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転生うさぎは異世界でお月見する  作者: 白黒兎
幕間 転生うさぎの居なくなったその後
43/106

幕間 放浪エルフと転生うさぎの贈り物

 私が気付いた時には全てが終わってしまった後だった。



 私が生きてきた中でも数えるほどしか経験したことのない程の魔力の爆発を感じて、私は意識を覚醒させて布団から飛び起きた。さすがにクーリアやリンナも気付いたようで、それぞれ布団から起き出してくる。



「何かあったのでしょうか?」



 不安げに揺れるクーリアの瞳を見て、安心させるように頭をそっと撫でる。部屋を見渡すと、セラはまだ帰ってきていないようで、トワちゃんも居なかった。



「私が様子を見てくるわ。二人はここで待っていてちょうだい。念のため、すぐに動けるように準備しておいて」


「分かった。頼んだぞ、エル」



 こういう時に冒険者歴の長いリンナは行動が早い。ここは任せてしまっても良いわね。未だに不安そうなクーリアの頭をぽんぽんと撫でてから「こっちはよろしくね」と言い残して、私は宿の外へと出た。



 宿から出て魔力を感知した方向へと向かうと、少し街から離れた場所に張られている巨大な結界が目に入り、その中には異常なほど濃い魔力が充満していた。



――さっき感知した魔力の爆発の元凶はここのようね。



 しばらく桜並木の道から逸れた森の中を歩いていると、開けた場所に出た。



 まず目についたのは広大に張られた結界とその中に充満している非常に濃い魔力。普段は魔力を肉眼で見ることは出来ないけれど、あまりにも濃すぎるせいか、蒼いような白いような不思議な色をした魔力が、魔力眼のスキルを使わなくても見えてしまっているわね。



――状況を考えると不謹慎だけど、見惚れるほど綺麗な空間ね。



 でもそれに見惚れていたのはほんの数秒の間。その結界の前に四人の影が見えたので近づいてみると、式神を使って何やら遠くの人と会話をしている桜と、興味深そうに空間内を見ているゼスト、泣き崩れているセラ、セラを介抱しているグレンが目に入った。



 私が四人に近付くと、気配で分かったのか、ゼストとグレンが振り返った。桜はたぶん気付いているだろうけど、こちらを振り向かずに変わらず式神に話し掛けている。



「これは一体どういうこと?何があったの?」


「ああん?ああ。堕ちたエルフの王女か。見て通りだ。魔人が最後の悪あがきで置き土産していきやがった。こいつは放っておくと厄介な魔物がわんさか生まれそうだなぁ。くははは!」


「笑い事じゃないよっ!ここらわたしの領域内なんだから、わたしがなんとかしなくちゃいけないんだよっ!」


「そいつは御愁傷様だな。浄化は専門外だから俺にはどうすることも出来ねぇからな。まあがんばんな」



 背筋に冷たいものが走った。この状況でセラの状態も考えると、この魔力の渦の原因の答えは一つしか考えられない。



 それでも、まだ結論を出したくはなかった。私は封鎖した空間を見て楽しそうにブツブツと言っているゼストを無視して、忙しそうにしている桜に声を掛ける。



「桜、状況を説明して。出来れば、最初から」


「もう結論は出てるでしょ。今ちょっと忙しいから待って」


「・・・・あの子を殺したの?貴方達が」



 思わず感情が漏れてしまい、魔力が威圧を持って溢れてしまう。昔の頃よりも魔力量が減っているはずだから、こんなことにはならないはずだけど、今は無意識に発してしまっているようだ。



 そう理解していても、意識的に威圧を止めるようなことはしなかった。



 私の威圧を感じて、さすがに桜も作業に集中出来なくなったのか、手を止め頬を膨らませて、セラの側に居るグレンを睨んだ。



「あ~~もう。だから嫌だったんだよぉ。これじゃあエルちゃんにも嫌われちゃうじゃん。わたしは立場的に協力せざる得なかったから協力しただけ。逃げられない様に結界を張ったのはわたしだけど、戦闘には参加していないし、わたしはむしろ今回の件については反対だったんだから」


「ふむ。春姫殿には感謝しているよ。お蔭様で危険な魔人をこうして被害無く討伐出来たのだからな」


「被害大有りだよっ!友達の心象は悪くなるし、わたしのお気に入りの場所はこんな状態になっちゃうし。この空間の浄化に何年掛かるかなぁ。皆から巫女を貸し出してもらおうかなぁ」



