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63話 転生うさぎの狂気の月が世界を紅く染め上げる

 遠くに見える城にかなり近付いてきたころ、その城の前で激しい戦闘をしている影を見付けて慌てて隠れました。いや、隠れる必要は無いのですが、反射的にってやつです。



 物陰からチラッと覗いてその影を確認すると予想通りの人と、ある意味予想通りの人が戦っているようでした。



「くっ!ゼスト!いい加減そこをどいて!」


「はっ!まだまだ遊び足りないだろう?ほらほら!!」


「ああもう!!あなたって本当に最低!!!」



 六翼の天使の羽を生やしたセラさんと、帝国のSランク冒険者ゼストが争っているみたいですね。



――うん?ゼストの魔力の反応が以前会った時とちょっと違いますね。まさか・・・



「人を辞めてまで、あなたって人は!!」


「くはははは!!どうしたどうした熾天使さんよぉ!?もっと俺を楽しませろやぁ!!!」


「っ!」


「そら!動きが遅いぜ?頑張れよ、人類の守護者様よぉ!!!」



 お~すごい激しい喧嘩をしていますね。



 しかし、やはりゼストは人工魔石を埋め込んで魔人になっていましたか。もともとが聖人だっただけあって魔力も多いですし、肉体の枷から外れた彼はとても面倒そうな相手ですね。今のセラさんでは足止めされるのも仕方ないでしょう。



「良いのか?早く俺を殺さないと、もう二度とあの黒猫には会えなくなるぞ?くはははは!!」


「この!!クーちゃんにこれ以上手を出したら、その魔力の肉体を塵一つ残さず浄化してやる!!」



 ふむ。この先にクーリアさんがいるのは間違いないようですね。



 エルさんの為にもセラさんを連れ戻したいのですが、この状況に至っても未だに力をセーブしているセラさんがゼストを振り切るのはかなり時間が掛かりそうです。



 セラさんとゼストが争っている間にこっそりわたしが潜入してクーリアさんに会いに行きますか。その方がゼストにわたしの存在が露見しないで済むので都合もよさそうです。



 セラさんはまだリンナさんが死んだことを知らないのでしょうね。知っていればこんな悠長な戦闘なんてしていないでしょう。彼女がそれを知ったときにどうするのか、決めるのはセラさん自身です。



――でも、後で会った時に小一時間説教してやりますけど。



 空で繰り広げられている凄絶な戦闘を傍目に、わたしはうさぎの姿になると、光学迷彩の魔法と〈潜伏〉スキルで身を隠して城の中に潜入しました。



 城の中は外の騒ぎが嘘のように驚くほど静かですが、所々に人工魔人の反応がありますね。



――さて、クーリアさんはどこにいるのでしょうか?



 〈精密索敵〉の範囲を上げて城中を索敵してクーリアさんの気配を探ります。人工魔人化していても気配や魔力の質がそこまで大きく変わることはありません。きっと反応があるはずです。



――見付けました。



 城の敷地内ですが、わたしが今居る大きな城ではなくて、少し離れた場所にある別塔にいるみたいですね。では、再会しに行きますか。



 わたしは移動を始める前に、顔を上げて遥か上を仰ぎ見ました。



――なにやらここの上の方から厄介な魔力と気配も感じましたが、これは後回しにしましょう。今はクーリアさんに会いに行くのが先決です。



 城の中を隠密行動で移動して、無事に徘徊する人工魔人にバレることなく別塔の一階に辿り着くと、そこから一気に階段をかけ上がり、帝都の街並みが見渡せる吹き抜けの大きな広場まで出ました。



 その中心で街並みを見下ろしている、見覚えのある黒猫の少女が静かに立っています。



 わたしが人の姿になって広場に踏み込むと、途端に黒猫の少女がこちらを振り向きました。黒髪のツインテールは下ろされて癖のあるストレートになっていて、黒かった瞳は血のように赤く輝いています。ですが、その顔立ちは間違いなくクーリアさんでした。クーリアさんがわたしと同じくらい無表情な顔で呟きます。



