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50話 転生うさぎと侵入者

 月の領域が完成してから一週間が経ちました。激動のうさぎ生(?)を送って(つい)に手にいれたわたしと弥生達が安寧(あんねい)に暮らせる家です。なのですが、わたしの眷族達は領域を造った翌日から再びフェニさん達に拉致られてしまったので、わたしはひとり寂しく領域の細かい不具合を修正したり、一日お月見してまったりしたり、領域に住む動物達との親交を深めたりして生活しています。



 そんな日々を送り、今日は何をしようかと神社の縁側でお月見をしていると、突然妙な魔力の気配を感じました。この反応は・・・



――おや?領域の中に侵入者ですね。



 わたしが侵入を感知したということは、魔力を多く持った魔物か人族ですね。感知した気配はひとつなので、前者でしょうか?



 とりあえず、侵入者の居場所と正体を探るために、わたしは領域の核が安置されている神社っぽい建物の中へと入って行きます。



 今更言うことでもないのですが、月の領域はわたしが造り出した世界であり、常にわたしの魔力がこの世界に満ちています。なので、この世界の創世者であるわたしには、領域の管理をするために作った制御盤から直接領域にある魔力を干渉することで、この領域内であるならばどこであろうと中に住む生命体の姿や声を見聞きすることが出来ます。常に監視カメラが全ての場所に設置してあると言えばわかりやすいですかね。プライバシーなんてものはありません。過去の映像が見れないのが唯一の救いですかね。管理する側からしたら不便ですが。



 それに加えて〈全知の瞳〉をちゃんと使いこなせれば、制御盤経由で見るだけで鑑定も出来るのですけどね。今はまだ鑑定しようとすると、余計な情報がたくさん入ってきて頭が痛くなりますし、そのせいで必要な情報がまともに見れないなんてことがあるので出来ません。



 そんなことを考えながら核が安置されている部屋に辿り着くと、核の前にある制御盤の前まで移動して、うさぎの小さな手を当てました。ちなみに、神社の周囲には特殊な結界が張ってあります。わたしとわたしの眷族(つまり弥生(やよい)達ですね)以外がこの建物に入ることが出来なくなっています。まぁ、力ずくで入ろうとすれば出来ますけど、わたしと同じ神獣クラスの魔力量の魔力をぶつけないと壊れないくらい強固なのでとても大変です。



――毎回ここまで移動するのも面倒ですね。今度簡易のタブレットみたいな持ち運びできる制御盤を開発しましょうか。



 便利にするためならば地球の知識もしっかりと利用させてもらいます。っと、見付けました。例の侵入者ですね。予想を外して人族でした。こんな場所を人族がひとりで行動しているなんて珍しいですね。元々が聖樹の森というほぼ安全地帯というだけあって、人が来ることはほぼ無いのですが。まれに動物を狩りに来たりとか、薬草を取りに来る冒険者は居ますけど、大体複数人でパーティー組んでいますからね。近場の街からここまで来るのに魔物の襲撃もあるでしょうし。



「おいおい、ここは聖樹の森だよな?なんでここに領域があるんだよ?」



 声からすると男性でしょうか?黒いフード付きのロングコートに黒いズボン、顔はフードを目深にかぶっているのでよく見えません。ただの怪しい人ですね。おまわりさんこっちです。



 それは兎も角、恐らく気配遮断系のスキルを使っているからか、意識して見ないと見失いそうになるくらい気配が稀薄ですし姿もぼやけます。わたしに領域の侵入通告が来たということは、油断できる相手では無さそうです。



――これは、直接見に行かないとダメですね。



 直接出向いて〈全知の瞳〉を使った方が、ここで監視しているよりも手っ取り早いと思ったわたしは、転移魔法で侵入者の近くまで移動しました。



「――っ!!誰だ!って、うさぎ?」



「きゅい?」



 とりあえず、小首を傾げてか弱くてかわいいうさぎアピールをしておきます。そして、面と向かって確信を得ました。この人、聖人のようですね。まさかと思いますがまだ会っていないSランク冒険者さんですかね?



