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47話 転生うさぎと悪魔スキル

 わたしが神獣としての条件を満たす体になるための進化を果たしてから一週間が経ちました。



 最初の頃は新しい体の些細な違和感がどうにも気持ち悪くて苦労しましたが、弥生達とまったりと過ごしている内に徐々に慣れてきたみたいで、今では違和感も無くなり、以前とほぼ変わりない感覚で動かせるようになりました。



 今日はフェニさんが言っていた『話し合い』の日になりますので、そのうちいつものメンバーが集まって来るでしょう。では、パパっと準備しちゃいましょうか。



 というわけで、大きい円卓を魔法で作って、既にリビングに置いてあるテーブルと交換して設置して、椅子を四つ円卓に囲むように置いて準備完了です。弥生はお茶と軽食の準備、卯月と如月はその手伝いという名目で話し合いに同席します。



 わたし達が一通りの準備を終えて不備は無いか確認作業をしていると、外から空間が干渉されているを感知してわたしは入り口のドアを開けて外を確認します。これは転移とかの空間魔法を使った時に見られる現象ですね。同じ空間魔法を使っているとわかるようになります。



 そして、転移してやってきたのは、鮮やかな赤い髪の少女でした。転移が終わり、地面にトンっと軽快に着地すると、髪の後ろにある短いポニーテールがぴょんと動きに合わせて跳ねます。



「私の転移を感知したのね。お出迎えありがとう。他の二人もすぐに来ると思うわ」



 赤い髪の少女・・・神獣の一体、不死鳥と呼ばれているフェニさんはそう言って炎のように赤い瞳を細めてわたしに微笑みかけました。



――フェニさんは普通の美少女枠ですよね。こうして微笑まれてもドキドキするというよりは、癒されるというか安心するというか、ホッとする感じがします。



 わたしがこの世界に来てから何人もの女性と関わっていますが、そのほとんどがゲームのメインヒロインみたいな感じの容姿ばかりでした。セラさんは言うまでもなく、エルさんも相当な美人ですし、リンナさんも姉御的なカテゴリーで入れるかっこいい刑美人でしたし、クーリアさんは小さい系猫耳美少女でしたし。『白の桔梗』はその抜群の容姿の女性たちが集まったパーティーとしても有名でしたからね。セラさんやエルさんの顔を極近距離で見たらわたしだって照れますし。え?そんなことなかったですか?表情筋が動かないだけですよ。



 神獣組では、フェンリルさんはおっとり系の母性溢れる美人さんで、オロチさんは妖艶で妖しい感じが魅かれる美人です。フェニさんはその中でも整った顔立ちをしていますが、個性のないある意味普通な感じがする顔です。



 ゲーム風に言うならば、攻略不可能な学級委員長みたいな人でしょうか。立ち絵もあって声もあるのに攻略出来ないキャラって大体いますよね。そういうのに限って人気が出たりするのです。攻略出来ないというプレミアがつくからだと思いますけど。ちなみに、わたしはその手のゲームをやったことはありません。ただ、知識としてはあるので、誰か身近な人がやっていたのかもしれませんね。



 フェニさんは他の二人と比べても抜群に信頼できる人です。真面目で優しいですし、何よりも一番常識があります。常識は大事です。出会ってすぐに神獣になろうぜ!とか言いませんからね。その代わりに外堀を埋められて、か細い逃げ道をひとつだけ残して選択を迫られそうなちょっと怖い感じもしますけど。



「ぼ~っとしてどうしたの?まだ体に慣れていなくて調子が良くないのなら別の日にする?」



「・・・いえ、大丈夫ですよ。ちょっと考え事をしていただけです」



 とてもどうでもいいことを考えていたのに、フェニさんから心配そうな顔を向けられて少し罪悪感が芽生えましたが、わたしの顔に感情なんてものは無いので、いつもの無表情でなんでもないと頭を横に振りました。「それなら良いのだけど」とフェニさんがそっと頭を撫でてきます。なんというか、姉というのが居たらこんな感じなのでしょうか?いえ、たぶん、濃い繋がりがないからこその優しさなのかもしれませんね。



 そんなやり取りをしていると、再び空間が干渉を受けているのを感知します。わたしがフェニさんの背後を見るとちょうど空間が歪んで、真っ黒な長い髪の妖艶な女性が降り立ちました。地面に降りた瞬間に体の一部が揺れたのが分かってちょっとイラっとします。わたしだって揺れますよ。壁ではないですもん。うさぎなのでどうでもいい話ですけど!