「誰です?姿は見えないですし気配もないですが、魔力が僅かに反応しています。そこにいるのはわかっていますよ」



 不意を突ければ完璧だったのですが、そう簡単にはいきませんか。わたしは光学迷彩の魔法と〈潜伏〉スキルを解きました。



 現れたわたしの姿を見てクーリアさんが驚いたように目を大きく開きます。



「えっ・・・?トワ、ちゃん・・・?いえ、そんなはずないです。トワちゃんは死んだのです。あなたは一体誰ですか!?」


「・・・クーリアさんともあろう人が、魔力で感知してもわからないのですか?」


「魔力で個人を特定するのは本来かなり難しいのですよ!?そんな簡単なことのように言われても困ります!」


「・・・そうでしたっけ?」



 気配だけで人を特定するほうが余程理解不能ですけどね。魔力は〈思念伝達〉スキルを使うようになってからは、個人を特定するのが普通な気持ちになっていました。これも本来は結構難しいことなのですね。



 わたしがそんな考えに耽っていると、クーリアさんが血のように赤い瞳を潤ませているのに気が付きました。



「その声、その喋り方、その顔・・・体はちょっと成長したみたいですけど、確かにトワちゃんなのですね。生きて・・・いたのですね・・・良かった・・・」


「・・・一応言っておきますが、かなり幸運で生き残っただけですよ?わたしもあの時は本気で死んだと思いましたから」



 わたしがそう言うと、「そうですか・・・」と興味が無さそうにクーリアさんが返しました。そして、涙が流れた目を服の袖で拭き取ると、赤い瞳を爛々と輝かせました。その妖しい輝きに、わたしは無言で身構えます。



「でも、もう遅いですよ。私はもう取り返しのつかないことをしました。この手で・・・大切な仲間を、リンナさんを攻撃して傷を負わせたのですから」



 わたしはその言葉でリンナさんの体の傷を思い出します。お腹の辺りにあった深い傷はクーリアさんがやったものでしたか。あれが致命傷ではないでしょうが、あの傷がリンナさんへ深いダメージを与えたことに違いは無いでしょう。



 だからわたしは、ありのままを伝えることにしました。これは、クーリアさんが向き合うべきことですから。



「・・・リンナさんは死にました。クーリアさんの攻撃が致命傷では無いですが」


「そう・・ですか・・・。ふふふ・・・あはは・・・アハハハハハハハハ!!!」



 リンナさんの死を伝えると、クーリアさんは突如笑い出しました。その姿はまるでクーリアさんの何かが壊れた瞬間に見えました。



 わたしはそっと目を閉じてその笑い声を聞くと、おもむろにオリハルコン製の槍を取り出します。もう、言葉では戻ってこないでしょう。



 わたしが武器を手に取ったのと同時に、クーリアさんが二丁の拳銃を腰のホルスターから取り出して手に取りました。更にクーリアさんの周囲に五十丁ものライフルが浮かびます。ちょっ!それは反則でしょう!?何人分の銃器を持っているのですか!?



 もちろん、地球の銃ではなくて、全て帝国で普及されている魔道銃と呼ばれるものです。しかし、いくら魔力を通すだけで魔法が使えるとはいえ、あれだけの数の魔道銃が扱えるのでしょうか?



「・・・いくらクーリアさんでも、その数は無理があるのでは?」


「・・・」



――ダメですね。もう反応すらしてくれませんか。



 クーリアさんの目の輝きがさらに増していき、五十丁のライフルと二つの拳銃に魔法陣が現れました。攻撃が来ますね。



 正直、わたしはクーリアさんを少し侮っていました。いくら魔人化したとしても、神獣化したわたしにダメージを与えるのは困難だと思っていましたが、その考えはわたしの〈因果予測〉によって否定されます。



――っ!?ヤバいです!!



 五十丁のライフルから放たれたのは、インフェルノブラスターと呼ばれる炎魔法系スキル最上位の〈業火魔法〉スキルがないと扱いが不可能と言われている超強力な魔法でした。



 わたしが王都の図書館に通っていた時に、クーリアさんが原初魔法のイメージの特訓になるからこの辺も呼んだ方が良いですよと渡してきたすごく扱いの難しい魔法が載っている本に書いてありましたから、たぶん間違いないです。



 恐らくは銃身が耐えられるレベルまでには威力を落としているでしょうけど、それでもわたしにある程度ダメージを与えるだけの威力は確かにありました。わたしは慌ててライフルと同じ数だけの魔法の槍を召喚して相殺させます。



