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転生うさぎは異世界でお月見する  作者: 白黒兎
第四章 居場所
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85話 転生うさぎと月の領域強襲

 転移が終わると、さっそく魔族達に囲まれました。



「・・・嘘でしょう?」



 思わず呆れた声で呟いてしまいます。わたしのそんな声をかき消すように周りの魔族達が騒ぎ始めました。



「こいつ!昼間に来た奴と同じ姿をしているぞ!」


「あの客人はまだ街の中に居るはずだ。こいつはきっと偽物だ!」


「でもこの圧倒的な魔力、本物と変わらないぞ」


「そんなことはどうでもいい!死力を尽くしてアナスタシア様をお守りするぞ!!」


「「「「おう!!!」」」」



 えぇ・・・。とっても面倒臭いのですが。もう適当に威圧してしまいましょうか。たぶん、そこそこ強くした覇気で動けなく出来るでしょうし。良いですよね?もうやっちゃいますよ?



 今にも飛び掛かりそうな魔族達にわたしが〈月神覇気〉を使おうとした瞬間、わたしを守るようにして竜巻が現れ、わたしを取り囲んでいた魔族達があっという間に吹き飛ばされていきました。死んではいないようですけど、随分と手荒なことをしますね。



「いい加減しなさい!!まったくもう・・・。迷惑をおかけして申し訳ないわ」


「・・・ええ、本当に」



 アナスタシアさんが駆け付けてくれたおかげで、大騒ぎにならずに済んだわたしは、そのままつい数時間前に案内された部屋と同じ部屋で同じようにアナスタシアさんと向い合せに座りました。



「・・・ところで、魔王はどうしたのです?」


「アレならば既に西に転移させたわ。何かわめいていたようだったけれど、ひと暴れでもすれば落ち着くでしょう」


「・・・あ、そうですか」



 魔国のトップの扱いが雑ですね。まぁ、あんなのでも慕われてはいるようだからこそ、わたしにあんなにも魔族達が突っかかってくるのでしょうけど。しかし、不思議なものですね。魔王の風格は見た目だけな気がしますけど。



 魔王のことは心底どうでもいいので、早速本題に入ることにしました。といっても、わたしの報告はすぐに終わります。シャドウ・・・と言っても彼女には通じないので、ヴァンパイアの始祖を無事に倒したことを伝えました。わたしの報告を聞き終えると、アナスタシアさんが安心したように息を吐きます。



「ありがとう。後は残党の影だけれど、目撃情報が無くなれば、始祖の影と共に消えたと判断しても良さそうね。どちらにせよ、もう我々だけで対応出来るでしょう。本当に感謝するわ」


「・・・わたしは自分の目的を果たしただけですから。お気になさらず」


「それでも、これで西のダンジョンのスタンピードに集中できるのはありがたいわ。戦力を集中できるだけで被害が格段に減るもの」



 アナスタシアさんの話を聞いていると、収納魔法に仕舞っている通信の魔術具の反応を感知しました。あまりタイミングは良くありませんが、別に見られても問題ないだろうと判断して、話を中断してから通信の魔術具を取り出します。誰からでしょう?・・・クーリアさんからのようですね。



「それは何かしら?」



 アナスタシアさんの質問は無視して、わたしは通話をオンにします。何か大事な用事でしょうか?



「・・・クーリアさん?どうかしたのですか?」


「――ワちゃ――て――か!?――域が――く――」



 ノイズまみれでまともに聞き取れない通信は、途中でぷつりと切れてしまいました。わたしは嫌な予感で体が芯から冷えていくような感覚に襲われます。



「・・・すいません。わたしはこれで失礼します」


「え?今のは一体、ちょ」



 アナスタシアさんの質問に答えている時間はありません。すぐに領域に帰らないと、取り返しのつかないことになりそうです。わたしはその場からすぐに月の領域へと転移しました。



「・・・え?」



 しかし、わたしは月の領域では無く、すぐ近くの聖樹の森の外に広がる平野に転移してしまいました。何故です?



