幕間 不死鳥と春の姫
トワの領域の中心にある大樹の前の広場。そこに設置してある円卓を囲っている椅子のひとつに座っている私は、苛立たし気にテーブルをコツコツと指で叩く。今は紅茶を飲んでも味なんて全然わからない。あの子は大丈夫だろうか。戦いになって負けるなんてありえない。でも心はどうだろう?あの子の心はあまりにも脆くて、弱すぎる。
落ち着こうとカップを手に取ると、既に中身は空っぽになっていた。何度も同じことを繰り返しているのにも気付かないほどに集中力が無くなっている。
――神獣が聞いて呆れるわね。
小さく溜息をついてカップをソーサーの上に置くと、どこからともなく現れた青白い髪の青年がカップに紅茶を淹れ始めた。
「貴方に紅茶を淹れて貰える日が来るなんてね。とりあえず、ありがとうと言っておけば良いかしら?」
「其方は敬愛なる主様が信頼している友人だからな。これくらいの配慮はする」
そう言うと、人の姿からすぐに元のペガサスに戻った。聖獣はあまり人の姿になることはない。獣の姿ではどうしようも無くなった時くらいだろう。長年生きている私でさえ、人の姿になった聖獣はあまり見たことが無かった。
「しかし、貴方が誰かを主と慕う日が来るなんてね。驚いたわ」
(確かにそうかもしれぬな。だが、驚きで言うのならば其方もそうだろう?)
「私?」
(神獣達のお目付き役であり、管理者でもある其方は、特定の誰かを贔屓になどしないだろう?)
「確かにね。でも、私だけではなくてウロボロス以外の全員があの子を贔屓しているもの。だから、別におかしくはないでしょう?」
(周りに流されるような奴ではないであろう?其方は)
ペガサスの言う通り、あまり今までの私らしくないくらい、私はあの子を気にかけている。でも、あの子のあの魂を視て、あの目を見たら仕方のないことだと思う。
新しく入った紅茶を一口飲んだタイミングで転移の兆候が表れた。私は素早く席を立って転移場所に方に近付いた。
転移が終わると、そこには長い白銀の髪を背中に流したとても美しい少女と、それに追従するように同じ色の髪をした女性と双子の子供達が現れた。
私が駆け寄ると、少女がゆっくりと顔を上げて私を見上げた。その顔は美しい造形をしていて、無感情に私を見上げる姿はまるで作りもののような印象を与える。そんな無感情な顔の中、惹き込まれるほどに綺麗な、宝石のように赤い瞳の奥には、彼女が強い感情を押さえつけているのを見付けた。
白銀の髪の少女、六体目の神獣にして月兎という希少種の魔物であるトワは、見上げた状態のままゆっくりと小首を傾げる。
「・・・フェニさん、待っていたのですか?」
「ええ、ちょっと心配でね」
「・・・そうですか。無事に終わりましたので、もう大丈夫ですよ」
――全然大丈夫ではないじゃない。
恐らく、彼女自身すら気付いていないのだろう。このままにしておくと、いつ彼女の心にヒビが入るかわからない。
だから私は、そっと彼女を抱きしめる。
「・・・?フェニさん?」
「少し、休みなさい。大丈夫だから。ほら、目を閉じて?」
「・・・?」
不思議そうにしながらも、トワは大人しく目を閉じた。
私は彼女を抱きしめたまま、そっと魂に干渉して彼女を眠らせる。本来ならば他人の魂に干渉するのは無意識に強い抵抗が来てとても難しいのだけれど、彼女の場合は予想通りほとんど抵抗なく干渉出来てしまった。そのまま、彼女の意識を落とした。力が抜けて倒れそうになる少女の体をそのまま抱き留める。
「おやすみなさい、トワ」
最後に優しく髪を撫でて、トワの眷族である双子の子供、卯月と如月を呼んで彼女をベッドに運ばせる。残った弥生に、私は睨むように厳しい視線を送った。
「あんな状態になるまで、あの子は何をしていたの?貴女達は何故止めなかったの?」
「それが、主様の望みでしたので。・・・わたくしだって、あのような姿の主様を見て、すぐに帰らせたかったのです・・・」
そう言って項垂れる弥生を見て、私は小さく溜息を吐いた。弥生達がどんなにあの子を慕っていたとしても、眷族である以上、あの子の命令には逆らえない。だから、先程の私の問いかけは少し意地悪なものだった。それこそ、家族以上にトワを想っている弥生達が何も思わないはずがない。
「ごめんなさい。少し八つ当たりをしてしまったわ」