 黒フードの怪しい侵入者さんはフードの奥からじっとわたしを見詰めてきます。そして、おもむろに両手を上げました。



「降参だ。俺じゃあ、アンタには勝てない。言葉が通じるならば話をさせてもらえないか?」



(・・・おや?冒険者は魔物絶対殺すマンだと思っていたのですが?)



「なんだか独特な言い方だな。間違ってはいないが、明らかに無謀な戦いはしないのが冒険者だ。でないと早死にするからな」



――それもそうですね。



 わたしは耳を左右にゆらゆらと揺らしながらどうしようか考えます。ここでこの人を殺して魔力を増やす糧にしても良いのですけど、敵意の無い人を殺すのはちょっと躊躇(ためら)われますね。ここは、彼の言う通り話し合いにしますか。人間側の情報を得るチャンスでもありますし。



(・・・良いでしょう。では、わたしの住処まで案内してあげます。ついて来てください)



「ああ分かった」



 侵入者さんが頷いたのを確認したわたしは、ぴょんぴょんと跳ねるように森の中を移動します。まだ魔物が居ないので一直線に駆けてしまっても良いのですが、最短コースを覚えられるのは困るので、目印にもなっている淡い光を放つ聖樹をいくつも経由する寄り道コースで案内することにしました。ちなみに、聖樹が光っているのはわたしの想定外です。なんで製作者の意図しないことが起きているのでしょうね。不思議です。



「きゅいきゅい♪」



 聖樹に辿りつく度に何匹もの小動物達がわたしのところへ寄ってきます。最初はうさぎしか近寄ってこなかったのでしたが、今では鳥やリスなども群がるようになりました。わたしから言葉を伝えることは出来るのですが、わたしはこの子達が何を言っているのか分からないのですよね。



 侵入者さんは空気を呼んでか、少し遠くからこちらを眺めていました。なんなら気配も消しているので動物達には存在すら認識されていません。これがボッチの能力ですか。恐ろしいです。あまり待たせるのもあれなのでそろそろ行きますか。あ、わたしの上に乗らないでくださいね。あ、薬草ですか?ありがたく貰っておきますね。



――たぶん、わたしがこの領域の主だと理解しているから、ごまをすっているだけだと思うのですけどね。



 そんな穿ったようなことを考えつつ動物達と別れました。動物達とのやり取りをしていたせいで、わたしの暮らしている家がある大樹の広場まで着くのに少し時間が掛かってしまいました。



 広場に着いたわたしは、とりあえず土魔法でさくっとテーブルとイスを作って侵入者さんに座るよう促します。侵入者さんは物珍しそうにキョロキョロしながらも大人しくイスに座りました。さらにわたしはテーブルにお茶と団子のお月見セットを出して向かいの椅子に飛び移ると同時に人型になります。



「・・・遠慮せずにどうぞ。毒などは入っておりませんので」



「言葉もしっかり喋れるのか・・・。知られていないだけで古参の魔人なのか?ああ、あと、万が一毒があっても耐性があるから大丈夫だ」



 侵入者さんはそう言ってフードを下ろしました。黒い髪で濁った赤い色の瞳をしている以外は特徴のない顔をしています。男性のような女性のような中性的ではあるものの、どうにも印象に残りにくいというか、ちょっと不思議な感じですね。



「俺の名前はゼロ。本名では無いんだが、本当の名前はもうすでに失われているから分からん。Sランク冒険者で通り名は『死神のゼロ』だ。一応500年は生きている」



「・・・失われている?またよく分からない表現を使いますね」



「よく言われるよ。でも嘘じゃないんだ。俺が聖人になる時に悪魔のスキルが暴走して俺の存在を乗っ取ろうとしたんだが、その時に俺は自分の名前を犠牲にして存在を守ったんだ。誰もこの話を信じてはくれないがな」