 結界内の魔力の対処に頭を悩ませる桜から、私はグレンの方に体を向けた。未だに地面に座り込み、顔を伏せて嗚咽が聞こえるセラも視界に入る。



――セラのことも心配だけれど、グレンの言葉は気に入らないわね。



「危険な魔人ですって?貴方にはあの子のどこがそう見えたというの?」


「ふむ。まさに危険な魔人だったではないか。我が人族の最高戦力である熾天使を篭絡し、エルフに対して圧倒的な権力を持つ其方とも親交深かった。これが人族に害意を向けた時の被害はあの災厄に匹敵するかもしれん。早めに危険の芽は摘んでおくのが良いだろう?」


「貴方のその考え方は変えるつもりは無いのね?」


「これが人族にとって最も一般的かつ重要な考えだ。其方とて、あの時の災厄で魔人の危険さは身に染みたであろう?聖天使が犠牲になって一番気に病んだのは其方であろうに。故に、何故其方がそんなにあの魔人に肩入れするのか理解できぬな」


「・・・・もう良いわ。貴方は人族の守護者としては間違っていないわ。でも、私は納得できない。もう私は、貴方と違って、あの日のまま止まるのはやめたの。だから、この議論は時間の無駄だったわね」



――グレンは500年前のあの日からずっと時計が止まっている。少し前までは私もそうだったわ。だけど、今は違う。



 私は結界の目の前まで歩く。この中にある魔力は全てトワちゃんのものだ。トワちゃんが本当に彼らに殺されたのならば、この中にあるものを取りに行かなくてはならない。他の人にそれを持っていかれる訳にはいかない。



 私が結界に入る気だと分かったのか、桜が視線を私に向けて眉をひそめた。



「ちょっとちょっと。今のエルちゃんだとこの中に入るのは危険だよ?目に見えるくらいの濃度の魔力なんて、人の体には毒だってば」


「それくらい知っているわ。それでも、行かなくてはいけないの。・・・物好きな精霊も手を貸してくれるようだし」



 ふわふわと何体かの精霊が私の周りを回り始める。精霊王の加護を捨てた私に力を貸すなんて、本当に物好きな精霊だこと。



「物好きな精霊さん。少し力を貸してちょうだい。それほど長い時間でなくてもいいから」



 私がそうお願いすると、精霊達は嬉しそうに私の周りを跳ねて光の粒子が私を囲うように舞い始める。しばらく待っていると、簡易の精霊結界が完成した。これならば、少しの間この魔力の中に入っていても大丈夫ね。その様子を呆れたように桜が見詰めている。



「ねぇ?本当に精霊王の加護はもう無いんだよね?それにしては精霊に好かれすぎじゃない?」


「この子達が物好きなだけでしょう?私に力を貸したことで後で精霊王に怒られないといいけれど」


「はぁ。まぁいいや。魔物はまだ生まれていないと思うけど、気を付けてね」


「ええ。行ってくるわ」



 今の結界は中の魔力を閉じ込めるだけで人の行き来の制限は無い様で、すんなりと結界の中に入ることが出来た。もっとも、朝になる頃には誰かが近寄れない様に人払いの結界も張ると思うけど。



 結界の中はまるで濃い霧のように魔力が充満していて視界がとても悪かった。それでも、より魔力の濃い方向に向けて歩みを進める。



――それにしても、本当にすごい魔力ね。



 生まれて一年も経っていない魔物が持っていい魔力量ではない。しかも、元はただのうさぎだったというのだから信じられない。元々は龍族の血族だったと言われたほうがまだ納得できる。



 それに、なによりもトワちゃんの凄いところは学習能力と適応能力ね。



 人間と親交を深めたあのアリアドネだって、違和感なく言葉を話して人の生活に溶け込むのに何十年も掛かった。それだけの年月をかけても人との常識の差でどうしても違和感を完全になくすことは出来なかったわ。



 それなのに、あの子は一年どころか初めて会った時から、普通の人間としても違和感がないぐらいに溶け込んでいた。時々妙な言動をすることはあっても、人として逸脱した違和感を感じることは無かったわね。更に、教えた常識や知識をどんどんと吸収して覚えていき、それを更に応用した技術も次々と編み出していった。



