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夢から醒めて逢いたいのは、あなた  作者: 春野 泉
第1章 6月30日
4/37

(3)

私の家は「中央商店街」を越えて駅から東側に2、3分程のところにある。


これもまた西町と東町に別れていた時の名残で、名前の通りこの町の中央にある商店街だ。


商店街は八百屋や肉屋、花屋が立ち並び、昼間は活気で溢れているが、夜は呑み屋が多いため酔っ払いや客引きが多く、少し治安が悪い。


パチンコ屋の前を通ると、自動ドアが開き、ガヤガヤとした大きな音が辺りに漏れていた。


ふいに吉永さんから聞いた「夢屋」のことを思い出した。


いつもよりゆっくりと歩き、「夢屋」というお店を探したが、見つからないまま駅前に着いてしまった。


「お嬢さん、何か探しとるんか?」


すぐ目の前に、ボロボロの服を着て長い白髭をたくわえたおじいさんが立って、こちらをじっと見ていた。


いつも駅前のロータリーにいるホームレスのおじいさんだった。


私は驚きのあまりそのまま2、3歩後ずさりし、「大丈夫です・・・」とだけ言って、来た道を引き返した。


自動ドアが開くたびに大音量が漏れ聞こえるパチンコ屋、煌びやかな夜の明かりが灯る店が立ち並ぶ辺りに戻り、私はもう一度「夢屋」を探した。


「スナック 葵」、「キャバクラ ゴージャス」、「ガールズバー LUNA」。


これでもかと煌びやかな装飾が施されたお店を見ていると、目がチカチカしてくる。


2、3回瞬きをしてから再び周りを見渡すと、一軒だけ何の装飾もない建物がやけに目に付いた。


木造の古民家のような建物で全体的に黒いせいか、今まで全く目に留らなかった。


だが、一度焦点を合わせると、この建物だけが周りから浮き出ているようだった。


建物に近づくと、「夢屋」と書かれた小さな表札が掛かっている。


引き戸のすりガラスから、中の明かりがぼんやりと漏れている。


軽く息を吸って吐いた後、思い切って引き戸を引くと、ガラガラと音を立てて開いた。


「すみません・・・」


中には誰もいなかった。


焦げ茶色の木で造られた腰くらいの高さのカウンターの前には、椅子が3つ並んでいた。

 

カウンターの内側には水道とガスコンロ、そして戸棚に何種類もの乾燥した葉や花びらが詰まった瓶が綺麗に整頓されて置かれていた。


奥の方からドタバタと音を立て、中学生くらいの少年が制服姿で現れた。


小柄できりっとした目と八重歯が印象的で、元気な少女のようだった。


半袖の白シャツの夏服がもうすぐ夏になることを感じさせた。


「えっと、お客さんですか?

祖母は今病院にいて・・・。

来週には一度お店に戻る予定なんですが」


「そうなんですか。

 では、また来週出直しますね」


私が引き戸に手を伸ばそうすると少年は慌てて、


「あ、お名前だけ聞いてもいいですか?」


と尋ねた。

 

