86話 転生うさぎの暴走
プリシラさんの教会がある月の領域の東側と、領域の南側を分断させるように作られた空間の壁を破壊したわたしは、索敵をしてすぐに様子がおかしいことに気付きます。
――魔物の気配は多いのに、どこにも見当たりませんね。それに、あちこちで索敵系スキルが阻害されているようです。
更には、魔法とは違う空間の歪みが南側全体に広がっていて、まるで迷いの森のように、一定距離を進むと、ランダムな場所に飛ばされているような状態になっています。
――魔法による影響、というよりは、聖獣の誰かの能力ですかね。
ここには戦いが得意ではない種族が残っているのでしょうか。なんにせよ、魔物を殲滅することに違いはありません。やることは、変わらないのです。
たまたまわたしの近くに出てきた魔物を串刺しにします。しかし、この迷路があると魔物を倒すのに邪魔ですね。作ってくれた聖獣には悪いですが、壊してしまいましょう。わたしが魔物を皆殺しにすれば問題ありません。そう。なんの問題も無いのです。
邪魔な魔物の死体を地面に叩きつけて粉砕すると、わたしは槍を一旦仕舞います。代わりに、膨大な魔力を使って巨大な槍を作り出し、それを思いっきり投げました。
無数の木々を薙ぎ倒す轟音が響き渡り、真っすぐと槍が進んで行ったあとには、抉れた地面の他には何も残っておらず、見通しが良くなります。それと予想通り、膨大な魔力が強引に進んでいったせいで複雑に絡み合っていた空間のねじれが破壊されていました。索敵がまともに機能するようになったので、すぐにその場から駆け出して、聖獣達が集まっている場所に向かいます。
やはりというか、目印にもなる聖樹のひとつに、白蛇のアスクレピオスと、リスのような聖獣のラタトスク、それに逃げ遅れた動物達が集まっていました。
近くに居たサソリっぽい魔物がラタトスク達に襲い掛かろうとしたのを、魔鉄の槍を投げて核を砕いて殺します。そのまま死体を踏み潰すように着地すると、魔物死体が爆発四散して土煙が舞いました。視界が埋まる中、〈精密索敵〉で割り出した魔物の位置に向かって、いくつもの槍を投げて行きます。
(やはりトワ様だったんだね。それにしても、この状態は・・・)
(まさかと思いますが、暴走状態?トワ様、わたくし達の声が聞こえますか!?)
アスクレピオスのリーダー、レピオスがわたしを呼んだような気がしたので振り返ります。わたしが振り返って油断したと思ったのか、魔物が背後から襲い掛かって来たのを、視線を送るまでもなく薙刀で両断します。
「・・・レピオス、ラスク、お疲れ様です。後はわたしがここを引き受けます。貴方達は教会まで逃げて下さい」
(トワ様、かなり魔力が暴走気味のようだよ。少し休んだ方が良い)
「・・・」
ラスクの言葉に応えようとすると、わたしではなく聖獣達に向かおうとした魔物に向かって槍を投げて殺します。まだ足りません。全然足りません。もっと殺さなきゃ。
何が足りないのかさっぱりわかりませんが、とても飢えてます。わたしの眼がおかしいのか、紅い月の影響か、視界が真っ赤に染まる中、ただただ、魔物達の気配だけが強く感じ取れました。この領域には不要なモノです。排除しなければなりません。
ラスクの言葉に応えることも忘れて、わたしは森の中に駆けだしました。こんなにゴミがあるなんて。掃除しなきゃ・・・。
* * * * * *
side レピオス
何かをうわごとのように呟いて、トワ様は森の奥深くに入って行きました。わたくしの目では到底追いきれないほどの速さで。わたくしはただそれを見ていることしか出来ませんでした。
(レピオス、君の力でトワ様を落ち着かせることは出来ないのかい?)