「・・・考えるのは後にしましょう。ここからならば、走って十分とかからずに帰れます」



 〈神速〉スキルをフルに使ってわたしは走り出しました。そして、聖樹の森が見える位置まで移動すると、その光景に思わず固まってしまいます。



「・・・魔物?何故こんなにも・・・」



 どこから現れたのか、この辺では居ないような強力な魔物が何体、いえ、何千体も北の方から聖樹の森の中を突き進んでいくのが見えます。目的は間違いなくわたしの領域でしょう。



 固まってしまった足を再び動かし、わたしは魔物の群れに飛び込みました。何故聖樹の力が働くこの場に近付けたのか、そもそも、この魔物はどこから現れたのか?何故こんなにも接近されて領域の住民達は誰もわたしに連絡をとらなかったのか?そんな疑問がわき上がりますが、今は一旦置いておきます。一刻も早くみんなと合流しないといけません。



 魔法で殲滅したいのをぐっとこらえて、槍で一体一体貫きながら、月の領域を目指します。魔法を使うとこの辺りの森にも甚大な被害を及ぼします。最悪の場合は仕方ありませんが、出来れば避けたいです。地脈の魔力も乱れますし。



 魔物の数が多すぎて、周辺の魔力がとても濃いですね。それと、聖樹の森の中に入った途端、空間が歪められているような違和感を感じました。恐らくはこれのせいで転移位置がずれたのでしょう。



 空間が歪められているせいで、月の領域に中々辿りつけません。面倒になったので、槍に空間属性の魔力を纏わせて突き出し、強引に周辺の空間を破壊しました。周囲の景色が大きく歪みます。すぐに空間を再生するために膨大なエネルギーが集まって爆発するでしょう。その間に壊れた空間を突き進んで一気に進みます。



 後ろで爆発する音を聞きながら、わたしは領域の中へと入ることに成功しました。あとであの辺りの木を再生しないといけませんね。領域外なので時間は掛かると思いますけど・・・。



 領域に突入したわたしは、近くに居る魔物を倒しながら状況を見るために手近にある木の天辺まで登ります。そこで見た光景は、今までの幻想的で長閑で平穏だった月の領域は見る影もありませんでした。



 あちこちで聞こえる戦闘音。


 木々の薙ぎ倒された跡。


 火の手の上がる森。


 キラキラと舞っていた光の粒子も消えています。



 その一つ一つが、わたしの中にある何かをピシリピシリと音を立ててヒビを増やしていくような気がしました。なんだか、とても痛いです。



 そんな中でも、変わらずに月は浮かび、満天の星空と共に現実を照らし続けていました。



――こんなところで、感傷に浸っている場合ではありません。



 誰か近くに居ないかと索敵をすると、それほど遠くない位置に魔物に囲まれているミラーの反応を見付けました。わたしは急いで現場に向かいます。



 わたしがミラーの許に辿り着いたそのタイミングで、ミラーが巨人のような魔物の攻撃で吹き飛ばされ、聖樹にぶつかってそのまま滑り落ちました。その光景を見て、傷だらけのミラーと、その周辺に同じくボロボロの状態で倒れているアルジミラージ達の姿を見たわたしは・・・



 先ほどヒビの入った何かが音を立てて壊れていくような気がしました。



「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 頭が焼け切るほどの熱さで何も考えられなくなったわたしは、ただひたすらに、ただひたすらに魔物を殺し続けます。



 殺す。


 ランスで突いて魔物の核ごと上半身を吹き飛ばします。


 殺す。


 薙刀で四肢を切り取り、そのまま残った体を三枚おろしにします。


 コロス!


 いくつもの投げ槍を投擲して魔物達の頭と核を吹き飛ばします。


 コロスコロスコロス!!


 モーニングスターの鉄球で魔物の体を潰します。



 ・・・・・・



 どれだけ経ったのでしょうか?ふと、頭の上に居るひんやりした何かがぷるんっと震えたのを感じて、わたしはある程度の冷静さを取り戻しました。でも、頭はとても痛いですし、胸の辺りもじゅくじゅくと痛いですし、とても息苦しいです。



 わたしは自分が血塗れが真っ赤になっているのに気付いて魔法で洗浄しました。



 頭の上のスライムちゃんが再びぷるんっと震えます。治療?あ、そうです。ミラー達の治療をしないといけません。



 気付けば周辺に魔物の反応はなく、ただ赤い血の池があるだけでした。敵正反応なしと判断したわたしは、魔物の死体をそのままに、倒れているミラーの許に向かいます。



「・・・すぐに治療します。よく頑張りましたね」


(う・・・)



 ミラーは意識があるようですが、他のアルジミラージは傷を癒しても意識が戻りません。死んではいないようなので、じきに目覚めるでしょう。



(う・・・っ・・・と、わ、さま)


「・・・ミラー、あまり無理をしてはいけませんよ」



 わたしが優しくミラーの体を抱きかかえると、ミラーはぐったりとしながら体を預けてきます。苦しいであろうに、それでもミラーはわたしに何かを伝えようと〈念話〉で話しかけてきます。



(トワ様・・・中央に・・・卯月ちゃん達が・・・礎を、守って・・・)


