6話 転生うさぎは森へ逃避行
人間達と邂逅してからしばらくが経ちました。今わたしとスライムさんは平原から見えていた森の中を進んでいます。
平原での戦闘の後、すぐにわたしはスライムさんと合流しました。言葉は通じませんが、わたしが必死にスライムさんを引っ張って主張して、ここから移動するように説得し、そのまま森まで誘導したのです。
スライムさんの移動速度では、ノンストップで動いても、森までにかなりの時間がかかる上に、一日に最低一回は、魔力を蓄える為に狩りをしなければならず、遠目に見えた森の入り口に辿り着くまでにかなりの日数が経過してしまいました。
森に入ってからは、木々に日差しが隠れて薄暗くなり、木が邪魔をして見通しがとても悪い中を先導しなければならず、更に移動速度が下がりました。
――本当は森の浅いところを何回か出入りして、ある程度情報を集めてから森に移動するつもりだったのですが。まさか、情報無しで森の中に居を移すことになるなんて、想定外です。
そうして、森の中を奥に向かって数日ほど進んだところで、木々の無い小さな広場に出ました。
――今日はここで一日休息にしましょうか。移動ばかりで疲れましたからね。
今の体は食事や睡眠の必要は無くなりましたが、精神的な疲労だけはどうしても溜まっていきます。早く休憩するためにも、スライムさんの食事を捕りに森の散策に行きましょうか。
ここ最近はずっとわたしが先導していたおかげか、スライムさんと簡単な意思疎通が出来るようになりました。といっても、止まれとかこっち来てとか、その程度ですが。
ここで待っているように指示すると、ぽよんぽよんとスライムさんが体を動かします。きっと了承したということでしょう。
わたしはそれを確認して、森の中を駆けていきます。そして、近くの木にさっと登り、周囲を身体強化で見ながら気配を探ります。
――こうして気配を探るのも上手くなりましたね。
以前よりも格段に気配を感知できる距離が広がっていることに驚きつつも索敵を続けます。小動物は簡単に狩れますが、魔力をほぼ持っていないので数を狩らなければなりません。狙うならば、森の狼とうさぎでしょうか。
この森に入ってまず一番戸惑ったことが、生態系の違いです。平原では、わたしとスライムさん以外は魔力をほとんど持たない動物ばかりだったのですが、森の中では一部を除いてほとんどが魔力を多く持つ動物ばかりでした。魔力を多く持つ動物は総じて、わたしやスライムさんのように、魔力が残っているかぎり、傷が癒えていく体のようで、倒す時は回復が追い付かないくらいの一撃で仕留めなるか、魔力が無くなるまで攻撃を続けるしかありません。
仮称ですが、動物と魔物として分けて認識しています。わたしは昔は動物でしたが、今は魔物になりますね。
以前説明した通り、どんなものでも基本的に魔力に変換されますが、変換率は大きく異なります。植物は変換率が悪くて沢山食べなければいけませんが、お肉系は魔力になりやすいため、狼一匹分でも多く魔力を得られます。また、元々魔力があるものは、その魔力のほとんどを取り込めるので一番変換率が良いです。
これを考えると、やはり魔物を狩るのが一番ですね。この森の中で今確認している魔物は、狼型とうさぎ型です。狼は平原に居た個体よりもやや大きく、灰色の毛並みをしています。うさぎ型は一回り大きく、頭に角があるのが特徴です。狙うのはこのどちらかです。
索敵をしていると、周りにいる多くの小動物に紛れて、魔力の多い個体を三体見つけました。森に入ってからは魔力を重点に索敵していたせいか、魔力の感知能力もとても上がっている気がします。便利なので良いのですが。
索敵で見つけた気配の元へ駆けていきます。道中に危険なものが無いかしっかりと警戒しつつも最速のルートで駆け抜けます。移動されて、他の魔物の近くに行ってしまうと面倒なので、出来れば孤立しているところを一気に仕留めたいのです。
身体強化も使って駆け抜けたおかげで、数十秒ほどで視認出来る位置まできました、魔力の量から予想はしていましたが、狼だったみたいですね。三体の狼に気付かれないように気配を消しながら、背後の茂みに隠れて使う魔法を決めます。
――森なので炎はダメです。風の刃か氷の槍ですかね。槍で致命傷は難しいので、刃で頭を切り落としますか。
というわけで、風の刃でさっくりと首を落として終わりました。魔法が使えるようになった時にいろいろと試してみましたが、魔力の消費量やイメージのしやすさを突き詰めると、今のようなごく一般的な魔法に落ち着きました。アニメやゲームで共通する基本魔法というのは、きちんと考えられて作られているのだとしみじみと感じたものです。
