61話 転生うさぎと帝国騒乱(白雪の領域編)
転移で周りの景色がブレたかと思うと、気付けば一面真っ白の雪原の上に立っていました。この辺りは大丈夫なようですが、少し先は、景色が見えない程の猛吹雪が吹いています。
(ここはあちこちにある休憩所のひとつよぉ~。敵が居るのはこの吹雪の中だからぁ~慣れないトワちゃんや弥生と如月は気を付けてねぇ~)
とても凛々しくて格好いい大きな体躯の白狼が、気の抜けるような声音でそう注意しました。本当に残念な気分になります。
(トワちゃん何か言いたそうねぇ~?)
「・・・いいえ。そんなこと無いですよ」
「主様、あちこちから異様な気配が致します」
弥生の言葉で周囲を〈精密索敵〉で確認してみると、意外とそれほど遠くない場所に何人かの魔人のような反応がありました。ようなという表現の通り、普通の魔人とは似ているだけで全く別物です。これが、人工魔人というやつでしょう。
(あらあらぁ~私の眷族達も大分手こずっているようねぇ~。数もそうだし、偽物とはいえ魔人だものねぇ~。とはいえ、ちょっと情けないわぁ~)
「・・・約束通り、わたし達も加勢しましょう。弥生達は三人で行動して、基本的には卯月が前衛で戦闘、後の二人はそのサポートという感じで戦ってください。・・・特に弥生と如月は不慣れな環境ですから気を付けてくださいね、絶対に無理はしないように」
「かしこまりました」「はい・・・!」「任せてなのです!」
三人は一斉に返事をすると、わたしの合図で猛吹雪の中に入っていきました。この環境ならばうさぎの姿の方が保護色でバレないかも知れませんね。いや、たぶん魔力でバレますか。
そんなことを考えながら三人を見送った後は、後ろで大きなあくびをしているフェンリルさんに声を掛けます。
「・・・わたしも行きますが、フェンリルさんはそんなのんびりしていて良いのですか?」
(あの子達が思っていたより怠けているみたいだからぁ~。折角だしこの機会に鍛えてあげようと思ってねぇ~。トワちゃん達のことは言ってあるからぁ~遠慮なくやってきていいわよぉ~。私はここであの子達に指示してから行くわぁ~)
――フェンリルさんって普段のイメージとは違って、意外とスパルタ教育ですよね。
「・・・そうですか。ではわたしは行ってきますね」
(頑張ってねぇ~)
のんびりした口調に送られながら、わたしは吹雪の中に足を踏み入れました。その瞬間、とてつもない風と痛い程の勢いで降ってくる雪が襲い掛かってきます。さらには、雪に覆われた地面に足が埋まってしまい、とても動きにくいです。
――よくこんな環境を造りましたね。人はどうでもいいとしても、動物や魔物もまともに暮らせない環境なのではないですか?
っと思っていましたが、あちこちに普通の魔物も沢山居るようです。こんな環境でもきちんと適合して暮らしていくのですね。・・・しかし、動きが少し妙ですね。なんだか、フェンリルさんの眷族や弥生達に向かって行っているような気がします。同じ魔物ならば群れなのだと納得出来ますが、違う魔物が混じっているようなので普通の群れではないでしょう。
――人工魔人だけではなく、普通の魔物を相手するとなると、ちょっと弥生と如月には荷が重いかもしれません。ここは領域内なので魔物の強さもその辺りのとは比べ物になりませんからね。
わたしは風の膜を作って吹雪から身を守り、重力魔法でふわふわと浮いて空から移動します。視界は吹雪のせいで全く見えないので、〈魔力感知〉と〈精密索敵〉で周囲の地形を把握し、同時に敵と味方の位置を確認します。
――散らばっている魔物や魔人は月の槍で串刺しにして、ある程度纏まっている相手は範囲魔法で纏めて処理しましょうか。
そういえば、わたしの〈原初魔法〉は術者のイメージで好きな魔法が使えるので、今までも色んな魔法を使って来ましたが、これからは、攻撃系の魔法についてはほぼ槍をイメージしたものをメインとして使うことにしました。もちろん、お世話になっているウォータージェットカッターやあまり使う機会のない爆発系や竜巻とかの魔法も状況によっては使いますけどね。あんまり手広く様々な魔法を使いすぎると、あちこちイメージが浮かんで魔法の効力が落ちる原因になることもあるので、イメージしやすい魔法を極めるのも大切なんじゃないかと思ったのです。
