64話 転生うさぎと嵐の前の平和
いろいろとあった帝都の騒乱でしたが、あれから二ヶ月ほどが経ち、今は気味の悪いくらいに平和な日が続いています。
あれだけ世界中を騒がせていた魔物の変異種達が一斉に帝国・・・ほぼ壊滅しているので元、ですね・・・に集結しているようで、人間界ではいつなにが起こってもいいように準備を整えているらしいです。情報提供者はSランク冒険者のゼロさんです。
どうやら、今ではSランク冒険者はセラさんとゼロさんの二人しか残っていないそうで、あのグレンというおじいさんも死んでしまったようです。相手はゼストらしいですが、何か嫌な予感がしますね。
――恐らくは、聖人の心臓目当てだったのでしょうね。ゼストの手に渡っていなければいいのですが・・・。
さらに、なんとセラさんが、聖国に熾天使の聖女として迎え入れられたとの連絡がありました。冒険者としての肩書きはまだ残っていますが、実質引退になるでしょうね。そして、セラさんが中心となっていた『白の桔梗』も解散になったのだと思います。
そんなわけで、ゼロさんは唯一の自由に動けるSランク冒険者ということで、とても忙しいようですね。比較的聖人に近いAランク冒険者を育成していち早く聖人にさせるように指示があったそうですが、「そんな無茶なこと出来るか!」とわたしに愚痴っていました。わたしに言われても困るのですが。
帝国から帰ってきてすぐにフェニさんに眠らされたわたしは、そのまま眠ること三日後に起きました。「とても疲れていたのよ」とフェニさんは優しい笑顔で言いましたが、なにやら普通の方法ではない眠り方をしたような気がするのですよね。フェニさんが何か悪いことするとは思えないので、眠らされたのだとしてもかまわないですけど。
帝国での一件以来、弥生達が再び戦闘訓練に熱を入れ始めました。それを聞いたリルさん(フェンリルさんとずっと呼んでいたのですが、リルと呼べと言われたので変えました)とオロチさんとフェニさんが嬉々としてわたしの眷族達を拉致って行きました。まぁ、鍛えてくれるならば良いのですけどね。ただ、弥生はフェニさんの眷族から好意を向けられているのですよね。ちょっと気になります。その辺りは弥生にお任せすることにしましょう。もし、強引に何かしようとして弥生を困らせたら、わたしが教育してあげることにします。小一時間くらい。いえ、丸一日ぐらい。
あ、そういえば、春姫さんから〈思念伝達〉でお願いが来たので一応フェニさんに報告したら、フェニさんが「私に任せて」と有無を言わせない迫力で返答してきて、お任せしたことがありました。フェニさんの通信からしばらくして春姫さんから再度連絡があり、げっそりとした声で無かったことにしてと言われたのですよね。何があったのでしょう?あの春姫さんが「あの不死鳥さん、全然優しくないよ。トワちゃんは絶対にあの不死鳥さんを怒らせないようにね」とやけに真剣な声で忠告してきました。言われなくてもフェニさんを怒らせるようなことは・・・たびたびしていますね。気を付けましょう。
とまぁ、この二ヶ月もわたしの周りではいろいろとあったようですが、わたしの月の領域では比較的平和な日常を送っています。今では聖獣達が居る生活にも慣れたもので、弥生が居ない時にはペガサスのベガとアルジミラージのミラーが代わりに世話をしてくれました。まぁ、お茶を出してくれたり話し相手になってくれたりですかね。
たまにプリシラさんの様子も見に行っていますが特に不便なく暮らしているようです。教会に設置してある女神像がやけにわたしに似ていましたが、一体誰が作ったのでしょう?わたしは女神じゃないですよ?スキルは持っていますが。
あ、そのスキルですが、二ヶ月経っていろいろと覚えたり成長しましたよ。
【コモンスキル】
〈原初魔法レベル8〉〈潜伏レベル3〉〈精密索敵レベル7〉
〈神足レベル4〉〈空間跳躍レベル3〉〈魔力自動回復レベル10〉
〈料理レベル4〉〈舞操術レベル4〉〈体術レベル7〉
〈柔術レベル6〉〈姿勢制御レベル3〉〈投擲レベル7〉
〈痛覚遮断レベル3〉〈武具生成レベル4〉〈並列魔法レベル10〉
〈魔法複製レベル7〉〈精神強化レベル6〉
【エクストラスキル】
〈人体変化〉〈魔力返還〉〈聖魔混成体〉
〈魔力感知〉〈魔力眼〉〈魔力物質化〉