「妾が最後かと思うたが、まだリルの奴が来てないのかえ?」



「・・・こんにちわ」



 わたしが挨拶をすると、黒髪の妖艶な女性・・・神獣の一体、怪蛇のオロチさんが金色の目を細めてわたしを見詰めて「その様子では、問題無いぐらいに安定したようじゃの」と呟きました。



――一見頼りになりそうな人なのですが、面倒事が苦手で、最終的に力押しで物事を進めるようなちょっと脳筋さんなんですよねぇ。



 血気盛んなところもあるみたいで、過去に何度も常秋の領域・・・秋姫さんにちょっかいを掛けていたことがあったそうです。何度もしつこくちょっかいを出していたら秋姫さんがキレて、単身で領域に乗り込んで暴れまわり、たった一日で、八体いるオロチさんの分身体の半分以上を殺されたことがあるらしいです。あの時はさすがに少し焦ったとかいつかの宴会の席で言っていましたね。



――本来の強さの八分の一とはいえ、一体だけでも他の魔物とは隔絶した強さを持つ神獣を殺しまわるなんて、公国の四季姫は恐ろしい限りです。



 今のわたしならば抵抗出来るでしょうけど、戦いたくはありません。絶対にSランク冒険者なんかよりも面倒そうな相手でしょうし、争いにならないことを心から祈りましょう。



 オロチさんと言えば、初めて会った時はまだ常識人な感じがしたのですけどねぇ。あのフェンリルさんととても仲の良くて、よくつるむ関係だと知った時点で察するべきでしたね。



「オロチ、リルはまだなの?」



「あやつの性格を考えると遅刻しそうだがの。この間は、時間は守らないことこそが正義だとかぬかしておったぞ」



「そう。ちょっとリルには『教育』が必要かしら?」



「・・・フェニさん、ちょっと怖いですよ?」



「あら、ふふ。トワは絶対にリルみたいになっちゃダメだからね。私がしっかりと面倒見てあげるから、リルみたいさせるつもりは全くないけど」



 フェニさんが『教育』という言葉を放った瞬間、周囲の温度が数度下がったようなひんやりとした空気を感じました。フェニさん本当に怖いです。絶対に怒らせないようにしなけばと今この場で心に刻みます。オロチさんも「リルのやつも懲りない奴じゃの」と余裕ぶっていますが、ちょっと冷や汗かいているのがわかります。これは、『教育』経験者ですね。『調教』済みともいいます。



「しかし、フェニがここまで贔屓にするとはの。ちょっと意外だの」



 オロチさんの呟きに何が?と聞こうとしたところで、再び空間の干渉が起こり、最後の一人である白藍色の髪の母性溢れる女性が現れました。ふわぁ~っと大きな口を開けてあくびをしながら、手を組んで上にあげて大きく伸びをします。その時にオロチさんと同じか、少し大きいものが強調されて思わず殺意が湧きました。



――わたしは全然成長しなかったのに!・・・いえ、間違えました。ちょっとは成長していますし、わたしはまだ成長期です。きっとこの後も望みがあります。・・・いえいえ、そもそも全然気にしてなんていませんし。うさぎですもん。



 わたしが思わず『それ』から目を逸らすように視線を下げて、自分でもよく分からない言い訳を心の中でしていると、白藍色の髪の女性・・・神獣の一体、神狼のフェンリルさんがのんびりした口調で話しかけてきました。



