癇の虫
テストを間近にするクロイツ学園の生徒達は、それぞれに教科書を抱えて右往左往していた。
期末テストさえ終わってしまえば、あとは長い冬季休暇が待っている。冬休みの楽しい計画と、目の前の単語帳を胸に、野村じゅんはある人物を探していた。
「あ、キキ!」
まるで造り物のように整った鼻梁と、ふっくらした唇。弧を描く眉に、マッチ棒が乗るほどの睫毛…水無月樹木が振り向き、長く、淡い栗色の髪を揺らした。
ハッとするほどの美女であるにもかかわらず、その表情はひどく憂鬱そうである。
「じゅん…どうしたの?」
「どうした…っていうか、キキこそどうしたんだ?顔色悪いぞ、具合でも悪いのか」
樹木の前の席を陣取ってイスを跨いで座る。
「なんでもないわ。具合が悪いわけではないから」
かぶりを振って言うが、じゅんは、普段と異なる樹木の様子に対して首をかしげたままだ。
「……なんでもない…って言っても信じてくれないわね」
「うん」
樹木は、じゅんの黒い瞳に見つめられるのが嫌ではないが、苦手だった。強制されたわけではないのに、何でも打ち明けてしまいたくなる衝動にかられるのだ。
「…手紙を、もらったのよ」
「手紙?」
「そう。告白の手紙」
サラリと言うのは、さすがにラブレターに慣れているからかもしれない。
「告白の手紙をもらって沈んでたのか?」
一般的に、告白の手紙をもらって喜びはしても、ここまで沈む理由となりうるのか、じゅんには疑問だ。
「知らない人にいきなり会いたいと書かれて、素直に喜べる?」
「う~ん…少し不気味ではあるよなぁ…実際」
「そうでしょう?私は相手の名前だって聞いたことないのよ」
樹木は大きな溜め息をついた。
もっともらしくじゅんに相談しているが、今まで樹木はこのような悩みごとに直面したことはなかった。なぜなら、もらったラブレターは一応目を通した後は、内容にかかわらず『無視』するのが常だったからだ。
しかし今回、なぜかそれができなかった。いつも通り、手紙の主は全く知らない人で、樹木自身、全く興味はないのだが…。
「気持ちはわかるけどさ、会うだけ会ってみなよ。案外いいやつかもしれないぜ?」
屈託の無い笑みを向けられ、樹木は仄かに頬を染める。
「・・・・・・・・・・・・そうね」
樹木は、喉の奥に黒い霧がかかったような感覚に、胸のムカつきを覚えた。
何故か自分がイラついていることがわかった。
「…って、もう会うつもりだったんだよな。オレが口出すことじゃないよな。ごめん」
じゅんならば、『会ってやれ』と言うのがわかっていたから、手紙の中の今日の日付を覚えていた。
今、じゅん自身にそう言われて、何をイラついているのだろうか。
樹木は自問自答しながら、癇癪に似た己の感情の原因を探ろうとしている。
「良いヤツだと、いいな!」
何 が こ ん な に 、 私 を イ ラ つ か せ て い る の だ ろ う ?