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52話 転生うさぎと月の領域での戦闘

「・・・人間の数は、五十人ほどでしょうか。十人で1グループで5グループに分かれて広範囲に展開しているようですね。・・・そこから更に二手に分けて前を行くパーティーとその少し後ろを追いかけるパーティーという編成のようです。・・・弥生は南、卯月は東、如月は北に向かって待機していてください」



「かしこまりました。主様はどうするのですか?」



「・・・わたしは戦況を確認しながら三人からあぶれたパーティーの相手や適時サポートをします」



 さすがに西側までは回って来ませんでしたか。この森自体もそこそこ広いですからね。西側まで回り込むとなると海が見える位置まで移動しなくてはいけませんし、何より戦力の分散を嫌がったのかあもしれません。今は人間世界も大変らしいですし、人手が足りないのでしょう。



 お?入ってきましたね。冒険者ランクで言うと全員C以上でAランクもちらほらといるようです。あとは、1グループで分かれている後ろ側のパーティーは冒険者ではありませんね。白い甲冑の騎士と教会のシスターのような恰好をした人達です。恐らくは聖国の騎士と天使のスキルを持つ聖女と呼ばれる人でしょう。



「・・・では皆さん。行って来てください。・・・出来るだけ殺さないようにしてほしいですが、難しいと判断したら躊躇いなく()ってしまって構いません。人間達よりも貴方達の方が大切ですからね」



「任せてなのです!卯月が悪い奴らを追い返してやるのですよ!」



「如月も、がんばります!」



「主様の御心のままに。主様の住処に土足で踏み入る者共は私達が追い払って見せましょう」



「・・・くれぐれも、自分の命は大切に、ですよ?」



――念を押しておかないと無茶しそうで怖いですからね。特に弥生とか。



 弥生達を見送った後は、弥生達の様子を見ながら相手側の様子と進路を確認します。弥生達がそれぞれ1グループに当たるように進路を予測して場所を移動させて、残りの2グループは弥生達の戦闘が無事に終わったの確認してからわたしがさくっと片付けます。もちろん、弥生達が危険と判断したら転移で即介入します。場合によっては殺すことも躊躇いません。



 ちなみに、今回は三人とも最初から人の姿で行動してもらいます。人間達と会話をするためですね。一応、警告はしておこうと思いまして。無駄だとは思いますが。



 感覚的には複数の監視カメラのチャンネルを同時に見るように状況を確認します。一番早く接敵したのは卯月ですね。音声も入れて様子を伺ってみましょうか。



「うん?こんなところに子供・・・?いや、魔物・・・魔人か!?」



 リーダーの冒険者がそう言葉にした瞬間、五人は素早く戦闘態勢に移りました。さすがベテランっぽい冒険者パーティーですね。状況判断とすぐに陣形を整える臨機応変さには目を見張るものがあります。



 卯月はその様子を特に興味が無さそうに千早の袖をひらひらとさせて遊んでいます。相手の戦闘準備が整ったのを確認すると、わたしがあらかじめ伝えていた伝言を卯月が言いました。



「え~っと。あるじさまからのお言葉なのです。今すぐに撤退すれば見逃します。でも、これ以上奥に踏み込んだ場合は戦闘の意ありと判断して迎撃します。今すぐにこの領域から出ていけなのです~!!」



 わたしの伝言、きちんと言えましたね。偉いですよ卯月。実はちょっと心配していたので〈思念伝達〉の準備をしていたのですが、杞憂だったようですね。



 さて、卯月の言葉を聞いた冒険者達の反応は・・・やはり撤退する気は無いようですね。すでに魔法使いが魔法の発動手前で待機しています。それを確認したリーダーっぽい人の剣士は鞘から剣を引き抜いて卯月に向けます。