(残念ですが、わたくしの鎮静能力はあくまで本人の意識を鎮静させるものです。今のトワ様は、本人の意識とは別に、妄執とも言えるほど強烈な魔力の意志によって動いている状態です。言わば、勝手に動く着ぐるみのようなもの。中身を眠らせても、着ぐるみが勝手に動いている以上、動きを止めることは出来ないでしょう。それに、トワ様の僅かな意識がわたくし達を攻撃しないようにしているのならば、眠らせることは非常に危険です。今のトワ様がわたくし達を襲ってきたら、どうなるか言うまでもないでしょう)
(そうだね。ベガでも数分と持たないかもしれない。危険な賭けには出ない方がいいか)
(今わたくし達が出来ることは、トワ様の意識がこれ以上吞まれないように刺激しないことです。具体的には、この子達をわたくし達が安全な場所まで避難させることでしょう)
(教会だね。途中で閉じ込められた時はどうしようかと思ったけれど、トワ様が東から来たのなら、もう行き来は出来そうかな)
そう言うと、ラスクは他のラタトスク達に指示を出して動物達を移動させる準備を始めました。わたくしも、他のアスクレピオスに同じ様に指示を出します。あの様子ではすぐにこの区画の魔物は駆逐されるでしょう。今この瞬間でも、物凄い速さで魔物の反応が消えていくのがわかりました。
「きゅい・・・」
まだ子供のうさぎが心配そうに鳴きます。動物達もトワ様のことが心配なのでしょう。ですが、彼らも、そしてわたくし達もどうすることもできません。
(レピオス、教会に移動したらボクは外と交信出来ないか試してみるよ)
(可能なのですか?)
(トワ様がだいぶ空間の結界を壊してくれたからね。今ならば地脈を通じて他の神獣に通信を送ることも可能かもしれない。時間は掛かると思うけれど)
(ならば、一番近いヘカトンケイルの魔境の領域が良いでしょう)
(ああ。解っているよ。教会に着き次第、ラタトスク総出でやるさ)
「ああああああ!!!」
ラスクとの会話が終わるのと共に、叫び声のようなトワ様の声が聞こえました。それと同時に大きい音が辺り一面に響き渡り、地面が大きく揺れます。
――医療に通じる聖獣が、こんな時に何も出来ないなんて・・・
わたくしは自分の力不足に怒りにも似た感情を抱きながら、怨嗟の声を上げるトワ様の声を聞いていました。
* * * * * *
side トワ
「はぁ・・・はぁ・・・」
荒くなった息を整えようと大きく深呼吸します。
何度か深呼吸してから、無数の魔物の死体が転がっている姿をゆっくりと見渡します。索敵をしても、今入り込んでいる魔物の姿はありませんでした。次に向かいましょう。
わたしがある程度魔物を減らした段階で、レピオス達は移動を開始していました。恐らくは教会に向かっているのでしょうし、今からわざわざ追いかける必要は無いでしょう。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・くっ・・・」
猛烈な頭の痛さに思わず頭を抱えます。先ほどまでわたしがどうやって魔物と戦っていたかすらもあやふやになっています。次に魔物を見て暴走して、正気に戻れるか分からなくなってきました。
ぷるんっと頭の上でスライムちゃんが震えます。こんな状態のわたしにずっとついて来てくれているのはこの子だけです。スライムちゃんが居なければわたしはとっくに自我を失っていたでしょう。
「・・・スライムちゃん、もう少しだけ、お付き合いくださいね?」
ぷるんっとスライムちゃんが震えました。どこまでもついていくとでも言いたげです。本当に愛いやつです。
わたしは、いつの間にか持っていた、身の丈以上ある大きさのハルバートを引きずるようにして西へと歩きました。そして、南と西側を塞いでいた空間の壁を破壊します。すると、いきなり狼の魔物が飛び掛かって来たので咄嗟に頭を掴みました。
「ふ、ふふふ、あははははは!!」
何が面白いのでしょう?わたしにはさっぱりわかりませんが、わたしは笑い声を上げながら狼の頭を素手で潰しました。そこでわたしは、また狂気の意識に飲み込まれていきます。
* * * * * *
side カール
傷付いた体に鞭を打ってオレは走り続けた。今足を止めたら魔物の餌食になるだろう。オレ達の体は魔物には毒だけれど、心臓である魔石はその辺の変異種よりも上質な魔石だ。魔物達が欲しがるのも分かる。
(カール!足止め出来ないのかにゃ!?)
(宝石の中の魔力はもう空っぽだ。諦めるんだな)
(うにゃー!魔物の餌は嫌にゃー!!)
――こいつ、全然元気ではないか。
だが、シーももう魔力が残り少ないのは分かっていた。余裕そうに騒いでいるが、今オレ達が生き残れているのはシーの能力のおかげだ。
シーの索敵と隠密能力のおかげで、孤立した魔物を強襲するゲリラ戦法でここまでなんとかやってこれたけれど、元々戦闘能力の低いオレ達では、領域に侵入してくる魔物の数に対応しきれなかった。徐々に数に追い詰められていき、ゲリラ戦が出来る状況が無くなり、オレ達の魔力も無くなり、今は魔物達から逃げ回ることしか出来ない。
――こんなことなら、もっとベガやミラーから戦う術を学んでおけば良かった・・・
後悔してももう遅い。トワ様に住まわしてもらっているこの領域の居心地の良さに依存して、平和ボケしてしまったオレ自身の怠慢が悪いのだ。
(にゃー!?囲まれたにゃー!?)
