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邪神の眷属になったようだが私は何をすれば良い  作者: 屯田観烏之羽(ミタミ・アノウ)
幕前
2/82

魔術師の命題に挑む研究に参加した

「さぁ実験を始めよう」

 実験の開始とともに速やかに行動を開始する。

と言ってもたいしたことではない、カプセルの中から伸びている呼吸器を着けて、初めから直ぐに脱ぎ捨てられるよう作られた被験衣を脱ぎ捨て、さっさとカプセルに入ったくらいだ。

ペアになった研究員が口と鼻を完全に覆う形の呼吸器にズレがないかを確認してもらう。

そしてカプセルの蓋が閉まる、と言ってもカプセル自体が透明な素材でできている為さして閉塞感はない。

これで被験者の私たちがする事は終わりだ。

裸で、呼吸器をつけて、カプセルに入って、あとは終了を待っているだけでいい。

細かい調整やデータの収集、緊急時の対応は全て外にいる研究員がやってくれる。


 さんざん注意された通り、実験中はカプセルから出られない。

例え何が起きようとも、私達はカプセルの中で実験終了を待ち続けるだけだ。

始まってしまえば何が起きるか一切予想がつかないから、平常心を失わないようにするのがせいぜいだろうとも。

パシュッっという軽い音とともに、カプセルが完全閉鎖され空気が抜かれる。

次に今回の実験の最大の障害だったらしい素材をふんだんに用いた液体がカプセル内に充填されていく。

秘匿物質が多くてすべての素材は明記されていないらしいが、ドラゴンの髄液だの世界樹の葉のエキスだのそもそも入手自体が不可能に近い素材は書かれていた、おそらくほかの素材も似たようなものばかりだろう。

そんなやば過ぎる素材が溶け合った液体は、部屋の明かりの所為か赤色に近い色合いをしているが透明度は低くない、カプセルの外までよく見える。

カプセル内に充填が開始された段階から研究員がすることは山積みだそうで外は既に忙しそうだ。

錬金科の講義を齧った程度でも知ってるだろう、本来混じり合うはずのない素材を魔術的に無理矢理混合する作業を行いながら別に用意された液状の素材を追加し、カプセル内の液体総量に合わせて術式を変動させて調整し続けなければいけないだとかと、隣で冷汗を流している研究員が以前こっそり教えてくれた。


 この研究の基礎と必要な魔術式の構築そしてその技術を生んだと有名な、この部屋でおそらく一番高齢な研究者のスティルバス氏がカプセルの状態を確かめているのを見る。

目が合った、あくまで自分のための研究だとこの人は以前言っていたのを覚えている。

私を見て複雑そうな表情を一瞬したのを見逃さない、この人自身がこの研究の被験者でありたかったのだろうが、彼自身が自身の才能では無理だと結論付け被験者を集めたらしい。

確実に結果を出して報いたいとも思うがこちら側でできることはほとんどない。

せいぜい彼に向けて頷いてみせるくらいだろう。

カプセル内を液体が満たしたら実験は第2段階に移行すると言っていた。

この段階で少しでも異常を感じたらすぐに伝えてくれとは言われている。

勿論何もない、何もなくて当然だ。この液体自体はごく少量ながら先日一度触れて身体に問題を起こさないことを確認している。

だが全身をこの液体に沈め、そして途中で絶対に止められないといわれている第2段階が始まるこのタイミングが、実験中止可能な最後のチャンスだと言われている。

だからこそ彼は私たちの顔を見ている。

心配症な爺さんだとは思わない、研究者でありながら人として壊れてしまう最後の一線をきっちり守っている彼は尊敬に値する。


左右のカプセルに顔を向ければ二人ともこちらを見ていた。

エルフの男性とはあまり親しくはないがこの研究に最初期から協力していた実動員らしい。

目の前で心配しているといわんばかりの雰囲気を必至に隠そうとしているこの研究者とかなり親しい関係らしいし、全面的に信用しているらしい、実に落ち着いた顔をして待っていた。