「・・・わかりました。わたしがなんとかしますから、少し休んでいてください」


(もうしわけ・・・)



 ミラーは伝えたいことを伝えると、目を閉じて意識を失いました。わたしは優しくその体を撫でてから、そっと聖樹の根本に寝かせます。そして聖樹を中心にミラー達を守るように結界を張りました。これでしばらくはミラー達は安全でしょう。多少魔物に群がられても、わたしの結界はそうそう壊せないはずです。



――大丈夫です。わたしは冷静です。



 とりあえず優先するべきは、礎の核を守ってくれている眷族達との合流でしょう。最悪、壊されてしまった場合は作りなおせば良いですが、変な壊され方をするとこの辺りが更地になるでしょう。それだけの魔力があの核にはあります。それか、これが悪魔王の差し金だとすると、悪魔王の復活のための素材にする可能性もあります。魔力が豊富な魔術具ですからね。



 なんにせよ。相手の目的はこの領域の礎の核の可能性が高いです。中央には主力が居るとみていいでしょう。



――一刻も早く弥生達と合流したいですが、他の聖獣達やプリシラさんのことも気になります。それに、ここには静かに暮らしていた動物達も居ます。



 わたしの体は一つです。いくら神獣でも、どれもこれも同時には出来ません。最優先は礎の核がある中央ですが・・・。



――中央には卯月が居ます。それならば・・・。



 わたしは月魔法『紅月の狂宴』を使いました。領域に浮かぶ月が紅く染まり、領域内もまた紅色に染まります。



 卯月には固有スキル〈月の戦兎〉の能力の一つ、〈血月の狂化・戦〉があるので、これの方が恩恵が多いです。弥生達が傷ついているならば、魔力量を増やして、回復力も上げる月魔法『蒼月の円舞』によるブルームーンの方が良いかもしれませんが、生存力よりも戦闘力重視にします。なにより、卯月をチート化させた方がきっと楽になるはずです。



――あぁ、頭が痛いです。



 わたしは頭の痛さを払うように小さく顔を横に振ります。それでも、熱に浮かされたような、じゅくじゅくとした痛みは一向に消えません。頭の上に居るスライムちゃんのひんやりとした感触が、僅かなわたしの理性を保ってくれているような気がします。



「・・・はぁ、ふぅ・・・」



 大きく深呼吸してから、他の聖獣達の許へと駆けました。でも、すぐにまたもや空間が歪んでいるのを見付けます。壁のようになっていることから、これで領域のあちこちを分断しているのでしょう。



「・・・わたしの邪魔を、しないでください」



 わたしはランスを取り出して、再び空間属性を付与すると、そのまま壁を突き破るようにして破壊しました。



 壁を抜けた先もわたしの領域内であることに変わりは無いので、ぱっと見の風景は変わりませんが、ミラーの居た区画ほどではありませんが、相当数の魔物が入り込んでいました。



 それを見たわたしは再び意識がぷつんと途切れます。



 再びスライムちゃんがぷるんっと揺れたのを感じて意識を取り戻します。頭が割れそうに痛いです。胸の辺りもずっと痛みがあります。熱っぽい気がするのに、体はとても冷たいような感覚がします。



 血で真っ赤になった自分の手を見て、魔法で体を綺麗にすると、近くで聖獣の反応を見付けました。これは、オルトロス達のようですね。振り返ってみると、とても怯えた様に震えている双頭の犬が聖樹の下に集まっていました。その中心でボロボロに怪我をしているオルトが呆然とした顔でわたしを見ています。



「・・・オルト、皆さんも、今、治療します」



 酷い頭痛がしますが、魔力には十分な余裕があります。オルト達のケガを治したわたしは、周囲に魔物の反応が無い事を確認しながらオルトに話しかけます。



「・・・貴方はまだ戦えそうですか?」


(は、はい。我々はまだなんとか・・・)


「・・・あちら側でミラー達が意識を失っています。今は結界で守っていますが、念のために何人か送ってくれませんか?」


(か、かしこまりました)



 妙に緊張しているオルトを置いて、わたしは次の場所に向かいます。領域の位置的には・・・ちょうど東の位置になりますね。たしか、プリシラさんの教会があったはずです。



 わたしは重い体を引きずるように先を急ぎました。怪我なんてしていないのに、魔力にも余裕があるはずなのに、何故だか満身創痍のようです。本当に苦しいのは他の人達です。わたしが助けなきゃ・・・。



