44話 転生うさぎと聖国のSランク冒険者
初めて自分の意思で体の強化をしてから半月が経ちました。この半月で更に二回の強化を終えています。最初の時は何やら危うかったようですが、二回目からは慣れたからか特になんの問題も起きませんでした。二回目三回目と回数をこなす度に強化に必要になる魔力量が倍々で増えていったのですが、今の情勢のおかげで予想よりも早く段階を踏めています。フェンリルさん達も驚いていましたからね。「本当に最短記録を叩き出しそうだわぁ~」とか、「おぬしは本当に常識外れじゃの」とか言われました。わたしは言われたことをやっているだけなのですが・・・。
今回に関しては完全に偶然だと思いますけどね。その理由としては、昨今人間界を騒がしている変異種の大量発生です。
あまりに会う機会が多いので時々忘れそうになりますが、本来は魔物の変異種は一つの地域ごとに数年に一体しか現れないような存在なのですよね。半月の間ほぼ毎日出会う上にやたらと強力な個体にばかり会えたのは、運が良かったとしか言いようがありません。
その全てがやはり北の帝国の領土から来ているようです。図らずも、わたしがこうして変異種を討伐することで、結果として聖国の人里に変異種が現れない状況になっていますが、もしわたしが居なかったら今頃大変だったでしょうね。
ついでに、たまたま紫の魔石も手に入れたので、フェンリルさんやオロチさんにもその存在を教えておきました。神獣の二人ならば大丈夫だとは思いますが、万が一の可能性もあります。警戒して損はないでしょう。特に帝国がある北に領域のあるフェンリルさんは、その魔石を一度領域まで持ち帰って自分の眷属達に警戒と調査をするよう指示をしたと言っていたので、こちらでもなにか情報が手に入るかもしれませんね。
そんなわけで、わたしは通常よりも早いペースで変異種の魔石を多く取り込むことが出来ました。更に、、Cランク以上の冒険者パーティーの動きが活発になっていて出会う機会も多くなったので、ついでに倒して心臓を取り込んでいるというのをやっている内にあっという間に魔力量が上がっていき、そのおかげで、短い期間で合計三回もの体の強化をすることが出来たのです。
経験値大量ゲットのイベント期間中に経験値を荒稼ぎして大量にレベルを上げた気分ですね。まさに、時期が良かったということです。
さて、わたしの現在の魔力量は、オロチの領域で目覚めてからおおよそ三倍ぐらいになっています。身体能力も強化無しで恐らくは通常時のセラさんくらいにはあると思います。というかやっと追いついた感じですね。セラさんが強すぎなのですよ。
――あの時・・・公国でSランク冒険者達に襲われて命からがら逃げた時・・・にこれだけ強くなっていたら、死を覚悟した戦いなんてしないでもっと余裕で逃げられたでしょうに。
もっとも、魔力量を増やしても体の強化の仕方は知りようも無かったので結果は変わらなかったと思いますけどね。それに、あの時はセラさんが本気では無かったというのが今生きている大きな要因のひとつです。もし本気でセラさんがわたしを殺しに来ていたら、三分と持たなかったでしょうからね。今のわたしでも正直勝てるか分からないですし、他の二人も殺気は本気でしたがまだ実力を隠している様子でしたし、あの時わたしが生き残れたのは本当に奇跡のようなものでしょうね。
――さて、そろそろ目の前に集中しますか。
