45話 転生うさぎと不死鳥
わたしが聖国のSランク冒険者コンゴウの心臓を手にいれて、聖樹の森の家に戻って来た時には日も傾いてもうすぐ夜になるという頃になっていました。
――今回の戦闘はしんどかったですね。かなり魔力も使ってしまいましたし、今日はゆっくりと休みたいです。
そう思いながら家の扉を開けると、最近入り浸っているフェンリルさんと、長い黒髪の妖艶な女性と、艶のある鮮やかな赤色が目を引く短いポニーテールの髪の少女がテーブルを囲んでいて、前者二名は酒盛りをして盛り上がり、後者は弥生の料理に舌鼓をしながら話をしていました。
――おかしいですね。家を間違えたのでしょうか。
一応言っておきますが、ここは間違いなくわたしの家です。というより、他に家はありません。ですが、家主に一言もなく自宅で宴会をされている状況はなかなかに刺激的でした。
思わず目元に手を当てて項垂れていると、わたしが帰って来たことに気付いた卯月と如月が揃ってやって来ます。近寄って来た二人の頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めます。
――ずっとこうして現実逃避していたいですね。
もちろんそんなわけにはいかないので、わたしは深々と溜息を吐いて、とりあえず知っている顔のフェンリルさんに声を掛けることにしました。
「・・・フェンリルさん、子供たちの教育に良くないので、ここで酒盛りは止めてください」
「あらぁ~おかえりなさい~」
「おお、帰ったか。カカッ。大分強くなったようじゃの。この分なら思っていたよりもずっと早く神獣になれそうではないか」
「ああ。この子がそうなのね。・・・リルはともかく、オロチまで妙に気に入っているようだったから、どんな子なのかと話を聞いてからずっと気になっていたけれど、思っていたよりもまともそうな子ね。良かった」
わたしの言葉は完全無視でフェンリルさんと黒髪の女性・・・この人がオロチさんのようですね・・・がお酒をなみなみと猪口に注いで乾杯を始めます。赤い髪の少女がそんな二人を呆れた顔で見た後、わたしに視線を向けてきました。
――見た目は十五、六歳くらいの少女ですけど、この集まりに参加しているのですから、この人も神獣一体なのでしょうね。・・・それと、何とは言いませんが仲間ですね。これでわたしひとりが小さいなんてことが無くなりました。良かったです。
「貴女、何か失礼なことを考えていない?」
赤い髪の少女がじとっとした目でわたしに声を掛けてきましたが、表情の変わらないことに定評のあるわたしは、無表情のまま、なんのこと?という風に首を傾げます。こういう時は強制ポーカーフェイスが役に立ちますね。
わたしのことをしばらく訝しげに見ていた赤い髪の少女でしたが、椅子から下りてわたしの目の前まで移動してきました。わたしの前まで来ると、少し屈んだ体勢になって燃えるような赤い瞳をわたしと目と合わせました。
「まぁいいわ。わたしは魔物で言うと炎鳥という種族の神獣、フェニックス。呼びにくいだろうからフェニで良いわ。貴女の名前を聞いても良い?」
「・・・わたしは月兎のトワと言います。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね。貴女が本当に神獣になったら、とても永い付き合いになるだろうから、仲良くしましょう」
そう言ってニコっと愛嬌のある顔で笑った神獣フェニックス・・・フェニさんは片手を差し出して握手を求めました。もちろん拒否するはずもなく、わたしも「・・・こちらこそ、仲良くしてください」と握手に応じます。
――わたしがこの世界で出会った中でも上位のまともな人ですね。逆に新鮮です。
人間界で出会った人達もほとんどがちょっと(?)変な人ばかりでしたし、神獣であるフェンリルさんとオロチさんも変な人ですし、他にまともそうなのは弥生と最初の頃に会ったプリシラさんくらいですかね。
わたしがそんな失礼なことを考えていると、フェニさんは見た目より幼く見えるような愛嬌のある笑みから、逆に見た目よりも大人びた笑みに変わると、そのままわたしをじっと見詰めます。
わたしは訳が分からずに首を傾げると、フェニさんは屈んでいた体勢を直してわたしを見下ろして、大人びた笑みのまま驚いたように目を少しだけ開いて瞬きました。
――ただ微笑んでいるだけでこんなに感情って表せるものなのですね。この人から表情の変え方を学びたいです。なんせ、未だに感情を表に出すことが出来ませんからね。
そんなことを考えながらフェニさんの表情を観察していると、フェニさんがしばらくわたしをじっと見詰めてから口を開きました。
「貴女ひょっとして、まだ生まれて間もない個体?」
「・・・?・・・そうですね。今はどれくらい経ったでしょうか?多分まだ一年経っていないと思いますよ?」
わたしがそう言うと、後ろで酒盛りしていた二人がいきなりギョッとしたようにわたしを見てきました。あれ?言ってませんでしたっけ?