「はい、「伊奈つぐみ」と言います」


「つぐみさん・・・。

あ、つぐみさん!よかったー。

祖母からお茶を渡すように言われていたんです」


「私にですか?」


「そうです。ちょっと待っていてください」


少年は再び奥の方へ戻り、袋と紙を手に持って戻ってくると、私に手渡した。


「祖母があなたの為に作ったお茶です」


受け取った袋には、乾燥して細かくした葉がぎっしりと詰まったティーバックが5個入っていた。


紙には、「安眠茶」・「元気力アップ茶」、「毒だし茶」・「ほっこり茶」といったお茶のネーミングとそれぞれの原材料が手書きで書かれている。


「私、あなたのおばあさまにお会いしたことはないと思うんですが・・・」


「祖母がいない間、店番をお願いされただけなので、僕も詳しいことはわからないのですが・・・」


少年も少し困ったような表情を浮かべている。


「やっぱり受け取るのは・・・」


と少年に戻そうとすると、


「怪しいものは入ってないと思いますよ。 もしよければ、ここで淹れるので一杯だけ飲んで行ってください。

僕が最初に飲んで、変なものが入っていないことを証明します!」


少年はティーバックの入った袋を受け取ると、カウンターの内側の水道でヤカンに水をいれ、ガスコンロでお湯を沸かし始めた。


あまりにも急な展開に断ることも出来ず、私は諦めてカウンターの前の椅子に腰かけた。


「いくつか種類がありますけど、どのお茶にしますか?」


完璧に少年のペースだ。


私は先程受け取った紙を上から下までさっと眺めて、

「えっと、じゃあ「安眠茶」をお願いします」

とリクエストした。


少年は「はい」と優しく微笑んだ。


お湯を沸かし終えると、少年は袋からティーバックを1つだけを取り出して、少し鼻に近付けた後、透明のティーポットにいれた。


そして、慣れた手つきで沸騰したお湯をティーポットに注いだ。


少年はカウンターの隅に置いてあった砂時計をひっくり返した。


透明のティーポットに注がれたお湯は徐々に薄黄色に染まっていく。


「よしっ!」


砂時計の砂が全て落ちたのを確認し、少年は鶯色の小さな湯呑みに注いで、私の前に1つ、自分の前に1つ置いた。


「一口だけ先にいただきますね」


少年は約束どおり湯呑みに注いだお茶を一口飲むと、


「ゔっ・・・」


と顔を俯けた後、すぐに顔を上げ、


「なんちゃって。なんともないですよ。

 つぐみさんもどうぞ」


と憎たらしいほどの笑顔で言った。


お茶を淹れるのに真剣な少年の姿を見ていれば、このお茶が怪しいものではないことは明らかだった。


口元に湯呑みを近づけると、微かに甘い香りがした。


それは、何かを思い出させるような懐かしい香りだった。


湯呑みに口を付け、お茶を一口飲んだ。


「―美味しい!」


お茶の渋味を感じたと思ったら、すぐあとに優しい甘味が口いっぱいに広がった。


「砂糖もいれてないのにこんなに甘いお茶があるんだ・・・」


その甘さは氷砂糖を一つ口に含んだような懐かしい甘さだった。


こんなにも不思議で美味しいお茶を飲んだことがなかった。


「煎れ方にコツがあるんですよ」


少年は自慢気に話し始めた。


「お湯は弱火で沸かし、ゆっくりと急須に注いで蒸らすこと。

そして何よりお茶を湯呑みに注ぐ時、

「飲む人の辛い部分が少しでも和らぎますように」と念じながら注ぐこと。

全部、祖母の教えなんですけど」


照れながらも嬉しそうに話す少年の姿から、おばあさんへの尊敬と愛情、そして少年の優しさが伝わってきた。


「素敵なおばあさまですね」


「はい。

でも、学校では怪しいお茶を売ってる店って噂が立っていて・・・」


少年は俯きながら小さな声で言った。


「私は素敵なお店だと思いました。

一週間くらい前からあまりよく眠れていなて・・・。

今日はいい夢を見られそうです」


お茶の効果か身体がポカポカとして、素直な気持ちが自然と溢れ出た。


「このお茶には、コーン茶や黒きくらげ・はと麦・百合根が入っていて、血行促進やリラックス効果があるので、きっと今日はぐっすり眠れると思います。


あと、もう一つ隠し味に入れているものがあるんですが、それは企業秘密です」


少年はにこりと笑った。


「企業秘密・・・。

おばあさまは、随分前からお茶屋さんをしていたんですか?」


「いえ、祖母は昔、この店で「夢占い」をしていたそうです」


「夢占い?」


「はい。

その人が見た夢の話を聞いて、夢の意味とか未来に起こり得そうなことをアドバイスするようなことをしていたそうです。

でも、その時にお客さんに出していたお茶の方が人気になってしまって、名前は「夢屋」のままにしてその人に合ったお茶を出すお店にしたそうです」  


身近に占い師という職業の知り合いがいない私にとっては、少し怪しくも思えたが、興味深くもあった。


ボーン、ボーン


後ろを振り向くと、大きな置時計が21時を報せていた。


「お茶、ありがとう。すごく美味しかったです。あの・・・代金は?」


こういうオーダーメイドのお茶は高いのではないだろうか。


物凄い高い金額を請求されたらどうしようかと急に不安になった。


「祖母はどのお客さんからも代金をもらっていないんです。

「いつになってもいいから、お金以外のもので返してちょうだい」と」


「私に何も返せるものはないんだけど・・・」


「祖母はちゃっかりしてるから、返してくれる人にしかお茶を渡さないですよ。

庭で採れた野菜でも、肩たたきでも、一発芸でも何でもいいんです」


「最後のはちょっと・・・」


と言うと、「冗談です」と少年は八重歯を覗かせて微笑み、店の外まで見送りに出てくれた。


「また来てください」


少年は優しい表情でニコッと笑った。


「ありがとう」


私はお辞儀をしてゆっくりと駅の方へと歩き出した。


雨はいつのまにか止んでいて、目がチカチカする程の煌びやかなネオンも今は優しく見えた。

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