 悪魔や天使のスキルは過去にこの世界にやってきた存在の魂の欠片ですからね。その魂の欠片が強い力を得たことでたまたま意識を取り戻したのならば、宿主を乗っ取ろうとした可能性はありますね。名前を犠牲にしたのは相変わらずよくわかりませんが。



「・・・そうですか、わたしは信じますよ。悪魔や天使のスキルには魂が宿っていますからね」



「魂?何の話だ?」



「・・・その前に、わたしの自己紹介をしましょう」



 彼は悪魔の存在に気付いているようですし、知っていても良いとは思いますが、こういうのは順番というものがありますからね。



「・・・わたしは月兎という種族のトワと言います。まだ正式ではありませんが、三体の神獣からは六体目の神獣としてここに領域を持つことを許可してもらっています。・・・あ、ちなみにここは月の領域という名前です」



 わたしが自己紹介をすると、ゼロさんはあんぐりと口を開けて呆然としています。目の前で手を振ってみますが反応がありません。どうやら固まってしまったようですね。再起動するまでお茶でも飲んでいますか。



 ずずずっとお茶を飲んでいると、意外と早く復活したゼロさんが、目をぱちぱちとさせてわたしを見た後、感情を落ち着かせるようにお茶をごくごくと一気に飲み干して深い溜息を吐きました。



「・・・少しは落ち着きましたか?」



「ああ・・・少し聞きたいんだが。ここに領域を造ってから長いのか?」



「・・・いえ。つい一週間前ぐらいですね」



「じゃあ、アンタ・・・いや、トワはかなり古くから生きている魔人なのか?言葉も流暢だし」



「・・・いえ。まだ生まれてから一年ぐらいですね」



――本当は一年経っていないですけどね。



 いよいよゼロさんは言葉を失ってしまったようで、再び固まってしまいました。仕方が無いので彼の頭の中の整理がつくまで待ちますか。ついでにお茶を足してあげましょう。



 その後、再度復活したゼロさんは、なんだか常識が~とか信じられん~とかぶつぶつ言ったあと、何かを諦めたようにふか~~~い溜息を吐いてお茶を一口飲みました。



「真偽はともかく、実力は確かに神獣クラスだとは思っている。以前に王国の南にある火山の頂上付近にある領域、『不死鳥の領域』で出会った神獣と似た気配を感じるからな」



「・・・南の領域というと、フェニさん・・・不死鳥のフェニックスですね。あの人は温厚で理知的な方なのですが、まさか戦ったことがあるのですか?」



「まさか、トワと出会った時と同じで出会ってすぐに戦う意志が無いことをアピールして降参したさ。あの領域内にある貴重な薬草を手に入れる依頼で、領域に入っても奥に行かない限りは滅多に神獣とは会わないと聞いていたから受けたんだ。領域に入ってすぐに会うなんて、たまたまタイミングが悪かったんだろうな。事情を説明したら快く薬草を提供してくれたよ」



――さすがフェニさん。侵入者を問答無用で殺さないで、事情を聞いてから素材を提供するなんて、やっぱり天使ですね。鳥ですけど。



「・・・それはフェニさんだから大丈夫だったのですよ。他の領域では躊躇(ちゅうちょ)なく襲われるでしょうから気を付けてくださいね」



「これでも隠密専門なんだがなぁ。やっぱり領域に入るとバレるのか・・・?」



――そうですよ。領域にバレない様に潜入するなんて不可能に近いですからね。



 心の中でそう呟きます。その気になれば、全ての生き物を対象に領域の出入りを監視することも出来ますからね。通知がしつこくてうるさいので、わたしの領域ではある程度魔力の多い生物に限定していますけどね。



「トワのことや、この領域のことは分かった。こうして神獣のことについて話を聞く機会なんて無いから、いろいろと聞きたいんだが構わないか?それに、さっきの天使と悪魔のスキルについても知りたいんだが」