わたしは今、聖国と帝国の国境にある聖国側の山に居ます。大陸を二分する長い山脈の中でも、聖国と帝国の間には長い山脈に挟まれて渓谷が存在しており、渓谷に流れる川は非常に流れも速い上に川幅も広いので通るのには非常に過酷な場所となっています。もちろん、道なんてありません。どこかに抜けられる洞窟とかあるかも知れませんが、少なくともわたしは知りませんし、半月この辺りをうろついていますが見付けていません。
そんな環境のせいもあり、聖国と帝国は基本的に行き来はありません。まぁ、こういうのが好きそうな冒険者なんかはこの場所に来るかもしれませんが、普通の魔物もどこかの国境門のように強いのばかりなので、相当実力が無いと生きて帰ることは出来ないでしょうね。
ではどうやって帝国に行くのか。一般的な行き方としては二つあります。ひとつは王国と帝国の国境門です。ここまで行くと渓谷も途切れて川も流れていない場所で、山脈の山と山の間にある地形を使って何とか道っぽい道を作ったらしいです。見たこと無いのでどういうところなのかは知りませんが。ただし、公国に行くときに通った国境門とは違って、王国と帝国はもともとあまり仲の良くない国ですので、厳重な越境検査を行っていて国を跨ぐのは大変面倒らしいです。この辺りの話はセラさんやクーリアさんに聞きました。
もうひとつの行き方は、魔国にある帝国の領土まで続く長いダンジョン型の洞窟を突破することです。この世界屈指の超高難度のダンジョンらしいので、冒険者全員がAランクのパーティーでやっと反対側に出られるかもというほどの危険があるらしく、あまり一般的ではありません。そもそも、Bランク以上の冒険者でないと入れませんし。
この二つのルートが使いたくない場合は、強力な魔物の蠢く険しい山脈を自力で越えられればどこからでも帝国に行けます。人族には厳しいかもしれませんがわたしなら行けますよ。たぶん。
――あ、また話が逸れました。いけませんね。ついつい余計な話を考えてしまいます。
ようやく今の状況の説明になりますが、そんな聖国の山の中で、マンティコアと呼ばれるAランク級の魔物の中でもとても厄介な魔物と向かい合っています。
ライオンのような体にサソリのような尻尾。顔はどことなく人間っぽい顔つきをしています。魔力量は、昔に出会った血熊と同じか、ちょっと上くらいですね。そのマンティコアが二体、わたしの目の前に立ち塞がっています。
――同一個体のようですから、恐らくは変異種の双子型でしょう。どちらか片方を生き残らせると魔石も落ちないですし、倒したやつも復活してしまうので、逃がさないように同時に倒さないとですね。
元のランクにしては変異種としては魔力量が低めな部類になりますが、知性が高く、元々がAランク級という強さがあるので、面倒な相手であることに変わりはありません。
わたしは相変わらずの子うさぎの姿なので、今の状況は傍目から見れば肉食獣に詰め寄られた切望的な状況の草食動物でしょう。
――このマンティコアよりもわたしの方が強いなんて誰も思わないでしょうね。
双子の片方が飛び掛かって来たのをわたしはぼんやりと見詰めます。知性があるくせにわたしの強さに気が付かないのは、どうなんでしょうね?所詮は魔物ですか。と思いながら見ていると、マンティコアがにやりと笑ったのが見えました。しかし、わたしの目に前まで辿り着いて腕を振り上げた瞬間、地面に魔法陣が現れたことで顔を驚愕に染まりました。
――わたしより表情筋が豊かですね。羨ましいです。
攻撃態勢に入ったマンティコアは反応が遅れて回避出来ずに、魔法陣から現れた巨大な棺桶の挟まれました。棺桶の中には土魔法で作り上げた剣山があります。それらが、マンティコアを挟んだ瞬間に一斉に突き刺さりました。