 わたしとクーリアさんの間で激しい爆発が起き、広場の天井部分が木っ端みじんになって月光が差し込みます。



 爆発の煙で視界が塞がっていますが、〈魔力感知〉で次の魔法を感知しました。指定した空間を爆発する魔法、クーリアさんの十八番(おはこ)のフレアバーストですね。



 ぴょんとその場から跳んで逃げると同時に、わたしの居た空間が爆発します。人間だったころよりも威力も高くなっていますね。魔力が増えたからでしょうか?それに魔道銃を使っているので無詠唱なせいか、魔法の発生もとても早いです。



 クーリアさんの魔力量は人間という括りでみれば間違いなくトップクラスでしたが、魔物でいうならばせいぜいがBランク程度のものです。それが人工魔人という存在になったクーリアさんの今の魔力量は、セラさんの天使化状態に匹敵するほどまでに上がっていました。神獣になる前のわたしよりも多いということですね。



「さすがトワちゃんですね。私渾身の攻撃だったのですが、一瞬で同じ数の魔法を使って対抗してくるなんて。・・・本当に、羨ましいです」


「・・・羨ましい?何の話です?」



 まだ話せる余裕があったのかと思い、わたしはクーリアさんに質問してみますが、わたしの質問には答えず、クーリアさんは再び拳銃を構えます。



 持っている銃で周りのライフルも操っているのでしょうか?クーリアさんは更にライフルを周りに増やしていき、ついにその数は三桁に達します。



 さすがのわたしもその光景を見て、自分のことを棚に上げてドン引きしました。フェンリルさんの領域でもっと派手な魔法を使ったことなど既に記憶の彼方です。



 そしてクーリアさんが拳銃の引き金を引くと、あらゆる色の魔法陣がライフルの前に現れて、様々な属性の魔法攻撃が雨のようにわたしに襲い掛かってきました。空間湾曲防御の魔法で防げそうな魔法は無視して、空間属性や空間に干渉してくる魔法は避けたり、直接持っている槍で破壊していきます。



「空間を歪ませて攻撃を逸らしているのですか・・・。それならば、攻撃する属性は空間魔法に属するものか空間を破壊出来るものが有効のようですね」



 感情を排した淡々とした声でクーリアさんがそう呟くと、再び引き金を引いてライフルの魔法を切り替えました。飛んでくる攻撃が空間に直接作用する魔法に変わって、わたしの自慢の防御魔法が意味をなさなくなりました。



――クーリアさんは魔法のエキスパートですからね。一度見ただけでどんな魔法だかわかってしまいましたか。これは、あまり一般的ではない魔法を使うのは止めたほうが良いかもしれません。



 正直な事を言うならば、クーリアさんを殺すだけならばとても容易いのです。今は魔法戦に付き合っていますし、防御と回避に徹しているのでわたしが苦戦しているように見えますが、〈神速〉と縮地で一気に近付いて槍で串刺しにすればいいだけですからね。そもそも、本気で殺すための魔法を使えば接近するまでもないのですけど。



 わたしがそうしないのは、クーリアさんを少しずつ〈全知の瞳〉で鑑定して、助けることが出来るかどうかを確認するためです。



 人工魔人には適応力の高さで序列があるようで、上位に立つ者は指揮能力を持つようですが、クーリアさんは明らかに隔絶した適応力がありながらも操られているような感覚があります。意識が残りながらも、抗えない命令で動いているような不自然な感覚です。もしそうならば、助けられるかもしれません。



 無数に襲い掛かる魔法をさばきながら鑑定を進めていると、突然クーリアさんの姿が消えました。すぐ近くで空間の干渉を感知したのですぐに転移だとわかり、そちらに体を向けます。



 わたし並みに無表情なクーリアさんが思っていた通りすぐ近くに転移してきました。魔法使いなのに前線に来るなんて何考えているのでしょう?そう思いながらクーリアさんの目を見ると、その赤い瞳には凄まじいまでの憎悪と殺意が見えて思わず固まってしまいます。



「羨ましい・・・貴女さえ居なければ、トワちゃんさえいなければ!!私は『居場所』を見失うことなんてなかったのに!!!」



 クーリアさんはそう叫んでわたしに猛烈な速度で迫ってきます。意外と素早いのは恐らく魔人になって身体能力が上がったのと、身体強化を使ったのでしょう。



 わたしは振りかぶった右手の拳銃を手に持った槍で受け止めます。左手の拳銃から放たれた空間属性の刃のような魔法は、体を捻って躱しました。しかし、先ほどの台詞は気に入らないですね。



「・・・居場所を見失うですか?それをわたしのせいにするのは間違っていますよ。クーリアさんは『見失った』のではなく自ら『捨てた』のです。その結果が今のこの状況でしょう?」


