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夢から醒めて逢いたいのは、あなた  作者: 春野 泉
第3章 7月2日
9/37

(1)


「昨日、本の取り寄せをお願いした今井です」


顔を上げると、カウンターの前に彼がいた。


私は一瞬思考が停止し、数秒間彼の目をじっと見つめた。


昨日見た夢の続きだー


『夢の中で夢と気づく』そんな感覚だった。


「昨日の閉館間際にお願いした本を取りにきました」


彼はその切れ長の目を瞬きさせ、少しだけ戸惑った様子で用件を言い直した。


「あ、すみません。こちらですね。どうぞ」


カウンターの内側に置いていた本を手渡した。


「ありがとうございます」


彼は私が同級生であることに気付かず、昨日と同じように出口の方へと向かって行く。


「あの!」


帰ろうとする彼を咄嗟に呼び止めたものの、続きの言葉が出てこない。


「・・・伊奈さん?」


私は不意を突かれ、


「うん、えっと、久しぶり」


目を合わせず、しどろまどろに答えた。


声も少し裏返ってしまった。


彼は何かを考えた様子で少しだけ沈黙し、


「あのさ、この後ちょっとだけ時間いいかな?」


「え? 」


時計を見ると閉館まで、まだ1時間ほどある。


「終わるのが19時過ぎになっちゃうけど・・・」


「家に一度戻ってから、その時間にまた来るよ。じゃあ」


彼は同級生との久しぶりの再会を喜ぶでもなく表情を変えることなくそう言って、出口の方へ歩いて行った。


吉永さんは小走りで戻ってきて、


「つぐみちゃん、見てたわよ〜。

さっきのミステリアスなイケメンだあれ?」


とニヤニヤしながら聞いてきた。


「中学の同級生です」


「そうなんだ~。ただの同級生?

