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夢から醒めて逢いたいのは、あなた  作者: 春野 泉
第2章 7月1日
6/37

(2)

*****


目を醒ますと、

温かいようなどこか胸が締め付けられるような不思議な感覚が残っていた。


夢を見た、そんな気がした。


私は自分の部屋の天井を見つめながら、どんな夢だったか思い出そうとした。


けれど思い出せないまま、部屋の外の雨音がやけに耳に纏わり付く。


私はベッドから起き上がってテレビをつけ、雨音をかき消すように音量を上げた。


天気予報では、今日から7月だというのに、明日も明後日も雨予報で梅雨明けはまだ先だと告げている。


しかも、7月6日から7日には記録的な豪雨になる可能性があるとお天気お姉さんが困った表情を浮かべている。


「もうすぐ七夕・・・」


私は部屋の本棚の前に立ち、一冊の本を手に取った。


七夕とは関係ない推理小説。


けれど、私は毎年七夕近くになるとこの本を持ち歩くようにしている。


それは、10年前の()()()からお守りの代わりでもあり、願掛けでもある。


私はその本をいつものトートバッグに入れ、いつも通り顔を洗い、服を着替え、ビニール傘をさして図書館へと向かった。


図書館の花壇には、雨に打たれながらも紫陽花が今日も生き生きと咲き誇っている。


この紫陽花だけが雨で沈みそうになる私の心を和らげてくれる。




私は新作の本の発注、貸出・返却手続、在庫の確認などテキパキと仕事をこなしていた。


一方、隣の吉永さんは利用者が少ないのもあってかとても眠そうだ。


このまま寝てしまうのではと思うくらい目が閉じそうになっては、ハッと気づいて、さも何もなかったかのように瞬きをするというのを何度も繰り返していた。


「すみません、お酒を持った爺さんが自習室で騒いでいるんですが」


カウンターの前を見ると、昨日自習室に残っていた少年が眉間に皺を寄せて立っていた。


「また、あのおじいさんね!

 本当に困るわ!」


吉永さんは、今にも寝てしまいそうだったのが嘘のように勢いよく立ちあがり、自習室に向かって行った。


私も吉永さんの後を追い、自習室へと向かった。


自習室には、酒瓶を持って千鳥足で歩いているおじいさんがいた。


相当酔っているのか、顔が真っ赤で目が虚ろだ。


他の利用者は少し迷惑そうな表情を浮かべながらも、絡まれないように知らないふりをしている。


酒瓶を持ったそのおじいさんは、昨日駅前で話し掛けられたホームレスのおじいさんだった。 

 

雨の日が続くと雨宿り目的で図書館に来ては周りの利用者に話しかけ、吉永さんが注意していた。


吉永さんは、ホームレスのおじさんの方へ一目散に駆け寄り、


「館内は飲食禁止、飲酒はもっての他ですよ!」


と大きな声で怒った。


「吉永さん、もう少し声は抑え気味で・・・」 


吉永さんのもとへ駆け寄って落ち着かせようとするも、今の吉永さんに私の声は届かないようだった。


ホームレスのおじいさんは、


「俺にとっては薬のようなものなんだよ!」 


と言って、手に持っていた酒瓶を近くの机にドンっと音を立てて置いた。


吉永さんは怯まず、


「周りに迷惑だっていってるでしょうが!」

 

と、物凄い迫力で怒鳴った。


その勢いに私も驚き、ただ呆然と立ち尽くした。


ホームレスのおじいさんも吉永さんの勢いに圧倒され、「ふんっ」と鼻を鳴らして、酒瓶を再び手に持ち、自習室から出て行った。


「あぁ〜、床にお酒がこぼれちゃってるわ〜。皆さんお騒がせしました!」


先程の形相が嘘だったかのように、吉永さんはいつものペースに戻っていた。


自習室の後ろに置いていたモップを手に取り、二人で床に零れたお酒をふき取った。


「よし!カウンターに戻りましょう」


吉永さんはカウンターに戻ると、


「ほんと嫌になっちゃうわ。あのおじいさん。今度来たら、警察に連絡しようかしら」


と言って、椅子に掛けていたエプロンに腕を通し、怒りを込めるかのように腰の紐をぎゅっと後ろで結んだ。


「何も出来ず、すみません・・・」


「いいの、いいの。ああいうおじいさんの扱いには慣れてるわ。それより!」


急に顔を近づけて少しだけ声を潜め、


「さっきカウンターに来た男の子、この地区の議員さんの息子よね?

前に利用者カードの更新手続きするときに保護者の名前見ちゃったの」


この地区の議員といえば、何回も連続当選している有名な議員だ。


「親は有名私立中学に行かせようとしたんだけど、本人が中学までは地元の学校に通いたいって言って、すぐそこの公立の中学校に通っているみたい。

高校受験は失敗できないって、親からのプレッシャーがすごいらしいわ。

塾の時間までここで勉強してるのかしらね」


「そうなんですか・・・」


吉永さんの情報量にはいつも感心してしまう。


この図書館、いや、この町全員の噂話を知っているんじゃないかと思う程だ。


私が勝手に感心していると、


「こちらにどうぞ〜」


吉永さんはカウンターの前に立っている女性に気づき、少し前まで噂話をしていたとは思えない程てきぱきと返却の手続きをこなしていた。


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