「みんな早いわねぇ~。私は昨日夜更かししちゃったからぁ~。眠くてぇ~」



「それはリルがいけないのでしょう?ほら、大事な話し合いなんだから、もう少しシャキッとして」



「・・・そもそも、わたし達に睡眠は必要ないでしょうに」



 わたしがぽつりと呟くと、フェンリルさんが頬をぷくっと膨らませて「酷いわぁ~。睡眠は最高の娯楽のひとつよぉ~」と抗議してきますが、睡眠が必要のない種族が娯楽で寝るのと、睡眠が必要な種族が三大欲求のひとつとして寝るのには大きな違いがあると思いますけどね。絡まれたら面倒なのでこれ以上は追及しませんけど。



「それにしてもぉ~とても悪寒がしたから少し早めに来たんだけどぉ~。何か話していたのかしらぁ~?」



「おぬしの領域は吹雪の吹き荒れる雪原だからの。たまたまじゃないか?」



「私は普段からそこに住んでいるのよぉ~?そんなことで悪寒なんて・・・」



「リル?後で時間を守ることの大切さについて『教育』します。話し合いが終わったら少し二人きりになりましょうか?」



「あ、今悪寒の正体がわかったわぁ~・・・」



 フェンリルさんの肩に手を置いたフェニさんがとても丁寧な口調で耳元に囁くと、フェンリルさんが青ざめた顔でそう呟きました。わたしは心の中でそっと両手を合わせます。せめて素直に『教育』とやらを受けることを祈りましょう。抵抗したら焼かれそうですからね。魂ごと。



 そんな集まった三人を家に招き入れて、皆さんを円卓に囲むようにして設置した椅子に座ってもらいます。わたしの正面にフェニさん、斜め右にフェンリルさん、その向かいにオロチさんの席順になりました。



――こうして改めて見ると、凄いメンバーなんですよね。



 神狼フェンリル、怪蛇ヤマタノオロチ、不死鳥フェニックス。



 いずれも人間界では神獣と恐れられ、一部では信仰もされている有名な魔物(魔人)ですからね。まさかこんなに深く自分が関わることになるなんて思いもしませんでした。世界に五体居るとされる神獣の半分以上がこの場にいるということになります。改めてそれを実感するととても驚くべき光景ですね。今後はわたしもこちら側になるわけなので、慣れなければいけませんけど。



 ちなみに、神狼、怪蛇、不死鳥と名がついていますが、きちんと元になっている種族の魔物がいます。それぞれ、フェンリルさんは雪白狼(スノーホワイトウルフ)。オロチさんは白大蛇(アスクレピオス)。フェニさんが炎鳥(フレイムバード)です。意外なのがオロチさんですね。アスクレピオスというと治癒の力を持つ希少な魔物だと前に読んだ本に書いてありました。何がどう間違ってこのような進化をしたのでしょう。



 わたしが席に着いた面々を見回しながら考えに耽っていると、フェニさんがこほんと咳払いして注目を集めました。やはり、司会進行役はフェニさんですよね。というか、他に務まる人が居ません。わたし?わたしに司会進行が出来るとでも?そんな面倒なことやりませんよ。わたしはわたしで面倒くさがりですからね。オロチさんほど考え無しではありませんけど。ありませんよね?



「さてそれでは、今日改めて集まったのはトワのこの間の進化についての確認と、話が早く終わればそのまま私達神獣と同じ領域の作り方を教えるところまで話を進めたいと思うわ。何か質問はある?」



 フェニさんが確認するようにひとりひとりを目を合わせるように視線を動かすと、わたしを含め、全員が無言のまま問題無いと頷きます。全員が頷いたのを確認したフェニさんは動かしていた視線をわたしで止めました。炎のように赤い瞳が真剣な眼差しでわたしを見据えます。



「まずはトワに、単刀直入に聞くわね。・・・『悪魔』と関わりはあるの?」



「・・・?悪魔ですか?心当たりはありませんけど?」



 悪魔と言われると、天使系スキルと相対する悪魔系スキルのことしか思いつきませんね。



 セラさんも持っていた天使系スキルは魔力の浄化能力に秀でたエクストラスキルあるいは固有(ユニーク)スキルのことですが、悪魔系スキルとはこれとは逆で、魔力の活性化能力に秀でたスキルです。



