7話 転生うさぎと森林生活
森での生活を始めてからそこそこの日が経ちました。平原で人間達と会ってから一ヶ月以上は経っているのではないでしょうか?
住処を決めてからは、そこを拠点に周囲の生態系を調べつつ、徐々に調査範囲を広げていっています。それと併せて、三日に一度は平原まで出向いて人間達の姿を探しましたが、あの日以降、人間達に会うことありませんでした。もう安全なのか、未だに探しているのか、見極める方法が無い以上は、スライムさんに平原に行くのは止めてもらったほうが良いでしょう。
――まあ、スライムさんだけで森を抜けて平原に辿り着く前に、絶対にわたしがわかりますけどね。
わたしなら全力疾走で二時間くらいの距離でも、スライムさんでは何日もかかります。逆に言えば、かなり移動したように感じていても、平原から思った以上に距離が離れていないのが気になるところですが、危険な奥地に行くわけには行きませんからね。仕方ありません。
さて、スライムさんの一日の行動は、日中は住処の木の周りをぐるぐると徘徊して、薬草やたまに出てくる小動物などを捕まえて食べたり、魔物がうろつく場所ででろーんとなって罠を張り、かかった相手を捕食したりしていて、夜になると大体は住処まで戻ってきて、でろーんとしています。でろーんとしている状態は省エネモードなのでしょう。ちなみに、わたしがでろーんとしたスライムさんの上に乗っても捕食されません。
一方わたしはというと、日の高い時間は周囲の探索をして、日が落ちてからは住処の大木の天辺まで登ってゼリー団子を食べながらお月見タイムです。探索中は極力戦闘を避けるようにしていますが、腕がなまらないようにと、スライムさんの餌付け用も兼ねて気が向いた時に獲物を数体狩るようにしています。定期的な平原への調査と何日かに一回数時間だけ仮眠をとる以外は、大体そんな感じの日々を過ごしています。
そんな日々が続いて、あらかた周囲の調査に目途がたち、相変わらず平原に足を伸ばしても人間の影も形も無いことを確認したその日の夜、日課のお月見タイムをしながら今後の方針を考えます。
森での生活が思っていた以上に安定したので、このままここで生活する分には困らないでしょう。唯一の気がかりはやはり人間達の動向でしょうか。実はわたしの考えすぎで、人間達はスライムさんのことなど何とも思っていないのでしょうか?
――いえ、警戒しすぎるくらいが、この世界で生きるのにちょうど良いでしょう。
スライムさんといつまで一緒に行動するのかも、考えておかないといけませんね。今はまだ一緒にいますが、いつかは別れる必要があるでしょう。行動範囲が狭くて、移動速度の遅いスライムさんと一緒では、気軽に遠出が出来ませんからね。食事の必要もなくて、移動速度の速いわたし一人の方が、この世界を見て回るには都合が良いです。
――とりあえずは、スライムさんの生活が盤石になるまでは一緒に居ることにしますか。別に急いで旅に出る必要は無いのですし。
わたしの最終的な目標は、安寧な居場所を手に入れることです。スライムさんのことは気に入っていますし、出来れば一緒に居たいとは思いますが、もっとこの世界のことを知らなくては、安寧を手に入れるのは難しいと思います。
――この世界のことを知るのならば、やはり人間と交流する必要がありますね。
うさぎの体では言葉も発せないですし、交流は難しいかもしれませんが、どんな生活をしていて、どんな国があって、どんな人種がいるのか、知りたいことは山ほどあります。喋ったり書いたり出来なくても、言葉や文字を覚えることが出来れば、知ることが出来る情報もぐっと増すでしょう。
――少し遠出して、人間の街を探しますか。明日から平原まで行って、そのまま以前に人間達が逃げていった方向まで探索してみましょう。
今後の方針を決めたわたしは、ごくりとスライムゼリーの団子を飲み込みました。
夜のうちに行動を決めたわたしは、日が昇ってすぐに行動を開始します。平原には何度も行っていますが、警戒は怠りません。
いつもの道を駆け抜けていると、何かの違和感を覚えて立ち止まります。
――あれ?こんなところにこんな魔力の高い木がありましたっけ?