「悪いが。魔物は人類の敵だ。お前の主とやらもすぐに始末して、この地に平穏を取り戻させてもらう。やれ!」



「――。フレイムランス!」



 森なのに炎の魔法を使いましたよ。まぁ、ここは領域なのでわたしの魔力で保護されていますから、森林火災になんてならないですけどね。そもそも、聖樹が燃えませんけど。



 なんて呑気なことを考えていると、卯月に炎の槍が飛んで行き、爆発しました。周囲が炎と煙に包まれています。冒険者たちは警戒を解いている様子は見られません。



――それが正解です。あの程度の魔法で魔人を、いえ、卯月を倒せるわけありませんからね。



 しかし、何故卯月は避けなかったのでしょう?あの程度の速度で迫ってくる魔法なんて余裕で避けられるでしょうに。



 煙が晴れると、一切燃えた様子の無い卯月の姿が現れます。その手にはわたし直伝のモーニングスターが握られていました。卯月が周りでくすぶっている炎を鬱陶しそうに振り払います。



――おや?なんだか卯月の様子が変ですね?なんだかアホな感じの雰囲気が消えてピリピリしたものを感じます。



 冒険者達の内のひとりでずっと構えていた弓使いが矢を放ちました。何やら妙に早く飛んでいますね。アーツでしょうか?



 飛んできた矢を卯月は俯いたまま無言で殴り折りました。顔を上げた卯月にはいつもの満面の笑みは無く、ひたすらに氷のような無表情です。その迫力に冒険者達が一歩後退しました。見ているわたしもちょっとヒエッてなるくらいには迫力があります。



「あるじさまを、始末する?殺すってことなのです?またあるじさまが辛い思いをするのですか?またあるじさまを苦しめるのですか?そんなこと、そんなこと・・・卯月が許さないのです!!!」



 卯月が叫んだ後の戦闘は、もはや戦闘とも呼べないようなものでした。鎧袖一触(がいしゅういっしょく)という言葉が思わず浮かびます。無双状態でもいいですね。



 卯月が怒りの声を上げると同時にモーニングスターの鉄球を身体能力に物をいわせて剛速球で冒険者達に投げつけ、目の前で盾を構えていた冒険者ごと全員吹き飛ばしました。次に鎖を操って鉄球を上空高くまで上げたのを、今度は卯月が思いっきり鎖を引っ張って、吹き飛ばされて身動きが取れない状態で一塊になった冒険者達に向かって落とします。



 鉄球は冒険者達のすぐ目の前で轟音を立てて落ちました。ギリギリで出来るだけ殺さないようにというわたしの言葉を思い出して軌道をずらしたようです。冒険者達はほぼ一瞬で訳も分からずに殺されかけて完全に戦意を損失していました。まあ、さすがにこれだけ実力が隔絶していたら諦めますよね、普通。



 しかし、冒険者達の少し後方を歩いていた聖国の騎士達が音を聞きつけてやってきました。状況を一瞥すると一斉に武器を構えます。聖国は女性がとても多いと聞いていましたが騎士も全員女性なのですね。シスター服の聖女を守るようにひとりだけ大きな盾を持った騎士が聖女の前に立っています。残りは小盾持ち剣士、槍士、盾を持っていない剣士の三人です。



「冒険者達がこうも容易くやられるなんて。ファミア様は冒険者達の治療を、ミンセルはファミア様の守護をして。私達はこの魔人をやる!」



「分かりました。皆さんに天使の加護を!」



 おや、聖女っぽい人が祈りを捧げると騎士達の持つ武器が白い光に包まれましたね。浄化の力を付与したのでしょうか?あんなことも出来るのですね。



 騎士たちが攻撃しようと向かってきますが、卯月は鉄球を手元に引き寄せて鎖を短く持ち、最初に突っ込んできた小盾持ちの剣士を鉄球で殴って吹き飛ばしました。殴られた騎士は衝撃で気を失ったようで、木にぶつかってぐったりとしています。卯月が金色の瞳を怪しく輝かせながら周りを見回します。