 まだ一度も持っている人に会ったことがのないので、本で読んだ知識なのですが、干渉した魔力を活性化させて強化あるいは変質させる能力、〈魔力活性化〉というスキルを持っているらしいです。魔法をより多様性のある使い方が出来るようになったり、単純に魔力体に干渉して浄化の力に抵抗力を持たせたりと、天使の浄化のような力で強引に消し去るようなスキルとは違って、いろんな使い方の出来る技巧タイプのスキルですね。



 天使系もそうですが、悪魔系スキルにも上位の名前付きと呼ばれる固有スキルが存在して、天使系よりも特殊な能力を持っていることが多いそうです。・・・悪魔の方が小賢しい性格だからでしょうかね?偏見ですか。



 ああそれと、理由は解明されていませんが、天使系スキルは女性が多く、悪魔系スキルは男性が持っていることが多いそうですよ。比率で言ったら九対一ぐらい明確に差があるようです。



――そういえば、あのコンゴウという名前のSランク冒険者は浄化スキル使っていましたね。天使の浄化に似ていたのでひょっとしたら男性で天使スキルを持っていた稀有な人だったのかもしれませんね。



 まぁ、浄化も活性化も、近い能力を持つスキルや術がありますからね。一概に天使スキル持ちだとも言えませんけど。一例としては、公国の陰陽術や神術には浄化能力を持つ術があるそうです。秋姫さんの神社に張ってあった結界がいい例ですね。



 話が逸れてしまいましたが、フェニさんが言っていたような悪魔と関係があるようなものは、少なくともわたし自身には全く心当たりがありません。悪魔スキルも持っていないですし。



 フェニさんも、わたしの顔をじっと見て真偽を確認していましたが、本当に心当たりが無さそうだと分かったのか、少し雰囲気が柔らかくなりました。無表情のわたしを見て真偽が分かるかのかと小一時間くらい聞いてみたいですけどね。とりあえず、濡れ衣は着せられないようで良かったです。



「その様子だと、本当に心当たりは無いようね。・・・となると、どこかで意図せずに取り込んでしまったことになるわね」



「・・・どういうことです?」



――わたしにも分かるように説明して欲しいですね。



 わたしの心の声が通じたのかは分かりませんが、フェンリルさんがいつもの口調で話し始めました。



「むかしの~私達が世界の管理の一端を担っている原因となったこと話したと思うけどぉ~。覚えているかしらぁ~?」



――え~と、たしか。



「・・・異世界への門ですか?」



「そうじゃ。愚かな人族共が、よりにもよって世界を維持するエネルギーを大量に使って異世界への門を開いた。それによって、異世界から沢山の異物がこの世界にやって来おった」



「技術や知識、物、生物、本当に様々な物がこの世界に流入したわ。この中でも特に厄介だったのが、『天使』と『悪魔』と呼ばれていた異世界の住人達よ」



『天使』と『悪魔』ですか。先ほどの質問は、スキルについてでは無くて、まさしく『悪魔』という生物と関わりがあるのかどうかを聞いていたのですね。余計に心当たりがありませんけどね。



「今この世界に存在する天使スキルと悪魔スキルと呼ばれているものは、もともとこの世界に入って来た者達を私達が蹂躙した後に出てきたもので、ずっとずっと昔には存在しなかったものなの。しかも厄介なことに、この世界の輪廻転生が中途半端に働いてしまって、完全に消滅しない魂の欠片のようなものになって残ってしまった。一部の適正ある人族の魂にその欠片が入り込むことでスキルという形でこの世界に顕現しているの」



「まぁ~所詮は『欠片』だからぁ~。意思のようなものはほとんど無いし~。ただのスキルという力だと思えば妥協も出来るからねぇ~。スキル持ちを毎回探し出して殺すのも大変だからぁ~。放置しているのよねぇ~」



「一部の名前付きの上位の者共のスキルは、持っているだけで聖人化させるほどの強さを持っておるがの。有名な奴で言うと、特に『熾天使セラフィム』と『堕天使ルシファー』は別格じゃった。あの当時では龍種とウロボロスが手を組んでようやく倒したぐらいじゃったからな」