「いいえ、わたくしは、主様の意志に逆らってでも主様の身を案ずるべきでした」
「それは眷族である貴女達にはとても難しいでしょうね。・・・弥生、何があったか分かる範囲で教えて」
「畏まりました」
弥生から話を聞いたあと、私は一度自分の領域へと帰った。トワのことは気にかかるけど、私も領域を管理する立場だから様子は確認しに行かないといけない。もっとも、トワのおかげで礎の核の魔力の消費はほとんど無くなったから、確認することもあまりないのだけど。
トワが目を覚ましたのは三日後だった。トワから〈思念伝達〉が来たから様子を見に行く。大分落ち着いたようだけど、まだ彼女の心の傷は癒えていないのでしょう。きっと見えないように隠して誤魔化しているだけ。そうやって出来た傷はずっと癒えることなく残り続け、やがて、彼女の心を徐々に壊していくのだろう。彼女の気付かぬ内に。
初めて出逢った時から変わらない。どこまでも純粋で無垢で綺麗な魂。自分の家を見失った迷子のような瞳。感情を無意識に殺している顔。非常に危険なバランスで成り立っているトワという存在が、私はどうにも放っておけなかった。
トワか帝国とやらから帰ってきて二ヶ月が経った。あれからは不自然な程に平穏な日々を過ごしている。ただ、リルの話では、領域の外は言い知れぬ嫌な感覚がするそうで、リルやその眷族達は領域の防衛に力を入れているらしい。
この二ヶ月の間、トワはリルとケイル、そしてオロチの領域まで出向いて礎の核の改良をしていた。なにか他にもいろいろやっていたみたいだけど、今は何かをやっている方が気が紛れて良いのかもしれないから、ある程度は行動を管理しつつ、大体はトワの自由にさせていた。でも、今日きた通信はさすがに容認出来なかった。
(・・・というわけで、春姫さんに会いに行こうと思うのですが、良いでしょうか?)
――良いわけないでしょう・・・。
思わず炎鳥の姿のまま溜め息を吐いてしまう。彼女の中では、春姫という存在にもどうやら仲間意識があるようだ。しかし、私はトワとの通信の時に少ししか接していないけれども、あの女は非常に危険だと考えている。目的の為ならば、神獣であろうとも利用しようとするでしょう。あまりトワに近付けたくはない。
(トワ?貴女は神獣なのだから、無闇に人族のお願いを聞いてはダメよ。その春姫とやらには私が話しておくわ)
(・・・え?別にわたしが言っておきますよ?)
(私が、話を、するわ)
(・・・ア、ハイ。わかりました。春姫さんは公国の常春の領域まで帰っているようです。オロチさんに聞けば場所もわかると思います)
トワから春姫の居場所を聞いた私は、一度オロチの領域まで転移して、オロチから常春の領域の場所を聞き、炎鳥の姿のままそこまで飛んでいくことにした。オロチがついてきそうだったので適当に追い払っておく。
(なんじゃフェニの奴、珍しくイライラしとるの。春姫のやつ何をやらかしたのかの?)
そんな声を後ろから聞きつつ、オロチの領域から出てしばらく飛んでいると、常春の領域とやらの中に入ったようで突如として景色が一変する。
――私達の領域とは質が違うわね。魔法によるものではなく、スキルで造った領域かしら。
そんな感想を抱きつつ、適当に広い場所にある桜の木に止まると、そこでじっと待機する。どうせ、春姫とやらには私が領域に入ったことがわかっているだろうから、わざわざ探しに行く必要はない。向こうからやってくるでしょう。
そして、私の予想通り、そう時間も経たずにやってきた。普通の転移とは違うようで、視界を覆うほどの桜の花弁を撒き散らしながら現れた人影は、一見するとまだ若い少女のような容姿だった。
少女は桜色の長い髪をはためかせ、桜色の瞳で桜の木に止まっている私を見上げた。顔は可愛らしい笑顔だか、その視線には強い警戒心が浮かんでいる。この少女が春姫で間違いないでしょう。
春姫と思われる少女は警戒を崩すことなく、顔の表情だけは笑顔を貼り付けたまま私に話し掛けてきた。
「こんにちは神獣さん。わたしの領域にようこそ!っで良いのかな?」
(そうね。なかなか手の込んだ領域だと誉めてあげましょう)
「あはは♪それは嬉しいね。それで?ご用件は何かな?」
(その前に、貴女が春姫で良いのかしら?)