というのは建前で、わたしは槍で戦うイメージが強いので魔法も槍を主力にしようかなという思い付きです。それに・・・
魔法で四本の槍を作ってそれぞれの標的に向けて飛ばしました。二本は着弾と同時に爆発して、もう二本は強烈な風圧で辺り一帯を吹き飛ばしました。槍という縛りをしてもこういう使い方が出来るので、正直何にも変わらないですからね。
遠距離から弥生達の側面側に居る敵を排除しつつ、周囲一帯に槍を設置して、集まって来たところを爆破したり、燃やしたり、風圧で押しつぶしたり、氷像にしたりして実験・・・ではなくて殲滅をしていると、近くまで接近する人工魔人の反応を見付けました。気配遮断系のスキル持ちでしょうか。発見が遅れましたね。
そういえば、まだ直接見ていないと思ったわたしは、自分の周り10メートルほどを風のドームで覆って吹雪を防ぎました。直接この目で見る為です。
待っていると、全身鎧・・・フルプレートというのでしょうか?・・・を着た帝国の兵士らしき人が目の前に現れました。
「殺す・・・殺す・・・」「神獣・・・邪魔者・・・」「力の・・・糧に・・・」
どうやらまともな理性は無さそうですね。これが魔人とは笑えません。強大な力と〈魔力体〉を手に入れても、理性と知性が無くなったのではただの魔物以下ではないですか。わたし達と同列に数えられるのも腹立たしいです。
人工魔人もどき共(こんな奴らもどきで十分です)は、一斉に武器を構えて襲い掛かってきました。身体強化を使う脳はあるようですが、武器術系のスキルの補正に振り回される技量のない剣技などまともに相手する価値もありません。さっさと終わらせましょうか。
わたしは爆発する槍で三人の頭を串刺しにして爆発させました。頭を失った体がどすんと雪の上に倒れましたが、すぐに再生して起き上がってきます。兜が無くなり、虚ろで血のように赤い目をした男たちの顔が露わになりました。
――〈魔力体〉って相手すると面倒ですね。全身を一気に消滅させれば一度で終わりますかね?あの目を見るに、どうせ紫の魔石を持っているのでしょうし、危ないからついでに破壊してしまいましょう。
再びこちら向かって走り出して、空中に浮かぶわたしに飛び掛かって来た男達を、魔法の槍で心臓の辺りを突き刺して吹っ飛ばしそのまま雪の上に縫い留めます。更に、わたしは風のドームから出ると、そのドームの中を炎で埋めて閉じ込めました。風のドームの中は眩い炎に包まれて、周囲をまるで太陽のように照らしています。たっぷり数十秒燃やし尽くしてから中の炎を消すと、ドームの中には降り積もった雪の地面が溶けて無くなり、代わりに氷の地面が見える以外は全てが燃えてなくなっていました。
――威力は高いですけど、敵をドーム内に閉じ込めておく必要があるのと、工程が多くて手間が掛かるのがデメリットですね。もっといい方法を考えますか。
気を取り直して周囲を〈精密索敵〉で確認していると、人工魔人もどきが隊列を組んでやってくるのを発見しました。近くにフェンリルさんの眷族らしい反応もあります。助太刀に行きましょうか。
その場を後にして、猛吹雪の中を〈精密索敵〉の感知する方向に移動します。本当に、視界が役に立たないというのは不便ですね。
わたしはフェンリルさんの眷族がすぐ近くにいる場所まで移動すると、先ほどと同じ風のドームを張って地面を見下ろしました。すると、大人の白狼が雪の中に隠れているのを発見します。
〈魔力感知〉でわたしの存在に気付いていたのでしょう。白狼は特に驚くこともなく、わたしに合わせて人の姿に変身しました。
「お初にお目に掛かります。新たな神獣のトワ様ですね?主よりお話は伺っています。この度は、ご助力に感謝を」
本当にフェンリルさんの眷族なのか疑ってしまいたくなるほど常識的な人ですね。わたしが驚いて無言まま見詰めていると、フェンリルさんの眷族は困ったような顔で苦笑いをしました。
「驚くでしょう?他の神獣の皆様も驚かれましたから。ですが、あの主に仕えていると、自然とこうなってしまうのですよ。あ、わたくしのことはフィンとお呼びください。あの主に振り回されてご迷惑をおかけしたのではないかと、いつかはご挨拶に行こうと思っていたのです」
