77話 転生うさぎと夏姫
常夏の都ノウゼンカズラ。ノウゼンカズラは暑い夏の時期に濃いオレンジ色の花を咲かせる花です。庭木としても有名なので、名前は知らなくても見たことがある人は多いかもしれません。もっとも、都市の名前が花を由来にしているかは定かではありませんけど・・・。
街の中へは、入り口で門番にギルドカードを提示することですんなりと入れました。まだ使えるのですね。てっきり失効されていると思っていましたけど。あ、スライムちゃんはわたしのペットだと言い張りました。上目遣いでお願いしたら、何か問題を起こしたら責任をとることと、肌身離さずに傍に置いておくことを条件に、特例で一緒に街に入るのを許可してくれました。
常夏の領域は近くに海があるという利点から、漁業が盛んで、他の国には中々流通しない海鮮系の食糧が多く売られています。
この世界に来てから始めてみる食材ばかりに目移りしてしまい、あっちにふらふらこっちにふらふらと歩き回って見ていると、突然少女のやや高い声で話し掛けられました。
「はじめまして。あたしの自慢の領域はどうかな?月兎のトワちゃん」
声のした方に顔を向けると、新緑を思わせる鮮やかな緑色の髪を短くショートカットにした、わたしとあまり変わらないぐらいの見た目の歳の女の子が、大きな空色の瞳の中にわたしを捉えていました。
――服装を見るに、この女の子が夏姫さんですかね?
ちょっと疑問形になってしまったのは、春姫さんや秋姫さんとは大分違う着物だったためです。着物?着物ですよね?柄は夏の花々が散りばめられた趣深いものなのですが、丈がぶった切られてミニスカートのようになっていて、女の子の白い太ももが半分近く覗かせています。更に、肩口の部分もバッサリと切られていて、両肩が完全に露出していている有り様。これはもはや着物ではないでしょう。着物を冒涜しています。
散々には言っていますが、不思議と女の子の雰囲気にバッチリとはまるのですよね。普通の着物も似合いそうですが、これはこれで、この女の子の為だけに仕立て上げられた特注品のような感じがします。
「・・・念のため確認ですが。夏姫さんですよね?」
「あはは♪かたいな~。あたしのことは向日葵で良いよ。それよりも、折角ここまで来たんだから案内してあげる!さあ行こ!」
「・・・え、ア、ハイ。あの、ちょっと、引っ張らないでください」
強引に夏姫さん・・・えっと、向日葵さんに手を繋がれたわたしは、そのまま引っ張られるがままに歩き始めます。
「あ、おっちゃん!その魚売って~」
「おいおい、夏姫様じゃねぇかい。今日はえらくべっぴんさんを連れているんだな」
「良いでしょ~?あげないよ~?」
「はん!俺には世界一べっぴんな妻が居るからな!羨ましくなんかねぇよ」
「や~惚気られちった♪そんなのどうでも良いから魚売れー!!」
「はいはい。これだな?」
「・・・あと、これとこれとこれも全部ください」
「お、おう」
「大人買いだね。カッコいい♪」
ここは月の領域とは反対側なので、なかなか気軽には来にくいですからね。ここで出来るだけ海鮮物を買い占めておきたいだけです。
わたしは隣でキラキラした目をしてわたしを見詰める空色の瞳を無視して、お店の人にお金を支払って魚を全部収納魔法に仕舞いました。一気に魚が消えたことに驚いた店主でしたが、すぐに心配そうな顔をします。
「収納魔法でも魚は腐るからな。出来るだけ早く食べるか、冷蔵の効いた場所に保管するようにしろよ」
「・・・ご忠告、ありがとうございます。当てがありますので、お気になさらず」
もちろん当てなんてありません。だって、わたしの収納魔法は時間を止めているので食材が腐りませんからね。そういえば、クーリアさんが時間停止の収納魔法がそこそこの容量で使えるようになったと喜んでいましたね。収納魔法の時間停止は一般的では無いのでした。すっかり忘れていました。わたしにとっては時間停止が普通でしたからね。
今まで聞かれたことも聞いたことも無かったのですが、神獣の皆さんの収納魔法は時間停止しているのでしょうか?気になりますけど、別に改めて聞くようなことでもないですね。