「うるさいですうるさいです!!私よりも魔法が得意なくせに!!私よりもセラさんやエルさんに気を許されてるくせに!!私なんかよりもずっと早く『白の桔梗』として認められたくせに!!!!」



 それはクーリアさんがずっと心の奥底で思っていた確かな感情なのでしょう。



 わたしは、わたしが自ら望んで『白の桔梗』の一員として認められたわけではありませんし、わたしは自分のことを『白の桔梗』のメンバーだとは思っていません。仲間だとは思っていますが、わたしの中で『白の桔梗』とはあくまであの四人だけなのです。



 それはあくまでわたしの主観での話であって、クーリアさんはわたしのことを『白の桔梗』の仲間だと思っていてくれたのですね。ですが、それが余計に彼女を追い込ませたのでしょう。



 わたしが槍で思いっきり押し返して距離をとると、クーリアさんは二丁の拳銃を構えて躊躇なく引き金を引きました。わたしは即座にその場をバックステップで避けます。



 その直後、わたしの居た空間が爆発しました。クーリアさんは更に何度も引き金を引いてフレアバーストを連発してきます。そのひとつひとつを〈因果予測〉で爆発場所を確認しながらわたしは避け続けます。



「貴女のせいで!!私は魔法だけが取り柄だったのに!!私にはそれしか無かったのに!!」



――いやいや、どう考えても魔法の扱いならばクーリアさんの方が上でしょう。



 心の中のツッコミが聞こえるはずもなく、わたしの跳ぶところ跳ぶところにフレアバーストが叩き込まれているせいで、広場はもう見るも無残な穴ぼこになっています。



 攻撃が当たらないことに苛立ったのか、クーリアさんは未だに浮かんでいるライフルも使って広場全体を攻撃し始めます。わたしは苦も無く避けていきますが、そんな無茶苦茶な攻撃に建物の方が耐えられなくなり、どんどんと破壊されてやがて崩れていきました。



 わたしは建物だった瓦礫の上に着地すると、魔法で空中に浮きながらこちらを見下ろしているクーリアさんを見上げます。あれだけの魔法を乱射したのに魔力もそんなに減っていませんね。魔力量がというよりも、クーリアさんの魔法自体がかなり改良されていて、威力も上がっているうえに魔力の消費量もかなり抑えられているのでしょう。わたしのようなイメージと魔力でごり押しする力業とは訳が違います。



 これだけの魔法技術を持つ人なんて、世界広しといえどもクーリアさんくらいだと思うのですけどね。何故わたしの方が魔法が上手いと勘違いしたのでしょう?よくわかりませんが、いい加減、わたしのせいと言われるのも鬱陶しくなってきました。



「トワちゃんのせいで・・・私は・・・居場所を・・・」


「・・・はぁ。クーリアさんはなんでもわたしのせいと言っていますが、クーリアさんは一体何を望んでいたのですか?本当はどうしたかったのです?」



 わたしの質問にクーリアさんの動きが止まりました。輝いていた妖しい目の輝きが鳴りを潜め、泣きそうな顔をして俯きます。



 やはり、情緒不安定ですね。ということは、やはり完全に支配されるのに耐えているということです。これならば、いけそうですね。



 時間を稼ぎながら少しずつ鑑定を進めていきます。そろそろ頭が痛くなってきました。



「私はただ・・・守りたかった。セラさんを、エルさんを、リンナさんを・・・『白の桔梗』というたった一つの私の居場所を・・・獣人国で異端といじめられ、人間の国でまるで化け物を見るかのような視線に晒され・・・やっと自由になったと思ったら、他の冒険者達にさえ気味悪がられて・・・『白の桔梗』は、そんな中で見付けた、たった一つの『居場所』だったのです。だから守りたかった・・・だから、力が欲しかった・・・それなのに・・・私は・・・」



 独り言のように呟くクーリアさんをじっと〈全知の瞳〉で観察して、ようやくなんとかなりそうな作戦を思い付きました。ですが、そのためには〈全知の瞳〉を使った状態でかなり繊細な魔力の操作が必要になります。だいぶ慣れたとはいえ、今のわたしではこれ以上〈全知の瞳〉を使って何かやるのは負担がとても激しいです。



――ああもう!スキルの持ち主がわたしの中に居るならば、こういう時ぐらい手を貸してくれませんかね!?