「うそぉ。あれだけ自然に人間に溶け込んでいたから何十年は生きていると思っていたわぁ~。たった一年だなんて嘘でしょ~?」
「妾もびっくりしたわ。元々強力な個体で産まれたのかえ?」
「・・・いえ、ただのうさぎですよ。動物の」
――かなり早い段階で魔物に変異しましたけどね。
心の中でそう付け加えておきます。わたしの返答に絶句したように二人とも固まりました。それだけ、永い年を生きてきた二人からしてもわたしの存在は驚くようなものなのですね。実感はないですけど。しかし、フェニさんは何故そんなことが分かったのでしょうか?わたしが疑問に思っていると、フェニさんが話し始めました。
「いきなりごめんなさい。私の〈魂魄眼〉で貴女を視させてもらって驚いたから、思わず聞いてしまったわ」
「・・・〈魂魄眼〉というと、魂を見るスキルでしたか。あれは固有スキルでは無かったのですか?」
「その様子ではどこかで『魂魄眼』を持っている人に会ったことがあるのね?・・・確かに〈魂魄眼〉は固有スキルだけど、私の場合は〈輪廻転生〉というスキルにある、いくつかある能力の一つとして使えるのよ」
「・・・なるほど、確かにそういうパターンがありましたね」
考えてみれば、フェニさんのように複数のスキルの能力を持っている固有スキルの中に固有スキルの能力が混じっているパターンの他にも、わたしの眷族である弥生達は〈月の加護〉は持っていませんが、〈月兎の加護〉というスキルを全員持っているらしくて、これも複数人が同じ力の固有スキルを持つ例外のパターンになります。
なので、基本的には世界に一つしかない力である固有スキルですが、似たような、又は全く同じ能力を違う形で持っている可能性はあるということですね。何事にも例外や抜け道があるということですか。
ちなみに、弥生達の〈月兎の加護〉ですが、わたしの〈月の加護〉とは月魔法が使えないくらいの差しかありませんので、月が出ていると魔力量が上昇する能力の他に〈月光浴〉と〈血月の狂化〉と〈蒼月の進化〉を持っています。劣化〈月の加護〉といった感じでしょうか。
――それにしても〈魂魄眼〉ですか。懐かしいですね。プリシラさんは元気でしょうか?