〈魔力操作〉〈並列思考〉〈念話〉
〈思念伝達〉〈精神干渉〉〈魂干渉〉
【ユニークスキル】
〈異世界からの来訪者〉〈月の女神〉〈全知の悪魔の加護〉
帝都から戻ってきたばっかりの時に〈姿勢制御〉以外の新しいスキルを覚えていました。〈姿勢制御〉は、最近マイブームの風魔法(正確には原初魔法)で作った空気のバランスボールで、ぐてーとしてたら覚えました。
新しいスキルの効果は以下になります。
〈姿勢制御〉・・・姿勢を制御する動きに補正(中)。レベルで補正量増加
〈並列魔法〉・・・複数の魔法を行使する能力に補正(中)。レベルで補正量増加。
〈魔法複製〉・・・同じ魔法を複製する際の使用魔力が低下し、よりスムーズに複製しやすくなる(中)。レベルで効力上昇。
〈精神強化〉・・・精神力が上昇し、感情を抑制する能力が上がる(中)。レベルで効力上昇。
〈精神干渉〉・・・魔力を使って対象の精神に干渉することが可能になる。
〈魂干渉〉・・・魔力を使って対象の魂に干渉することが可能になる。
〈姿勢制御〉はそのまんまの効果ですね。バランス感覚が良くなったり、多少の無理な体勢変更が可能になったのだと思えばいいです。ジャンプした後に空中で縦回転して、更に横回転したりした後に見事に着地することが出来るようになりました。体操選手に必須スキルですね。
〈並列魔法〉と〈魔法複製〉は似ていますが全く別物です。前者は複数の魔法、つまり火魔法と風魔法を別々に使う場合に制御が楽になるスキルで後者は同じスキルを複数同時に使った時に効果のあるスキルです。組み合わせればとても強力ではありますね。数の暴力というやつです。
〈精神強化〉もそのままですね。思わず何に使うのですかとフェニさんに聞いてみたら、すごく悲しい顔で「普段はそのスキルは効果を切っておいた方が良いわ。トワのためにも」と言われたので、言われた通りにスキルの効果を切っています。でも、実際に使い方わからないですし、無くても問題無いスキルなんですよね。なぜ覚えたのでしょう・・・?
〈精神干渉〉は相手の感情に干渉する能力ですね。基本的には威圧、わたしの場合は〈月神覇気〉と組み合わせて使うことで、相手の戦意を奪ったり、恐慌状態にしたりすることが出来ます。ただ、精神の強い人や逆に精神が未熟で感情が薄い人には効果は薄いようです。
〈魂干渉〉は相手の魂に干渉してダメージを与えたり、逆に癒したり、はたまた魂に進化を促したりするのに使えるようです。
〈精神干渉〉と〈魂干渉〉はクーリアさんと戦った時に覚えたものだと思います。体を作り替えた時とかに、たぶん。
不思議なのは後から覚えたコモンスキルのレベルが妙に高いことなのですよね。〈並列魔法〉とかカンストしていますし・・・。原因はさっぱりです。〈異世界からの来訪者〉による影響が出ているのは間違いないとは思うのですが・・・。
ま、別にどうでもいいですよね。最初から強い状態でスキルとして使えるのは良い事です。
ここ二ヶ月のことをのんびりと考えながら、風魔法で作った人をダメにする空気のクッションに、うさぎの姿でぐで~と沈み込みます。ちなみに、最初の頃は変な体勢で浮かんでいるようにしか見えなくて、また変な事やってる。みたいな目で見られたので、クッション部分を緑色に着色して見えるようにしました。すると、また変なことやってる。という目で見られました。あれ?変わっていませんね?
――あ~このクッションの魔法が、前の世界の記憶で一番使える魔法かもしれません。ずっとここでクッションに埋もれていたいです。
そんなダメな思考に浸っていると、転移の兆候が現れて、フェニさんと弥生、更に珍しく、フェニさんの眷族のブレイズさんもやって来ました。クッションの上で伸びているわたしを見た三人は、揃ってなんとも言えない表情をします。
なんですか?と抗議をするように頭を持ち上げてフェニさんを見上げます。フェニさんがクッションから退く気のないわたしを見て苦笑しながら話しかけてきました。
「こんにちは、トワ。弥生なんだけど、ある程度強化の目途もつけたから一旦こちらに返すわね。後でスキルの確認とかしておいて」
(・・・わかりました。弥生の面倒を見てくれてありがとうございます。・・・それで、何故ブレイズさんがいるのです?)