「・・・良いでしょう。代わりと言ってはなんですが、今の人間界のことをいろいろと教えてください」



「もちろんだ。こう見えてもフリーのSランク冒険者としてあちこち飛び回っているからな。隠密が専門でもあるから持っている情報も多いぞ」



――フリーということは、セラさんと同じでどこの国にも属していない旅をしている冒険者ということですね。



 お互いの利害が一致したということで、凄く気になっているようなのでまずはわたしから話を始めます。神獣の存在についてとその役割、過去にあった異世界からやってきた悪魔と天使の存在。それがスキルとなってこの世界に留まっていることをかいつまんで説明しました。



「なんだか、突飛な話すぎていまいち想像が出来ないが・・・俺の体験からしても悪魔の存在は否定出来ないしな。こんなあからさまな嘘を吐くとも思えんし、全部本当のことなんだろうな」



 話を聞き終えたゼロさんは神妙な顔でそう呟きました。話をしたわたしが言うのもどうかと思いますが、よくそんなにすぐに信じられますね。もし逆の立場だったら間違いなく信じませんけどね。



「しかし、悪魔と天使のスキルのことはあまりおおっぴらに広めるのはマズイかもな。大抵こういうのは、天使や悪魔を信仰する狂信者共が現れて、意図的に復活させようと余計なことをする可能性があるからな」



「・・・確かにそうですね。信じる信じないは別として、もし万が一悪魔や天使を人族の誰かが復活させたら、災厄どころでは済まないかもしれませんよ。・・・最悪は神獣達による粛清が始まって、全ての人族ごと滅ぼされるでしょうね」



「それは本当に洒落(しゃれ)にならん。全ての神獣が同時に人族に攻撃を仕掛けてきたら、ひと月もしないで絶滅だろう」



――そういえば、春姫さん達『四季姫(しきがみ)』やエルフの王女であるエルさんとかはかなり長命ですけど、このことを知らないのでしょうか?直近でいつごろに神獣達の粛清があったのか分からないので、なんとも言えませんけど、なんとなく粛清のことは知っているような気がします。



 もし会う機会があった時にでも本人達から聞いてみましょうか。いつかはわたしの存在が彼女達の耳に入るでしょうからね。



「まさかこれだけ長生きしてから、こんな重要な話に首を突っ込むことになるなんて思いもよらなかったな。まぁ、知らないでいるよりはずっとマシだが」



「・・・元々神獣の領域は不可侵でしょうけど、わたし達の存在やその役割を正しく人間界に流してくださいね」



「悪魔や天使の話を除くなると、地脈に流れる魔力の管理ぐらいしか話せないな・・・。それに、神獣から話を聞いたなんて言っても誰も信じてくれないだろうなぁ」



「・・・厳密に言うと、まだわたしは神獣では無いですからね」



 フェニさん達からは大丈夫だと言われていますが、魔の森に領域のある巨獣さんと、北東にある山脈に領域がある古竜さんからも神獣として認められないとまだ正式な神獣とは名乗れませんからね。それに、人族側の神獣の基準はよく分からないですし。わたしが神獣を名乗っても、人族側からは『自称』になりそうで怖いですね。今は名実ともに自称ですけど。



 わたしをどういう扱いにするのか、わたしの情報をどこまで信じるのか後は人族側の話です。これ以上わたしから口を出す必要はないでしょう。



 さて、わたしの話は一通り話しましたし、次はゼロさんの話を聞く番ですね。わたしが催促するようにじっと見詰めていると、ゼロさんが目を逸らしてそわそわと挙動不審になりました。はて、どうしたのでしょう?わたしが首を傾げると、ゼロさんが視線を逸らしたまま言いにくそうに口を開きます。



「あ~なんだ。あんまりじっと見詰めないでくれ。トワほどの綺麗な女の子に見詰められるのは、さすがにちょっと照れる」



――あ~なるほど。わたしの容姿って結構良いんでしたね。『白の桔梗』の皆さんといたころは良い感じに美女たちに囲まれて紛れていましたけど、今はひとりなので少々目立つのかもしれません。というか、あの頃はまだ幼女でしたね。