 実は付き合っていたとか?」


「いえ、本当にそういうのじゃないんです。隣の席だった時期があったくらいで・・・。顔を見たのも10年ぶりです」


「ふ~む。10年ぶりの再会か。 

 これは何か起こりそうな予感」


と恋愛ドラマを見るかのように楽しんでいる。


それから閉館までの一時間、私はそわそわしてばかりだった。


貸出手続きをした本を相手に渡しそびれたり、受け取った本を床に落としてしまったりした。


その度に吉永さんは、「つぐみちゃん、本!本!」とサポートしてくれた。


どうにか閉館作業を終え、正面口から図書館を出ると、彼が紫陽花が咲く花壇前のベンチに座って本を読んでいるのが見えた。


「じゃあ、つぐみちゃん、楽しんでね」


吉永さんはニヤニヤしながら言った。


私が「本当に何もないですから」と言う前に吉永さんは早足で上機嫌でその場を立ち去った。


私は彼のもとへ駆け寄った。


「今井くん、遅くなってごめん・・・」


「こっちこそ、急にごめん。

 渡したいものがあって」


彼は立ち上がり、紙袋から一冊の本を取り出した。


「これ、私が中学生の時に貸した本・・・」


それは、中学の時に夢中になって読んでいた推理小説家の本だった。


上下巻に分かれているその本の下巻だけが彼に貸したままになっていた。


裏表紙を見ると、何故か焦げたように黒くなっている箇所があった。


私は、そっとその黒くなっているところを指でなぞった。


「実は、実家のストーブの上に置いて焦がしちゃって。本当にごめん」


「いいの。

貸していたことも忘れていたくらいだから」


私は、また1つ嘘をついた。


顔をあげて彼を見ると、彼は何故か少し哀しそうな、でもどこか優しい表情でこちらを見ていた。


「まさかこんなところで会えると思ってなかったからびっくりした」


私は彼から目を逸らし、咄嗟にありきたりなセリフを言ってベンチに座った。


彼は、少し間をあけて隣に座った。


「最近、そこの大学で研究メンバーとして参加することになって。

研究の参考になりそうな本がこの図書館があるのを知って寄ったんだ」


「そうだったんだ」


大学は図書館から歩いて5分程のところにある。


国立大学の中でも難関校で、理系のキャンパスだけがこの町にあった。


高校生の頃、友人に誘われてオープンキャンパスに行ったがあるが、とても広く、研究室で研究している大学生たちがカッコよく見えた。


ただ、残念ながら私はどう抗っても文系だったため、それ以来その大学に行く機会はなかった。


「この図書館は中学の図書室に少し似てるね」


「うん。

木の温もりがあって、天井が高くて、窓が大きい感じが似てるんだと思う」


中学の図書室は、校舎とは別に運動場の片隅に立てられていた。  


この図書館の1/3くらいの大きさだが、檜を使った木造の建物で私は温かみのあるその図書室が学校の中で一番好きな場所だった。


「それに、この時期は紫陽花が咲いてきれいなの」       


私はチラッと後ろを振り向いた。


紫陽花が静かに咲いている。


中学校の図書室も運動場との境目を強調するように図書室を囲う形で花壇があり、そこには紫陽花が植えられていた。


私は図書室のカウンターから見る紫陽花が好きだった。   


窓一面に見える青や紫の鮮やかな紫陽花。


彼はまるで大切な誰かをそっと見守るかのように優しい表情で紫陽花を見ていた。


いつも無表情で冷徹で人に無関心なくせに、紫陽花にだけ向ける優しい表情。


当時の私は、気づかれないようにそっと彼の横顔を見ていた。


そして、時折見せるどこか諦めているような彼の暗い目は、私の胸をギュッと掴んで締め付けた。


ふと、今隣に座っている彼を見ると、図書室のカウンターから窓の外を見つめる()()()()()と重なって見えた。


「室内で研究ばかりしてるから、紫陽花が咲いているのをちゃんと見てなかった。

そういえば・・・」


彼はズボンのポケットから財布を取り出し、中から長細い紙を2枚、取り出した。


雑に入れていたのか、紙はしわくちゃになっていた。


「お世話になっている教授に行けなくなったからって紫陽花鑑賞のチケットをもらったんだけど、いる?」 


チケットは、遊園地の入場券と園内にある紫陽花の観賞がセットになっているものだった。


夜にライトアップされた様々な種類の紫陽花が見られると、テレビ番組で紹介されているのを見たことがあった。


「今井くんは行かないの?」


「俺は別に」


私は受け取った2枚のチケットをギュッと握りしめ、


「もしよかったら、一緒にどう?」


「え?」


「あ、明日までだ。

私は明日休みなんだけど、急過ぎるかな?」


彼は少し戸惑った表情を浮かべたが、私は気付かないふりをしてそのまま話を続けた。


「いや、夜なら大丈夫。20時に現地集合でもいい?」


私は嬉しいの隠しながら「大丈夫」とだけ言い、お互いの連絡先を交換した。


携帯電話に表示された時刻をみると、20時を過ぎている。


ヴー カン カン カン


少し遠くから消防車のサイレンの音が聞こえ、次第に音が近づいてきた。


消防車が図書館の西側の大通りを通り過ぎ、次の十字路を左折するのが見えた。


その後すぐにサイレンの音は消えた。


「どこ行くの?」


立ち上がった私の手首を彼は掴んだ。


その手はあまりにも冷たく、私は驚いて彼の方を見た。


彼の目は、私をしっかりと捉えていた。


「すぐ近くかな・・・」


消防車のサイレンの音がやけに耳に残って離れない。


「俺も一緒に行く」


彼は静かにベンチから立ち上がった。


私たちは消防車が向かった方へ走り出した。


久しぶりに走るからか体が重く感じた。


少し前を走る彼は、そんな私とは対極的に表情を変えず軽々とした様子で走っている。


十字路で反対側の道に渡ると、消防車が止まっているのが見えた。


ちょうど西公園の辺りだった。


滑り台と鉄棒とブランコ、砂場、そしてサッカーのゴールがあり、夕方には学校帰りの子供達で賑わう住宅街の公園だ。


近所の人が気になって出て来たのか、人だかりが出来ていた。


私は人と人の隙間を通り抜け、公園の中を覗いた。


入口付近にある倉庫が恐ろしい勢いで燃えている。


「放水、始め!」


消防士は大きな掛け声を掛け、ホースから大量の水を放出し、火を消そうと懸命に消化活動をしている。


炎はその勢いを弱めず水から逃げるように形を変えて倉庫を燃やし続ける。


私はその様子をただただ見つめていた。


「もう少しだ!」


どれくらい見つめていたのだろう。


消防士の大きな声でハッと我に返ると、隣には消えていく炎を瞳に映して静かに佇む彼がいた。


「―ねえ」

「すみません!」


彼に話しかけようとしたその時、後ろを通った人が彼とぶつかった。


その拍子で、何かが彼の手から落ちた。


私はしゃがみ込み、落ちたものを拾い上げた。


それは、「勝」と刺繍された手作りのお守りだった


それとよく似たものを私はどこかで見たことがある気がした。

 

いつ、どこで見たのか思い出せない。


「思い出さないと-」


だが、思い出そうとすればするほど何故か体がどんどん重くなっていく。


重いダンベルを体中につけているような感覚だった。


立っているのも辛くなり、私はその場にしゃがみ込んだ。


次第に目を開けているのさえも辛くなり、

私は目を閉じて意識を手放した。


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