「うん。そうだよ」
本人だと言う確認もとれたので、私は遠慮なく威圧をする。その途端、春姫の顔から笑顔が消えた。
(私はきちんと忠告したはずよ?トワは神獣側だと)
「いやだなぁ。わたしは言ったよ。神獣さんに喧嘩を売るつもりはないって」
(では、何故またトワを其方側に引き込もうとしているのか、説明してもらえる?)
「あはは。まるでトワちゃんのお母さんみたいだね~」
冗談めかした口調で言う彼女は口では笑っていても、顔は全く笑っていない。むしろ、その目は警戒心から敵意へと変わり始めていた。
「友達に頼み事するくらい。別に良いでしょ?前回と同じで個人的なお願いだよ」
(そう。都合のいい友達というわけね。それを聞いて、少し安心したわ。これで心置きなく、貴女からトワを遠ざける理由が出来る)
「どうせわたしが何言っても遠ざけるんでしょ?随分と過保護だね」
(はぁ。過保護にもなるわ。あの子はちょっと警戒心が足らないのだから。それに、遠ざけるのも当然でしょう?危険な魔物だと分かれば殺そうとし、殺せないと判断したら今度はあの子の優しさにつけ込んで利用しようとする。そんなあなた達の何を信用出来ると言うの?)
確かに過保護かもしれないけれど、そうでもしなければあの子はどんどんと勝手に傷ついて、いつかは壊れてしまう。だからせめて、あの子が『居場所』を見つけるまでは、私がお節介をしよう。
私は桜の木から降りて人の姿になって地面に着地した。
「貴女のようなタイプには、一度立場というものをわからせた方が早そうね」
「立場?何様のつもり?あぁ、世界の管理者気取りだったね」
目の前の少女が、可愛らしい顔に似合わない小馬鹿にするような声音でそう言った。私は思わず眉をひそめてしまう。
「そういう貴女は人間界の管理者気取りかしら?ちょっと小物すぎるけれど」
「わたしはただお母様が守りたかった場所と人達を守っているだけ。それに、わたしが小物なのかどうか、こちらこそ神獣さんにわからせてあげようか?」
「はぁ、中途半端に力を持った人は面倒ね」
何を勘違いしているのやら、人間ごときが私にわからせるなんて言うなんてね。オロチが面白がって残すからこうした思い上がりな考えになるのよね。後で説教をしましょう。
私は〈原初魔法〉で私達を取り囲むようにして炎の壁を作った。両手を広げていつでもどうぞとアピールする。
「さぁ、少しだけ遊んであげるから、遠慮せずに来なさい」
「・・・・後悔しても知らないよ?」
春姫は身の丈以上ある長刀を抜き身の状態で取り出した。肉体が無い偽物の体だからこそ出来る魔人の真似事ね。恐らくあの長刀も本物の模倣品なのでしょう。
そのまま音もなく一瞬で近付いてきたと思ったら、既に胸のあたりに長刀が突き刺さっていた。
「散れ」
刀を突き刺したまま一歩下がってから彼女がそう呟くと、幾万もの桜の花弁が私を包み込んだ。その花弁一つ一つが鋭利な刃物になっているようで、数秒と経たずに私の体は細切れになった。
ぱちん。と指を鳴らす。すると、桜の花弁に包まれていた場所は派手に爆発して炎に包まれた。春姫は爆発の直前で大きく跳び退いて炎から逃れている。慌てた様子で彼女が振り向くと、指を鳴らした私がその体勢のまま彼女に微笑んだ。
「あら?まさか今ので殺したなんて思っていないでしょう?」
「っ!?舞い踊れ!」
今度は炎の壁全体を覆うほどの桜の花弁が舞い踊り、中にいる彼女以外の全てを切り刻んだ。もちろん、中に居た私も例外ではない。
「はぁ。まぁ、人間にしては確かにそこそこ出来るようだけど、所詮はこんなものよね」
視界を埋めていた桜を全て燃やし尽くしてから、春姫の真後ろに立った私はそう呟いた。春姫は正面を向いたまま長刀を正眼に構えて私に話しかけてくる。
「不死鳥、ね。普通方法では貴女は殺せないってことか。なら、普通じゃない殺し方ならどうかな!?」
言葉を言い終わらぬうちに振り向きざまに私を切り捨てた春姫はどこか勝ち誇ったように顔を歪ませる。けれど、すぐにはっとしてその場から跳んだ。その直後、切り捨てられた私の体が炎に包まれて爆発した。