わたしに言葉を教えてくれたシスター・・・司教でしたっけ?それとも孤児院長?を思い出していると、フェニさんが〈魂魄眼〉について、正確には〈魂魄眼〉で視える魂について説明を始めました。以前にもプリシラさんも軽く話をしていましたが、今回はそれをもっと詳しくした感じです。
「魂には大きく分けて三種類あるわ。善と悪と無ね。あらゆる魂がある生命体の全てが色と形が異なるから、あくまで傾向のようなものだと思ってくれていいわ。最初はほとんどの人が輪廻転生の輪の中で魂が浄化されて『無』になるの。だから、生まれてから若い個体は善にも悪にも染まっていないからとても純粋無垢な魂に見えるのよ。貴女の魂を視た時に、とても綺麗だったのに驚いたけど、何よりも生まれたてのように純粋無垢な魂だったことに一番驚いたわ。これだけ会話も出来て、きちんとした思考もしているようなのに・・・」
こんな人初めて見たわと言われました。そんなこと言われても、わたしには魂を視る能力は無いのでさっぱりわかりませんし、純粋無垢と言われても前の世界の記憶を持って生まれているのにそんなはずはないと思うので困惑するだけですが。この世界に来てからも人や魔物を沢山殺していますし。
フェニさんの話が終わると、いつ間にかフェンリルさんがすぐ傍までやって来ていて、わたしの頭をぐるんぐるんと乱暴に撫で始めました。鬱陶しいですが、これでも神獣なので止めさせることが出来ないのです。こういう無駄なところで力を見せるのはどうかと思うのですが・・・。
「それにしても~今日は随分と魔力を使ったのねぇ~。さぞかし大物を殺ったのでしょう?」
「・・・あぁ。700年くらい生きている聖人が襲ってきたので、返り討ちにしてやりました。流石はSランク冒険者でしたね。今のわたしでも中々骨が折れる相手でした」
――ちょっと強気に言いましたが、実はちょっとヤバかったのは内緒です。もしも狂化中に攻撃を受けたら一発で浄化されそうでしたからね。
「なるほど、それだけ生きている聖人の心臓ならば一気に神獣への進化までいけそうね。それの取り込みは進化の時までとっておいて、しばらくは魔力が完全に回復するまで休んでいて。その間に私達が準備をしておくから」
フェニさんが、わたしの頭をぐりぐりして遊んでいるフェンリルさんをさりげなく止めさせながらそう言いました。フェンリルさんが「あつっ!」と行ったような気がしましたが聞こえないフリをします。
そんなことよりも、わたしは準備という言葉に首を傾げます。いつものようにやるのでは無いのでしょうか?わたしが疑問に思ったことが伝わったのか、フェニさんが説明していなかったの?という目でフェンリルさんとオロチさんを見ますが、フェンリルさんはわたしを構うのを諦めると、そそくさとテーブルまで戻ってお酒を呷り始めました。ちなみに、オロチさんは我関せずでずっとお酒を飲んでいます。
――というか、あのお酒は持ち込みですよね?この家には無かったと思うのですが。どれだけ持ち込んだのですか?
既に大瓶が二桁に突入している惨状を見てわたしが唖然としていると、フェニさんが「ごめんなさいね。基本的に神獣は自分勝手なところがあるから」と謝罪してから、最後の進化についての説明を始めました。
「実は、今まで何度かやっている自己進化にも限界があるの。その限界を超える為には一度完全な休眠状態になってもらう必要があるわ。それは自分の体全てを作り直すということで、今までよりもずっと危険な行為なのよ」
そこでフェニさんが一度言葉を切ると、ふと思い出したように手を叩きました。
「あ、そういえば、貴女・・・えっと、トワって呼んでも構わないかしら?」
「・・・構いませんよ」
「ありがとう。トワは帰ってきてずっと立ちっぱなしだったわね。ええと、弥生だったかしら?彼女の席を準備してあげて」
「もう整えて御座います」
「あら優秀。じゃあ、一度席に座りましょう?」
そうして、わたしはお酒を飲んでわいわいとやっている二人から少し距離を離した席に座り、わたしの斜め前にフェニさんが座りました。
わたし達が座るのと同時に卯月と如月がお茶と茶菓子を持って来たので、頭を撫でてお礼を言っておきます。そんなわたし達の様子を、微笑ましそうにフェニさんが見詰めていることに気付いて、居住まいを正します。
「ふふふ。眷族と仲が良いのは良い事よ。それじゃ、話の続きをするわね」
「・・・お願いします」
「さて、さっきの私の話を出来るだけ分かり易いように説明すると、今までトワがやっていたのは、自身の魔力体に干渉して強化する行為で、これからやることになるのは今の体の構成ごと造り替える本当の意味での進化。ここまでは理解出来るかしら?」