「あるじさまを害する奴は、ひとり残らず、卯月が吹っ飛ばしてやるのです」



 卯月は大丈夫そうですね。浄化の攻撃も当たりさえしなければ関係無いですし、もし当たっても卯月は魔力による回復が阻害されてもスキルで〈自然治癒〉があるからゆっくりではありますが傷も癒えますし。そもそも、卯月と近接戦闘で戦える人は今回の侵入者達にはいないでしょう。



 しかし、卯月は怒らせると怖いですね。普段が天真爛漫で天然でいつもニコニコしている可愛い子なだけに、無表情な顔で襲い掛かって来るのはとても恐怖を覚えます。その怒りの表情がわたしに向くことは無いと思いますけど、それでもやっぱりちょっと怖いです。



――卯月には今戦っている連中を無力化したら他もやってもらいましょうかね。これならば、わたしの出る幕も無さそうですね。良い事なんですが、ちょっと複雑な気持ちです。暇なだけともいいます。



 と、思っていたのですが、弥生と如月は冒険者達はなんとか撃退出来ても、その後に増援で来る聖国の騎士達相手に苦戦しています。魔力量的にもわたし達の中で一番少ない如月は、本来潜伏と奇襲が得意な闇討ち特化の戦闘スタイルということもあって、正面からの多人数との戦闘は苦手のようです。浄化の能力の妨害で影魔法や闇魔法が封じられているのもつらいようですね。武器も小太刀ですし。



 弥生は魔法タイプなので、魔法の能力を軽減、無力化する浄化とは相性が悪いです。それに何やら強そうな騎士も居ますね。冒険者で言うとAランク上位の実力はあるでしょう。不慣れな接近戦で戦うには分が悪そうです。



 卯月には他を当たらせようと考えていましたが方針を変えましょうか。無力化を終えた卯月に〈思念伝達〉で如月の救援に向かわせます。ルート的には道中に他のグループに当たる可能性もありますが、卯月ならばすぐに殲滅出来るでしょう。弥生はわたしが直接向かうことにします。



 弥生の槍が弾かれたタイミングで転移で間に割り込みました。浄化の力が込められた剣が間に入ったわたしに振り下ろされます。振り下ろそうとしている騎士の女性も驚いたように目を見張りました。



 わたしは即座にオリハルコン製の盾(頑張って武器用に取り込みました)を出してわたしと剣の間に滑り込ませます。金属がぶつかり合う音が聞こえますが、わたしの盾はびくともせず、衝撃の反動は全て剣を持っていた相手に向かいました。手がしびれたのか、くぐもった声で呻きます。ですが剣は落とさなかったようです。



「ぐぅ!いきなり何!?」



 急なわたしの登場に驚きながらも、即座に大きく後ろに跳躍して距離をとりました。良い判断です。冷静ですね。



 とりあえず、念力(っぽい原初魔法)で弾き飛ばされた弥生の槍を手元に持ってきて手渡します。弥生がそれを恐縮した感じで受け取り跪きます。そんな彼女に治療魔法でケガを治しました。この程度の浄化能力ならば、わたしの魔力でごりおせば治療できますからね。



「主様、お手を煩わせて申し訳ありません」



「・・・相手が悪かったのですよ。弥生のせいではありません」



 わたしはそう言って弥生を宥めてから人間達の方を振り返ります。一度は弥生に撃退された冒険者達も状況が良くなったからか、加勢しようと陣形を整えなおしてわたしに武器を向けています。



 そんな中、聖国の騎士の一番強い女性が一歩前に出て口を開きました。



「貴様がこの領域の主か?私は聖国十二天騎士の一人、イーティアという。我が聖国の領土に悪しき魔物の領域を造った貴様を、十二天騎士の名にかけて撃ち滅ぼす!」



――あ~はいはい。かっこいいですよ。でも、普通にわたしが戦ってしまうと秒で殺してしまいそうなので、ここは実験も兼ねて穏便にお引き取り願いましょう。



 というわけで、わたしはイーティアさんのかっこいい宣言は無視して〈月神覇気〉を使用します。



 魔力的にはほんのちょっぴりだけのつもりだったのですが、スキルを使った瞬間にイーティアさんは両手両膝を地面についてしまいました。他の人は全員倒れて動けなくなっています。