 相手にわざわざ気を使わせる必要も無いので、ゼロさんからそれとなく視線を逸らして目を合わせないようにします。ゼロさんはお茶を飲んでから目を瞑り、一回だけ深く呼吸をして目を開けました。先ほどまでの挙動不審さが無くなり、真面目な雰囲気に戻ります。



 さすがSランク冒険者。長年生きているだけあって感情の切り替えが早いですね。でも、それくらい早く感情の切り替えが出来るならば、わたしの容姿なんかで動揺しないで欲しいのですが。



「それで?人間達の話が聞きたいってどんなことだ?情報通な自信はあるが、俺でも知らないことはあるから、過度な期待はしないでくれよ?」



「・・・そうですね。では、『白の桔梗』というパーティーの最近の行動についてご存知ですか?」



「『白の桔梗』ね。なんでトワが彼女達のことを知っていて、気にかけるのかは気になるが・・・。まあいいか。彼女達はギルドの中でもかなり有名なパーティーだから、かなり鮮度の高い情報が手に入りやすい。ま、尾ひれや背びれが付いているものもあるけどな。確実な情報では、この間まで魔国に滞在していて、つい数日前に帝国に入ったらしいぞ」



「・・・帝国ですか」



 わたしの予想では、ほぼ確実に変異種の発生、特に『紫の魔石』についてはほぼ黒に近いレベルで関係していると思うのですよね。セラさんも恐らくは同じふうに思っているでしょうし、面倒な事に巻き込まれていなければいいですけど。



――もうわたしには関係ないのですから、わざわざ心配する必要もないですか。



 ですが、何故だか嫌な予感がしてなりません。彼女達にもしものことが起きた時、わたしはどうするのでしょうか?どうしたいのでしょうか?その時になってみないといまいち想像が出来ません。



 頭を小さく横に振って雑念を振り払います。とりあえず、セラさん達のことは放っておきましょう。今のわたしが同行できませんし。わたしは他にもいくつかゼロさんに質問していきます。



 変異種の発生についての人族間ではどこまで情報が行き渡っているのか、各国の情勢、各ギルドの動き、それと、聖国について詳しく情報を聞いておきます。一応聖国の領土内にわたしの領域がありますからね。



 わたしの質問に対して、ゼロさんは様々な場所から知りえた情報の中でも精度の高い情報を答えつつ、自分の考えや推測を含めた上での多角的な視点からその情報をまとめて話してくれました。隠密系を得意とっしているだけあって情報収集のような依頼は多いのでしょうね。報告の仕方に慣れを感じます。



 一通りの情報交換が終わると、まったりお月見タイムの時間になります。この領域ではいつでもどこでもお月見できるのが良いですよね。



「しかし、本当に綺麗な場所だなぁ。神獣の領域でさえなければ観光地になって街でも出来そうなのに」



「・・・さすがに人族の街や村が出来るのは遠慮したいですね」



 わたしの領域内に人族が住み始めたら、悪さをしないか逐一監視しなければいけないじゃないですか。そんな面倒なのはごめんです。争い事とか面倒事も持ち込んで来そうですし、居着きそうになったら追い出します。



 そんなことを考えていると、ゼロさんがおもむろに口を開きました。



「そういえば、月の女神の話は知っているか?」



「・・・?」



 月の女神ってわたしのスキルのことでしょうか?わたしが何の事?と首を傾げると、ゼロさんが教えてくれました。なんでも、聖国にある聖典に書かれている女神の眷族らしく、元々は悪しきものから月を守るうさぎだったそうですが、後に月の女神として格上げされるらしいです。



 その時の月を守るうさぎというのが月兎という種族のうさぎだったと聖典には書かれているそうで・・・わたし、月兎ではありますが、別に女神様に会ったことなんて無いですし、月を守ったことも無いですし関係無いですよね?月の女神のスキルは持っていますけどね。ま、ただの偶然でしょう。