 ウロボロスというのは『古龍の領域』の主ですね。まだ会っていない神獣のひとりです。しかし、天使スキルと悪魔スキルにそんな裏話があったのですね。これは人間界では知りえない、神獣達と関わって初めて知ることが出来る情報です。非常に驚きました。



「特に『堕天使』は異常な強さだったわね。軍勢的には悪魔の最高位の存在らしかったのだけど、天使の能力も有していたからね。私はどっちとも戦ったことがあったけれど、『堕天使』とは勝負にもならなかったわ」



「お主は死ぬことはないから生き残ることが出来たのだろうがの、妾はあの時の戦いに巻き込まれて本気で消滅寸前だったのじゃぞ」



「話が逸れてきたわね。元に戻しましょうか。・・・こほん。遥か昔にこの世界にやってきた異世界の存在なのだけど、実は様々な形でその痕跡を残しているわ」



「その痕跡というのは~遺跡から見つかる物に紛れ込んでいることが多いわぁ~。過去に何回かぁ~その痕跡を分析した人族が~悪魔や天使本体を復活させたりぃ~、あの時よりは小さいけれどぉ~異世界への門を開いたりしたことがあるのよぉ~」



「そういったことが起きた時は、私達神獣がいち早く動いて対処しきたわ。人族の営みを丸々破壊することで後世に技術として残らないように、ね」



 度々宴会でフェンリルさんとオロチさんが話していた物騒な話はこの辺りの話になるのでしょうか。後世に技術が残らないように・・・つまりは、その場に存在する人はもちろんのこと、建物や物など全てを破壊したということですね。



「・・・異世界の危険な存在については分かりましたが、それと今回のわたしの進化とどんな関係があるのですか?」



――こんな話を長々と聞かされて、なんとなく察しは付きましたが、一応はっきりと聞いておきましょうか。



 わたしの質問にフェニさんが口を開きます。



「さすがに、トワは賢いからそろそろ分かってきたと思うのだけど。トワの進化中に貴女から悪魔の気配がしたのよ。そして実際に、トワの体には()()()()()()()()()()()()()()が入っているわ」



 今フェニさんが言ったことが、わたしの進化中に起きた異変というか、問題だったのでしょうね



「・・・だからわたしが、悪魔と何か関係があるのではないかと考えたのですね」



「そういうこと。ここまで話をした上で改めて聞いてみるけれど、何か悪魔と関わった記憶はないかしら?」



「・・・ふぅむ」



――実はさっきの会話でひとつだけ気になることがあったのですよね。



 フェンリルさんが言っていた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのを聞いて、ひとつだけ可能性のあるものが頭に浮かびました。



 そう、以前にセラさんに買ってもらった正体不明の指輪です。ネックレスにして首に掛けていたのですが、いつの間にか無くなっていました。あれはたしか、王国にある大きな魔術具屋のお店の中にある、古代の魔術具のブースにあったものです。どこから手に入れたかまでは不明ですが、魔法オタクのクーリアさんでさえどんな効力があるか全く分からなかったものでした。



 わたしがその指輪について、手に入れた経緯といつの間にか無くなっていたことを皆さんに報告します。フェニさんが顎に手を当てて考えるように視線を下げました。



「確かに、その指輪が悪魔と関係している可能性が高いわね。でも、物が無いんじゃ確かめようが無いわ」



「案外~取り込んじゃったんじゃないのかしらぁ~。トワちゃんの体の中に悪魔の気配がしたのも確かだしぃ~」



「ふむぅ。取り込んだ・・・か。悪魔が封じられているほどの指輪を取り込むほどの魔力なんぞ、相当じゃぞ?それに、取り込んだとしても、中の魔力が拒否反応を起こして死んでしまうだろうに」



「・・・・・・」



「トワ?何か心当たりがあるような顔をしているわね?」



――だから、わたしは表情筋が何故かうまく動かせないので表情が変えられないのですよ!何で分かるのですか!?



