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夢から醒めて逢いたいのは、あなた  作者: 春野 泉
第1章 6月30日
3/37

(2)

私はカウンターの奥にある事務室へと向かった。


事務室は、奥の壁に沿うように長机が1台、中央に並列して2台、その周りにパイプ椅子が置かれている10畳程の空間だ。


私は奥の長机に置かれたパソコンの前へ座り、1カ月分の貸出履歴、新規利用者の一覧の作成を始めた。


初めの頃は吉永さんに教えてもらいながら1時間近くかかっていたこの作業も、3年経った今では20分程度でミスなく出来るようになった。


「よし、出来た。あとは、CD-R・・・」


パソコンの隣には、3台の録画レコーダーがある。


図書館の西口・正面口・東口に備え付けている防犯カメラのレコーダーで、容量の関係で月末に1カ月分をCD-Rに残して保管しているのだ。


「よし、終わりっと」


作業を終えた私が事務室を出ると、カウンターに座っていた吉永さんがこちらに気付き、


「あら、つぐみちゃん、もう終わったの?

 どんどん作業が早くなるわね!」


と明るく声をかけてくれた。

かと思うと、次の瞬間には、


「閉館ギリギリに新規の利用者の申し込みがあって。こういうのはもう少し早い時間にして欲しいわよね」


と怒った表情を浮かべていた。


私は「そうですね・・・」とだけ言い、


「館内の見周りに行ってきますね」


とその場を立ち去ろうとした。


「ありがとう~。よろしくね!」


吉永さんは先程の怒っていた表情から打って変わって再び明るい声で言った。


絵本コーナー、文庫本、洋書、専門書のコーナーを誰もいないことを確認しながらゆっくりと通り過ぎ、その奥にある自習室を覗いた。


自習室には横長の机が前後に2台並んでおり、隣の席とパーテションで区切られている。


制服を着た少年が奥の列の一番端の席に座っていた。


私は彼の近くまで行き、


「閉館時間なので片付けをお願いします」


と声をかけた。


少年はこちらに気付き、少しだけムッとした表情をして片付け始めた。


机の上に置いた鞄をみると、私の母校の「東西町中学校」のロゴが書かれていた。


大人びて見えるので高校生くらいかと思ったが、中学生のようだ。


少年は鞄を肩に掛けて立ち上がり、何も言わずにそそくさと自習室を出て行った。


「感じ悪いな」


と思いながらも、自習室の入口にある電気を消そうとしたその時、足元に何かが落ちているのに気がついた。


私はしゃがみこんで手に取った。


「絶対?」


それは、「()()」という文字が歪な形で刺繍されている()()()だった。


「絶対合格」や「絶対優勝」というのは見たことがあるが、「絶対」としか書かれていないお守りは見たことがない。


所々縫い目が雑でお世辞にも上手とは言えないが、作った人の一生懸命な想いが伝わってきた。


私は落とさないように優しく手に握りしめ、自習室を後にした。 


事務室に戻ると、吉永さんは椅子に座って私を待ってくれていた。


「つぐみちゃん、お疲れ様。

 さ、帰りましょうか」


「はい」


私は事務所の奥にある落し物入れの箱にそっとお守りを入れ、吉永さんと一緒に事務室を後にした。


この図書館には、正面口の他に西口と東口がある。


それは、この町が「西町」と「東町」に分かれていた名残だ。


30年前の両町の合併の際、図書館や中学校、大学、病院といった公共施設をどちら側に建てるかで住民が揉め、この町の真ん中に一直線上になるように建てられたそうだ。


更に入り口をどちらに造るかで揉めて、それならばどちらにも作ろうということになったという。


私が中学を卒業する頃には、町全体で西口・東口を廃止し、学校、病院も新たに「正面口」を作って利用するようになった。


図書館も通常は正面口しか利用できないようになっているが、従業員は東口から出入りするようにしている。



外に出ると、まだ雨が降っていてた。


私はビニール傘を開いた。


吉永さんは、紺の生地に薔薇の花が散りばめられた高そうな傘をパッと開いた。


帰り道の間も吉永さんは娘から聞いたお洒落なカフェの話や最近離婚した近所人の話を途切れることなく話し続けている。


気の利いたコメントを考えている間に次の話題にいってしまうので、私は「そうなんですか」とか「行ってみたいです」とかつまらない相槌しかできないまま、気付くとお互いの分かれ道に差しかかっていた。


ヴー カン カン カン


ちょうど目の前を消防車が大きなサイレンを鳴らして、通り過ぎっていった。


「あらやだ。また火事かしら・・・。

つぐみちゃんは一人暮らしなんだし火元に気を付けてね!」


「ありがとうございます。気を付けます」


と言う前に吉永さんは既に元気に手を振って歩いて行っていた。


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