「あら?よく気付いたわね」
「なんで?今だって、魂を斬ったのに」
「魂を攻撃出来る剣技なんてあるのね。さすがの私も少し驚いたわ」
「どういうこと?なんで?」
私は笑みを深めて正面に立つ彼女を見詰める。春姫は困惑しながらも、何故私が生きているのか必死に考えているようだ。長刀を正眼に構えた体勢で少しずつ後退していく。
「あら?私を殺すのではないの?どうしたのかしら?あれだけ大見得きっておいてもう御終い?もう少し頑張ってみなさい」
「~~むかつく・・・!」
私が笑顔のまま煽ると、春姫は毒づきながらも攻撃は仕掛けてこなかった。彼女の持つ手段では、私を殺すことは不可能だと察してくれたみたいね。まぁ、あんまり物分かりが悪かったらどこかにいる本体ごと燃やしてやろうかと思ったけれど、そんなことないようで安心した。一応、トワの知り合いみたいだし、出来れば殺したくなかったからこれでよしとしましょうか。
「正直なことを言うならば、オロチがわざわざ見逃した相手なんだもの、もう少し抵抗出来ると思ったのだけどね。ちょっと期待外れだわ」
「・・・・悪かったね。タネは教えてくれないの?」
「そうね。じゃあ、少しだけ教えてあげる。なぜ私が不死なのか。それは〈記憶再生〉というスキルがあるからよ」
「〈記憶再生〉?初めて聞くスキル。固有スキル?」
「ふふ。そこまでは内緒。この〈記憶再生〉というスキルは、私という存在が完全に消滅しても、この世界のどこかに私の関するものがほんの少しでもあれば、そこから記憶を呼び起こして私という存在の全てを再生して復活することが出来るの。この『私に関するもの』というのが凄いところでね。例えば、記憶。今貴女は私の姿を見て記憶しているでしょう?そこから情報を得て私という存在を再現できるというわけ」
「何それ滅茶苦茶じゃん・・・。貴女を殺すのなんて不可能じゃない?」
――非常に残念ながら、過去に一度だけこの不死の能力を持ってしても本当に死にかけたことはあるのよね。わざわざ言うつもりはないけれど。
「さて、神獣という存在に関して正しく理解出来たかしら?人間からしたらちょっと力があるくらいで図に乗らないことね。そして、トワもまた、私達と同じ存在よ。もしまた立場を弁えぬことをしたら、今度は本体を燃やしてあげるからしっかりと覚えておきなさい」
私がそう言うと、春姫は顔を青ざめた。恐らくは私が目の前の彼女が偽物で、本体は別に存在していることに気付いていないと思っていたみたいね。オロチならともかく、その程度で私の目を欺こうなんて甘いわね。
「わ、わかった。私からトワちゃんにこれ以上深入りはしないよ。だけど、トワちゃんの方から私達の方に来る分には構わないよね?」
「まぁ、それはトワ次第だから良しとしましょう。あまり関わらないようにトワにも釘を刺さないと・・・」
春姫が長刀を仕舞ってから両手を上げて降参のポーズをしているのを横目に見ながら、トワに何て言おうか考える。何を言ってもあの子は関りに行きそうなのよね。困った子だこと。
「あの~?もう私の負けでいいし、トワちゃんのことも約束したし、そろそろ解放してくれないかな?この炎の壁があると転移も出来ないみたいなんだけど?」
「あら?何を言っているの?」
「えっ?」
私はきょとんとした顔で彼女を見て、彼女もまたきょとんとした顔で私を見た。
「さっき言ったでしょう?今度は本体を燃やしてあげるからって」
「っ!それって!?」
逃げようと一か八か炎の壁に再び出した長刀で穴を空けようとした春姫に一瞬で近づいた私は、彼女の細い腕を優しく、でも動かせないように掴んだ。
「せっかくなのだから。『死』を味わってみなさいな」
「ま、まって!!」
そして、私は私ごと炎の壁の中を青い炎で埋めた。魂すら燃やす灰すら残さないその炎に、私と私に捕まれていた彼女はまるで元から何も居なかったかのように焼失した。
「あ、主様おかえりなさい~」