「ええ、トワさえ良ければブレイズにトワの他の眷族と訓練でもさせようかと思って。それに、ブレイズもフレイも来たがっていたようだし」
フレイさんというのはフェニさんのもう一人の眷族ですね。確かに以前会った時にわたしの領域に行ってみたい的な事を話していましたね。ブレイズさんは・・・たぶん弥生目当てでしょう。弥生の暮らしている場所を見て見たかったのではないですかね。なんだかソワソワと周りを見ていますし。
と、ちょうどいいタイミングで再び転移の兆候が、しかも二つ現れました。現れたのはリルさんとその眷族のフィンさん。後はリルさんに預けていた卯月ですね。もう一つの転移はオロチさんとその眷族らしき男性と如月です。
「おお、珍しい面子だの。揃って眷族まで連れてくるとはの。考えることはみな同じということか」
「そうみたいねぇ~。これは宴会もはかどりそうだわぁ~」
「主様、まずはトワ様にご挨拶ですよ?」
「我が主様、フィン殿の言う通りです」
フィンさんとオロチさんの眷族に注意された二人が、仕方なさそうに視線を動かし、そして、クッションにぐでんとしているわたしを見て神妙な顔をします。なんですか?言いたいことがあるならどうぞ?という念を籠めて顔を向けると、卯月が兎の姿に変身してクッションに突っ込んできました。そのまま、わたしにくっついてきます。相変わらず可愛いですね。如月は・・・遠慮しているようですがソワソワとしていますね。後で同じクッションに入れてあげましょう。
そんなわたし達を見て苦笑するリルさんとオロチさんでしたが、すぐに気を取り直して挨拶をしてきました。
「相変わらず仲が良いわねぇ~。こんにちわ~トワちゃん~」
「その前に、この体勢については良いのかの?まぁ、よいか。こんにちわだ、トワよ」
「・・・はい。皆さんこんちにわ。それで?ご用件はフェニさんと同じですか?」
全員の反応を見るにどうやら本当に用件が一致していたらしいです。事前に連絡していないのにタイミングバッチリとかどうなっているのですか?仲が良いのか気が合うのか長年の付き合いのせいなのか・・・。
まぁ、兎に角、ちょうどよく集まったので、その場でお互いの眷族達の模擬戦を鑑賞しようということになり、わたしがいつものお月見用のお茶菓子セットを出したり、フェニさんが紅茶を淹れたり、リルさんとオロチさんが広場に専用の結界を作ったりしました。その間中もずっとクッションでぐでんとしていたわたしは、ついにリルさんに引きはがされて占拠されてしまいました。こういう時に小さいうさぎの姿は不利ですね。
「わぁ~♪これいいわぁ~確かに動く気なくしちゃうわねぇ~」
「どれどれ。リル、妾にもちょいと貸さぬか?・・・・・おお!これは良いの!」
「貴方達、いい加減にしなさい。トワをこちらに寄越しなさい。・・・・・ところで、そんなにいいの?ちょっと私も失礼して・・・・あら。本当に良いわね。後で作り方を教えてくれないかしら?」
(・・・それは構いませんが、クッションに戻してくれませんかね。今日は皆さんの分のを作ってあげますから)
最近は、フェニさんのわたしを撫でる手つきがプロの領域に達していて、撫でられるのがとても気持ちいいというか、眠くなってくるというか、ダメになりそうな感じになるのですよね。わたしの、魔人をダメにするクッションより凶悪です。
宣言通り全員分のクッションを魔法で作って眷族同士の戦いを見守ります。いえ、オロチさんとリルさんはお酒飲んでますね。頑張っているのですから見てあげてくださいよ。
「あら、ブレイズ、随分と如月相手に手こずったのね。中々オロチの教育もやるじゃない」
「カカッ当然だの。しかし、卯月は反則ではないかの?妾のやつが手も足も出なかったのじゃが」
「卯月ちゃんは私自らが相手しないといけないくらい強いものねぇ~仕方ないわねぇ~」
「そんな規格外が何故紛れ込んでいるかの?どうせトワが何かやったのだろうが」
(・・・失礼ですね。わたしは少しだけ手助けしてあげただけですよ。・・・やっぱり弥生に一対一は不利ですね。負けてしまいましたか)
「それでも、結構頑張っていたじゃないのぉ~。フィンも最近は卯月ちゃんに負けてばっかりで意気消沈していたから良かったわぁ~」
「こうやって他所の眷族と訓練をさせるのは中々面白いわね。今後も定期的にやりましょうか」
「それは良いの。なんなら、妾がおぬしの眷族を預かって育ててやってもよいぞ?」
「それは遠慮するわ。あ、でも、トワになら良いかもしれないわね。予想外の成長をしてくれそうだわ」
