(4)
いつも通り閉館作業をして2人で外に出ると、雨は止んでいた。
「降ったり止んだりで嫌になっちゃうわ。
途中で止むくらいなら、降らなければいいのに」
中途半端や曖昧が嫌いな吉永さんは、雨に対しても容赦ない。
「そういえば、昨日の帰りに吉永さんに教えて頂いたお茶屋さんに行きました」
私は昨日の帰りのことを想い出し、吉永さんに言った。
「そんな話したわね~。どうだった?」
「お茶を飲んだ後、体がポカポカして、そのおかげか昨夜はよく眠れた気がします」
「私も行ってみようかしら。販売もやっているのかしら」
と目を輝かせた。
「ティーバックもあったので、販売もしているかもしれません。あ・・・」
「え?どうしたの?」
私が急に立ち止まったので、吉永さんもつられて立ち止まった。
「・・・昨日頂いたティーバックをお店に忘れていったことを思い出しました」
「もう!つぐみちゃんて意外とドジっ子よね~」
その後も他愛のない話をして(と言ってもほぼ吉永さんが一方的に話し続けていた)、いつの間にかお互いの分かれ道に差しかかっていた。
「今日は、ホームレスのおじいさんの騒ぎやCD-Rの件で疲れているだろうから、ゆっくり休んでね」
「ありがとうございます」
いつもマシンガントークに圧倒されてしまうが、周りの人のちょっとした不安や変化に気付く吉永さんは凄いな、と改めて感心してしまった。
商店街のパチンコ屋の前を通ると、今日も大音量が漏れ聞こえていた。
ネオンでチカチカする目をじっと凝らすと、昨日と同じくひっそりと「夢屋」が佇んでいた。
すりガラスから光が漏れている。
扉をガラガラと音を立てながら引くと、カウンターの内側に昨日の少年がいた。
カウンターの手前の椅子に少女と背の高い少年が座っているの。
「あ、よかったつぐみさん!昨日、ティーバッグを渡し忘れてしまって・・・」
「こちらこそ、せっかく頂いたのに・・・」
少年は、カウンターの上に置いていた袋をこちらに持ってきてくれた。
「翔、お客さん?」
手前に座っていた少女が少年に話しかけた。
「そう、昨日初めて来たお客さん」
髪をツインテールにしており、小さめの顔にぱっちりとした大きな釣り目、ぷっくらとした唇が印象的な美少女だった。
ツンとした話し方から少し強気な女の子であることが窺えた。
「俺、帰るわ」
ガタっと音を立てて少女の隣に座っていた少年が立ちあがった。
「あ・・・」
そこにいたのは、昨日自習室に残っていた、そして今日、ホームレスのおじいさんのことを伝えに来た少年だった。
「え、光一帰るの?」
光一と呼ばれた少年は、床に置いていたカバンを肩にかけ、スタスタとこちらに歩いてきた。
少しムッとした顔で私のすぐそばを通り過ぎ、扉をガラガラと音を立てて引くと、振り向いて
「また、時間あるときに寄る」
とだけ言って出て行ってしまった。
「光一、人見知りなんだから」
少女は少し頬を膨らませながら言った。
「いい奴なんだけど、すみません・・・」
「ううん、全然。こちらこそ邪魔しちゃってごめんなさい」
「気にしないでください。
あ、もしよければ今日も僕がお茶を淹れるので飲んでいってください!」
「私の分も!」
「マオはさっき飲んだじゃん」
と少年は呆れた顔をし、
「つぐみさん、今日はどのお茶にしますか?」
と少年は昨日見せてもらった手書きの紙を私に渡してくれた。
「ありがとう。う~ん・・・「元気力アップ茶」かな」
「お姉さん、それ、年寄りに人気なやつだよ」
と、少女に突っ込まれた。
少年は「まあ、まあ」と言いながらカウンターの内側に戻り、慣れた手つきでヤカンに水をいれ、コンロの上に置いてお湯を沸かし始めた。
私は、先程出ていった少年が座っていた椅子に腰かけた。
「さっきの男の子・・・私の勤めてる図書館で見かけたことがあって」
「光一を?というか、つぐみさん、図書館で働いているんですね」
私は「そうなの」と返し、話を続けた。
「今日、図書館で騒いでいる人がいたから謝りたかったんだけど・・・。
さっきも、怒っているように見えたし」
それを聞いて少女と少年はパッと顔を見合わせ、
「光一は怒っているように見えるけど、あれが普通なの。仏頂面で言葉も少ないから誤解されがちだけど」
「近寄りがたいオーラ出てますよね」
と笑いながら話した。
「二人は、光一くんと仲が良いんだね」
「僕とマオと光一は同じ陸上部だったんです。
僕は短距離で、マオはハードル、光一は走り高跳び。光一は、去年の全国大会で準優勝もしているんです」
少年は自分のことのように嬉しそうに言った。
「けど・・・」
言葉に詰まった様子で少し俯き、
「春先に足を怪我してしまって、引退したんです」
「・・・怪我、治らないの?」
「普通に歩いている分には問題ないですし、順調にいけば、2、3カ月で走れるようになるだろうと医者からは言われたみたいなんです。
けれど、光一の父親が「そんな状態で大会に出ても無駄だから、勉強に集中しろ」と無理やり辞めさせて・・・」
「そっから付き合い悪くなったよね。塾ばっか行ってるし。今日も3人で会うのは久しぶりだったの」
「それなのに私、邪魔しちゃって・・・」
「それは本当に気にしないでください。
光一もまた寄るって言ってましたし」
ヤカンが音が立て、少年は急いでコンロの火を消した。
透明のティーポットにティーバックを淹れてゆっくりとヤカンのお湯を注いだ。
そして、昨日と同様に砂時計の砂が全て下に落ち切るのを待ってから、薄ピンクの湯呑みに淹れてくれた。
「私、この湯呑み好き~!桜色で可愛い」
その可愛らしい反応を見て、少年もどこか嬉しそうだ。
私と少女は、「いただきます」と言って湯呑みに口を付けた。
ジャスミンのような爽やかな香りと昨日と同じほのかな甘い香りと味が口に広がってくる。
程良い温度のお茶がゆっくりと体を巡っていき生き返る、そんな気がした。
「「美味しい!」」
私も少女も一気に飲みきり、深呼吸するかのように大きく息を吐いた。
「元気になりました?」
少年の問いかけに、
「うん、ありがとう」
「最高!」
私と少女は同時に言い、それがなんだか可笑しくて二人で顔を合わせて笑った。
「もしよければ、ティーバッグをお店に置いておきませんか?
好きな時に来てください。僕が淹れるので」
「そんなの申し訳ないよ」
私には返せるものがない。
そう思うと素直にその申し出を受け取れずにいた。
「翔が淹れるお茶って凄く美味しいでしょ?家で同じように淹れても絶対翔が淹れたようにお茶全部の美味しさは引き出せないんだから」
「そんなことはないと思うけど・・・。
修業中なので飲んで感想聞かせてくれると ありがたいです」
と少年は少し照れくさそうに言った。
「じゃあ、甘えさせて頂いていいかな・・・?」
私が遠慮がちに言うと、少年は「勿論!」と嬉しそうに言い、少女は可愛らしい笑顔を見せた。
「そういえば、僕の名前をちゃんと言ってなかったですよね。
「河原井 翔」です。
「翔」でもなんでも好きなように読んでください」
「私は「山口 マオ」。
マオはカタカナなの。アンバランスよね」
マオちゃんは顔を歪ませ、翔くんはそれを見て優しく笑っていた。