「えぇ、ただいま」
「転移の魔法ケチるために自害だなんて斬新なことをしますね」
「あら?魔力は大事でしょう?」
私は自分の領域に体を復活させると、弥生が居る時に作った家の中に入ってティーセットを取り出した。
「紅茶ならあたしが淹れましょうか?この前弥生からも及第点をもらったのですよ!」
「及第点でそんなに胸を張らないの。でもまあ、そうね。折角だし、お願いしようかしら」
「はいはーい」
トワとその眷族達を見ていると、私ももっと自分の眷族と距離を縮めてみてもいいかもしれないと、そんなことを思い始めている。ずっと一緒に暮らしているけれども、眷族はあくまで眷族としてしか見ていなかった私にとって、トワ達の関係はなんだかとても新鮮で羨ましく感じてしまった。
――おっと、いけないいけない。トワに春姫との話をしておかないとね。
フレイが紅茶の用意をしているのを眺めながら私はのんびりとトワに〈思念伝達〉をした。
* * * * * *
公国中央 四季の社地下
「ふは!あ~ゾッとしたぁ~まさか分身体が殺されるなんて・・・。ていうかあんなの反則だよ~」
わたしは暗い地下に厳重に封印されている部屋を見回しながら呟いた。この部屋を見るのは何年振りだろうか?ここ千年くらいはずっと分身体で活動していたからとても懐かしい。
ぼーっとしながら部屋を眺めていると、一体の紙で出来た小さな人形が部屋の中に入って来た。たぶん、桜蘭ちゃんかな。
「桜様!いきなり分身体が消滅して焦りました。何があったのです?」
「あはは。慌てすぎだよ~。呼び方が名前になっているよ?」
「それは慌てもするだろう。私も少し焦ったぞ」
「本当ね。驚かせないで」
「いや~ホントびっくりだね。まさか桜が死ぬなんて思わなかったよ」
わたしとは別の部屋で寝ているはずの紅葉ちゃん、椿ちゃん、向日葵ちゃんの本体が、わたしの分身体の消滅に気付いて起きてきたようだ。ということは、今みんなの分身体は寝ているのかな?
部屋に揃ったみんなを見回してわたしは溜め息を吐いた。今回は完全にわたしの読み違いと勘違いのせいで起きたミスだ。あの不死鳥は気に食わないけど、少し過信していたわたしに釘を刺してくれたことには感謝している。大事な分身体を殺されたのは許せないけど!
「それで?何があったんだ?」
わたしがひとり溜め息を吐いていると、紅葉ちゃんが状況を説明するよう促してきた。
「あはは。神獣に殺されちゃった」
「神獣に?怪蛇か?」
「違う。不死鳥」
「不死鳥って、たしか獣人の国の南にある領域に住んでいるんだよね?なんでこんな場所にまできているのさ」
不思議そうに首を傾げる向日葵ちゃんに苦笑しながら、わたしはその質問に答える。
「ちょっとね。トワちゃんに協力してもらおうかなって思ったら怒らせちゃったみたい」
「なにそれ?どゆこと?」
「トワって言うと、死んでたと思っていたあの絵の子よね?」
「怒らせたというのもわからないが、桜が殺されたというのも信じられない。そんなに強かったのか?」
紅葉ちゃん言葉にわたしはどんよりした顔で頷く。あんなの強い弱いの次元の話じゃない。もう存在がセコイ。卑怯だ。理不尽だ。
「どうやら神獣という存在を過小評価し過ぎたみたい。あんな化け物どうしようもないよ。たぶん、以前にヤマタノオロチを撃退出来た時も、恐らくはただ見逃してもらっただけみたい」
「桜がそこまで言うなんてね」
「とにかく、今後は神獣関係はもっと慎重に動くことにする。・・・桜蘭ちゃん、悪いけどわたしが新しい分身体を作るまでよろしくね。急いで作るけど、たぶん三日は掛かると思う」
「かしこまりました」
「みんなも驚かせてごめん。そういう訳だからみんなも神獣と関わる時は注意してね」
みんなはそれぞれ頷いてから自分達の部屋に帰っていった。
――はぁ、今回は久し振りに大失敗だ。一からいろいろ考え直そう。
一人残された部屋で、わたしは黙々と分身体を作りながら今後のことに頭を悩ませるのだった。
 