(うるさいな!わかっているよ!!)
何故か雑多な魔物達が統制をとってオレ達を囲んできた。この様子からしても、この魔物達が操られていることが予測できる。これが普通の魔物ならば、ここで共食いでも始めそうなものを。
(くっ!オレが道を開ける!お前達はその隙に行け!)
(にゃ!?何言っているにゃ!?誰一人の犠牲も許さない。トワ様ならそう言うにゃ!!)
(この状態で全員生き残れるわけないだろう!?だから、せめてお前達だけでも)
逃げろと言おうとした瞬間、正面からとてつもない音を立てて魔物が消し飛んだ。逃げるのに必死で気がつかなかったが、異常な気配がオレ達の背後に迫っていた。振り返るとそこには、銀髪の美しい少女が返り血で全身を真っ赤にしてそこに立っていた。
(トワ様?)
(トワ様にゃ?でも、この感じは・・・)
暴走している?それも、おぞましいほどの負の感情を纏って。そのあまりにも異様な姿に、取り囲んで今にも飛び付きそうだった魔物達でさえ動きを止めた。
トワ様は周囲をゆっくりと見回し、オレ達を一瞥すると、軽く手を振って治療魔法を掛けてくださった。オレ達の怪我が治ったのを確認すると、今度は魔物達へと視線をやり、その赤い瞳を憎悪の炎で煌めかせる。その迫力に、先ほどまでオレ達を追い詰めていた魔物達が怯えるように後ずさった。
「こんなところにゴミが溜まっていましたか。フフフ・・・ハハハハハ!!!」
トワ様が大きな笑い声をあげると、オレ達が瞬きをする度に周りにいた魔物達を欠片も残さず消滅させていった。そのあまりの苛烈さに、オレの他のカーバンクル達が恐怖で震えだす。
「あああああ!!!」
周りに居た魔物を殲滅すると、トワ様は大きく叫んで、そのまま他の獲物を探しまわるように姿を消した。森のあちこちで叫び声と轟音が鳴り響く。そしてすぐ近くにあった北側へ行くのに塞がれていた空間の壁も壊された。トワ様が南から来たということは、恐らくはこれで孤立していた状況から脱したのだろう。
(助かった、のにゃ?)
(オレ達は、な)
そう。オレ達は助かった。でも、怨嗟の声を上げながら、泣くように叫ぶトワ様の心は。
(他の仲間と合流しよう。今のトワ様をなんとかする方法を考えないと)
(そうにゃね。一番近いミラーのところに行くにゃ)
* * * * * *
side トワ
頭の上で必死に跳ねるスライムちゃんの気配を感じて、わたしは思わずスライムちゃんを手元に抱き寄せました。
「うぅ!・・・ぐ、・・・はぁ、はぁ・・・」
ひんやりとした感触を感じながら、徐々に意識が戻って来ます。それでも、わたしの体をおしとどめるのはもう不可能に近い状態でした。
わたしがわたしでないような感覚、でも間違いなく、こうして暴れるわたしもわたしなのです。ずっとこうして暴れたかったのでしょう。それを無理やりに塞ぎこみ、わたしは何も感じなかったフリを続けてきたのです。そうすることで、わたしはわたしを保ち続けたのです。
――その結果が、この有り様ですか。
残りは弥生達の待つ中央のみ。ここの空間を壊せば、わたしは・・・
「・・・」
わたしはもう正気を保てないでしょう。傷付いた弥生達を見て、壊された家を見て。今のわたしが正気を保てる自信がありません。そして、今度こそ、意識が戻る可能性もほぼ無いでしょう。
――だから・・・
「・・・今までありがとうございます、スライムちゃん。だから・・・」
――今度は貴方が生きて下さい。
わたしは胸に抱えたスライムちゃんを思いっきり投げました。物理攻撃に耐性があるのでダメージは無いでしょう。そして、スライムちゃんが戻ってくる前に、わたしの家がある中央広場に行くために目の前にある空間魔法の壁を破壊しました。
中央への壁を取り除いても、中央広場まではまだ距離があります。そして、北でミラーが襲われていた時と同じくらいの数の魔物がすでにここまで入り込んできていました。
「・・・」
わたしはハルバードを大きく振りかぶって、少し溜めてから振り下ろします。
たったそれだけで、進行方向を塞いでいた魔物と木々が一瞬にして吹き飛びました。わたしはゆっくりと出来た道を歩きます。