(ふふふ。あはは。いいよ、わかったよ。特別だからね?特別だよ?)



「・・・え?」



 いきなり頭に響いた声に思わず声が出てしまいました。



 そして、〈全知の瞳〉が自動で発動して、わたしの視界に入る無数の情報の中から、わたしの知りたい情報だけをピックアップして整理してくれます。これはありがたいですね。ですけど、今の声はわたしの中にいるというラプラスの悪魔なのでしょうか?今はどうでもいいですね。手を貸してくれるならば喜んで利用させてもらいましょう。



 わたしは未だにぶつぶつと呟いているクーリアさんの下へと跳びました。ですが、近付いた瞬間にクーリアさんの瞳が再び輝きだして、無数のライフルの銃身をこちらに向けて魔法で迎撃してきます。



 ラプラスが自分のスキルを上手く使ってくれているおかげか、わたしが使うよりも素早く正確な〈因果予測〉のおかげですぐに対処出来ましたが、近づく方法にあまり選択肢が無い事もわかってしまいました。その選択肢の中に、とても手っ取り早く終わらせられる可能性の高いものを見付けました。



――本当はあまり目立ちたくなかったのですが。これ以上時間を掛けたくないですし、やっちゃいますか。



 月魔法『紅月の狂宴』



 領域でもない外の世界で使うそれは、恐らく全ての場所で見られてしまうでしょう。



 世界は紅く染まり、夜空に浮かぶ月はより一層の紅さでその存在感を示しています。



 わたしは急激に上がった身体能力で一瞬にしてクーリアさんの前まで移動して捕まえます。



 クーリアさんの瞳が周囲の紅さに負けないくらい赤く輝いています。ですが、それを無視してクーリアさんの胸の辺りを手刀で貫きました。



「ぐはっ・・・あっ・・・痛・・・!?」



 赤い血が飛び散り、わたしの顔と白い服に真っ赤な染みが付きます。



 クーリアさんの胸を貫いた手は真っ赤に染まり、その手には毒々しい紫色の魔石を握り締めています。



「・・・〈魔力体〉になっても痛みは消せませんからね。わたしはよく知っていますよ」


「ゲホッ・・・トワちゃん、私を・・・殺してください。もう、誰も、傷つけたくないんです」


「・・・大丈夫ですよ。ちゃんと、終わらせますから」



 痛みで正気をある程度取り戻したのか、弱々しい声でわたしに殺すよう訴えるクーリアさんにわたしはそう言うと、クーリアさんの胸の中に入っていた紫色の人工魔石を握りつぶして砕きました。



 折角破壊したのに、魔力で再生されては意味がないので、すぐに()()()()()()()()()()()()()()()()を埋め込みます。



 違和感を感じたクーリアさんが苦痛で顔を歪ませながら口を開きました。



「一体、何を、するつもり、なのですか?」


「・・・クーリアさんにはきちんと生きてもらいます。でないと、命を賭してこの街で戦って、そして死んでしまったリンナさんが報われません」


「無理、ですよ・・・もう、だって私は・・・」



 クーリアさんはそう言って目を伏せました。ゴフっという声とともに大量の血が吐き出されて、わたしの腕に落ちました。ここで諦めさせてしまってはいけません。クーリアさんにはまだ待っている人が・・・『居場所』があるのですから。



 わたしはそれを、変えられない表情の変えられない淡々とした無感情な喋り方のまま、必死に伝えます。



「・・・クーリアさんはまだ戻れますよ。クーリアさんの『居場所』は、まだ残っているのです」


「・・・」


「・・・ですから、最後にチャンスを与えます」


「チャンス、ですか?」


「・・・はい。クーリアさんが本気で望めば、死ぬことも出来るでしょう。ですが、クーリアさんが『居場所』に帰りたいと強く望んで、その意志を示せれば、必ずわたしが助けてあげます」



 これでダメならば、どんなにやってもクーリアさんを助けることは出来ないでしょう。



 だからわたしは感情の出ない顔と声で、精一杯にクーリアさんの心に訴えかけ、クーリアさんに問い掛けました。



「・・・答えなさい、クーリア。貴女の望みは、貴女の本当の望みはなんなのです?」


「私は・・・」



 クーリアさんは静かに震えているとてもか細い声で、子供のように泣きそうな顔で、でも確かにこう望みました。



「帰りたい。私は、セラさんやエルさんやリンナさん、そして、トワちゃんの居る、『白の桔梗』に帰りたいです」


「・・・わかりました。ではとても苦しいと思うので頑張ってください」


「えっ?っ!?あああああああああああああああ!!!!!」



 クーリアさんの絶叫を聞きながら、わたしは淡々とクーリアさんの体を()()()()()いきます。



 自らの体をいじくりまわされるなんて、考えるだけでおぞましいほど気持ち悪いことでしょうね。でも、こうしないと人工魔石によって出来た魔力を排除出来ないので仕方ありません。



