな俺たちの静かな暮らしすら長続きはしなかった。
甲高い奇声をあげながら、街に少しずつ近づく不気味な影。
何の感情も読み取れないガラス玉のような目に見つめられていることを、この時俺は気づいていなかった。
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