適当に向日葵さんと会話をしながら、別の事を思考していたわたしは、向日葵さんに引っ張られていつの間にか市場から別の場所に移動していました。まだ買いたいものがあったのですが・・・。まぁ、後回しでも良いですか。
向日葵さんに引っ張られるように連れてこられたのは、海がよく見える高台でした。どうやら観光スポットのような場所みたいで、このご時世でもちらほらと旅行者らしき人が見えました。
「他国からの旅行者は激減しているけど、公国内は比較的平和だから、旅行者は意外と居るよ。外は大変みたいだけどねー」
「・・・まるで他人事ですね」
「あはは♪桜がいろいろと動いているみたいだし、領域の外のことは全部桜にお任せがあたし達のスタンスだよ」
信用している、のとは少し違うのかもしれませんね。四季姫同士の関係はいまいち分かりませんが、信用というよりは、理解しているといった感じでしょうか?いろいろと複雑な関係のようなので、一言では表せないようなものなのかもしれません。
わたしが黙って話を聞いていると、向日葵さんはニコニコとした顔のまま話を続けます。
「桜ぐらいだよ。領域の外にまで目を向けて行動出来るのは。だからあたしは、外関係のことについては、基本的に桜の指示に従うようにしているの」
向日葵さんは話の間ずっと高台にある柵に両肘をついて海を見詰めていました。その空色の瞳が何を見ているのか、わたしにはわかりません。
「だから、桜が君のことに深入りするな、でも協力しろって言うならそれに従うよ。まあ、個人的には、君には興味津々だから是非とも仲良くしたいんだけどね♪」
向日葵さんが両肘を柵に付いたままわたしに顔を向けてニカッと笑います。青い海と青い空、遠くに山の緑を背景に見る彼女は、なるほど、夏の姫なのだなと思わせる雰囲気がありました。
しばしの間、海を眺めて潮風に当たっていると、向日葵さんが「よしっ」と声を上げました。
「それじゃあ、そろそろ本題の話をしよう。あたしの社でね♪」
「・・・そうですね。では、ご案内お願いしますよ?」
「まっかせて~」
向日葵さんと社に向かう間にも、道行く人から向日葵さんが声を掛けられます。春姫さんも住民との仲は良かったですが、あちらはきちんと立場を弁えた関係性でした。ですが、向日葵さんのところは、マスコットというか、アイドルのような扱いですね。まぁ、見た目は間違いなくアイドル級の容姿で間違いないですが。
夏の社は大きな門と壁で仕切られている中にありました。形は秋姫の住んでいた社と大きく違いはありませんね。よく見ると、建物にちょくちょくとある彫刻に夏の植物が描かれているのが分かりました。
向日葵さんが社の敷地の入り口にある門で門番に挨拶すると、何故か門番の人が驚いたように応えます。わたしが客人として紹介されると、更に驚かれました。なんなのでしょう?
「あ、やっと帰って来たんだ。ちょっと夏姫~どこ行って来・・・そのめっちゃ可愛い子だれ?」
「詩乃!随分と早いお出迎えだね!このめっちゃ可愛い子は例のお客様だよ。ほらほら、早く案内して」
「えぇ、夏姫が仕事しているとか、明日は槍でも降ってくるのかな?」
「詩乃って絶対にあたしのこと敬ってないよね?」
「そんなことないそんなことない。わたしは夏姫の巫女筆頭だよ?もうちょっと信じなさいなって」
黒に近い青い髪色を束ねてポニーテールにしている青い巫女服を着た女性がやってきて、向日葵さんと気さくにやり取りしています。恐らく、他の領域でも見た四季姫の巫女なのでしょうが。今まで会った人の中とは全然タイプが違いますね。なんというか、サバサバ系です。
わたしがそのやり取りにどうしようかと呆然としている中、向日葵さんの相手をしていた門番が青い巫女服の女性・・・詩乃さんという名前のようですね・・・に一礼して持ち場に戻っていきました。詩乃さんはそれを一瞥すると、そのままわたしに視線を移しました。髪色よりも少し淡い青色の瞳をしています。
何故でしょう?顔も性格も全然違うのに、どことなく秋姫の巫女の紅羽さんに似ている気がしますね。
「それで、この子が例の?」
「そうそう。少し成長しているけど、あの絵にそっくりじゃない?」
――絵?絵とは何のことでしょう?