「ぐっ!?こ、れは、なんて、いう、威圧、なん、だ!?」



「・・・ちょっと強すぎましたかね?これでもかなり抑えているのですが・・・。う~ん・・・?これくらいはどうでしょう?」



 わたしが更に細かく魔力を調整して威圧の力を半分ぐらいまで弱めると、地面に伏して動けなくなっていた人達が辛そうにしながらゆっくりした動きで体を持ち上げます。ですが、まだ完全に立つことは出来ないようで、辛うじて片足をついて跪く体勢になると顔を上げてわたしに向けてきました。イーティアさんも体勢を変えるのがやっとのようで、立つことは出来そうですが剣を杖代わりにしてプルプルしていて相当に辛いようです。



 全員の顔が恐怖に染まってわたしを見上げてきます。さっきまでの威勢は欠片も残りませんでしたね。



――便利なスキルですけど、やりすぎると威圧だけで人を殺せそうですね。後で威力調整の訓練をしておきましょうか。



「・・・さて、これならばお話も出来ますよね?」



 皆さんがこくこくと頷きます。というか、たぶん、まともに言葉も発せないのかもしれません。威圧、凄い、便利です。



「・・・では、これだけ言っておきます。わたしは人族と敵対したり、ここ以外の場所を侵略するつもりはありません。・・・ですが、貴方達が武器を持って襲ってくればこの限りではないです。・・・このことを聖国の偉い人とギルドの人に伝えておいてくださいね」



 また皆さんがこくこくと頷きました。これじゃあ会話ではなくて脅しているみたいですね。まぁ、話さえ通じればなんでも良いですけど。そこで、ふと閃いてもう一言付け加えておきます。



「・・・あとは、近いうちに聖都に居る偉い人に挨拶に行きましょうか。・・・領土の一部を勝手に使ってしまいましたからね。ご挨拶だけしておきます」



「そ、んな・・・」



 わたしがそう言うとイーティアさんが血の気が引いた顔で呟きました。別に襲いに行くわけでは無いのですから、そんな絶望した顔にならなくても良いじゃないですか。



「・・・では、さっさとこの領域から出ていって下さい。・・・今日は出来るだけ殺さないように配慮しましたが、次もそうなるとは思わないことです」



 わたしが〈月神覇気〉の威圧を解くと、皆さんが生まれたての小鹿のようにぷるぷるとしながら立ち上がって、そのままゆっくりと撤退していきました。威圧が消えたから体は自由なはずなのですけどね。精神的なものでしょうか?



 姿が見えなくなるまで見送ると、後ろで控えている弥生に先に家まで戻るよう指示を出します。卯月に〈思念伝達〉で様子を聞くと、無事に如月と合流して全員無力化したそうです。如月と卯月も家に戻るように指示を出します。



 残った2グループはそれぞれ聖樹の木の休憩所まで移動して休んでいたので、転移で飛んで威圧で動けなくしてから、さっきと同じ台詞を言って撤退させます。



 卯月が倒した2グループもけが人多数でしたが、死人は出ないで無事に領域から出られたようです。良かったですね、まだ魔物が繁殖していなくて。もし魔物が巣食っていたら貴方達絶対死人が出てましたよ?



 こうして、五十人いた人間達は死者ゼロでわたしの領域から出て帰って行きました。結果だけ見ると犠牲者ゼロでの大勝利みたいな感じですね。実際は手も足も出ないで逃げ帰っただけですけど。なんならば殺さないようにこちらが配慮しましたし。



 今回、卯月は特に頑張ったので後でいっぱい褒めてあげましょう。もちろん、弥生も如月もよく頑張ったでしょうで褒めてあげますけどね。眷族にはとても甘いですよ。褒めて伸ばしますから。




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