不思議に思い、首を傾げてまじまじと木を視ていると、突然頭の中で警鐘が鳴り響きます。
わたしは反射的に横に跳びます。わたしがついさっきまで居た場所に太い枝が鞭のように叩きつけられました。
「きゅい!?」
思わず声が出るほど驚きます。しかし、詳しく確認する暇もなく再度警鐘が鳴り響き、いくつもの方向から沢山の枝が襲い掛かってきます。
わたしは身体強化で体を強化して、襲い掛かって来る枝達の小さな隙間に向かって飛び込みます。なんとか無傷で突破し、そのまま全速力でその場を駆け抜けます。背後ではまた襲い掛かろうとした枝が伸びてきましたが、一気に距離を離したおかげで伸びてきた枝が諦めたように帰っていきました。
――一体何だったのでしょう?昨日ここを通った時には居なかったはずですが。
わたしは攻撃が来ないであろう距離から、視覚を強化してよく観察してみることにします。
見た目は木炭のように黒い木です。動かないので音はしませんし、匂いは普通の木ですし、気配は全く感じることが出来ませんでした。
あちこち調査している時に会わなかったのはなぜでしょう?とりあえず、知っている道でも油断せずに、もっと警戒心を上げなければなりませんね。
それから、速度を落として注意深く周りを観察すると、先ほど襲われたのと同じ種類の魔木を何体も見つけました。何故いきなりこんなに出現したのか、原因は分かりませんが、わざわざ戦闘する必要は無い為、少し大回りして平原に向かうことにします。
ルートを変えたせいで、平原まで抜けるのにいつもより時間がかかりますね。
先程の魔木(魔物っぽい木だったので魔木と呼ぶことにしました)の群生地帯をようやく抜けたわたしは、普段のルートから大きく逸れてしまったことに溜息を吐きます。
――なんだか、いつもの森っぽく無いですね。気味が悪いです。
妙に静かだなと思い、周囲の気配を探ると、何故か全然生き物の気配がしません。嫌な予感をひしひしと感じながら、最大限の警戒をしつつ先に進みます。
――今日無理して平原まで行かなくても良いですかね。一旦住処まで帰りましょうか。
いつもと違う異常事態を感じ、帰ろうと踵を帰した時でした。濃厚な血の匂いが森の奥から漂ってきて、木々を薙ぎ倒す轟音と身の毛もよだつ雄たけびが聞こえました。
――マズイ!なんだかよく分からないですが、兎に角、早くここから離れなければ!!
住処の方角に進むと先ほどの魔木地帯を強行突破する必要があり、時間が取られます。距離を離すならば、多少遠回りでも全速力で逃げられるルートにしなければいけません。
わたしは、歩き回って頭に叩き込んだ地形を思い浮かべながらルートを定めます。そして、魔木を迂回するルートで一気に森の中を疾走しました。
しかし、時は既に遅かったようです。
凄まじい轟音がわたしのすぐ後ろに鳴り響きました。
――すでに捕捉されていましたか。
わたしは、走りながら音の鳴った後方を見ないようにして、作戦を練り直します。
――素のスピードは向こうの方が断然上ですね。まさか、わたしの索敵範囲からこれほどの速さでここまで来るとは思いませんでした。
逃げるのが絶望的と判断したわたしは、住処のほうにから別の場所へ走る方向を変えて、速度を更に上げて駆けます。すぐ後ろで木々を薙ぎ倒す音が聞こえてきますが、このスピードでもつかず離れずの距離を保って追ってきます。
そして、ちょうど木々が無くなり、小さな広場になっている場所に出ました。木々を使ってのゲリラ戦も考えましたが、あんなに簡単に森林破壊が出来る相手には効果が薄いと判断して、あえて、何もない広い場所を戦いの場に選びました。
わたしが、広場の中央で振り返り、音の主へと身構えて待っていると、『それ』は強烈な血の匂いを漂わせながら姿を現しました。