一瞬でその姿を文字通り棺桶に変えたマンティコアを見ていたもう一対のマンティコアは、ようやくわたしの魔力量からその強さに気付いたようで、すぐに逃げの体勢に入りました。が、もう遅いです。
わたしはすでに〈神速〉と〈空間跳躍〉を併用して一瞬で相手の真上まで移動すると、そのまま投げ槍を取り出してからマンティコアの頭に向けて弾丸のように撃ちだしました。ついでに槍に重力魔法で加圧をかけます。むしろこれだけやって落とすだけで良かったですね。
ズドンという音とともにマンティコアは頭と地面をわたしの槍で縫い留められます。まだ息があるようで、地面に着地したわたしにサソリの尻尾で攻撃してきましたが、それをウォータージェットカッターで切り落とします。まだ息のあるマンティコアにトドメに月魔法の月の槍で心臓部を貫いて絶命させました。
――肉体があるやつは頭をはねるか心臓を壊せばほぼ確実に死ぬので、楽でいいですね。〈魔力体〉になってしまうと、魔力が無くなるまでダメージを負わせないと殺せませんからね。頭と心臓が急所で大ダメージを受けるのは変わりませんが。
そんなことを考えながら、魔法を解除して棺桶に入っているマンティコアを確認すると、こちらも体中穴だらけになって絶命しているのを確認します。わたしはほっと息を吐きました。
――もうこれぐらいの相手でも全く苦戦しなくなりましたね。人間界からしたら災害級の相手でしょうが、今のわたしからしたらもうただの雑魚ですね。わたしも本当に強くなったものです。
感慨に浸りながらささっと魔石を回収して他の場所に移動しようと、マンティコアに突き刺さった槍を回収していると、かなり近くに人の気配を感じて、慌てて二体のマンティコアを丸ごと収納に仕舞います。気が緩んでいたとはいえ、〈精密索敵〉の反応に気が付かないなんて油断しすぎです。
わたしは手身近にある木の上まで駆けあがって戦闘の跡が残る〈気配遮断〉で気配を消すと、眼下をじっと見詰めて近付いてくる人が来るのを待ちます。
そのまま隠れて待っていると、すぐに、がさっと草をかき分けるような音が聞こえてきて大柄なスキンヘッドの男が現れました。
――〈魔力感知〉と〈精密索敵〉で感知した結果でまさかとは思いましたが、この人、聖人ですね。
わたしが木の上で息を潜めていると、突然スキンヘッドの大男が太い腕を振り上げて拳を握り、勢いよく地面を叩きつけました。
大きな音と土煙を上げて周囲が揺れる中、わたしは木の上で落ちない様に踏ん張っていると、突然、男の周囲の魔力が浄化されるのを感知しました。浄化の力を感じてからすぐに、〈危険察知〉が突如鳴り響いたのを頭の中で聞いて、わたしは木から慌てて跳び下ります。
ちょうどその瞬間、スキンヘッドの大男がわたしの居た木に殴りかかり、その木は淡い光に包まれたかと思うと粉々になって、浄化の光と共にその場から消滅しました。
「へー。今のを気付くか。おめぇ。ただの変異種じゃねぇな。さては・・・魔人か?」
スキンヘッドの大男が振り向いてわたしを見下ろします。よく見ると、大男の来ている服は聖職者の法衣のような恰好でした。聖国の教会関係者でしょうか?どう見ても、どこかのいかつい集団のボスか幹部にしか見えないような容貌ですけど。
わたしがうさぎのまま「きゅい?」と首を傾けてとぼけると、スキンヘッドの男は険しい顔つきのまま頭の後ろをがりがりと掻きます。
「そんなんで誤魔化せるわけねーだろーが。おめぇさんの魔力がとんでもねぇのは分かるんだよ。これでも700年近く生きているからな」
――ですよね。騙されませんよね。ちょっと期待したのですが。