「絵というか、念写でしょ?アレって本人に許可取ってるの?」
「取ってないんじゃない?桜は死んでたと思っていたんだから」
なんでしょう。今、無性に嫌な予感がしました。春姫さん絡みで面倒じゃないことはそんなにないですからね。
「それにしても、本物を見ると、絵姿だけでも残したくなる理由が分かるよ。いやぁ、こんな可愛い子始めて見た」
詩乃さんがじろじろと嘗め回すような視線を向けてきます。ちょっと居心地悪いですね。早々に話を進めてここから離れたいです。
わたしがじりっと後ろに下がると、それを見た向日葵さんがぺしっと詩乃さんの頭を叩きました。
「痛っ!」
「うさぎちゃんが怖がっているじゃない。そもそも、自己紹介は?」
――う、うさぎちゃん?
「あぁ、忘れてたわ。改めまして、わたしの名前は詩乃。夏姫の巫女筆頭をやっているよ」
さっきの会話でその情報は知っていますが、一応、正式な自己紹介なので、わたしもそれに合わせて自己紹介することにします。
「・・・はぁ。どうも。わたしは神獣の月兎。名前はトワです。よろしくお願いします」
「なるほど、月兎だからうさぎちゃんね」
何がなるほどなのでしょう。もっとわたしが理解出来るように話して頂けないでしょうか。スライムちゃんもそう思いますよね?
わたしが頭に乗っているスライムちゃんをつんつんすると、スライムちゃんは嬉しそうにぷるぷる震えました。たぶん、わたしの思いは伝わっていません。
そんなわたし達を見ていた向日葵さんと詩乃さんがこそこそと会話を始めます。
「あの小さいスライムめっちゃ可愛いんだけど、あたしも触っていいと思う?」
「いやいや、あれ小さいけどめっちゃ強そうなんだけど?触ったら指溶かされるんじゃない?」
「えー!あんなに感触良さそうなのに・・・。あたしもぷるぷるしたい」
「・・・そろそろ本題に入りたいのですが?」
わたしがこそこそ話に割り込むと、向日葵さんが「それもそうだね」とあっさり納得して社の敷地の奥へと歩いていきます。
そして、詩乃さんがわたしの隣まで来て「それじゃあ案内するよ」と手を繋ぎます。いや、手を繋ぐ意味はよく分からないのですが・・・。
というか、切り替え早いですね。話が進むので助かりますが、展開についていけません。これが夏の姫とその関係者達の普段のノリなのでしょうか?
向日葵さんの社の中は、秋姫さんの社とあまり変わらない間取りになっているようです。恐らくは四季姫の社は全て同じ造りなのではないでしょうか。全部回ってみないとわかりませんが、そんな気がします。
秋姫さんの社では縁側で話をしましたが、今回は縁側ではなく普通の部屋に案内されます。
――おお、まるでお茶室のような部屋ですね。掛け軸もありますし。
ただ、掛け軸に書いてあるのが『海千山千』なのは何か意味があるのでしょうか?まさか、近くに海と山があるからとかそんな安易なものでは無いと思いたいのですが・・・。
向日葵さんが奥の座布団で正座したので、わたしは対面にある座布団に正座しました。それを見て、座椅子を用意しようと持って来た詩乃さんが固まります。
「へぇー。うちでは一般的だけど、他国では正座ってやらないって話なんだけど、君は随分と慣れているみたいだね」
――それはまあ、日本人でしたからね。
なんてことが言えるわけ無いので話を流すことにします。それに、現代日本では普通の椅子やソファーに座る人も多いので正座に慣れない人だっているでしょう。
わたしが黙って聞き流しているうちに、詩乃さんがテキパキとお茶を用意して茶托に乗せると、お茶請け用の団子を皿に乗せてお盆の上に置き、わたしと向日葵さんの前まで持ってきてそれぞれに配膳します。配膳が終わると、詩乃さんは出入口前に置いてある座布団に座りました。
「さて、大体の話は桜から聞いてるけど。あたしの領域のどの辺りに探し物があるの?」
「・・・えっと、この辺りですね」
いきなりの本題に面食らいましたが、そんなことはおくびにも出さずに、わたしは地図を収納魔法から引っ張り出して調べたい場所を指差しました。向日葵さんが身を乗り出してその地図を覗き込んできます。
「へぇ。この辺りって確か洞窟があったよね?」
向日葵さんが確認するように詩乃さんに問いかけると、少し離れたところから地図を見た詩乃さんが頷きます。
「海の波で削られて出来た洞窟があったね。満潮になると海で入り口が閉ざされるから都合がいいとか言って、夏姫が領域の結界石の一つを設置してたっしょ?」