 内心そう叫びつつも、実は本当に心当たりがありました。わたしはひとつ溜息を吐いてから説明します。



「・・・あくまで仮説ですが、わたしは以前にSランク冒険者達から命からがら逃げた時に、わたしの体内の魔力を全て使って強力な魔力爆発を起こしました。・・・その魔力爆発に使った魔力を指輪が吸収して一瞬で取り込めるほどに魔力で染め上げられてしまいそのまま体内に取り込んでしまって、体の中に魔力がほぼ無かったので、取り込んだ後も拒否反応が起こらなかった・・・のではないかと」



「そして、体に魔力がほぼ無かった頃にその指輪の中の悪魔が覚醒して、魔力と干渉しないようにした可能性はあるわね。・・・というより、トワ、もうそんな危険なことはしないでね。今の魔力量でそれをやったら大陸に穴が空くわよ」



――わたしだって、あんな命がけの自爆なんて二度とやりたくないですよ。あの時だって非常時だっただけです。



「そうなるとぉ~、なんでその時にトワちゃんを餌にして復活しようとしなかったのかしらぁ~?意識を奪って体を奪うことだって出来たはずなのにねぇ~」



「・・・怖いことを言わないでくださいよ」



 でも実際、フェンリルさんが言ったみたいなことは可能性としてありえたのですよね。わたしは思わず自分の体を守るように両腕で体を抱きしめました。弥生がそんなわたしの前にお茶を用意してくれて、卯月と如月が心配そうに傍にすり寄ってきます。



「力を付けてから奪うのならば、この間の進化の時が絶好の機会だったのだけど、悪魔の目的が謎ね・・・意識が覚醒していない・・・わけないわよね。この間の反応は確かに意思を感じたもの」



「自らの意思で、力を分けているような感じじゃったな。信に不思議だの」



「私の鑑定で見える範囲ではぁ~特におかしいところは無いのだけどねぇ~」



 寄ってきた双子の頭を撫でてから遠ざけて、弥生の用意してくれたお茶を一口飲んで心を落ち着かせながら三人の話を聞いていると、ふと今までやっていなかったことを思い出しました。



「・・・あ、そういえば、進化した後のスキルを確認していませんでしたね」



 思わずポツリと呟くと、全員の視線がわたしに集中しました。



「スキルの確認してなかったのぉ~?」



「うっかりしすぎであろう」



「ふふふ。なら今ここで確認してもらいましょうか。・・・〈鑑定〉スキルは持っているのよね?」



 フェニさん達に呆れたような目と微笑ましい視線がそれぞれわたしに向けられて、〈鑑定〉スキルがあるか問われましたが、わたしは関係性が分からなくてこてりと首を傾げます。



「・・・〈鑑定〉スキルは確かに持っていますが、自分のスキルを見ることと関係があるのですか?」



「関係って、おぬし、〈鑑定〉スキルのレベルが5無ければスキルの確認なぞ出来んじゃろうて。・・・ん?待てよ?おぬし確か、妾達と会ってから〈鑑定〉スキルを覚えた筈じゃからまだレベルも上がっておらんな。これまではどうしていたのかえ?」



――〈鑑定〉スキルって自分のスキルの確認でも使うのですね。



 考えてみれば、わたしの持っているギルドカードも、『わたしを対象にして鑑定している』というものなので、少し考えればすぐに思い付きそうなものでした。



 もっとよくスキルについて勉強するべきだったと少し後悔しながら、わたしは収納から冒険者の証であり、人間界での身分証でもある冒険者キルドカードを取り出しました。わたしの手に持つカードに皆さんの視線が移ります。このタイミングで弥生がそっとテーブルにある全員分のお茶を注ぎ足して回り始めました。



「んん~?それってたしか~?ぎるどかーどっていう人族の冒険者が使っている身分証よねぇ~?・・・ふぅ~ん。それには『自身を対象とした〈鑑定〉スキルレベル5の能力』が付与されているみたいねぇ~。へぇ~気が付かなかったわぁ~」