――こうやって考えていても、トワちゃんがいかに異質な魔人だったかよく分かるわね。



 どんどんと魔力の霧の中を進んでいくと、魔力の一番濃くなっている中心地らしき場所まで辿り着いた。私は目を凝らして目的のものを探し始める。



 正直なこと言うならば期待していた。見付からなければ良いと思った。そうであれば、たとえ低くてもあの子が生きている可能性があったのだから。



 だけど、私の期待はすぐに裏切られた。膝から崩れるようにしてその場にしゃがみ込むと、そっと淡い金色の魔石を手に取った。片手で持つには少し大きいその魔石は、まるで満月の月のように光輝いていた。



――結局、私は、また守ることが出来なかったのね。



 私は込み上げてきた感情と涙を無理矢理押し込めた。



――私がここで泣くわけにはいかない。私には傷つき、苦しんでいるセラを支えなければいけないわ。今の彼女はとても弱っている。そこに付け込んで、人間達が彼女をいい様に利用するかもしれない。せめて、セラだけでも守ってあげないと。それが出来るのは私しかいないのだから。



 自分にそう言い聞かせながら、私は淡い金色に輝く魔石を両手で抱えるように持って、来た道を重い足取りで引き返した。



 私が結界から出ると、桜の周りには二人の巫女が居て何やら話し合っているようだった。ゼストとグレンの姿はもう無く、セラは近くの木の根元に移動していて、膝を抱えてうずくまって顔を隠している。



――とりあえず桜の方は放っておいても大丈夫でしょう。ああ見えてしっかりしているものね。



「セラ」



 うずくまっているセラに近づいて名前を呼ぶとぴくりと体が動いた。伏せていた顔を上げると端整な顔が涙でぐちゃぐちゃになっていて、感情が抜け落ちたような空虚な目で私を見上げてくる。



「全く、綺麗な顔が台無しじゃない。ほら、顔をもっと上げて」



 涙の痕が見ていてとても痛々しいから、ハンカチを取り出して顔を拭っていく。もちろん、綺麗にするだけならば魔法で洗浄すれば一瞬で終わるのだけれど、今彼女が一番欲するのは人の温もりだろう。



 しばらくハンカチでごしごしと顔を拭っていると、セラの空虚な目にほんの少しだけ光が戻ってきて、赤茶の瞳に私の顔を映した。



「エル?」



 どうやらやっと私を認識したようね。私はふぅと溜息を吐いてから、そっとセラの顔に掛かっている髪を払う。



「酷い顔をしているわよ?皆のところに帰りましょう?」


「・・・でも、でも私は、トワちゃんを・・・」


「どうしようもなかったのでしょう?・・・もう、終わったことよ」


「私は、私が!トワちゃんの胸に、剣を、つ・・・突き刺して・・・感触が・・・私の・・・手に」



――意識はこちらへ戻ってきたけど、まだ情緒不安定のようね。



 セラはつっかえつっかえになりながらもトワちゃんと戦った時のこととその直前までのやりとりを涙ながらに語り始めた。



「私が、みんなの命と、トワちゃんを天秤にかけたから、こんなことに・・・『仲間』だって、そう、そう言ってくれたのに、あの子を一人にさせたのは、私達なのに、居場所になれなくても、一緒に居られたのに、なのに、私が、私が・・・」


「ねぇ、エルちゃん、その子を連れ帰ってくれないかなぁ?なんだか漏れ聞こえてくる声だけでわたしまで罪悪感で気分が悪くなってくるよ」


「あら?罪悪感が全く無いの?」


「エルちゃんまでそんなこと言わないでよ!わたしはあの人達と違って罪悪感ありまくりだよ!すっごく胸が痛いよ!ここ500年ぶりくらいだよ!こんなに気分悪くなったのは!」



 私や桜はとっても長命だ。だからこそ死というものを見るのは慣れてはいる。それでも、近しい人が死んで、その周りも壊れそうな光景を見るのは辛い。



 それに、セラの話を聞いているだけでも、トワちゃんが相当の覚悟を持って、私達を助ける為に命を懸けて行動していたのが分かる。魔人の存在に気付きながら人の住む街に入れて、知識や技術を教えて成長させていたのだから、重い刑が科せられるのは間違いがない。それをさせないために、庇おうとするセラを攻撃したり、わざと致命傷になるような攻撃を受けたのだろう。