 そんな雑談も終えてお茶と茶菓子も無くなってきた頃、これからも定期的に情報交換をすることをゼロさんと約束して、お互いの魔力をしっかりと記憶します。これでわたしから〈思念伝達〉スキルを使って連絡することが出来るようになりました。何かあった時に人族側に通じる手段が出来ましたね。何故お互いなのかというと、ゼロさんがわたしの魔力を認識していないとわたしから通信が来たと分からないからです。



「便利なスキルだなあ。俺も覚えることが出来たら、トワに遠隔で話が出来るようになるのか」



「・・・わたしが拒否すれば出来ませんけどね。〈思念伝達〉は自力で覚えるのは大変だと思うので、頑張ってください」



「まぁどうせ殺されない限りは寿命は無いし、気長に頑張るさ」



 そろそろ別れの挨拶をという時でした。突然、すぐ近くから空間の干渉がおきます。わたしの領域内に干渉出来るということは、わたしの知り合いですが・・・神獣の誰かが来たのでしょうか?



 呑気なわたしとは違って、ゼロさんは一瞬で椅子から下りて転移場所から距離をとって身構えました。その動きたるや、今のわたしでも動いた気配さえ感じさせない無駄のない素晴らしいものでした。やはり、Sランク冒険者というのは油断なりませんね。隠密専門とは言いつつも、実力は人族の中でも特出しているでしょう。



 それぞれの反応をするわたし達の前に、長い黒髪の妖艶な女性と、短い白銀の髪と月のような金色の瞳をした幼い少年が現れました。オロチさんと如月(きさらぎ)ですね。



 如月は転移が終わった瞬間に、静かにかつ素早い動きで両手に持った二振りの小太刀をゼロさんに向けて振りかぶります。ゼロさんは小太刀による攻撃を危なげなく躱したあと、流れるように小太刀を手刀で弾き落としてから両手を拘束して地面に押さえつけました。



――如月も見違えるほど強くなったようですが、今回はさすがに相手が悪いですね。



 ゼロさんが如月に殺意を向けたら止めるつもりでしたが、拘束するだけにとどめてくれたようです。相手が子供だったからか、それとも見た目でわたしの関係者だとわかったからでしょうか?どちらにせよ、ぐっじょぶです。



「なんじゃ、さすがに聖人相手では相手が悪いのう。知り合いか、トワ?」



「・・・つい先ほど協力者になりました」



「この子どうすればいいんだ?解放していいのか?」



「・・・はい。・・・如月、その人は敵ではありませんよ」



 ゼロさんが如月を解放すると、如月はしょぼんとした様子でわたしのもとにやってきて抱き付きました。



「あるじ様、弱い如月でごめんなさい・・・」



――おや?如月も一人称が名前になっていますね?



「・・・如月は強くなっていますよ。焦る必要は無いのです。ゆっくり自分のペースで強くなってください」



「あるじ様~~!!」



 如月がわたしに顔をぐりぐりと押し付けてきます。感動して泣いている振りをしているようですが、顔がちょっと嬉しそうにしているのがバレバレですよ?



――わたしに抱き付いて何が嬉いんですかね?母性なんて無いと思うのですが・・・胸の話では無いですよ?



 卯月(うずき)は事あるごとに甘えてきますが、如月は恥ずかしがり屋なのか、こうして甘えてくることがあまりありません。こうして甘えてくる時くらいは満足するまで甘えさせてあげましょう。可愛いわたしの眷族ですからね。



「あんたも神獣か?」



「ふっふっふ。そうじゃ。東に領域を持つヤマタノオロチだ。よろしくの、人間」



 じゃれついている如月の相手をしていると、オロチさんとゼロさんの会話が聞こえてきました。



 私の協力者だと言ってありますし、揉めるようなことは無いと思いますが、フォローが出来るように聞いておきましょうかね。わたしの領域内で知り合い同士の殺し合いとか止めてくださいね?



