46話 転生うさぎと神獣への進化
わたしの神獣への進化は、聖樹の大木の前の広場で行うことになりました。
大木を中心に、周囲にオロチさんが領域を造ります。更に大木の前の広場にわたしを中心として、フェンリルさんが作った魔力を封じ込める結界が張られました。更に更に、わたしが完全な眠りにつけるように作った繭のような異空間を結界の中にフェニさんが作りました。最後の異空間だけはわたしにもよくわからないものです。
フェニさん達と弥生達は共に領域内の結界前で待機することになりました。現在のわたしは人の姿で結界内の異空間の入り口にいます。空間が入り口のようになっていて、中は光の無い真っ暗な空間のように見えます。ここに入るのですか。寝るだけとはいえ、ちょっと怖いですね。
「万が一、進化に失敗して妾達が戦闘になるようなことになっても、この領域内であれば周囲に影響は出ないはずじゃ。安心せい」
「うふふ~。私の結界で少なくても消滅するような事態にはならないからぁ~。安心してねぇ~?」
「私の〈輪廻転生〉で、トワの魂を異空間の中に閉じ込めておくから、自我が消えることも無いと思うわ。神獣がこれだけお膳立てしたんだもの、気を楽にして行ってきなさいな」
――なんというか、フェニさんの言葉が一番安心出来ますね。
この数日間で、フェニさんがいかに頼れる存在かを認識したわたしは、フェニさんの言葉に強く頷きました。フェニさんは、おっとり鬼畜系放浪神狼と面倒臭がりな直情型酒好き怪蛇の二人を上手く手綱を握って働かせることが出来るとても貴重な存在です。わたしにはとても優しいですし、これからも仲良くしたいですね。
もちろんフェンリルさんやオロチさんもなんやかんやと言いつつ、時にはフェニさんに焼かれながらも、しっかりとわたしの為に準備してくれたことに感謝していますので、素直に全員に向けてお礼を言います。
「・・・ありがとうございます。・・・信じてはいますが、万が一があったら、弥生達をお願いします」
「なぁ~んか、私とオロチに対してだけ感情が薄い気がするわぁ~」
――鋭いですね。でも自業自得だと思います。
「・・・では、行って来ます」
フェンリルさんのジト目を無視して、わたしはフェニさんが作ってくれた空間の中へと入りました。
空間の中に入った瞬間、一寸先も闇の真っ暗な世界が広がりました。やっぱり、光の無い世界というのは本能的な恐怖を感じますね。さっさと眠りにつきましょうか。
その空間の中で、指示通りまだ取り込まないでいたSランク冒険者で聖人だったコンゴウの心臓を取り出すと、いつの間にか魔物の魔石のようになっていました。なぜでしょうね?まぁ、取り込めるならばなんでもいいですけど。わたしはそれを魔法で粉々にして一気に飲み込みました。
するとすぐに急激な眠気に襲われて、そのままわたしの意識は深い深い眠りにつきました。
* * * * * *
どれだけ眠っていたでしょうか。突然、闇の中でわたしの意識が覚醒しました。
周りを見渡してみても真っ暗で何も見えませんでしたが、『何か』がわたしの目の前に居るのは分かりました。
「・・・ここは?進化は無事に終わったのですか?」
「アルジ、もっと強くなりたいの?なりたいんだね?」
「・・・はい?」
どこかで聞いたことがあるような気がする、男の子のような女の子のような、性別が曖昧で、機械のように抑揚の無い声が、『何か』から発せられました。
「・・・貴方は、何です?」
「ボクは、ワタシは、今はアルジの中にいるよ。いるんだよ」
よく分かりませんが、この『何か』は、少なくともわたしに敵意が無いのだけは分かりました。弥生達と同じような感覚ですが、眷属という感じでもない気がします。
「・・・まぁ、貴方のことは良いでしょう。・・・それよりも、わたしの今の状態はどうなっているのか分かりますか?ここは何処です?」
「ここはアルジのココロの中。タマシイの中。アルジの体は魔物と動物と聖人と人間と聖樹とが混ざり合って、溶け合って、もう一度作られているよ。作られているの。不死鳥がアルジをここにとどめているおかげで、ここは安全だよ。安全なんだよ」
彼(彼女?)の言葉が本当ならば、わたしの意識だけがこの闇の中に居て、体はまだ制作中のようです。
――何故意識だけ覚醒したのでしょうか?この変なのに聞けば分かりますかね?
わたしが彼女(彼?)に聞いてみようと口を開きかけた時、彼(彼女?)が先に言葉を発しました。
「今のアルジならば大丈夫そうだね。大丈夫だね。だから、ワタシの、ボクの力もあげるよ。あげるね」
「・・・はい?力って何ですか?貴方は一体・・・!?」
わたしが訳もわからずに問いただそうとすると、その前に強力な魔力・・・いえ、似ているけれども違うものがこの空間に満たされたのを感じました。
尋常じゃない違和感に、吐きそうなくらい気持ち悪くなっていると、彼(彼女?)の声が再び聞こえますが、気持ち悪くて意識が朦朧としているせいか、よく聞き取れません。
「こ・・ワタシの・、クの『ラ・・ス』の力・・。・なの。・・世界・・物である・・ジならば、す・に馴・・から、少しだけ眠・・・・ね。眠るん・・。後はワタシに、ボク・・せて・。任せるの」
その声が聞こえなくなると同時に、再びわたしは深い深い眠りの中に落ちて行きました。
* * * * * *
――どれくらい経ったのでしょうか?