(・・・いやいや、わたしにそこまで戦闘指導する技量はありませんよ)
なんだか話の流れで、今やっている模擬戦を定期的に行うことになりました。自分の領域に帰ったあとに地獄の訓練がありそうですね。可哀想に。
っと、またもや転移の兆候です。今度は誰・・・って考えるまでも無いですね。恐らくはケイルさんでしょう。
わたしの予想通りケイルさんとその眷族、名前はデュールさんでしたっけ?一度だけケイルさんの領域の礎の核を改良しに行った時に顔を合わせただけなので自信はありませんが、たぶん、合っています。がやって来ました。
デュールさんもケイルさんの魔力で産み出された眷族で、見た目はケイルさんを若くした感じです。あ、男性ですよ。ケイルさんは寡黙な人ですが、デュールさんは普通の爽やか系です。体格もケイルさんに似ずに平凡なのですよね。
「トワ、来たぞ」
「こんにちわ、トワ様。トワ様のおかげで領域を管理するのがとても楽になりました。ありがとうございます。こちらは、魔の森産の果物になります。もしよければどうぞ」
(・・・どうも。お久し振りです)
「それと、例の場所には特別な結界を張っておいたので、人間も近付かないと思いますよ」
(・・・ありがとうございます)
例の場所というのはスライムさんのお墓がある聖樹がある場所です。礎の核を改良しに行った時にお礼を言われたのでお願いしておきました。これで、スライムさんも穏やかに眠れるでしょう。
「これはどういう状況だ?」
「お互いの眷族達で模擬戦をしているのよ」
「おぬしもどうかの?」
「ふむ」
「是非!やらせてください!」
ケイルさんが奥の結界内で戦っている各神獣達の眷族を見て不審に思ったのをフェニさんが状況説明してオロチさんが参加を促しました。デュールさんはやる気満々のようだったのでケイルさんが頷いて許可を出すと、嬉々として結界内に入っていきます。
――爽やか系のイケメンなのですが、戦闘愛好者なのですよねぇ。あのゼストよりかもは性格はかなりまともですけど。
まあ、ケイルさんも戦闘大好きな感じですし、主に似たのでしょうね。ケイルさん用の大きなクッションを用意して座らせてお茶漬けと紅茶のセットを素早く出しました。クッションに座ったときに驚いたように眉を動かしましたが、何も言わずにそのまま身を沈めていきます。表情は変わりませんが気に入ったようですね。
ケイルさんの眷族デュールさんも参戦して、結界内はバトル・ロワイアルを開始しました。いやいや、弥生は無理でしょう・・・。
わたしの予想違わず弥生は一番最初に脱落します。一応弁明しますが、結構頑張っていたのですよ。でも、デュールさんの攻撃を防ぎきれずに結界外まで飛ばされてしまいました。悔しそうですが、中の戦闘を見ていろいろと学ぼうとしています。向上心は素晴らしいです。さすがわたしの弥生。
ちなみに弥生を攻撃したデュールさんにブレイズさんが執拗に攻撃するシーンがありましたが、まぁ、どうでもいいですね。
そんな中、戦闘を見ながらフェニさんが「そういえば」と口を開きました。
「ちょうど全員揃っているからこの場で伝えるわね。トワのことをウロボロスに話したら、私が信用しているなら構わないということで正式に神獣として認められたわ。これからは名実共に神獣よ。おめでとう、トワ」
フェニさんの報告で他の皆さんから口々に祝いの言葉が贈られます。嬉しいのですが、今更感がするというか、ちょっと恥ずかしいですね。
わたしはうさぎから人の姿になって皆さんにお礼を言います。
「・・・ありがとうございます。皆さんのお力添えのおかげです」
「今更な感じはするがの。まぁめでたいことじゃ。今日はこのまま祝いの宴といこうかの!」
「さんせ~い♪」
「貴方達はいつもやっているでしょう。まぁ、トワに迷惑をかけない程度にするわよ。それと、ウロボロスの領域の礎の核の改良は今は必要性が感じられないからいらないそうよ」
「・・・そうですか。わかりました」
ちょっとだけ、ウロボロスさんの古竜の領域に興味がありましたけど、断られたからには仕方ありませんね。
そのまま、わたし以外の全員にお酒が渡り(わたしはジュースです。お酒飲んだこと無いですし)乾杯をして宴会が始まります。いや、オロチさんとリルさんはずっと宴会してますけど。
そんな感じで、今日も平和に一日が過ぎました。あ、バトル・ロワイアルの結果は卯月の優勝です。あの子強すぎなのでは?
しかし、嵐の前の静けさはそう長くは続きません。その予兆は次の日から現れ始めました。