「ヤマタノオロチか・・・一応ここの主であるトワからは許可を得ているが、あんたら他の神獣も襲ってこないという認識でいいんだよな?」



「お主がトワに敵対する行動を取らぬのならば何もせぬよ。しかし、こうして聖人に会えるのも久しいの。どうじゃ?稽古をつけてやろうかの?」



「いや、遠慮しておく。勢いあまって殺されでもしたら嫌だからな」



「それは残念だの。もし気が向いたらいつでも言うと良い。妾が鍛えれば我ら神獣と一対一で戦っても生き残れるくらいには強くしてやるぞ」



 そう言ってオロチさんが自信満々大きな胸を張りました。ゼロさんはほんの少し迷う素振りを見せましたが、知り合って間もない人(魔物)に鍛えてもらうのはさすがにリスクがあると判断したのか、「もし気が向いたらな」と改めて拒否しました。



 ちょっと残念そうに拗ねるオロチさんでしたが、体の向きを変えてわたしに抱き着いている如月に視線を移しました。



「そこそこ強くはなったと思うのだが、まだまだ妾の理想にはほど遠いの。明日また借りにくるから今日はゆっくり如月を休ませてやってくれるかの?」



「・・・ああ、わたしに飴役をやれということですね。・・・頼まれなくても如月はわたしの大事な眷族ですからね。しっかりと甘えさせて英気を養ってもらいますよ」



 本当はわたしが鍛えてあげるのが一番良いのですが、戦い方を教えたり、スキルを習得させたりするのはやったことが無いですし、眷族持ちで長生きの神獣の皆さんに効率よく鍛えて貰った方が如月達も早く強くなれるでしょうからね。以前も言っていましたが、これからは領域の守護もやってもらう以上、ある程度強くなってもらわなければ困りますからね。



 まぁそんなことよりも、わたしの眷族を育てることにやる気になっている皆さんの気をそぐのも申し訳ないですからね。お互いに満足するまで見守っていきましょう。



 もともとオロチさんは、わたしに如月を返しにきただけのようで、用事を終えたら転移でそのまま自分の領域に帰りました。去り際に「もう少し訓練メニューのレベルを上げるかの」と呟いたの聞こえて如月の顔が少しひきつりました。如月を鍛えるのはオロチさんに一任しているので、わたしは心の中で如月に向けてそっと合掌します。



 オロチさんも帰ったので、帰るタイミングを失っていたゼロさんも流れで帰ることになりました。お茶と茶菓子のお礼を言われて、改めて領域でもてなしてくれたことに感謝されます。



 そして、去り際にわたしに忠告をしてきました。



「近場にある聖国のギルドでここの領域についてと、神獣についての話はしておく。だけど、ここに領域持ちの魔人が居るという報告内容になってしまうから、恐らく大規模な討伐隊がやってくるだろう。トワの実力ならば問題ないだろうが、対策はしておいたほうがいい」



「・・・分かりました。・・・ところで、その人達は殺してしまっても問題ないですかね?」



「神獣の・・・いや、まだ魔人か・・・の領域に踏み込むんだ。死は覚悟の上だろうから、そこはトワ次第だな。俺の個人的な意見としては、今の変異種がわんさかいる情勢で大量の高ランク冒険者が死ぬのは困るから、出来るだけ殺さないで欲しいが」



「・・・そうですか。善処します」



 わたしの情報が流れれば、ゼロさんの言う通り間違いなく人族達がやって来るでしょうね。冒険者だけならば良いですが、ひょっとすると国も動くかもしれません。



――わたしひとりでも何とかなると思いますが、それまでに弥生達の強化にある程度目処をつけてもらいますか。



 眷族達の貴重な実戦経験になりますからね。殺すか殺さないかは、その時の雰囲気で決めましょう。



 こうして、わたしの領域が人族の世界に周知されることになりました。正確にはまだ聖国と冒険者ギルドのみですけどね。




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