――眷族がこんな真面目にならないといけないほどって・・・フェンリルさんへの評価を一段階下げましょう。眷族は家族なのですから、もっと大事にしないとダメです。これは後で小一時間説教ですね。
フェンリルさんの眷族・・・フィンさんは、フェンリルさんの一番最初の眷族で、ずっと古くから彼女をサポートしているそうです。永く生きているということもあり他の眷族達よりも強くて、眷族筆頭及び主代行としてこの領域を纏めているのだとか。ちょっと、フェンリルさん?この人に愛想を尽かれたらお終いですよ?もっと大事にしてあげてください。眷族なので愛想が尽きるなんて滅多に無いと思いますけど。
そんなフィンさんはフェンリルさんと同じ目と髪の色をしていて、顔立ちも似ているので、ちょっと若いフェンリルさんのような感じがする少女の見た目をしています。二人で並ぶと姉妹に見えるでしょうね。母娘かもしれません。フェニさんの眷族もそうですが、普通はこんなにも主人に似るのですね。
「・・・その、フェンリルさんには今回わがままを聞き入れて貰いましたし、とてもお世話になっていますので・・・」
「あぁ、気を使わないでください。主の性格は良く理解していますから。今更見捨てるつもりなんてありませんよ。・・・それにしても、いつのものように主が誇張して言っていただけだと思っていましたが、本当に美しい容姿ですね。初めて見た時は思わず見惚れてしまいました」
わたしの苦し紛れのフォローはあっさりと見抜かれて、わたしのことを持ち上げてきました。何なのですかこの人。本当にフェンリルさんの眷族なのですか?実はフェニさんの眷族なのでは?
わたしが懐疑的な気持ちになってフィンさんを見詰めていると、人工魔人もどき達がドームの中に入ってきました。先ほどよりも大きめに作ったので、全員が入ってもかなりのスペースが空いています。
「来ましたか。トワ様にも事情があるようですが、ここはわたくしにお任せを。うかうかしていると卯月に負けそうですからね。せめてわたくしだけでも壁になれるように強くなくては!」
――卯月、他人様の領域で何をやったのですか?とても対抗心を抱いているように見えるのですが?
卯月のここでの生活がとても気になりましたが、それは後で聞きましょう。もし何かやらかしていたら主としてお茶菓子でも持ってきて謝っておかなくてはいけませんね。
「・・・では、万が一フィンさんが危険だと判断したら加勢します」
「はい。ありがとうございます・・・神獣の方にさん付けで呼ばれるのも少し恐縮しますね・・・」
さて、それでは、フェンリルさんの眷族のお手並み拝見としましょうか。わたしの眷族達の指針にもなりますからね。じっくりと見させてもらいましょう。
わたしがふわふわと浮いて後方に下がるのと同時に、フィンさんが一歩前に出てさっと腕を前に出して横に振りました。すると、地面の雪が大きく盛り上がって雪崩となり、人工魔人もどき達を飲み込んで行きます。ほうほう。中々ですね。
しかし、雪崩程度では人工魔人もどきは一人も倒せませんでした。雪崩で雪に埋もれていましたが、一人一人が這い出してきます。後方から少し豪華な鎧を着た兵士が前に出てきました。
「ひるむな!皇帝より与えられし新たな力で、愚かな魔物共に思い知らせてやれ!この世で頂点に立つのは、人間だとな!!」
――おや?普通に理性を保っている人も居るのですね。目の色は例の如く血のように真っ赤ではありますけど。
豪華な鎧を着た人工魔人は叫びながら周囲の人工魔人もどきに指示をだしていきます。その指示に忠実に従って動いているところを見ると、あの隊長クラスの奴がこいつらを操っているのでしょう。だんだんと周りにいる魔物達も集まってきました。殺し合ってくれれば楽なのですが、何故かあの人工魔人の隊長の命令に従って動き始めます。なるほど、これが適正の高い人工魔人が下位の人工魔人を従えている状況なのですね。情報通り、魔物もその影響を受けるようです。本当に厄介なものを生み出してくれたものですね。
――しかし、人工魔人人工魔人って言い難いですね。もっといい呼び名は無かったのでしょうか?
