幕間 狂気の魔術師と紅蓮の老師
セラに切り取られた左腕の傷からジュクジュクと痛みが走る。その痛みは全身の魔力を喰らうように俺を蝕んでいるように感じた。ちっ、中途半端とはいえ、熾天使の浄化を食らってしまった以上は自力で治癒するのは難しいだろう。だから、ちょっと裏技を使うことにする。
痛みと不快さで苛立ちそうになりながらも、帝国と王国の国境門付近まで来た。ついこの間まで公国の春姫が居座っていたが、それもつい先ほど帰っていった。代わりにきたのは王国最強戦力のひとり、Sランク冒険者のグレンだ。
「くはは!ついてるぜぇ。あのじじいなら孤立させるのも容易いしなぁ」
魔物、いいや魔人に対して憎悪とも呼べる強い敵意を持つグレンは、魔人になった俺を見れば問答無用で殺しに来るだろう。それと同時に、他に被害が行かない様に単身で俺に挑むはずだ。周りの有象無象共が居ないだけで、グレンひとりに集中出来るから、俺としてもありがたい。
俺は正々堂々と歩いて国境門の前まで来た。すると、すぐにグレンのじじいが俺の気配を察知してひとりで出てきた。予想通りだぜ。くはは。馬鹿なじじいだな。
「よお、じじい。ここでやりあってもいいが、うっかり門を壊しちまうかもしれねぇ。ちょっと奥まで行こうか?」
「うむ」
じじいは素直に頷いて俺の後についてきた。特に言う事も無く無言のまま国境門が遠目に見える位置まで移動すると、殺気もなにも感じないままいきなりじじいが魔剣を振りかぶって斬り付けてきた。それをギリギリで躱すと同時に思わず顔がにやけてしまう。こういう機会でもないとこのじじいと本気で殺し合いが出来ねえからな。わくわくするぜ。
「くはっ!あぶねぇなじじい!そんながっつくなよ。久し振りに会ったんだからちょっとぐらい話そうぜぇ?」
「ふむ。魔人ごときと語る口は持ち合わせておらぬ。早々に灰となるがいい」
「いいねいいねぇ!その目!ぞくぞくするぜ!魔人になって良かったと心から思うぜ!」
「ふむ。堕ちるところまで堕ちたか・・・」
それは違うぜじじい。人間なんていう一人じゃなんにも出来ない屑に生まれて、ようやくそんな屑みたいなやつから抜け出して無限の可能性を手に入れたんだ。こいつに言っても通じねぇだろうがな。
最初に斬りかかってきた時とは打って変わって本気の威圧と殺気を発するじじいに、まずは軽めの魔法でけん制する。その辺の雑魚ならばこのけん制程度で死ぬだろうが、このじじいにはけん制にもならねえかもな。
案の定というべきか、俺がけん制で放った無詠唱の不可視の魔弾は全て魔剣にぶった斬られた。たしか〈心眼〉っていうスキルだったか。見えないものを見ることが出来て、〈危険察知〉と〈攻撃予測〉を強化したような能力だったはずだ。相手にすると嫌な能力だな。でも面白い。
俺のけん制を苦も無く対応し、そのまま流れるように音も無く俺の目の前まで一気に移動してきた。俺の目にはそれほど速く動いているようには見えなかったが、まるで瞬間移動でもしたかのように気付けば目の前まで接近されていた。こういった攻撃だけじゃないアーツを使いこなしてくる技量はさすがという他ないな。力は俺が上だが、技量はじじいの方が一枚上手のようだ。
燃え盛る魔剣の攻撃を避け、追撃を短距離転移で距離を空けることで回避した。空間に干渉する関係上、距離によって転移魔法の発動時間に差が出る。逆に言えば、ごく短い距離の転移ならば数秒と経たずに転移の準備が整うということになる。魔術師ならば距離を詰められた時の逃げの対応として覚えておいたほうがいい魔法だ。もちろん、無詠唱で出せるように訓練するとなおいい。
しかし、短距離の転移程度では熟練した近接戦闘専門家にはほとんど無意味だ。それというのも、十メートルぐらいならばまだ間合い内であり一瞬で距離を詰めてくるからな。今のように。
転移して出現した俺の目の前に、既にじじいが先回りして魔剣を下から振り上げようとしているのが見えた。今から再転移は間に合わないと判断して即座に物理防御の結界を前面に展開する。一瞬だけ結界に剣が阻まれたがすぐに突破されてしまった。だが、その一瞬の時間があれば十分だ。
俺は結界と同時に用意していた別の魔法を発動させる。近距離用の魔法で、触れるといくつもの風の刃がさく裂する見た目は中が嵐のように渦巻いている白い玉だ。風魔法スキルの上位である〈嵐魔法〉スキルのレベルが10はないと扱いの難しい魔法で、もちろんその分威力も強烈だ。さすがのじじいでもまともに受ければただでは済まないだろう。
