79話 転生うさぎと協力者からの報告
常夏の領域で無事に目的を達成したわたしは、魔国に向かう前に一度外せない用事を思い出して常春の領域まで転移しました。ここで例のモノを処分しなければなりません。
常春の都ソメイヨシノ近郊に転移したわたしは、どうせすぐにやってくるだろう春姫さんを待ちます。
間もなくして、桜の花弁を舞い散らせながら現れた春姫さんの首根っこを捕まえます。春姫さんが突然のことに驚いたようにきょとんとした顔をしました。
「え?わたしなんでいきなり捕まったの?」
「・・・まずはお礼を。春姫さんが事前に話を通してくれたおかげで、すんなりと事を運ぶことが出来ました。ありがとうございます」
「あ、うん。どういたしまして。それで、わたしはどうして捕まったの?」
「・・・心当たりはありませんか?」
答えを言う前にわたしが問いかけると、春姫さんはわたしに捕まった体勢のまま腕を組んで「う~ん」と唸ります。一分ほど待ってあげても答えが出ないようだったので、わたしが教えてあげました。
「・・・どうやら勝手にわたしの絵を量産して、交渉材料にして配ったそうですが。・・・申し開きはありますか?」
「・・・」
春姫さんが冷や汗をたらりと流して顔を背けました。その目には「どうしてバレたの!?」と書いてあります。
「・・・ちなみに、全て向日葵さんから事情を聞いていますからね?」
「向日葵ちゃん後で覚えてろー!!」
わたしが情報元を明かすと、春姫さんは両手を突き上げて叫びました。そして、諦めた様にぐったりと力を抜いて話し始めます。
「いやまあ、時期的に考えても向日葵ちゃんぐらいしか話す人は居なかっただろうから、わかっていたけどね。でもでも!トワちゃんが作った魔力溜まりを浄化するのに使ったんだから別に良いよね!?それに、あの時はトワちゃんのこと死んだと思ってたし!」
「・・・まぁ、わたしが原因の一因でもありますが、そもそも、それだけ濃い魔力溜まりになったのは、春姫さんの結界のせいですよね?」
「まぁ、そうなんだけどさ。でもあれ、結界張らなかったら街にまで被害来てたし、仕方ないじゃん・・・」
そもそも、わたしを殺そうとしたのですから、街に被害が出るくらいの覚悟は最初からして欲しかったですね。結果として、当時のわたしの全力攻撃を結界で完全に封じ込められてしまいましたけど。今思い出すとちょっと悔しいですね。
「・・・兎に角、春姫さんのところにあるわたしの絵だけでも燃やします。異論は認めません」
「えぇ~そんなぁ~・・・。ところでさ、さっき向日葵ちゃんのことを名前で呼ばなかった?」
「・・・本人がそう呼べと言ったので」
「何それずるい!それじゃあ、今度からはわたしのことも桜って呼んで!」
「・・・何がずるいのか分かりませんが、別に拒否する理由も無いので構いませんよ。でも、絵は燃やしますからね」
春姫さん、改め、桜さんに絵が置いてある場所まで案内させようとした時、収納魔法の中に入っている通信の魔術具に反応を感じました。誰かから通信が来ているようです。桜さんを解放して収納からスマホ・・・じゃなくて通信の魔術具を取り出すと、セラさんからの着信であることがわかりました。
「・・・もしもし?」
「もしもし?何それ?」
おっと、つい言ってしまいました。スマホとか着信とか表現してしまったせいで、前の世界での電話の癖が出てしまいました。もはや骨の髄まで染み込んだ習慣のような感覚ですね。でも、この世界の文化には無いものなので、うっかり出ないように気を付けないといけませんね。
「・・・いえ、なんでもありません。気にしないでください。それで、何か御用ですか?」
「うん。例のやつを倒したから、その報告。エルも居るよ」
「こんにちは、トワちゃん。今報告しても大丈夫かしら?」
「・・・こんにちは。部外者が一人居ますが、話を聞かれても問題無いので今すぐ話をしても結構ですよ」
「部外者?」
わたしが桜さんに目配せすると、意外にも空気を読んで黙っていた桜さんが「喋っても良いの?」と口パクして首を傾げます。わたしが頷くと、桜さんが通信の魔術具に顔を寄せました。
「やっほー。桜だよ~」
「あぁ、桜ね。ということはトワちゃんは今は公国に居るのね」
「・・・はい。先ほど常夏の領域にあったシャドウを倒してきました」
「獣王国のは?」
「・・・既に討伐済みです」
「早いね。やっぱり、私らよりも身軽に動けるのは良いね」
今はセラさんとエルさんは一国のトップですからね。なかなか個人行動は難しいでしょう。そんな中でも私の予測より早く動いてくれたようです。
「桜には事情を話したの?」
「うんうん。わたしも事情だけは聞いたよ。協力者として手伝うのは拒否されたけど」
「桜は腹黒いから仕方ないわね。いつも通り表で活動していなさい」
「腹黒い!?心外だよ!!」
――桜さんは腹黒い。わたし、覚えました。
長年の付き合いであるエルさんが言うのですから間違いないでしょう。やはり、こちら側の手伝いを頼まなくて正解でしたね。
「・・・では本題に入りましょう。お二人のシャドウはどのようなものでしたか?」
「では、まずは私から話しましょうか。エルフの里から南に下りた森の中にシャドウが居たわ。マーシャルスパイダーという大型の蜘蛛の魔物に寄生していたわ」
えっと、マーシャルスパイダー・・・魔物大全ではAランク級の魔物でしたっけ?エルフの里がある森のさらに南に生息する魔物の情報なんてよく載ってましたね・・・。それとも、どこかのダンジョンでも出るのでしょうか?