戦闘に参加しないので、後ろでのんびりと観察しながらそんなことを考えていると、集まった人工魔人と魔物が一斉に襲い掛かってきました。今度は後方から魔法も飛んできます。
フィンさんは大きくバックステップしてその場から離れると、円月輪・・・チャクラムと呼ばれる武器ですね・・・をいくつも投げていきます。十を超える円月輪を魔法を使って巧みに操って敵を切り裂いていきますが、敵の数が多すぎて殲滅が追い付いていません。更に後方から絶え間なくやってくる魔法の波状攻撃にも円月輪が対応に向かっていますが、少しずつ漏れが出始めました。
やってくる魔法攻撃を避けながら、近付いてきた魔物や人工魔人達を一度最初にやった雪崩で押し戻しました。しかし、平面なのに雪崩が起きるって面白い絵面ですね。まるで海面のように地面が波打っています。これはファンタジーすぎてわたしには使えませんね。
魔物はある程度殺ったようですが、人工魔人達はしぶとく生き残っています。まぁ、魔力が尽きるまで襲ってきますからね。
「あ~もう。なんて面倒な奴らなの」
――同感です。
思わず愚痴るフィンさんに同意しながら、わたしは戦況をじっと見詰めます。三度目の雪崩で押し戻されてからは、円月輪に対応する兵士達を数人残して、残りの兵士達はライフルのような見た目の武器を取り出しました。そういえば、帝国はこういう武器がありましたね。なんでしたっけ?魔道銃でしたか?
すると、威力はそれほどでもないですが、視界を覆うほどのファイアーボール、いえ、あれはファイアーアローでしょうか?が弾幕のように向かってきました。
「ちっ、これぐらいの攻撃、どうということもないですけど・・・この数を受けるのは得策ではないですね」
咄嗟に防御魔法で身を守ったフィンさんですが、あまりの弾幕に身動きが出来なくなってしまい、円月輪の操作もおぼつかなくなっています。
しかし、敵の攻撃はこれで終わりではありません。ライフルで弾幕を張る後方で、普通に杖で魔法を使っていた魔術師が一斉に高威力の魔法を使いました。フィンさんが一瞬焦ったような顔になります。円月輪を向かわせましたが間に合いません。・・・ここまでですね。
わたしは月魔法の月鏡でフィンさんに襲い掛かる魔法を全て跳ね返しました。ライフルから来る全ての魔法と、先ほど魔術師が放った高威力の魔法が一気に本人達の下へ帰っていって統制の取れていた部隊の体制が崩れます。その隙にわたしは、相手の頭上に爆発する槍を敷き詰めて一気に落としました。着弾と同時に耳をつんざくような爆発が起こり、巻き上がった雪で視界が塞がります。
「・・・すいません。手を出してしまいました」
「いえ、さすがにさっきのはちょっと危なかったので助かりました。それにしても・・・」
立ち上がった煙が晴れると、見るも無残な状態になった人工魔人もどきの死体が大量にありました。フィンさんはその様子を見て感嘆の息を吐きます。
「あれだけの量を一瞬で・・・さすがは主と同格なだけはあります」
「・・・お褒め頂いて嬉しいのですが、まだ生きているのがいますね。大した魔力量です」
いくつもの死体が転がっている中、一人の人工魔人が立ち上がりました。指示を出していた隊長ですね。わたしはふわふわと近付いてそいつに話しかけます。
「・・・貴方、何が目的で領域に襲いかかったのです?まさかこの程度の戦力で本当に神獣に敵うと思ったのですか?」
「ぐっ、全ては、皇帝陛下の為に・・・」
「・・・皇帝陛下だかなんだか知りませんが、今帝国は全土で大変なことになっているのでしょう?住んでいた人達全てに襲い掛かるようなことをして、何がしたいのです?」
「全ては・・・皇帝陛下の為に・・・」
――ダメですね。殺っちゃいましょう。
会話をしても無駄だと判断したわたしは、トドメを刺す為に爆発する槍をいくつか浮かせました。
しかし、わたしが攻撃する前に、人工魔人の隊長は突然手榴弾のようなものを取り出してわたしに突進してきました。近寄ってくる前に槍を突き刺して吹っ飛ばし、そのまま槍を爆破させると、同時に超ミニアビスコアのような魔力の奔流の爆発が起きます。あれだけの爆発ならば、わたしでも多少はダメージを負ったかもしれません。対処が間に合って良かったです。
戦闘が終わると、風のドームの中にフェンリルさんが転移して現れました。後ろでサボッていると思っていたのですが、どうしたのでしょう?