 わたしがやっているのは強制的な進化です。体の構築を一からわたしがスキルを総動員して造り直しているのです。本当は眠らせることが出来ればいいのですが、クーリアさんの意識が残っているのを確認しながら作業をしないといけないので、起きた状態でやっています。



 クーリアさんがこの苦しみに耐えられるほどの意志がない場合は心ごと消滅する危険もあるので、成功率はあまり高くないです。でも、彼女をこの呪縛から救うにはこうするしかありません。ちなみに、誰に対しても同じことは出来ませんよ?わたしの偽物魔石を核として使う必要があるのと、元々あった魔力を一度全て排除するので、元々の魔力が多くないと〈魔力体〉が維持出来ずに消滅する可能性があります。わたしの〈因果予測〉の結果では、クーリアさんでも成功確率はそんなに高くなかったです。



 クーリアさんは最初こそ絶叫していましたが、次第に声が出なくなり、意識が途絶えた様にぐったりとしました。実際に途絶えてはいませんよ。わたしがそうさせないようにしていますから。



 そして、およそ数分間かけて作業が終了しました。



 すっかり崩れて廃墟となった別塔の瓦礫の中に、辛うじて残っている広場の跡にクーリアさんを寝かせると、閉じていたクーリアさんの瞳がうっすらと開きました。その瞳は金色に変わっています。



「私、生きているのですか?うぅ・・・体が自分のものではないような感じです。気持ち悪い」


「・・・まるっと造り替えましたからね。意識はしっかりとしていますか?」


「大丈夫そうです。私の中の負の感情をやたらと煽って来る妙な気配もしませんし、逆らえなくなるような脅迫概念のようなものもないです。でも、すごく体がだるいです」


「・・・まぁ、成功しただけよかったですよ。成功率はそんなに高くなかったですから」


「あれ?トワちゃん、『必ず助けます』って言っていませんでしたか?」


「・・・そんなこと言いましたっけ?」



 わたしがとぼけると、クーリアさんがジト目で睨んできました。いつものクーリアさんですね。安心しました。



 わたしは睨んでくるクーリアさんを見下ろして、わたしが行った作業について説明します。



「・・・良いですか?クーリアさんは人間に戻ったわけではありません。人工魔石の代わりに、わたしの偽物魔石を埋め込んで、中の魔力を入れ替えただけです。今はクーリアさんの本来の魔力のみが辛うじて残っている状態なので実感も湧かないでしょうけど、時期にわたしの魔力が増えてくると眷族化が始まるでしょう」


「眷族、ですか?」


「・・・はい。これからクーリアさんは魔人、いえ、神獣であるわたしの眷族という扱いになります」


「神獣・・・?神獣!?」



 クーリアさんが口をぱくぱくしてとても驚いていますが、もうこれは決定事項です。ちなみに、わたしはまだウロボロスさんに会って神獣として認めてもらっていないので、正式には神獣ではないのですが、そこまでは説明しなくてもいいでしょう。



「・・・そのうち、わたし達神獣についての説明もしますので、そのうちわたしの領域に来てください」


「トワちゃんの領域って、どこにあるのですか?」


「・・・聖国の東にある聖樹の森です」


「あぁ。あそこですか」



 場所は知っているみたいなので問題無さそうですね。わたしがクーリアさんを連れてエルさんの方に転移しようとすると、空から物凄い速さでわたし達の前に降りてきた天使が現れました。もちろん、セラさんです。あちらも片付いたのですね。