ゆっくりと歩いたつもりでも、紅い月で上がった身体能力のせいか、思ったよりも早く中央広場に辿り着きました。わたしはひとつひとつ確認するように周囲を見渡します。
全壊したわたしの家、広場は穴だらけで荒れ果て、魔物とずっと戦っていたのか、ベガが傷だらけの状態で広場に立っています。同じく、上空に飛んでいるゼストと戦っていたであろう卯月が、ボロボロの状態で広場に立っていました。その奥、礎の核が安置してある社の結界の中には、傷だらけの弥生と如月、そしてクーリアさんが居ました。結界が生き残っていることから考えても、弥生達やベガは社を守り抜いてくれていたようです。
「おいおい。まだ半信半疑だったが、本当に生きていやがったとはな」
声がした上空に目を向けます。かつてわたしを殺そうとした男が、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべてわたしを見下ろしていました。
「それにしても、随分と面白いことになっているな。これは俺がこれ以上手を出す必要もないか?」
わたしは上から降ってくる言葉をただただ聞き流してました。否、恐らくは聞こえてすらもいませんでした。
「あ、あるじさま・・・」
「卯月ちゃん、下がってください。今のトワちゃんは危険です!」
わたしの登場で動きの止まっていた魔物達が、突然一斉にわたしを取り囲み、襲い掛かってきました。恐らくですが、ゼストが何かやったのでしょう。もう、どうでもいいですけど。
わたしは持っていたハルバードで横に一回転するようにくるりと回って薙ぎ払いました。たったそれだけで、取り囲んでいた魔物達が全て吹き飛び、真っ二つになり、血の海になりました。
「おお、すげぇすげぇ。あれが神獣の力か!ぞくぞくするねぇ。良いじゃねぇか。くははは、は!?」
鬱陶しい笑い声がする空に向けて、〈神速〉スキルを用いて投げ槍を数本投げました。それらは音すら追い抜く速さでゼストの体に突き刺さります。本当にギリギリで急所を避けましたか。
「ぐっ!?なんだ?俺の目でも見えな、ぐお!!」
追加でもう数本槍をぶん投げます。それらは見事にゼストの核であり心臓でもある魔石に突き刺さり、破壊しました。
「ち、くしょ!ざけんな!!この、化け物めが!!!」
ゼストが魔力を大量に使って核を再生すると、わたしに悪態をつきながら以前にも見た炎と氷の魔法を使ってきました。
それを避けずに、魔力を込めたオリハルコンのハルバードで強引に切り裂いて魔法を強引に途中で止めます。中途半端に発動した魔法の魔力が行き場を失い、勝手に爆発しました。
爆発による煙が晴れると、ゼストの姿は既に消えていました。最初からいつでも逃げられるようにと転移魔法を準備していたのはわかっていたので、驚きは何もありません。ただ、まだ残された魔物達が居ます。それらは指揮官をなくして好き勝手に暴れ始めます。行き場の無くなった怒りが、それらを標的にしました。
「ふ、ふふ」
どこまでもどこまでもどこまでもどこまでも!!
「あは、はははは」
わたしの平穏を、わたしの仲間を、わたしの『――』を奪おうとして!!!
「なんで、わたしばかり」
どうして、わたしばかりがこんな目に遭うの?
「わたしはただ」
『――』が欲しかっただけなのに
「あれ?わたしは、何が欲しかったんでしたっけ?」
とても大切ななにか。心の奥底から欲しかったなにか。前の世界にもこの世界にも無かったなにか。きっとどこにもない『なにか』。
どこにもないのなら。
弥生達と過ごした日々が、フェニさん達とお茶会をした日々が、セラさん達と一緒に冒険者として過ごした日々が、草原でスライムさんと過ごした日々が、頭の中を駆け抜けていき、その時に『なにか』に気付けそうな感じがしました。
でも、その景色はすぐに、黒くて紅い感情に塗りつぶされてしまいます。
「みんな、壊してしまいましょう」
だから・・・
「・・・わたしを・・・殺して」
そして、わたしの意識は、黒くて紅い、憤怒と憎悪と悲哀にまみれた破壊衝動の中に消えていきました。