 空間の壁を破壊して次の区画に入りました。こちら側は・・・そこそこ魔物が居るようですね。蹂躙しつつプリシラさんの教会がある場所を目指します。



「・・・見付けました」



 教会の周りを結界で守って魔物の侵入を防いでいるようですが、何度か突破されたのでしょう、あちこちに戦闘の跡が見られました。ユニコーン達も何体か傷ついていますが、守りを徹底していたからか、ミラーやオルトよりも被害は少ないようです。



 傷ついたユニコーンや壊された教会の様子を見たわたしは三度、激しい頭痛に襲われます。



 殺せ殺せと全身の魔力がわたしに囁きます。



 コロセコロセとわたしの心が赤く、黒く染まっていきます。



 痛い、苦しい。慣れない感情の爆発とそれに便乗するように暴走する魔力が止められません。いっそ、感情のままに、全てを怒りと悲しみの意志のままに身をゆだねてしまいそうになります。ゆだねてしまえればどんなに楽か、きっと意識をまともに保てないままに暴走してしまうでしょう。そうなれば、わたしの守りたいものすら傷つけるかもしれません。それだけは避けなければ。



「・・・くっ!」



 わたしに気付いた魔物達が襲い掛かってきました。それらをモーニングスターの鉄球を振り回して粉砕します。なんにせよ、安全の確保の為に魔物を殲滅しましょう。



「・・・ユン!少しの間だけ、結界を強化してください!今のわたしでは、攻撃の余波が行くかもしれません!」


(は、はい!)



 結界が強くなったのを確認したわたしは、頭の上でずっとわたしを支えてくれているスライムちゃんをそっと撫でます。



「・・・わたしがまた狂ったら、止めて下さいね」



 任せろと言わんばかりにスライムちゃんがぷるんっと震えます。襲い掛かってきた魔物をまた一体、刀で核ごと半分に両断すると、わたしは怒りの意識のままに魔物の殲滅を開始しました。



「・・・魔物(ゴミ)はひとつ残らず排除します」



 わたしの帰る場所を、わたしの大切な人達を、わたしの平穏を、わたしの―――を奪おうするならば。



「コロス」



 〈血月の狂化〉で上がった身体能力のおかげで、恐らくはAランク以上の強さはあるであろう魔物達を薙刀で撫でるように切り刻んでいきます。まるで熱したナイフでバターを切るかのような抵抗の無さです。



 あぁ、頭が痛い。あぁ、とても寒い。どんなに殺しても、どんなに血を浴びても、それでも足りないと叫ぶように、わたしの体は殺戮を求めています。



 投げ槍を数本、遠くにいる魔物に投げつけます。槍は魔物に突き刺さるどころか、頭から大きな穴を空けて、そのまま地面に轟音を立てて突き刺さると衝撃で近くにいた魔物が吹き飛びました。



 熊のような見た目の魔物が迫ってきて、大きな腕を振りかぶってその爪でわたしを切り裂こうとしてきました。熊が振りかぶる直前に懐に潜り込んだわたしは、熊の頭を左で掴みます。



「熊とは本当に縁がありますね」



 そのまま頭を握りつぶし、邪魔な体を蹴っ飛ばしてその辺の魔物の群れにプレゼントします。返り血で真っ赤に染まったわたしは、未だに多くの魔物が蠢く周りを見渡します。



「さぁ、もっと血をください。もっと命をください。足りないんですよ。全然満足出来ないんです。この程度じゃあ、わたしの怒りが静まらないんです。だから・・・」



 〈月神覇気〉発動。〈精神干渉〉発動。〈魂干渉〉発動。



「死んでください」



 強烈な死と恐怖を膨大な威圧の魔力で魂に刻まれた魔物達は、半分以上が生きることへの拒否反応で魔力が暴走して体が爆発したり、血を吐いて死に絶えました。もう半分ほどは、地面に縫い付けられたように動けなくなっています。わずかに残った魔物が本能的なものなのか、わたしから逃げようしたので真っ先に槍を投げて殺します。それから、動けなくなった魔物達をいくつもの槍で串刺しにして殺しました。



 索敵に生存している敵は無し・・・。殲滅完了ですね。



――大丈夫です。意識はしっかりしています。ちゃんと、わたしの意思で殺しました。大丈夫です。



 体中に付いた血を魔法で洗浄して綺麗にして、わたしは魔物の死体の山から踵を返して教会へと足を向けます。先ほどまでは結界がありましたが、わたしの〈月神覇気〉の魔力を受けて壊れてしまったようです。念のため強化するよう指示をして良かったですね。結界が壊れただけで済んだのですから。