「なるほど、私達が昔滅ぼした国にそのような鑑定の道具がありましたね。それがたまたま残って発掘されて今の人族達に利用されているということですか」



「それがあれば鑑定スキルが無くても自分のスキルを見ることが出来るのかえ?随分と便利なものじゃのう」



「・・・とりあえず、見てみますね」



 三人がそれぞれ反応しているのを横目に見つつ、わたしは自分にしか見えない様に設定してある冒険者ギルドカードのスキル部分に目を通しました。



【コモンスキル】


〈原初魔法レベル7〉〈潜伏レベル1〉〈精密索敵レベル5〉

〈神足レベル2〉〈空間跳躍レベル1〉〈魔力自動回復レベル6〉

〈料理レベル4〉〈舞操術レベル1〉〈体術レベル6〉

〈柔術レベル4〉〈投擲レベル6〉〈痛覚遮断レベル1〉

〈武具生成レベル1〉


【エクストラスキル】


〈人体変化〉〈魔力返還〉〈聖魔混成体〉

〈魔力感知〉〈魔力眼〉〈魔力物質化〉

〈魔力操作〉〈並列思考〉〈念話〉

〈思念伝達〉


【ユニークスキル】


〈異世界からの来訪者〉〈月の女神〉〈全知の悪魔の加護〉



――ほうほう。ふむふむ。なんじゃこりゃ。



 おっと、思わずキャラがぶれてしまいましたね。こんな馬鹿なことをしたくなるくらい驚いたというのが伝わってくれると嬉しいです。表情に出ませんからね、わたし。



 悪魔なんて心当たりないと思っていたら、持っていましたよ悪魔スキル。どういうことですか?進化の時にフェニさん達が気付いたという悪魔の気配と関係あるのでしょうか?あるのでしょうね。それ以外考えられないですし。



 わたしが冒険者ギルドカードをぽんっとテーブルの上に投げ捨てて、天井を仰ぎ見ながら遠い目をしていると、明らかに様子がおかしくなったわたしを見てフェニさんが躊躇いがちに声を掛けてきました。



「えぇ~っと・・・私達も見て構わないかしら?」



「・・・あ~~~どうぞ。自由に見てください」



 今のわたしの冒険者ギルドカードは、スキル欄が他の人にも見えるようになっているはずです。わたしは天井を仰ぎ見ながら手をひらひらと振って年長者に意見を委ねました。わたしの冒険者ギルドカードを見た神獣達の反応は以下になります。



「おおぅ。これはまた強烈ねぇ~」



「神の名のスキルを持っておるではないか。カカッ!神獣になれとは言ったが、本当に神格を持つとはのう!びっくりしたわ!」



「〈全知の悪魔〉・・・聞いたことが無い悪魔ね。ユニーク欄にあるってことは名前付きの強力な個体のはずなのだけど・・・」



 フェンリルさんは特異なスキルの多さに苦笑して、オロチさんは〈月の女神〉を見て面白いと言いながら笑い始め、フェニさんは悪魔のスキルを見てぶつぶつと呟き始めました。



 わたしは現実逃避を止めて体勢を戻すと、お茶を一口飲んでから冒険者ギルドカードを返してもらいます。



「・・・それで?何か言いたいことはありますか?」



「そうね・・・。とりあえず、スキルとして加護を受けているならば、悪魔に体を乗っ取られる心配は無いと思うわ。自身の要とも言える固有能力を与えた時点で、トワを餌に復活するのは不可能に近いからね。なんでその悪魔に加護を貰えるほどの関係になったのかは謎だけど」



「それにの、最上位の力を持つ神の固有スキルがある限り、お主の心が乗っ取られる心配はないであろうな。だがの、何かで酷く弱った時とかに体を奪われる危険があるのは変わらないぞ。何かしら対策しておくのが無難じゃの」