「あぁ~、そんなこともあったねぇ~」
「おいおい」
結界石というのは、確か四季姫の領域を維持管理するための装置でしたね。いくつも設置してあるそうなので一つぐらい何かあっても大丈夫だとは思いますけど、定期的に巡回するとかしないのでしょうか?というか設置した本人が忘れているのでは巡回するとかいう話もないですね。
「・・・まぁ、その洞窟に目標が居るかはわかりませんが、まずはそこに向かってみますか」
「もちろん、あたしも行くよ?」
向日葵さんがさも当然と言いたげに同行を希望しました。春姫さんの話では面白そうなことには必ずと言っていいほど首を突っ込むらしいので、断っても強引についてくるでしょう。
それに、自分の領域のことですからね。気になる気持ちもわかります。
まぁ、強いて同行を許可する理由を上げるならば、四季姫は、春姫さんを除けば基本的に自分の領域以外に関心も薄いようなので、シャドウを見られても問題無いでしょう。
「・・・わかりました」
「あやや、意外とすんなり許可するね?」
「・・・どうせ断ってもついてきますよね?」
「おーあたり♪」
「夏姫が行くならわたしも同行しようか?それとも、近衛筆頭でも付けようか?」
ハイテンションにピースする向日葵さんを見ているととても忘れそうになりますが、一応彼女はこの領域の主です。本来ならば単独であちこち行動していい立場の人間ではありません。わたし?わたしにはほら、スライムちゃんが居ますから。
ですが、向日葵さんだけならば兎も角、今回に関しては出来るだけ同行者は避けて欲しいですね。何て言って止めてもらいましょうか。
「うん?近衛とかいらないよ?詩乃もわたしの代わりに執務を進めておいて。今回はわたし単独でやるから」
なんて考えていたら、向日葵さん自らが一人で行動したいと言って同行者を拒否しました。ひとまず成り行きを見守りますか。
「いつもの我儘って訳じゃ無いみたいね。理由は?」
詩乃さんが真面目な顔になって向日葵さんに理由を問いました。そんな詩乃さんに、向日葵さんはニコニコした笑顔で空色の瞳を向けます。
「今回は桜自らが深く関わるなって釘を刺してきた案件だよ?詩乃はともかく、近衛達は邪魔だよ」
「わたしがダメな理由は?」
「あたしは万が一があっても大丈夫だけど、詩乃はそういうわけにもいかないでしょ?それに、詩乃が居ないと執務が滞るし」
「執務に関しては夏姫が協力してくれればすぐ終わるけど?」
「やだ!!」
「やだって・・・」
これでよく本当に主が務まっていましたね。驚きですよ。まぁ、人と魔物では生活が大きく違いますし、人間社会はとても面倒なことは知っていますので、嫌がるのもなんとなくわかりますけどね。
「まぁ、そんなわけだから、あたし一人で行くよ!」
「・・・一応、わたしも居ますけどね」
なんだか向日葵さん一人で行きそうな雰囲気だったので、わたしも口を出しておきます。
それでもしばらく逡巡していた詩乃さんでしたが、向日葵さんのキラキラした空色の瞳に見詰められ続けて最終的に折れました。これで、わたしとスライムちゃんと向日葵さんの三人で行くことになりましたね。って、スライムちゃんが知らないうちにわたしの団子をひとつ食べてます。まぁ、スライムちゃんだから許しましょうか。
そして、話を終えたわたし達はさっそくその洞窟とやらに向かうことになりましたが、その前に・・・
「・・・わたしの絵とやらを見せてもらってもいいですか?」
「え?うん。別に良いけど?」
向日葵さんの案内で違う部屋で飾られていたわたしの絵を発見します。どうやら、わたしが公国でセラさん達に襲われた時にあったあの大きな桜の木の下に立っている絵のようです。
確かに綺麗ですが。燃やしましょう。
それを見たわたしは即座にそう判断して片手から炎の玉を出しました。それを見た向日葵さんがぎょっとした顔で慌てて止めてきます。
「あー!ちょっとちょっと何で火を出すの!?やめてやめてやめて!!!」
向日葵さんと詩乃さんの全力の妨害で惜しくも燃やし損ねましたが、話を聞くとどうやら春姫さんがあの時のわたしの自爆攻撃で出来た魔力溜まりを浄化するために、四季姫達から巫女を貸りるための交換材料としてこの絵が使われたようです。
――そういう事情ならば、他の四季姫のは諦めるとして、せめて春姫さんのだけは燃やしましょう。
固くそう誓って、わたしは向日葵さんと共に社を後にしました。