わたしが目を開けると、まだ真っ暗な空間がその場にありました。何故だかこの空間がとても窮屈に感じたわたしは、そういえば脱出の仕方を教えてもらっていないことに気が付きました。
仕方が無いのでこの空間に魔法で穴を空けようとしましたが、魔力が思っていた以上にあふれ出てしまい、空間がその魔力に耐え切れずに爆発しました。
――心臓に悪かったですけど、無傷のようですね。あんな初歩的な魔法のミスなんて随分久しぶりにやりましたよ。新しい体に慣れていないからでしょうか?
とりあえずは閉じ込められていた空間に無事に脱出すると、まず視界に入ったのは宵闇の空に煌めく満点の星空と、宵闇の夜に光を照らす大きな満月でした。
今更のようにいくつかの気配を感じてわたしが振り向くと、呆然としたような顔のオロチさんと唖然としたような顔のフェンリルさん、わたしが無事だと分かりほっとしたような顔の弥生達、そして、とても険しい顔をしたフェニさんがそれぞれわたしを見詰めていました。
わたしはいつものように、こてりと首を傾げます。弥生達の反応は予想通りですが、フェンリルさん達の反応はなんだか嫌な感じがしますね。わたし、進化に失敗したのでしょうか?
「・・・あの。わたし、ちゃんと進化出来ていますよね?」
わたしがそう聞くと、フェニさんが深い溜息を吐いて、前髪をかきあげてから再びわたしに燃えるような赤い瞳を向けると、先ほどまでの険しい表情が嘘のように穏やかな微笑を浮かべました。
「ええ大丈夫みたい。トワの魂に大きな変化は無いようだし、体の再構築も特に問題なさそうね。少しだけ見た目も成長したみたいよ。人間でいうと十三歳ぐらいにはなったんじゃないかしら?見た目も成長した以外は全然変わっていないわね。・・・ちょっと不自然なくらいに」
最後の言葉は小声でよく聞こえませんでしたが、フェニさんの言葉で、わたしは目線が少し高くなっていることに気が付いて、自分の体を見下ろします。
以前の身長から十五センチは伸びたでしょうか。顔つきは分かりませんが、身長は確かに伸びているようです。手足はすらっとしていて、相変わらず日焼けの無い白い肌をしていて、白銀の髪は身長が伸びたのに相変わらずお尻の辺りまで流れています。
そして、別にどうでもいいのですが、胸も少しだけ成長しています。・・・成長しましたよ。少しだけ。別に大きさなんて気にしてないですけどね。わたしはうさぎですし。
気分を変える為にうさぎの姿になってみると、子うさぎくらいの大きさだったのが、大人うさぎくらいにまで大きくなっていました。毛のもふもふ度も上がったような気がします。残念ながら自分で堪能出来ませんけど。
――しかし、なんだか慣れませんね。自分によく似た何かになった気分です。
わたしが困惑しながら自分の体をいろいろと見ていると、卯月と如月がうさぎになってわたしに突っ込んできました。
「きゅい、きょいきゅい♪」
「きゅい~♪」
――どうやら、随分と心配をかけてしまったようですね。
もう一度人型に戻ると、甘えてくる双子の子うさぎを両腕で抱えるように持ちます。二匹とも、嬉しそうにわたしの腕の中で丸くなりました。
「可愛らしい眷族達ね」
「・・・否定はしません」
わたしは相変わらず表情が動かせなかったので、無表情のままそう答えると、フェニさんはくすりと笑ってから、真面目な顔になりました。
「トワの今回の進化について、言っておかなければいけないことと、聞かなければいけないことがあるわ。しばらくはまだ体に慣れなくて精神的な疲れがあるだろうから、一週間後、話をしましょう」
「・・・分かりました」
わたしが頷くと、フェニさんがふっと表情を和らげます。その後ろからフェンリルさんとオロチさんがやって来ました。
「ちょっと問題も起きたみたいだけどぉ~。無事に進化が成功したことに代わりはないものねぇ~。今日は最速での神獣の誕生を祝して、宴会よぉ~!」
「ちょっとでは済まぬ案件じゃがの。ま、宴会の席で妾達だけでも情報をすり合わせておく必要はあるの」
「そうよ。特にリル。お酒を飲みながらで構わないから、質問にはきちんと答えてね」
「もぉ~。お酒が不味くなるじゃないのぉ~。まぁ、でもぉ。こればっかりは仕方ないわよねぇ。でも、私もさっぱりなのよぉ」
――どうやら、よほどわたしの進化に何か問題があったようですね。
その話はまた後日となったので、わたしは家に戻ると、抱えていた二匹を床に下ろしました。足元で寂しそうにきゅいきゅい鳴いていましたが、二匹の頭を軽く撫でてから後からやってきた弥生に任せて、わたしは自分の部屋に向かいます。
部屋に入ると、わたしはそのまますぐにベットで横になりました。大きな窓から月明かりが差し込んで真っ暗な部屋を照らします。
わたしはベットから起き上がると、窓に三方を置いて団子をお供えしていきます。久し振りのちゃんとしたお月見です。月を見ていると無性にやりたくなるのですよね。
お月見用の団子を食べながら、わたしは眠っていた時のことを思い出そうとしてみます。なんだか、誰かと話をしたような、しなかったような、もやもやとした記憶があるのですよね。
結局その記憶を思い出すことが出来ないまま、お供えした団子を食べ終えると、再びベットに横になります。そのまま瞼を閉じると、眠りの必要なんて無い体の筈なのに眠気がやってきました。さっきまで寝ていたのですけどね。
――どうやら、進化を終えて張っていた気が緩んだようですね。慣れない体の違和感のせいでなんだか疲れたような気もしますし、少しだけ、このまま休みますか。
そう思ったわたしはやってきた眠気に逆らうことなく、そのまま意識を手放しました。