「そうねぇ~。後は、トワちゃんの〈異世界からの来訪者〉ねぇ~。まさかトワちゃんが異世界からやってきた者だとは思わなかったわぁ~。どうしようかしらぁ~?」



「・・・信じて貰えるかは分かりませんが、皆さんに殺されるようなことにならないように、説明しておきましょうか」



 というわけで、わたしは改めて、前世・・・この世界とは違う場所で人間として生きていた記憶があり、ふと気づいたらこの世界のうさぎとして意識が覚醒したのだと説明しました。そして、異世界の記憶はあるけれど、自分自身に関する記憶はとても曖昧であることも伝えます。



「なるほどね。そういうことならば問題無いでしょう」



「・・・無いのですか?」



 フェニさんが納得したように頷きながら問題無いと言うのを、わたしは疑うように問います。すると、フェニさんは安心させるような微笑みをしてわたしの問いに答えました。



「ええ。問題無いわ。死んだ人の魂がたまたまその世界の転生の枠から外れて違う世界に行くことはたまにあるもの。その時に、違う世界に来たことによって新しい輪廻が正しく行われなくなり、記憶を持ったまま生まれ変わることもあるわ。そして、トワが異世界人だと自身を認識したことで、スキルとして発現したと思うの。だから、全く問題無いわ。安心して。〈輪廻転生〉の力を持つ私が味方してあげる」



「・・・フェニさんが味方になってくれるならば、心強いですね」



「私もぉ~トワちゃんの味方よぉ~」



「カカッ、妾もだぞ?あの二人が因縁付けてきたらすぐに相談に来い」



「・・・ああはい。二人も頼りにしていますよ」



「なんかぁ~私達の時だけ感情がこもっていない気がするわぁ~」



「そんなことをされると、むしろ他の奴らを煽ってやるぞい」



――そういうところですよ?わたしが頼りたいと思えなくなるのは。



 わたしが両方からのジト目から逃げるようにふいっと顔を逸らすと、フェニさんがそんなわたし達の様子を見てクスクスと笑いだします。ところで、わたしには自分が死んだ記憶もないのですけどね。しかし、フェニさんがわたしのことを生まれたばかりのような魂だと言っていたということは、前の世界のわたしは死んだのでしょう。別に、予想はしていたので驚きはありませんけど。



 一通りクスクスと笑って満足したのか、今度はフェニさんが真剣な表情になってわたしを正面に見据えました。雰囲気が変わったのを察して、わたしも居住まいを正します。



「トワは今回の進化で非常に大きい力を得たわ。当初の私達の予想を大きく上回る形でね。だからこそ注意して。その力に(おご)り、呑まれて暴走させたりした場合は、対抗できる力として私達が貴女を止めることになるでしょう。だから、きちんと自分の力と向き合って、正しくその力を使いこなして。トワならきっと出来るから」



 フェニさんの燃えるような赤い瞳が真剣にわたしを見詰めて、一字一句しっかりと言い聞かせるようにそう言いました。わたしもその思いに応えるために、しっかりとその瞳を見つめ返して答えます。



「・・・わたしは、わたしの『居場所』を探してこの世界で生きるだけです。安心してください」



 わたしの回答にフェニさんは何を思ったのか、しばらくじっとわたしを見詰めてから一度目を伏せると、表情を和らげてどこか困った子を見るような目になってもう一度わたしを見ました。



「そう。・・・それじゃあ、神獣の領域の作り方と管理の仕方を教えるわ。今日はトワには自分のスキルの確認をして欲しいから、領域を造るための準備はまた日を置いてからにしましょう。・・・この領域が貴女の『居場所』になるといいね」



 最後は優しい声音でフェニさんが小声で囁きました。気付けば、フェンリルさんもオロチさんもなんとも言えないような顔でわたしを見ています。



 そんな三人の様子にわたしは首を傾げますが、原因はさっぱり分からないので気にしないことにします。



 それからは、フェニさんから神獣の領域の創りかたや、細かい注意点などの説明を受けた後はフェンリルさん達も宴会などとごねずに解散になりました。正確にはフェニさんが「それじゃあ、話は終わったから、リルの『教育』をしようかな」と言ってフェンリルさんを引きずっていったのでそのまま流れ解散になっただけですけどね。フェンリルさん、頑張って生き残ってください。なむなむ。




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