手早く倒したらさっさと死体を収納します。ちなみにわたしの収納魔法は時間を止めています。時間経過有りだと魔力の消費をかなり抑えられるのですが、止めておいた方が便利なことが多そうだと思ったので、止めておくことにしました。
――さてと、早く持ち帰ってスライムさんからゼリーをいただきましょうか。
スライムさんの下へ帰ってきて、狩ってきた狼三体を差し出します。(たぶん)嬉しそうにスライムさんは狼を吸収しました。お礼にゼリーを貰ったので、収納で保管しておきます。
残った時間で、日が高いうちにお昼寝します。もちろん熟睡は出来ませんが、少しでも仮眠をして精神的な疲労を回復させましょう。半分寝ているような状態でそのまま夜までまったりとします。日が落ちて夜になると、もう一度、今度は真っ暗な森の中で狩りをしてスライムゼリーと交換してもらい、手近な木の天辺まで登ってお月見します。森の中では、こうでもしないときちんと月が見えないですからね。
綺麗な月を見上げながら、貰ったゼリーを団子のように加工して食べます。やっぱり、月とうさぎと言ったら団子も必要ですからね。この団子はゼリーですけれど。
――明日からはまた移動です。とりあえず、平原からもう少し離れつつ、住処に出来そうな場所を探しましょうか。
そうして休憩をはさんだ翌日からまた移動を再開して、さらに森の奥地へと向かいます。
休憩をした日から更に数日経過しても、わたし達は相変わらず森の中をゆっくりと移動しています。平原からある程度の距離は離しましたので、そろそろ住処になりそうな場所を見つけて拠点としても良いかもと思い始めていました。
頭の中でいろいろと考えながら、いつものように周囲の警戒をしていると、今までと違う気配を遠くに感じました。スライムさんに一度待ってもらって、調査に行ってみることにします。分からない相手の情報は出来るだけ持っておきたいですからね。
気配に近づくほどに、今まで感じたことのないほどの強力な魔力と、その周囲に狼らしき気配を沢山感じます。万が一にも気づかれないように、気配をしっかりと消して、遠目で見える位置まで移動しましょう。
ある程度の距離にまで来たところで、音を立てないように慎重にかつ、出来るだけ距離をとった上で身体強化で視力をあげて様子を確認します。
――あれは・・・熊でしょうか?
体長が二メートルを超える大きな黒い熊が、狼の群れを襲っているようです。既に勝敗は決したようで、何十体もの死体が転がっていて、残り数体の残党狩りをしているようです。
――あの熊も魔物ですね。凄まじい魔力量です。スライムさんほどではないですけど、それでもわたしが一人であれを倒すのは無理ですね。出会わないようにしなければ。
わたしは血で真っ赤に染まった森の一角から視線を逸らし、そっとその場を後にします。とりあえず、確認は出来たので早々にこの場から離れましょう。
危険な黒熊のテリトリーから離れるように移動を再開して、更に数日が経過しました。わたし達は大きくて、他のとは少し形の違う木を見つけました。妙な魔力を発しているからか、最初はスライムさんが近づかなかったのですが、わたしが木の傍で安全を主張すると、スライムさんも近づけるようになりました。
スライムさんが近づくのを躊躇う、妙な魔力を発しているからか、この木の周囲には魔物は寄ってこないようです。安全そうな場所を見つけたので、とりあえずはここを仮の住処としましょう。
平原からはそこそこ離れましたが、欲を言うならばもっと奥地まで行きたいです。あの平原からここまでの直線距離はそこまで稼げませんでした。森という広範囲かつ危険な場所に紛れることで、気付かれないことを祈りましょう。
それに、少しだけ一人で更に森の奥まで行ってみたら、生態系変化していて、わたしの索敵で確認しただけでも、少し前に見かけた黒熊並みの危険な生物をいくつか見つけました。スライムさんは逃げることが出来ないので、一度出会ってしまったら必ず戦闘になります。一対一ならばスライムさんでも勝てるでしょうが、複数体と連続して戦闘になったらどうなるか分かりません。なにより、今のわたしでは生き残れないでしょう。
というわけで、危険な森の奥地より手前で出来る限り草原から距離を離した位置。この大木が、この森でもわたし達の住処になりそうです。ここを拠点として、もっと森の調査をして、良いところを見つけたら移動出来る様にしておきましょうか。
さて、それでは、森の生活の本格的なスタートです。