わたしは諦めて人型になります。長い白銀の髪が太陽に照らされてキラキラと光りました。わたしはそれをさっと片手で払うと、無表情な顔を目の前のスキンヘッドの大男に向けてじっと見詰めます。
「・・・それで?わたしは確かに魔人ですが、何か御用ですか。聖人さん?」
「こいつは驚いた。おめぇ、いや、お嬢ちゃんは随分と流暢な言葉を使うんだな。てっきり念話で話すかと思ったんだが」
――あ、そういえばその手がありましたね。思わず普通に喋ってしまいました。
わたしは誤魔化すように小首をかしげます。もう喋ってしまったので無駄ですけどね。普通に会話をしていますが、お互いにいつでも攻撃出来るように気を張っているのが伝わり、周囲はピリピリとした緊張感に満たされています。
「・・・念話がお望みでしたら、そちらでも良いですけど」
「スキルの概念も理解しているようだな。元は頭脳型か?やれやれ、こんな少女みたいな子を殺さなきゃいかんとはな。気が滅入るぜ」
――あ、また余計なこと言ってしまいました。そうですよね。本能的にスキルの存在は知っていても、それを名称として呼ぶには学ばないとわかりませんからね。久しぶりにまともに人間と話すのでうっかりが多いですね。別にどうということもないうっかりなので良いのですが。
わたしは気が滅入ると言いながらも徐々に殺気を高めているスキンヘッドの大男に、ダメもとで聞いてみます。
「・・・見逃してくれても良いのですよ?」
「お嬢ちゃんはここ最近この付近で冒険者達を殺しているだろう?その中には将来有望なAランクの奴も居たんだ。見逃すなんてありえねぇ。悪いが、この『聖拳のコンゴウ』、聖国所属のSランク冒険者としての役目を果たさせてもらうぜ」
――あぁ。よりによって四人目のSランク冒険者ですか。
わたしは僅かに俯いて目を閉じます。あの時のわたしと比べても今のわたしは圧倒的に強くなっています。相手は一人ですし十分に勝算はあるでしょう。それに・・・
「・・・わたしの方こそ、出会ったからにはもう逃がしませんよ。聖人クラスの人族、しかもSランクの冒険者ならばさぞかし美味しい経験値になるでしょうからね」
「経験値だぁ?言ってくれるじゃねぇか。出来るもんなら・・・やってみな!!」
スキンヘッドの大男・・・コンゴウと名乗ってましたか・・・コンゴウは全身に光を纏うと、そのままコンマ数秒の速さでわたしに肉薄してきました。わたしは〈神速〉スキルを使いさらに移動法の縮地を使って距離を空けます。
――やっぱり、意識してスキルを使った方が効果が高いですし、動作も楽ですね。それにしても・・・あの光はひょっとして?
わたしはお馴染みのウォータージェットカッターを使って牽制すると、コンゴウは避けずにそのまま突っ込んで来ました。わたしの魔法はコンゴウの纏っている光に当たると、霧散して消えてしまいます。わたしはそれを確認してから、突っ込んできたコンゴウから即座に距離を離しました。
やはり、コンゴウが纏っている光はどうやら浄化能力があるようです。触れるだけで魔物はダメージを負いますし、魔法はあの浄化の光に弾かれてその威力を大きく減らしてしまうのでしょう。〈浄化の鎧〉と言ったところでしょうか?随分と厄介な能力です。
――これは魔法で倒すのは少し骨が折れますね。多少のリスクを負ってでも接近戦で戦うしかありませんか。
即座にそう判断したわたしは、ランス型の槍を取り出してくるりと舞うようにステップを踏んで突撃します。ですが、易々とコンゴウは片手で受け止めてしまいました。いや、槍なのですけど?なんで刺さらないのですか?貴方の拳は鉄で出来ているのですか?
