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夢から醒めて逢いたいのは、あなた  作者: 春野 泉
第2章 7月1日
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(3)

一騒動終えて落ち着いた私は、返却された本を荷台に乗せて本棚に向かった。


何十冊もの本をあるべきところに返す作業は、今の私にとってはただの単純作業だ。


でも、司書になったばかりの頃は違った。


「また、新しい人に見つけてもらえますように」


そう願いながら一冊一冊丁寧に元の場所に戻していた。


本との出会いは「縁」だ。


沢山の本がある中で、心動かす本と出会える可能性というのは何万冊、何億冊分の1。


私は司書として一人でも多くの人と一冊でも多くの本の縁を繋げたられたら、そう思いながらこの仕事をしていた。


していたはずなのにー


「あの、すみません」


声を掛けられ振り向くと、昨日の若い刑事が立っていた。


「また何かご用ですか?」


「お仕事中にすみません。防犯カメラの映像をお借りしたくて」


「防犯カメラの映像ですか?

 まだあの奥さんを疑っているんすか?」


私自身、あの奥さんのことを深く知っているわけでもないし、彼女が本当に犯人でないとは断定することはできない。


けれど、大切なものをもらった少女のように毎回嬉しそうに本を借りて行く彼女を見ていた私は、何も知らない人に彼女が疑われることが少し嫌だった。


「いえ、そうではなく」


と少し慌てた様子で言い、


「昨日の夜、この近くの河原で不審火が発生しまして、不審な人物が映っていないかこの辺りのお店や公共施設に防犯カメラの映像の提出をお願いしているんです」


「河原って、すぐそこのですか?」


図書館から北に10分程歩いたところにある河原は、ランニングしている人やぼーっと川を眺めている人がいる穏やかな場所だ。


「はい。

昨日の19時半頃、火事が起きているのを通行人が発見したそうです。燃えていたのは、草木だけで幸い怪我人はいなかったんですが」


「一軒家の火事と同一人物の犯行なんでしょうか」


「それもまだわかっていません。

河原に行くには、こちらの図書館の東側または西側の大通り沿いを通った可能性もありますので、防犯カメラの映像があれば不審者が映っていないか確認させて頂けたらと」


「わかりました。事務室の方でお待ち頂いてもいいですか」


カウンターに戻ると、吉永さんと昨日の中年の刑事が何やら話が盛り上がっていた。


昨日の河原の放火について話しているのだろうか。


「あら、つぐみちゃん!」

「相沢、貴重な情報を入手したぞ!」


二人は、私と相沢さんに気が付くと目を輝かせた。


「いや~、まさか商店街のあの焼き鳥屋が毎月1日は1本70円なんて知 りませんでした!これはいかねば」


「そうよ~!お持ち帰りもできるからね!」


私は思わず持っていた本を落としそうになった。


「大熊さん、聞き込みの方は?」


相沢さんが冷静に突っ込むと、


「相沢、こういう町のちょっとしたことも刑事として大切な情報だぞ」


と少し茶かすように言い、吉永さんは、


「大熊さんは、面白い方ね~」


と後に続いた。


「吉永さん、刑事さんが防犯カメラの映像を借りたいとのことなので事務室にご案内しますね」


「あらそう!お願いしてもいい?」


「はい。相沢さんこちらへどうぞ」


相沢さんをカウンターの内側に通し、エプロンのポケットから事務室の鍵を取り出して扉を開けた。


CD-Rが入ったボックスを置いている奥の長机へと向かった。


ボックスを開こうとした時、


「あ!」


相沢さんの声に驚き振り向くと、私が机に置いていた本を手に取っていた。


「懐かしい。これ、中学生の時に読みました」


と、目を輝かせている。


「この推理小説家の本が好きで、特にこの本は好きで何度も読み直しました。 

下巻が出た時は寝ずに読み切ったなあ」


相沢さんは我に返ったのか、


「すみません・・・」


と恥ずかしそうに本を机の上に戻した。


「いえ・・・ふふっ」


クールそうな彼の意外な一面を見て、自然と笑みが零れてしまった。


「私も、中学生の時に読みました。

たまたま思い出して、家から引っ張り出してきたんです」


彼は少し照れながら優しく微笑んだ。


「あ、録画ですよね」


このまま二人で話していると彼の笑顔に魅了されてしまうような気がして、私は平静を装い話を戻した。


CD-Rが保管されているボックスを開き、「6月」と書かれたCD-Rを探した。


だが、6月と書かれたCD-Rだけが見つからない。


1年分、月3枚×12カ月の計36枚があるはずだが、何度数えても33枚しかない。


「あれ?」


「どうかしましたか?」 


相沢さんは、私が困惑しているのに気付いてボックスの中を覗いた。


「先月分のCD-Rだけ見つからなくて・・・。

昨日、CD-Rに落としてこのボックスに入れたはずなんですが」


「レコーダーに残ったままとかは?」


念のためレコーダーを見たがCD−Rは残っておらず、一番古い録画日時を確認すると6月30日の19時過ぎ、つまりは昨日CD-Rに落とした後の時間からの記録になっていた。


「つぐみちゃん、時間かかってるみたいだけど大丈夫?」


吉永さんが事務室の扉を開き、顔を覗かせた。

後ろから大熊さんもこちらを覗いている。


「防犯カメラの録画が先月分だけがなくて・・・」


「え!」


吉永さんは驚いた表情を浮かべ、ボックスの中を確認した。


「本当ね。

昨日の閉館作業時に6月分のCD-Rが入っているの私も確認したのに・・・」


吉永さんは困惑した表情を浮かべた。


相沢さんは指を顎に添え、じっと何かを考え、


「もし仮にですが、盗まれたとするならば、昨日の閉館後から今時点のどこかでということになりますね。

一旦、昨日の閉館後から現時点までの録画をCD-Rに落としてお借りしてもよろしいですか?」 


と、冷静に言った。


「それはかまいませんが・・・。

放火事件と何か関係があるんでしょうか」


「現時点では何とも言えないですが、録画に不審な人物が映っているとしたら、放火事件の解決の糸口になる可能性はあります」


相沢さんは、私と吉永さんの心配を煽らないように言葉を選んでいるようだった。


大熊さんは先程のフランクな雰囲気とは変わり真剣な顔つきで、

「至急、署に持ち帰って確認しよう」

と言った。


私はレコーダーの録画をCD-Rに落とし、相沢さんに渡した。


「ありがとうございます。何か不審な人物やお気づきの点があればご連絡ください」


「よし!相沢、行くぞ!」


相沢さんは私と吉永さんに丁寧にお辞儀をし、その場を後にした。


「それにしても相沢さん、やっぱりイケメンね。仕事も出来そうだし」


こんな時でも吉永さんは平常運転だ。


「そうですね・・・。

それより、CD-Rどこに行っちゃたんでしょうか」


「そうね、それよ」


吉永さんは、今まさに考えてたところというように食い気味に言った。


「ひとまず、本部に連絡だけしときましょう。盗難の可能性もあるし。

 あとは、刑事さんに任せましょう」


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