 セラさんはわたしを見ると、「やっぱり」と呟いて泣きそうな顔をしました。ですが、わたしは彼女が何か言う前に本気でセラさんを殴り飛ばします。



 あのセラさんが油断したとはいえ、全く反応も出来ずに壁まで吹っ飛んでいくのを見るのは新鮮ですね。まぁ、まだ〈血月の狂化〉中ですし、反応されたら困るのですが。



 セラさんが咳き込みながら崩れた壁から出てきました、壁に激突する瞬間に魔法で衝撃を和らげたようなので、思ったほどダメージは入りませんでしたね。ちょっと残念です。



「けほっけほっ、トワちゃん、どうして?」


「・・・貴女がそうやって中途半端だから、クーリアさんは人工魔人になろうとしたり、リンナさんが死んだのです」


「リンナが、死んだ・・・?」



 やはり知らなかったみたいですね。顔を真っ青にしたセラさんにわたしは言い放ちます。



「・・・わたしが手を貸して貴女達を助けるのは今回で最後です。・・・エルさんが待っているので早く合流してください」



 〈思念伝達〉でエルさんや生き残りが居た場所を教えると、わたしはそのまま転移で姿を消します。クーリアさんはセラさんが回収していくでしょう。



 帝都の本城の一階に戻ると、まずは弥生達に〈思念伝達〉をして指示を出します。



(・・・弥生、目的は達成したので、この場所まで移動して待機してください。わたしはすこし寄り道をしてからすぐに戻ります。・・・合流したらわたし達の家に帰りましょう)


(かしこまりました。主様、お気をつけて)


(卯月はもう疲れたのです~)


(如月も、ちょっと疲れたです)


(・・・お疲れ様です。あと少しですから、頑張ってください)



 弥生達との〈思念伝達〉を切ると、わたしは上の方で感知した気配のほうに向かいました。



 その気配は玉座の間の玉座に座っていました。派手なローブを着た年老いた老人のような容貌の『それ』は、わたしが玉座の間に足を踏み入れてすぐに〈念話〉で語り掛けてきました。



(この紅い月は其方の仕業か?中々趣があるではないか)


「・・・それはどうも。さっさと帰りたいので単刀直入に聞きますが、貴方・・・『悪魔』ですね?」



 わたしがそう聞くと、『それ』は大きく高笑いをしました。〈念話〉なので耳を塞いでも聞こえますから、いい迷惑です。



(まさか、我々の存在を知っている魔人がいるとはな!貴様、何者だ?)


「・・・新しい神獣、になる予定の者です。悪魔と天使のことは他の神獣達から聞きました」



 わたしが神獣という単語使った瞬間、濃密な殺気が辺りを漂いました。わたしは無言で槍を取り出します。



(神獣!何度も我らの邪魔をしているあの魔物共の仲間か!貴様らだけは許さん!!()()()()が戻ってくる前に、我が滅ぼしてくれる!!)



 その言葉が言い終わらぬうちに一瞬で玉座の前まで踏み込んで、槍を突き出しました。



 玉座に座っていた人はその椅子ごと上半分が吹き飛びます。



(フハハハハハ!無駄だ。それはもう抜け殻よ!!)


「・・・そんなの知っていますよ。でも、貴方の存在を知ってしまった以上、逃げられると思わないことです。必ず見つけ出して・・・殺します」


(それはこちらの台詞だ小娘。貴様ら神獣共を根絶やしにして、我らの復讐を果たさせてもらう。首を洗って待っているといい!!)



 そう言い残すと、その気配は消えて無くなりました。どうやら、この帝都に本体はいないようですね。



 しかし、とんだ三流悪人の台詞でした。まさか首を洗って待っていろとかいう台詞を直接言われる日が来るとは思いませんでしたよ。



――それにしても、悪魔が復活して今回の件に絡んでいたのですね。これは戻ったらフェニさん達に相談しましょうか。



 わたしは槍を仕舞うと、玉座の間にある窓から眼下の街だったものを見下ろします。



 紅い月の光に照らされる中、魔物に占拠されて破壊されている光景はまるでファンタジー映画でも見ている気分になります。でも、わたしの見ている光景は紛れもない現実です。



 すると、遠くで眩い光が走り、魔物の群れに道が出来たのが見えました。恐らくはセラさんでしょうね。あの調子ならば無事に逃げられるでしょう。



 魔物と人族の戦争。そこに神獣と悪魔が合わさって、世界は混乱と狂乱の渦に巻き込まれていくことになるでしょう。この紅い月がその始まりを告げるのです。



 わたしは暫し紅い月を見上げ、そして弥生達と合流するために転移でその場から姿を消しました。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 3章完了おめでとうございます [一言] クーリアが助かるのは早くとも閑話のうちと思いました、、、まさかちゃちゃって一話で終わったw(悪い意味ではありません) これからも楽しく読ませていた…
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