「事前情報の通り、影のように黒くて揺らめいた存在だったわ。魔法攻撃が全て吸収されたのが厄介だったけれど、物理による攻撃で核である石板の欠片を撃ち抜いて倒したわ。でも、周囲の魔物がシャドウにやられたのか、それとも逃げたのか、全く姿が無かったの。シャドウ戦の時に横やりが無くて楽だったけれど不気味だったのには違いないわね」
魔法攻撃を吸収するということは、つまり魔力を吸収するということですからね。魔物にとっては天敵のようなものでしょう。逃げるのもわかります。倒されてしまった可能性もありますが。
「次は私だね。私のところは予想通り、廃都遺跡の奥地にシャドウが居たよ。元の魔物はリビングデッドアーマーっていう全身鎧の魔物だね。影みたいに揺らめいていたから、なんだか、元のリビングデッドアーマーよりも幽霊っぽかったね」
影っぽくなったのですから、確かに幽霊っぽくなるでしょうね。リビングデッドアーマーはゴースト系に属する魔物ですが、鎧という実体があるので物理攻撃が効きます。効くといっても鎧なので防御力は高いのですが。そんな防御力の高い相手でかつ魔法を吸収するシャドウ相手にどうやって戦ったのでしょう?
「知っての通り、リビングデッドアーマーはゴースト系の魔物だけど、実体があるから普通の物理攻撃が効くんだけど、物理攻撃に耐性のある鎧だから中々ダメージが通りにくいんだよね。それと、シャドウの特性で普通の魔法は吸収されちゃうみたいだった」
普通という言葉を使っているのを聞いて、わたしはなんとなく察しました。これは相手が悪かったとしか言いようがありませんね。ある意味、セラさんは普通ではない攻撃、それも魔力を持った相手に対して特効攻撃を持つの対魔物のスペシャリストです。そもそも、物理攻撃に耐性があるといっても、聖剣の攻撃力をそうそう防ぐことは出来ませんか。
「まぁ、私の倒し方はみんな察しただろうから、私からはいろいろと検証したことを話すよ」
戦闘中にいろいろと検証なんてことをしていたのですか。余裕ですね。確かに、今のセラさんはわたし達神獣と唯一まともに戦闘が出来るであろう人ですからね。あ、魔王には会ったことが無いのでまだ唯一かどうかは知りませんけど。なので、この程度の魔物・・・シャドウに手こずるなんてありえませんか。
「まずは、シャドウは悪魔の力で作られていて、悪魔本人と繋がっているのは間違いなさそう。私の熾天使のスキルが反応していたからね。繋がりを追って本体の場所を見ようと試した瞬間に接続が切れたから、場所の特定は出来なかった。ごめん」
「・・・いえ、それは仕方ありません。それにしても、天使スキルでも悪魔を感知出来るのですね」
「ある意味、相反する関係だからね。悪魔スキル持ちの気配はなんとなくわかるんだよ。でも、ゼロさんのは気付けなかったな。やっぱり隠密特化だからかな・・・。というか、ソフィアさんから聞かなかった?」
そんな話聞きましたっけ?悪魔スキルがあることはバレましたが、確か信託の場だから特定出来たとかそんな感じだったような気がします。あまり興味が無かったのでもう覚えていませんね。
ひょっとしたら、天使スキルが悪魔スキルに反応しているのではなく、天使スキルの中の天使の意識が悪魔スキルの中に眠る悪魔の意識に反応している可能性がありそうですね。だから、すでに悪魔の意識を追い出したゼロさんの悪魔スキルや、わたしに力の大半を託して奥深くに眠ってしまったラプラスの存在には気付き難いのかもしれません。
「話を戻そうか。トワちゃんの推測通り、シャドウは魔力を取り込んで悪魔に送って、悪魔自身の力を高めているか、もしくはまだ完全に復活していないから魔力を集めているのだと思う。シャドウの行動原理は全て魔力を集めることに集約されているみたいだったからね。だから、魔法による攻撃をしたらなにもしないで魔力を吸収するし、その辺の魔物を襲って魔力も回復してるみたい。後は、周囲にある魔力濃度が若干下がっていたから、何もなくても魔力を吸収する能力があるみたいだね。あとは、あの石板の欠片を使っている理由だけど、恐らくはあの石板の欠片にある空間属性の力を利用して各地に飛ばしていたみたいだね。いくら魔人化したクーリアちゃんでも、これだけ広範囲に魔法で移送させるのは変だと思ってたんだ」