もう一人は、私の方を見て心配そうにしていた。

どちらかと言えば私が巻き込んでしまったといえるので私が心配するべきなのだが、彼女に言わせれば私が心配なのだそうだ。

私の顔を見て、一度だけ頷いて前を向きなおした。

それを確認して私も研究者の方へ向き直る。


 目の前の彼はそれを見て顔を引き締める、覚悟を決めたのだろう。

あらかじめ室内に張り巡らされた多数の魔術陣が、設置された魔石からマナの供給を受けて発光する。

魔術陣が発動している魔術は結界系と召喚系だろう、室内を丸ごと幽世から隔離しあらゆる法則や概念からの干渉を防ぐのが目的だ。

幽世から隔離するとは一体どういうことなのかという説明はされた。

そもそも幽世とは『永遠に不変の世界』を指して幽世と呼ぶ。

それはあらゆる物理法則や化学法則、魔術法則が一切適応されない世界、すなわち結末の世界だ。

既に全ての物事は終わっており、全てにおいて結末が確定した世界、則ち『現世』の結末だ。

幽世が結末を現世に押し付けているともいえる。

しかし、魔法使いに言わせれば、あらゆる事象は変動するという。

魔術法則が通用しない幽世にも『魔法』ならば干渉できるということらしい。

幽世から隔離する事ができれば、現世は幽世から結末を受け取ることができなくなり、幽世は現世を観測できなくる。

あらゆる予知能力から認知されることがなくなり、あらゆる束縛から解き放たれる、死すら覆せるだろうということだそうだ。

 多数の魔術陣がマナを介して接続されていく、目視できる程に濃縮されたマナが室内に書かれた『平面』の魔術陣を『立体』へと変えていく。

魔術法則を超える魔術を求めた答えの一つ、魔術式魔法陣だ。

間違いなく魔術法則によって書かれたそれは、しかし魔術法則に縛られない魔法の領域へと踏み出すという。

その書き方や法則はまだまだ研究が進んでいないというが、今回の実験に必要な魔法を生み出す陣の書き方は、目の前の研究者が既に確定している。


 カプセルを中心にした魔術陣が起動し始める。

今回の実験の本命はこちらだ、既に幽世から隔離された室内から、さらにカプセル内を不安定化させる。

その瞬間に、痛みこそ感じないが身体がバラバラになったように感じた、否、物理的に分解されているようだ。

既に幽世から隔離されているために些細なことで身体がバラバラになっても不思議ではなかったが完全に粒子状になっているようだ。

幽世無くして物体は形を保てない、世界の最小単位は極小の素粒子、結合し増殖する生命体の個の『歴史』と呼ぶべき物も幽世にあるのだろう。

それを無くして肉体は素粒子に返還されたのだろう、だが、こうして思考は続いている。

物理的に分解された程度では魂は揺らがず、魂だけでも思考できるということだろうか。

 カプセルについている機械は生命反応が消失しているが思念波は拾っていた。

気になって両隣のカプセルを見たが思念波も拾っていなかった、まさしく魂に依るのだろう。

研究員達の顔を見れば焦りが浮かんでいたがその手は止まっていなかった。

これだけ見事に肉体が分解されても想定自体はしていたのだろう。

今回の実験の表向きの目的、『魂の観測』はこの時点で成功しているのを確認した。


 『魂』とは何処から来たのか?

個を宿す者の永遠の命題の一つ、何故他者と違い、何故他者を受け入れられず、あるいは受け入れてしまうのか。

両隣のカプセルの中には、魂らしき光が見えた。

自身も魂が露出しているからだろうか魂の根源というものが見える。

右の魂は、非常に形容しがたいが命そのものの様な印象を受ける虹色の輝きだ、7色程度ではないが。

左の魂は分かりやすい、森林そのもの、青々とした木々の葉の緑色の光。

この実験目的、魂の観測だが実際のところはどうでもいい目的でもある。

 本来の目的は魂の由来、根源を探る実験だ。

根源への到達とは魔術師の最大の目標とさえ言われ、そこに到達したものがどうなるかを調べる目的もある。

両隣のカプセルの研究員も魂の観測結果には私の感じた物と似たような情報を記載している、裏向きにもこの実験は間違いなく成果を上げたといえるだろう。

私自身の魂の観測結果は……観測不能と書かれている。


 自身の魂を自身で観測するのはどうすればいいのか。

そう思ったのが間違いだったのかもしれない。

未だに確立されていない魔法の使用方法について、魔法使いは魂が行使するものだからと言ったらしい、まさにその通りだ。

魂が露出し魂だけで思考し魂だけで活動する、それは魔法。

あらゆる法則を無視するとさえ言われる程の未解明分野の代表。

 私は、私の魂の根源を『視た』。

瞬間、傍にある観測器が甲高い警報音を発する、がもう気にとまらない。


 目の前に広がる『闇』に呑み込まれていく。

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