運命の一時
問答は飽きることなく続いていた。
この黒い世界では時間というものを感じない。
気になって実験からどれほどの時間がたっているのかを聴いてみれば、意識が闇に呑まれた瞬間から1秒と経っていないそうだ。
ここは隔絶された空間、世界の外。
ここでの時間は世界に認識されない、同期されない。
しかし、こちらから観察すれば時間が動くそうだ。
あるいは進んでいないのかもしれない。
ここは全てが存在する場所、全てを見渡せる場所だ、見渡せすぎて一つ一つを認識するのが難しいが。
黒から剥がれた色の着いた、破片の様な物、それら全てが世界なのだという。
そして破片からここに、情報が流れ込んでくる。
……この一面黒くなるほどに積み重なった世界から?
それはいったいどれほどの量があるのか、想像したくもない。
その山のように流れ込んでくる情報には未来も過去も含まれるらしいから、それらを観察すれば進んでいるようには見えるだろう。
問答ついでに魔法の扱い方も習う。
いや習うという言い方は正しくはなさそうだ。
魔法は理論化されていないし体系化もできていない、そもそもできないのだ。
魔法が使える人は魔法が使えるから魔法が使えるのだ、技術も知識も経験も無い、ただ魔法だけがあるのだ。
理不尽極まりない、これは神の力そのものとすら言える。
世界は、本当に何もない、否、全てを内包した闇の中に芽生えた。それが力を行使したから産まれたのだ。
ただ、光あれと。
それと大差ない、精々扱える力の規模の大小程度だろう。
これを"魔"の"法"とはよく言ったものだ。
神は絶対だと信じて疑わない連中は決して認めないだろう、あるいは知っていて言っているのかもしれない。
自らが信ずる神の力を、その規模がどれほど小さかろうと行使する存在を、あれらが認められる訳がない。
既にそう名付け、迫害した者達こそが、神に連なる者達だったなどと。
魔法の講義だったはずだが、思わず笑ってしまった。
この話をしたら、連合国中で大騒ぎになりそうだ。
誰も彼もがあの神聖国家には辟易しているのだから。
いい加減戻らなければならないだろう、あまりにも長く話しすぎた。
こんなに人と話したのは初めてかもしれない。
「名残惜しいがそろそろ戻らなければ。」
時間を感じないこの空間でうっかり考え込むと、何時間でも思考の底に降りてしまう。
現実では1秒と経っていないのに、ここでは何千年という時間すら一瞬で過ぎ去ってしまうらしい。
流石に丸1日も過ぎてないよなと聞けば、恐ろしいことに50年近くはいたらしい。
いくつか禅問答の様な質問に考え込んだ間にかなりの時間が過ぎていたそうだ。
おかげでほとんど何の話をしていたのか思い出せない、この世界はあまりに生命から逸脱していた。
……いや、そもそも魂しかない今の状態では生命とすらいえないか。
戻り方は既に聞いた。
……魔法の扱い方の講義に永い時間がかかっていたらしいが。
「じゃあ、最後に忠告とお願いをしておこうかな。
根源に足を踏み入れた魂が肉体に戻った時に、肉体は魂に引きずられて在り方を変えてしまうから気を付けてね。
君の横にいた子達くらい若い魂の根源なら生命体のそれから逸脱したりせずにすむはずだけど、混沌を根源とする物は生命体であるかすら危うくなりやすい。
だから……良かったら僕の眷属にならないかい?
君が肉体に戻った時に壊れたりしないように、僕が調整してあげるよ。」
戻ろうとしたらいきなりとんでもないことを言われた。
断ったら戻った時に死んでしまうという話にしか聞こえない。
「……それはお願いというか強制に近いのでは?」
「ん?あぁごめんごめん、君はもう既に、どちらかというなら眷属なんだよ。
ここに来れた時点で僕の末端の末端くらいの眷属ではあるんだ。
君とは永い付き合いができそうだからね、断ったとしても、戻って生命体でいられる程度には調整するよ?
そうじゃなくてもっと深い付き合いをしないかい?ってお誘いだね。
混沌を扱うのは1人では無理だけど、君の魂はもう混沌の色に染まってしまっているから、君の力を十全に発揮できるように僕との繋がりを強化しようって提案だよ。」
とっくに眷属になっていたそうだ、これが所謂契約なら抗議物なのかもしれないが、まぁ生命とは生まれた時から結びたくもない契約を山ほど結ばされているものだ。
その一つを明確にしようという話だな、それに……彼との関係は切りたくない。
永い間話続けていたからか、そう思った。
「いいよ」
「うん、ありがと……末永くよろしくね?」
とても永い付き合いになりそうだ。
……そういえば名前を聞いていないし、名乗ってもいない。
二人っきり、他に誰も居ない、わざわざ区別をつける必要もないが故にすっかり失念していた。
何を問いかけても一人にしか行きつかないなら名前という記号が必要なくなってしまうからか、いや、そもそも他人と話す時にわざわざ名前を呼ぶこと自体がそうそうないか。
「お互いに名前も知らないのに末永くか、変な話だ。」
「そうでもないよ?真名を呼ぶっていうのは、僕みたいな存在を相手にすると危険な行為でもあるからね。
それに、君の名前は僕は知ってるんだよ?初めからね。
……こんなに話しておいて改めて名乗るのはなかなか恥ずかしいけど、僕の大事な眷属として僕の名前を憶えておいてね。
僕は――――」
浮上する……そんな感じがした。
まさに目の前の彼がわざわざ戻る手筈を代行してくれているのだろう。
彼から離れていく。
だがその声が紡いだ名前ははっきりと耳に届いた。
「――――ミラって呼んでね?」
彼の気配が遠のいていく、この時間の感じられない場所で、まるで一瞬の様な時間だった。
代わりに6つの気配……元居た場所に近づいていく。
破片の一つに近づいていく。
隔離結界の影響なのか破片からさらに小さな粒子の様な物が飛び出している、そこだな。
粒子の中に飛び込む。
ちらりと見えた破片には、今にも腐り果てそうな……そんな雰囲気がした。