わたしが普通にシャドウを倒している間に、いろいろと情報を得る為に頑張ってくれたようですね。おかげで思っていた以上の情報が手に入りました。
「それで?結局そのシャドウはどうやって倒したの?」
桜さんが戦闘中に余裕ありすぎでしょと苦笑交じりにセラさんに聞きました。まぁ、聞かなくてもわかりますけどね。
「えっと、検証を終えた後は用済みだったから聖剣でサクッとやったよ。ついでに、僅かでも繋がりが残っていればそこから悪魔にダメージを与えられないか試したけど、完全に繋がりが切れてて出来なかった」
「「「・・・」」」
なんだか、セラさんってこんなに容赦のない人でしたっけ?ちょっと怖くなってきました。
「ん?みんなどうしたの?」
「なんでもないわ」
「セラちゃんって意外と・・・んーん、やっぱりなんでもない」
「なんだろう。なんだかみんなに何か勘違いされているような気がする・・・」
「・・・とりあえず、二人とも、シャドウの討伐ありがとうごさいました。セラさんはいろいろと情報をありがとうございます」
微妙な雰囲気になったのを、わたしが話を強引に戻してお礼を言うことで断ち切りました。通信の魔術具では相手の感情が分かりにくいですが、わたしがお礼を言うと、セラさんとエルさんからどこかホッとしたような感じがしました。
「私達がトワちゃんにしたことに比べたら、これぐらいの協力は当たり前だよ」
「ええ、だから、何か他に出来ることがあれば何でも言ってちょうだい」
やっぱり、まだわたしを殺そうとしたこと、守れなかったことを後悔しているようですね。まぁ、何も思われないよりはマシなので放置しておきましょうか。どうせ、わたしが何を言っても気にするのですから。
「・・・そうですか。わたしは最後のシャドウが居るであろう魔国に向かいます。何か注意することはありますか?」
「魔王がめんどくさい」
「魔王がめんどくさいわね」
「魔王様の思い込みがちょっと面倒かな。ひと悶着起きるかも」
オーケーわかりました。魔王はめんどくさい。しっかりと記憶しました。
「後は道中山脈を越える必要があるから気を付けてね。まぁ、トワちゃんに勝てるような魔物は居ないから大丈夫だと思うけど。食料とかの問題も無いし」
「・・・わかりました。ではまた、何かあれば連絡しますね」
最後にそれぞれ別れの挨拶をしてから、わたしは通信を切りました。セラさんからの情報は収穫が多かったですね。後でフェニさん達とも共有しましょう。
「それじゃあ、トワちゃんはこの後、魔国に行くんだね?紅葉ちゃんか椿ちゃんのところは寄るの?」
そういえば、ここから北に向かうのならばどちらかの領域に寄ることも出来ますね。秋姫さんの領域に寄って天狗の皆さんに挨拶しても良いですし、まだ見たこと無い常冬の領域を見に行くのも良いかもしれません。
「・・・気が向けば寄るかもしれませんね。ですが、今は急ぎの用事の最中なのでわかりません」
「そか、わかった。一応わたしから連絡だけはしておくね」
「・・・ありがとうございます」
さて、それでは魔国へと向かうとしましょうか。シャドウを放っておくと悪魔がどんどん増強されていくらしいので、あまり時間は掛けたくありません。
「・・・では、さっさとわたしの絵を燃やしてから魔国に行きますか」
「覚えてた!?」
――そんな簡単に忘れるわけ無いでしょう。わたしのことを馬鹿にしているのでしょうか。これは小一時間説教コースですね。
結局、先を急いでいるということと、桜さんの決死の説得を相手するのが面倒になったので、わたしの絵をどうこうするのは全てが終わって暇になってからということにして、わたしは魔国へと向かいました。
 