(トワちゃん、そろそろ帝都に行きたいだろうからぁ~、一旦戦闘を終わりにする~?)
「・・・眷族達の訓練とやらは良いのですか?」
(いい加減、土足で家に踏み入れられるのにもムカついてきちゃってねぇ~。トワちゃんが居ればすぐに終わらせられるかなぁ~と思ったのぉ~)
「・・・いいですよ。半分やりましょうか?」
(う~ん、魔力節約したいからぁ~。私が三分の一で)
「・・・わかりました。ここまでの転移と帝都へ向かう時にもお世話になりますからね。それぐらいは請け負いましょう」
(話が早くて助かるわぁ~)
わたしは〈思念伝達〉で弥生達に安全な場所に避難するように指示を出します。フェンリルさんのところは・・・フィンさんが指示を出しているようですね。これで、間違ってお互いの攻撃が仲間に当たるようなことは無いでしょう。
(私の領域で好き勝手暴れた報い、その命で贖ってもらうわよぉ~!!)
「・・・もはや人であることすら辞めた貴方達に、わたしが譲歩する理由はありません。死んでください」
フェンリルさんが周りの空気がピリピリするほどの雄たけびを上げると、数多の鎖を召喚して、宣言通り領域の三分の一ほどに張り巡らせました。そして、もう一度、今度は領域全体に聞こえるのではないかというほどの雄たけびを上げると、鎖が張り巡らせられた空間全てが白く染まり、全ての物質が氷漬いた死の世界が生まれます。更に、鎖が弾けると同時に、凍りついた全ても砕け散りました。
本当に恐ろしきは、これほどの規模の攻撃でありながら魔力はほとんど減ってない上に僅か十数秒の出来事だったことです。小さな街や村ならば、まさに十秒で文字通り跡形も無くなるでしょう。神獣の規格外さを改めて目の当たりしました。
――では、これに恥じないようにわたしもちょっと派手にやりますか。
わたしは、フェンリルさんが攻撃しなかった箇所全ての上空に万遍なく槍を召喚します。
(ちょ、ちょっと、トワちゃん?まさかぁ~?)
「・・・ちょっと地形が変わるかもしれませんが、後で直してくださいね」
フェンリルさんが何か言う前にわたしは上空に敷き詰めた槍を落としました。まさに槍の雨ですね。もちろんただの槍ではなく特別製の爆発槍です。
無数の槍が雪の地面に着弾すると同時に、眩い閃光が視界を埋め、けたたましい轟音を立てて爆発しました。その衝撃は常時吹雪いていた猛吹雪が一時的晴れ、地面が大きく突き上げるように揺れました。その衝撃にすぐ近くで見ていたフィンさんが驚いて尻餅をつきます。
爆発のによる轟音はすぐに鳴りやみ、辺りに静けさが戻ります。わたしの攻撃した辺りは、宣言通り地形が変わっていますが、どうせ後でフェンリルさんが直すと思うので気にしません。
ちなみに、わたしが今放った特別製の槍ですが。今までが、普通のダイナマイト程度の爆発でしたが、今使ったものは水蒸気爆発を利用した超大規模な爆撃です。それをあれだけの数の槍でやったのですから、そりゃあ地形も変わりますよ。化学反応を利用しただけですので思ったよりも魔力の消費も少ないのがとてもグッドです。威力が高すぎて使いどころを考えないといけませんけど。
「・・・終わりましたね。・・・フェンリルさん?固まっていますが、どうしたのですか?」
(トワちゃんは私よりもよっぽど危険だとおもうわぁ~・・・)
「・・・あれほどの速さで空間ごと広範囲を凍らせた貴女が言いますか?」
(私よりもっと早く、私の倍の面積を地形が変わるほどの攻撃をしたトワちゃんにだけは言われたくないわぁ~!)