じじいは斬り上げようとした剣を止めて即座に引き、素早くバックステップで距離を取ろうとした。その判断は正しい。この魔法は近接用で敵が遠くに居るほど威力が下がる。魔術師が敵に接近された時のカウンター用として考案されたこの魔法は、ファイアーボールのように飛ばすことは出来ない。普通ならば。
俺は〈原初魔法〉スキルを手に入れて、しかも〈魔力体〉も手に入れた。つまり、イメージ力と魔力さえあれば魔法をどうとでも改造、改良出来る。例えば、本来は近接カウンター用のこの魔法。カウンターに失敗したらそのまま任意に発動させて効果が下がっても攻撃するだけのこの魔法を、それこそファイアーボールのように飛ばしたりとかな。
「む!」
常識ならば考えられないような挙動をした魔法にほんの一瞬だけじじいの動きが止まった。そこに追撃をかけるように俺はじじいを中心に地面を陥没させ、水と風の竜巻で周囲をに壁を作りその渦の中に閉じ込める。逃げ場のないその渦の中で嵐の刃を詰め込んだ玉がさく裂する。
中の様子が見れねぇのは残念だが。あの程度でやられるようなじじいじゃねぇだろう。
追撃に氷の粒子を竜巻の中に混ぜて、最後に炎の魔法で覆い着火させて爆発させた。魔法陣無しだが、これだけの複数属性の魔法を受ければほぼ瀕死だろう。あっけなかったな。
爆発の衝撃で竜巻が消えて、地面には大きな抉れた跡がある。その中心にボロボロになったじじいが魔剣を支えにしながらなんとか立っているのが見えた。
ゆっくりとじじいに近付くと、突如じじいが姿を消して俺の目の前まで移動して剣を上段から袈裟斬りしてきた。いや、正確には起き上がって俺の方に向かってくるのは見えていたが、あまりにも自然な動作でかつ気配を感じさせなかったせいで認識が遅れた。反射的に体を逸らして攻撃を躱す。
「大した反射神経だ。だが・・・」
「あめぇよじじい!その動きはもう二度見ている」
前に一度、セラのお気に入りに魔人と戦った時に遠目で、そしてつい二か月前にセラと戦った時に直接体験した。故に、俺がその動きを呼んで反撃するのは容易いことだった。
「ぐぉ!?、ガハッ・・・」
一度目の上段斬りの後に来る、背後に回り込んでの斬り上げも躱した俺は、空間属性の斬撃を付与した手刀でじじいの胸を突き刺し、心臓を抉り出す。
心臓を持ったまま手を引き抜いて一歩後ろに下がると、胸に空いた大きな穴から大量の血が流れ落ち、口からも血を吐きだした。
「ハンッ。どういう気持ちだ?ご自慢の一撃を魔人ごときに躱されて、心臓を抉り出された気分はぁ!?」
「ぐぅ・・・。アリ・・シア・・・すまぬ・・・」
「あぁ?あぁ。そういうのはいい。さっさと死ねや」
じじいが誰かの名前を呟いた瞬間、先ほどまで戦闘の興奮が一気に醒めた。つまらなくなったからとっとと息の根を止めようと魔法を使おうとすると、じじいの体の魔力が一気に動く気配を感じて更に距離を離す。
「ゼスト、貴様らに、儂の体は、使わせん」
魔剣に魔力を込め続け、どんどんと炎の渦がじじいの周りに渦巻いていく。その渦はじじい自身すらも焼いているようだったが、本人は気にもしていない風に魔力を暴走させた。
「おいおい自爆かよ」
流石に今の俺がもろにこの自爆攻撃を食らえばただでは済まない。即座に転移魔法を起動して自爆攻撃の範囲外まで移動する。
なんとか間に合ったようで、転移が終わると同時に爆発音と巻き上がった砂塵が見えた。
――あれじゃあ体は残ってねぇだろうな。手土産に人工魔人の実験に使おうと思っていたんだが。まぁいいか。俺が本当に欲しかったものは手に入ったしな。
俺は手元に残ったじじいの心臓を顔の前まで持ってきて見詰めた。まだ残っている血で赤々しいがじきに魔石化が始まるだろう。それを取り込めばセラから受けた傷を治すだけの魔力も溜まり、何よりより強くなれる。
「くはははは!次は、次こそはお前の心臓を貰うぜぇ。セラ!!!」
心臓を収納に仕舞い、高笑いをしながらゼストは転移でその場から姿を消した。
爆発音を聞いた兵士達が様子を見に行くと、爆発があったと思われる場所は更地のようになっていた。
その更地の中心地には、一本の魔剣だけが地面に突き刺さっていた。
 