「うぉ!やるじゃねぇかお嬢ちゃん。武術も使えるのか?独学だとしてもすげぇぜ!」
そう言うと、わたしの槍を拳で受け止めていたコンゴウは槍を掴んで力任せにわたしをぶん投げました。
わたしは〈空間跳躍〉を使って一度空中で姿勢を整えて、勢いを殺してから地面に安全に着地します。それを見たコンゴウは「ほう。スキルの使い方も中々だな」と呟くと、
「うぉおおおおお!!!!」
と突然、周囲の草木が揺れるほどの雄たけびを上げました。
すると、コンゴウの魔力が大きく膨れ上がり、両手に純白のガントレットが装備されます。そのガントレットを互いの拳で打ち付けると、眩い浄化の光がガンっという音とともに周囲に広がります。
「こいつで戦うのは500年振りだ。悪く思うなよ、うさぎのお嬢ちゃん。どんなに理性的で人間らしくても、魔人は殺さなきゃいけねぇ」
「・・・その辺りは理解していますので、お構いなく。・・・今が夜でないのが悔やまれますね」
後半は相手に聞こえない程の小さい声で呟いて、わたしは憎々し気に太陽を見上げました。しかし、500年前ですか。『アリアドネの災厄』の経験者なのですね。あのグレンというおじいさんと同じくらい強いと思った方が良いでしょう。わたしのコンゴウへの危険度をもうワンランク上げます。
今が月の出ている夜ならば、コンゴウとの戦闘ももう少し楽になると思うのですが、この時間に活動していたわたしの浅慮を小一時間反省するしかありません。
――仕方ありませんね。もし厳しそうならば、奥の手を使いましょうか。
わたしはそう考えて槍を構えなおします。さっきまでよりも光の鎧が眩しく、更に範囲も広がっているため、その分だけ浄化の範囲と威力も上がっているでしょう。本当に厄介です。
「いくぜぇぇえええ!!」
雄たけびを上げながらコンゴウがわたしに再度肉薄してきました。先ほどよりも動きも速いですね。魔力量が上がり、身体強化に魔力を回したのでしょう。なんとなく察していましたが、グレンさんのような技巧タイプではなく、典型的なパワーファイターのようですね。まぁ、この浄化の力を使いこなすにはそれが一番効果的な戦い方でしょう。実際、相手していて非常にしんどいですし。
わたしは落ち着いて相手の拳を槍で受け止めて〈柔術〉で攻撃の威力を流します。ですが、その時に浄化の鎧の範囲に入ってしまい、わたしの体の魔力が凄まじい勢いで浄化されたのが分かりました。
舌打ちしたい気持ちを抑えて、わたしは直撃を喰らうよりもマシだと思い攻撃をそのまま流してから、流した勢いを利用してくるりと体を回転させて、槍を数回くるくると回します。そして、ピタっと止めたタイミングでその勢いのまま突くように攻撃しました。〈槍術〉スキルを使ったアーツで一気に仕留めることにします。
しかし、わたしの槍は光の鎧に守られている筋肉質な厚い胸板を貫くどころか、着ている法衣にすら傷つけることも出来ずにはじかれてしまいました。
わたしは弾かれて帰って来る反動を利用して後ろに飛び退きます。そのわたしの前をコンゴウの左フックが飛んで来ましたが、素早く後ろに跳んだため余裕を持って躱すことに成功します。
「アーツまで使えるのか!?大した魔人だぜ!」
拳が武器のコンゴウには攻撃後の硬直はほぼありません。わたしが後ろに跳んだのを確認してからすぐに距離を詰めてきます。わたしと同じように跳びながら両手を組んで空中で海老のように体を反りました。
わたしは着地すると同時に槍の持ち手部分を地面に突き刺して、棒高跳びの要領で空に跳びます。わたしが跳んだ直後、組んだ両手を振り下ろしながらわたしがさっきまで居た場所に攻撃するコンゴウの姿が真下に見えました。
地面に当たった両手を中心に半径5メートルぐらいの木々が衝撃で薙ぎ倒され、同じ大きさの光のドームが周囲の魔力を浄化させます。
わたしは〈空間跳躍〉で空中を踏みしめて更に空高く跳ぶことでその光のドームから逃げました。
――これが本気のSランク冒険者ですか。その辺の魔物なんかよりもよほど化け物だと思いますけどね。