「わたくしからすれば、両者とも規格外ですから。・・・久しぶりに主や他の神獣の力を見ましたが、もはや言葉も出ませんね」
――失礼な。絶対にフェンリルさんの方がおかしいですから。
とりあえず、侵攻してきた敵は一掃したので、一度休憩スペースまで移動して集まることになりました。
弥生と如月はちょっと消耗しているようですが、卯月はまだ元気そうですね。卯月はわたしと合流して真っ先に抱き着いてきました。見た目の無邪気さとは裏腹に大型トラックが衝突してきたような衝撃に一瞬ふらつきますが、きちんと抱きしめます。力の制御の仕方を教えないといつか死人が出ますね。これは急務です。
「・・・三人共、無事で何よりです。人工魔人戦はどうにかなりそうですか?」
「私や如月一人では相手するのは難しいですが、卯月が居てくれれば問題ありません」
「卯月がぜ~んぶぶっ飛ばしてやるのです!」
「如月は、卯月の影から頑張ってます!」
これならばなんとかなるかもしれませんね。そろそろ夜になりますし、わたし達が強くなる月の出ている時間になればさらに戦闘が楽になるはずです。
「しかし、あの妙な棒の武器は厄介ですね。数人ならばともかく、部隊を率いてやられると、かなり面倒です」
フィンさんが実感の籠った表情でそう呟きました。集まった他のフェンリルさんの眷族達(皆さんは白狼の姿です)も同意するように頷きます。弥生達も出会ったのでしょう。難しそうな顔で同意しました。卯月は何故首をひねるのです?見ましたよね?魔道銃ですよ?
「まぁ、後のことは後で話すとしてぇ~。私はトワちゃん達を帝都に送ってからまた戻るわぁ~。思ったよりも魔力に余裕も出来たし、なんなら、トワちゃんに多少助太刀しても良いけど~?」
人の姿になったフェンリルさんがそう言ってわたしを見てきます。ですが、わたしはその提案を首を振って断りました。
「・・・提案はありがたいですが、ここから先は人側の問題です。わたしはただ知り合いの様子を見に行くだけですし、フェンリルさんは今のうちここの防備を固める必要があるでしょう?今は殲滅しましたが、またやってくる可能性も高いですから」
「う~ん、わかったわぁ~。確かにトワちゃんの言う通りだし、帝都のことはトワちゃんの好きにしたらいいんじゃないかしらぁ~」
わたしと弥生達はフェンリルさんの転移で帝都近くまで送ってもらうために集まります。フェンリルさんはフィンさん達眷族の方に振り向いて「それじゃあ、ちょっと行ってくるわぁ~」と言って転移魔法を発動させました。
転移が終わり、まずわたしの目に飛び込んできたのは、帝都を囲む無数の魔物と、帝都の街並みの荒れ果てた姿。いつかのスタンピードを思い起こす光景ですが、厄介なのはあれらの中に大量の変異種の反応と人工魔人の反応がありました。まさに地獄絵図ですね。
「これはまた、酷い状態ねぇ~」
「・・・どこの街もこのような状態なのでしょう。まだ、街としての景観を辛うじて保っているだけマシなのかもしれません」
「それでぇ~、行くのよねぇ~?」
「・・・はい。あそこにわたしの『仲間』がいるはずですから」
「そう・・・」
「・・・フェンリルさん、本当にありがとうございました」
わたしはフェンリルさんの体を向けて深く礼をします。ここまでこんなに早く来れたのはフェンリルさんの協力のおかげです。弥生達もわたしに倣って同じ様に礼をしました。顔を上げると、フェンリルさんの蒼い瞳と目が合いました。その瞳には普段のおっとりした雰囲気はなく、いつになく真剣な目付きです。
「私が言いたいことわぁ~全部フェニが言ってくれたから、私からはもう何も言わないけどぉ~。一つだけいいかしらぁ~?」
「・・・なんでしょう?」
「待っているわぁ~。私達の居場所に帰って来るのを」
「・・・」
わたしはじっとフェンリルさんの蒼い瞳を見返して、深く頷きます。心の中がなにかざわめくような気がしますが、今のわたしにはそれが何なのか、よくわかりませんでした。
「・・・必ず、帰ってきます。わたしは魔物ですからね」
わたしがそう言うとフェンリルさんは一瞬ちょっとだけ悲しそうな顔をした後、いつも通りのほんわかした笑顔を向けました。
わたしはその笑顔に背を向けて、魔物の溢れる帝都を見下ろしながら弥生達に声を掛けます。
「・・・行きますよ、弥生、卯月、如月。離れないでくださいね」
「御意」「わかったのです!」「ついていきます!」
三人の声を聞いて、わたしはその場から駆け出しました。一番身体能力の低い弥生が離れないように注意しながら魔物群れの中を駆け抜けていきます。
「あれだけの力を持っているのに、どうしてこんなにも危うい感じがするのかしらぁ~?本当に目が離せない子ねぇ~」
フェンリルさんの呟きは、目の前に集中するわたしの耳に届くことはありませんでした。
 