簡単に言ってしまえば、今までは骨や筋肉などの構成をいじったりして体を強化していたのが、本当の神獣になるためには、肉体全てを一度リセットして最初から作りなおすということです。
「・・・ええ。大丈夫です」
「うん。優秀なようでなにより。それで、この進化はさっきも言ったようにとても危険なものなの。最悪の場合は体の造り変えに失敗して消滅する可能性もあるわ。・・・ああ、大丈夫よ。私達がサポートして魔力が霧散しないようにするから、最悪の事態は万が一にも起こらないわ」
わたしが消滅する可能性があると言われて心配そうな顔になった双子に向けて、やさしい笑顔でフェニさんがそうフォローします。
「・・・なるほど。そのサポートとやらに準備が必要なのですね」
「そうね。それもあるわ。もう一つは、何か不測の事態が起きた際に対応出来るようにすることかしら」
「・・・不測の事態ですか?」
わたしがこてんと首を傾げながら磯辺焼きを口に咥えてもぐもぐしながら聞くと、フェニさんはお茶をずずっと音を立てて一口飲んでから、神妙な顔で頷きました。
「そう。不測の事態よ。私達のサポートがうまくいかなくて、トワが全く別の化け物に進化してしまった場合の始末ね」
「・・・物騒ですね」
「トワがトワで無くなったのならば、神獣の仲間として認める訳には行かないし、それになによりも、そのパターンになると見境なく暴れだして周囲に多大な被害を出すことが多いからね。責任を持って私達が処理するわ。準備というのは、万が一戦闘になった時に備えての場を整えるというのもあるの」
――場を整えるですか。結界か一時的に領域を作っておくということですかね。この辺りは皆さんにお任せしましょうか。
体全てを作り変えるというのは、わたしが元々は動物のうさぎであるという枷から解き放つ為にも必要なことらしいです。魂に根付いた記憶があるので、全く違う種族になることは稀だそうですが、わたしの場合、前の世界の記憶とかあるのでちょっと危ないかもしれませんね。気合を入れて再びうさぎになるように努力しましょうか。
「・・・まあ、神獣が三人掛かりでサポートしてくれるならば大丈夫でしょう?とりあえずわたしは、魔力の回復に努めますよ」
わたしは完全に宴会モードになっている二人の神獣に視線を向けます。料理は弥生が頑張っているようで、様々な種類の料理が大皿に盛ってテーブルに並べられています。永く生きていると話すことも多いのか、何百年前だとか何千年前だとかの話をわちゃわちゃと話しながらお酒を飲んでいます。人族と争った時に、人が人の住めなくなる兵器を持ちだして抵抗した時の話とか物騒なので止めて頂きたいです。
「・・・あの二人がしっかりとわたしのサポートをしてくれるようにお願いしますね、フェニさん」
実に頼りになさらなそうな神獣達を見詰めながら、わたしはそう心からお願いしました。わたしからすればまさに命掛けなので、きちんとしてほしいものです。
「善処するわ。元々はこちら側が半ば無理やりに提案したことだもの。私がこの二人の魂を少し焼いてでもきちんとやらせるから、安心してね」
頭の痛そうにこめかみに手を当ててフェニさんが頭を振ると、短いポニーテールの髪がぱたぱたと揺れます。それを眺めながらわたしは先ほどのフェニさんの言葉が気になって考えていました。
――魂を焼くってなんでしょうね?とても気になりますけど、想像するだけで怖いので聞き流しておいた方が良いでしょうか?
フェニさんのような頼れるお姉さんみたいなタイプの人は、普段からお小言やちょっと叱りつけるぐらいならばまだしも、本気で怒らせると洒落にならないというのを日本の小説やアニメで学びました。フェニさんの堪忍袋の緒が切れる前にフェンリルさん達がやる気を出してくれることを祈りましょうか。
それから、数日掛けてのんびりと生活をして、わたしの魔力は満タンまで回復させました。その間に、わたしの家で好き勝手に遊んでいたフェンリルさん達にフェニさんがついにキレて、聖樹の木を一本丸ごと一瞬で消し炭にして威圧を掛けた事件がありましたが、とりあえずはわたしの進化の準備は整えてくれたようです。
しかし、今のわたしでも聖樹の木を一本消滅させるのはとても大変だというのに、あっさりと一瞬で一本丸々消滅させるなんて神獣は凄いですね。いえ、フェンリルさん達も顔を青くしてましたし、たぶんフェニさんが凄いだけなのでしょうけど。
そしてなんやかんやとありつつも、わたしが神獣への進化を行う日になりました。
 