浄化を使う相手に長期戦は不利です。しかも相手はかなりの強者。これは奥の手を使わざる得ないと判断したわたしは、重力魔法でそのまま空中に浮かぶと原初魔法で世界魔法を使って、わたしを中心に即興の領域を作り出しました。
先ほどまで天高くに輝いていた太陽は消え、夜の闇と、その闇を照らす大きな月がこの場に突如として現れます。コンゴウの目がギョッとしたように見開いたのがわかります。
更にわたしは月魔法『紅月の狂宴』で領域内の月を紅く染めました。それに合わせて、わたしの領域の中は妖しい血のような紅色の世界に変わっていきます。
〈世界魔法〉という魔法で作られる領域とは、簡単に言うと術者の好きな世界を造る魔法です。なので、このように強引に戦場を夜にして月を出すことが出来ます。これは、わたしのような特定条件で強くなるようなスキルを持っている人には強力な切り札になるでしょうね。正に今この瞬間のように。
しかし、領域はとても燃費の悪い魔法でもあります。収納魔法と同じで維持魔法に当たるので、魔力量の上限値を減らして魔法を維持する必要があります。このような状況で使う場合は、出来るだけ魔力を節約するために戦闘範囲に絞って展開させる必要があります。もちろん、この領域から相手を逃すと折角の領域が無駄になるので、確実にここで仕留めなければいけません。
「この紅い月は・・・まさか、随分前にあった・・・!?」
「・・・あまり時間は掛けたくありません。一気に仕留めます」
今のわたしの魔力量は領域のせいで半分以下にまで低下しています。コンゴウの強力な浄化攻撃をまともに受けたら非常に危険なので、無傷かつ短期決戦を目指します。
空中から思いっきり手もとにあるランスをコンゴウに向けて投げました。狂化中で投擲スピードが上がり、音すら追い抜くような速さで落下していきます。ついでに重力魔法で加圧して威力を高めます。
コンゴウは突然の状況に混乱しながらも、わたしの動きには注意を払っていたようで、わたしの投げた槍が超高速で近づく中、咄嗟に防御は出来ないと判断して素早く飛び退きました。
わたしの投げた槍が地面の落ちると、爆発したような轟音が鳴り響き、先ほどのコンゴウの攻撃で出来たクレーターを更に大きく抉りました。わたしは投げた槍の後を追うように地面に降り立って、地面に深く突き刺さった槍を引き抜きます。
わたしの攻撃のせいで、周囲が土煙で視界が埋まる中、土煙の中から突如コンゴウがわたしの背後から現れて右ストレートを繰り出します。右手が異常に光っているので、何かのアーツでしょう。突然の状況変化による動揺も見せずにわたしの放った攻撃に対応し、しかも、その攻撃で出来た状況すら利用して奇襲を仕掛けるなんて・・・さすがとしか言えませんね。
受け流しても危険と判断したわたしは、そのまま向かってくるコンゴウに向けて、引き抜いたばかりの槍を〈神速〉スキルの行動速度補正を掛けて素早く投げました。
さすがに今度は攻撃態勢に入っていたこともあり反応出来なかったのか、コンゴウの腹に突き刺さった槍はそのまま彼を飛ばして、数メートル先にある木に轟音と共に縫い留めました。木が倒れなかったのは奇跡ですね。
「ガハッ・・・。ぐ、まだだ」
「・・・いえ。もう終わりですよ」
その数メートルを一息で移動したわたしは、秋姫さんから貰った大太刀を抜き身で手にして、移動の力も利用しながら一気に抜刀するように振り抜きました。刀身が紅く煌めき、紅い線が横一文字に軌跡となって残ります。
一瞬、コンゴウと目が合いました。悔しような、でもどこか満足そうな顔をしているのが気に食いません。ほんの数秒の静寂が流れ、コンゴウの首ごと後ろの木が綺麗に両断されて地面に落ちて周囲を揺らします。
――ふぅ。なんとかなりました。でもこれで、聖人の心臓が手に入りましたね。より一層魔力を増やせそうです。
こうして、世界に五人いたSランク冒険者の一人、『聖拳のコンゴウ』はおよそ700年の生に終わりを告げました。




