真黒な世界に迷い込む
闇……一面の黒だ、先程までいた部屋の影も形もない。
黒一色の、いや黒から剥がれる様に数多の色が見える。
黒一色なのではなく、あらゆる色が混じり合った結果、黒にしか見えない世界か。
一寸先も見えないのか、あるいは遥か彼方まで見えているのか。
一条の光もない、完全なる闇に閉ざされた世界。
根源を探る、その実験目的から言うならば、ここが私の根源ということだろうか。
魔術学者曰く、人の魂はあらゆる神羅万象を依り代とし生まれると言う。
生まれたばかりの赤子にして、既に魔術的に得手不得手とする属性がある、という検証結果を基に唱えられた説だ。
そしてそれは、先程視えた魂の色がおそらくその事を証明している。
ならばやはり、先程見えた闇こそ私の根源なのだろう。
だが、ならばこの闇に閉ざされた世界はなんだというのか。
根源が見えただけならば、闇の底の様な世界に呑み込まれたりなどしないはずだ。
自分の魂を観測しようとしたあの時、不思議な感覚がした。
あれが原因だろう、依然見せてもらった魔法が発生する時の感覚によく似ていた。
魂を観測しようとした、則ち、その根源を観測しようと魔法が誤発動した?
不意にそんな考えが過る。
私は魔法が使えない筈なのにか?
「根源を観測することで、根源に服う事象への干渉や制御力が増大する。」
耳によく馴染む、聞き覚えのある声がした、誰の声だ。
内容は実験前の説明の一部だったか?いや、そんな説明事項があった記憶はない、もっと簡潔な話ばかりだった。
闇……この闇が根源ならば、魔法はそれに服う事象だったのだろうか。
観測を行った時点で、自覚もなく制御力が上がるなどありえない……いやそうでもないか?
誰かが観測するまで根源は確定されていない……観測?
「幽世が魂の根源を観測することにより現世が改変される。」
先程とは違う声、だがやはり耳によく馴染んだ声だ、誰の声だ。
幽世も魂の根源の情報は持ち合わせていない、だから幽世が根源の情報を取得することで、初めて魂に根源の情報が書き込まれるという事だろうか。
だが幽世から隔離された状態で観測されたものが、なぜ幽世が観測できているのだろうか。
「結末を確定するための過程は収集される、隔離状態が戻った時に隔離状態の内部で起きたことが結末のための経過と矛盾しないように時間は修正される」
また声、間違いなく知らない声のはずだ、なのにどうしてこんなに聞き覚えがあるのか、誰の……声だ。
時間が修正される?時間遡行矛盾問題に対する因果律の強制修正の可能性の話だろうか。
時間干渉は魔術では無理だが魔法なら辛うじて手が出せるという話を聞いた研究者と文学者が、それはもうすごい勢いで議論していたらしいという話自体は聞いたことがある。
過去に行けた場合に現在を否定する行動をとってしまった場合どうなるのかという議論と実験が大真面目に繰り広げられたらしいが、結局何をしようとしても矛盾は発生しなかったという結末から因果律辺りが修正しているのではという話に落ち着いたらしい。
つまり、研究室での実験が終了して結界が解除されたら幽世が情報を収集し結末を修正する。
その結末に則らない様な事態が発生するのを阻止するために、因果律が自ら遡って情報を幽世に渡している?
観測した情報に則り矛盾が発生しないように、魂を前もって時が来たら自動で改変されるように仕込まれるのだろうか。
予知の回避方法として幽世からの隔離が提唱されていたが無駄なようだ、概念の世界が簡単には突き崩させてはくれないらしい。
不意に気配を感じた。
随分と長い間闇に問い続けていたようだ。
黒一色だった世界に明確な色が……いや黒色だったが、間違いなく其処に形を持った存在が居た。
「始原の混沌によく来たね」
顔も何も黒一色で判別できないが、ニコニコと笑っている様な雰囲気を漂わせている。
先程から答え合わせの様な問答に付き合ってくれていたのは目の前の……彼?性別はわからないがおそらく男だろうか。
ずっと機械的に返答だったがどうやら無意識の反応だったようだ、ようやく私という存在を認識したのだろう。
この何もない空間に溶けるように存在するらしくもっとお話をしようと誘われる。
先程からの続きだ。
疑問を浮かべては答えを聞く、研究者に邪道だと言われそうだ。
それでも私は研究者ではないのだから疑問を彼に向かって聞き続けていく。
ここは私の魂の根源であり、どうやら同じ根源を持つ者達はそれなりの数がいるらしい。
共有されている根源故かここには知識が集まってくるらしいが答えが間違っていても怒らないでくれと言われてしまった。
そしてこの根源の正体は始原の混沌。
始まりの海、原初の世界、宇宙すら誕生していない全ての始まりの混沌。
突然魔法が使えるようになったのも納得できた。
世界で一番最初に唱えらえた魔法は「光あれ」だ、この混沌の底から光を取り出す、ただそれだけの魔法。
誰が唱えたのかは分からないらしい、おそらく神だろうがその神とは会った事がないという。
まるで他の神なら会った事がある様だと言えばあるよと返された、それどころか「僕も神の一柱だよ」とまで言われてしまった。
他にもいくつかの事を聞いていく、これをお話と呼ぶのかはわからない。
「つまらない話ばかりしてしまってなんだが、これが楽しいのか?」
聞いてみることにした。
「楽しいよ?人と話せること自体が久しぶりだからね」
楽しいらしい。
為人を、その問いの傾向から推察するのが良いらしい。
ならばと話を続けていく。
他に誰かいないのかとか、同じ根源を持つ者達はここに来たことがあるのかとか考えられそうな問いをいくつもしていく。
因みにここには他にも居るらしい。
「今はみんな眠っているよ、ここはみんなにとって『既に失われた故郷』を感じれる唯一の場所だからね、ここが安心できるのさ。」
この始原の混沌は幾柱かの神々にとっての家のようなものだったらしい。
そんなところに上がり込んでしまっているがいいのかと聞けば、ここに来れるならその資格はあるよと言う。
随分と門扉の広い家だ、集合住宅みたいな物なのかもしれないな。
そうして時を忘れる程に問答は続いていく。