 大きく深呼吸をして、スライムちゃんを手元に引き寄せて抱きしめます。全然足りない。まだまだ殺したりない。もっと殺せと、この怒りをぶつけろと訴える体を静めていきます。抑えようとすればするほど、頭は痛くなり、胸も痛くなり、体は熱くなり、体の中は冷えていきます。それでも、落ち着かなければ余計な被害を増やしかねません。痛みに耐えながらも暴れる魔力を抑えつけ、スライムちゃんを頭の上に戻すと、近付いてきたユンに声を掛けました。



「・・・ここはどういった状況ですか?」



 わたしの落ち着いた声に、ユンはほっとしたように馬の耳をぱたぱたとさせて、首を垂れました。



(ここには、領域内の動物達と、プリシラ殿が避難しております。何度か戦闘にもなりましたが、被害は軽微と言えるでしょう)



 この感じでは、ミラーの居た北側がもっとも危険な場所だったのかもしれません。思えば、魔物の数も相当な数居たような気がします。わたしが突破した北を中心に、わたしが壊したあの空間の歪みを使って領域全体に広がるように魔物が侵入してきているのかもしれませんね。北が多いのは、魔物の群れが分散仕切れずに突破してきたからでしょう。



「トワ様?トワ様!」



 わたしの声が聞こえたのか、プリシラさんが教会の扉を開けて出てきました。扉が開いた瞬間に中の様子がちらりと見え、ユンの言う通り、沢山の動物達が集まっているのがわかります。



「・・・プリシラさん、お怪我は無いですか?」


「はい。ユン様や他の聖獣達にも守って頂きましたから。それよりも、私にはトワ様の方が心配です。大丈夫ですか?」


「・・・あの程度の魔物に怪我をするほど、わたしは弱く無いですよ」



 わたしがそう答えると、突然プリシラさんがわたしを抱き締めてきました。柔らかい感触と優しい匂いに包まれます。あまりにも不意打ちすぎて、激情に呑まれそうで気を張っていたわたしは、その感触と匂いに甘えるように力を抜きました。そんなわたしを、プリシラさんは優しく抱き締めてくれます。



「そのような状態では、トワ様の心が持ちません。ほんの少しだけでいいので、ここで休んでください」


「・・・ですが、今は一刻を争います。他のみんなも、助けないと・・・」



 本当は今すぐにでも休みたいですが、わたしはプリシラさんの提案を却下しました。それでもプリシラさんは、わたしを行かせないようにと抱き締める力を強くします。



「今のトワ様を見た皆さんは、きっと自分のことよりもトワ様のことを気にかけるでしょう。トワ様が苦しんでいる様子を見て悲しむかもしれません。だから、ほんの少しだけで良いのです。ほんの少しだけ、心を休めてください」


(トワ様、私達聖獣やトワ様の眷族達を信用してください。少しくらい救援が遅れたところで、何かある者達ではありません)


「・・・そんなことを言われたら、仕方ありま」



 わたしは眷族達や聖獣達のことを信用しています。だから、ユンの言う通り、少しだけ休もうと思った時でした。



 スライムさんを置いていったあの日の後悔、人に嵌められ殺されかけたあの日の失望、リンナさんの死体を見た時の悲しみ、そして、月の領域の平穏が壊され大切な住人達が傷つく姿を見た時の怒り、わたしの中でずっと押し込めていた感情達が、その感情によって突き動かされた、わたしの体を構成する魔力が訴えます。もっと殺せと、もっと壊せと、まだ足りないと。わたしが溜め込んだ憤怒と憎悪と悲哀を晴らすのは今しかないと。



――わたしの思考が暴れ回る感情に侵される前に全てを終わらせなければ・・・



 わたしはプリシラさんの優しい温もりを遠ざけるように押し返しました。一度壊れてしまった器はそう簡単には直せません。器が壊れてしまってもう直せないのならば、せめてわたしの守りたいものを守ることに意識を逸らすのです。目的を作れば、暴走してもある程度行動を制限することが出来るはずです。最低限、わたしの仲間達を襲わないように。



 プリシラさんの悲壮な顔から目を背け、わたしは次の区画に向かうべくその場から背を向けました。



「・・・ユン、ここの守りは任せました。プリシラさんも、この教会から出ないように」


「トワ様!お待ちを!」


(トワ様!)



 プリシラさんとユンの制止を無視し、わたしは狂化した身体能力を駆使して即座にその場から移動します。



 もうあまり、わたしに時間は残されていません。せめて聖獣達を解放して、中央の空間を解放するまでは意識を保っていたいものです。



 わたしは酷い頭痛と寒気に襲われ朦朧とする意識の中、南に向かうために行き先を阻む空間の壁を壊そうと槍を振り上げました。




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