――トワちゃんのお陰で私達が罪に問われるようなことはないでしょうね。



 私は再び込み上げてきた思いに蓋をするように、そっと目を伏せた。



「セラ、帰りましょう?歩ける?」


「うん、」



 私が手を差し出すとセラはすがるように掴んできた。そのまま立たせると、ゆっくり街の方まで歩いていく。



 街の中に入って宿の前に辿り着く間、セラはずっと無言のまま俯いていた。私もあえて話しかけることはしないで無言のまま手を繋いで横を歩く。



――セラはまだ十六歳だもの。持っている力は強大だけど、心は皆が思っているよりもずっと弱いわ。彼女の心が壊れない様に気にかけてあげないと駄目ね。



 宿の前まで着くと、そのまま入り口からロビーに入る。入り口から少し離れたテーブルにリンナとクーリアが臨戦態勢で待機していた。帰ってきた私達を見て駆け寄ってくる。



「大丈夫なのですか?何があったのです?セラさん、顔色悪いですよ?それに、トワちゃんは?」



 トワちゃんの名前が出てきてセラがぴくりと反応する。それだけでリンナは察したのか、険しい表情をすると「とりあえず部屋まで戻るか。ここだとお店の迷惑になるからな」と言って部屋まで早足で歩いて行った。



 クーリアはまだ事情が呑み込めていないのか、不思議そうな顔をしながらも暗い顔で俯いているセラを、私と反対側に回って手をつないだ。



「よく分かりませんが、行きましょう?」



 泊まっている部屋に入ると、先に戻っていたリンナが既にお茶の準備をしていた。話し合いをするからというのもあるけれど、リンナは自分が落ち着くために動いていたかったのだろう。



 私とクーリアがセラを椅子に座らせると、セラを挟むようにして私達も椅子に座る。必然的に私達三人とリンナが対面するような形になった。



 リンナはセラの様子をちらりと見ると、気持ちを落ち着かせるように、自分で淹れたお茶を一口飲んでから口を開いた。



「さて、セラはその調子だと話を聞くのは難しそうだな。エル、知っていることだけでいい。教えてくれ。何があった?」



 リンナが真っすぐに赤い瞳を私に向けてくる。そこには、誤魔化しや嘘は許さないと強い意思が伝わってきた。もちろん、私は誤魔化す気も嘘を吐く気も最初からないけれどね。



 私は一度大きく深呼吸してから、収納から一つの魔石を取り出してテーブルの上に置いた。



 淡い金色の魔石は夜空に浮かぶ月のようにぼんやりと光っている。



 それを見たリンナは何かに耐えるように目を瞑って歯を食いしばり、クーリアもようやくトワちゃんがどうなったかに気付いたようで、呆然とした顔で魔石を見詰めている。



「う、うそ、嘘ですよね?これって・・・」


「頼む。最初から教えてくれ」


「ええ。もちろん。と言ってもこの状態のセラから断片的に聞いた内容を合わせて私が推測で言うけれど、それでもいいかしら?」


「構わない」


「・・・・お願いします」


「・・・」



 クーリアはそわそわと落ち着きを無くして、お茶の入ったコップを震える手で両手で包むように持ってちびちびと飲み始めた。リンナは腕を組んで私をじっと見詰めてくる。セラは未だ心ここにあらずなのか、ぼうっとした顔でテーブルの上を見ていて、宿に帰ってきた後でも一言も喋っていない。



 私はリンナが用意してくれていたお茶を一気に飲み干してから、推測の部分もあるけれどほぼ間違っていないであろう今回の件について説明を始める。



「と言っても、とても簡単な話よ。どこかでトワちゃんが魔人だということがグレンにバレてしまった。魔人に対して絶対的な敵意を持つグレンが、トワちゃんと繋がりの深い私達から引き離すためにセラを脅した。恐らくは、トワちゃんを目的の場所まで連れ出すことを条件に『白の桔梗』が魔人を庇っていたことに対する罪を無くすとでも言われたのでしょうね。それでも、万が一に備えてゼストを呼び出し、桜にも協力を要請した。結果として、トワちゃんは討伐されて、私達は魔人討伐の協力者としてお咎めなしになった、というところかしら?推測の部分も多いけれど、この流れで概ね間違いないと思うわ」


「じ、じゃあ、トワちゃんは?トワちゃんはどうなったのです!?」


「言ったでしょう?()()()()()って。これが証拠よ」



 私はそう言って目の前の魔石をつんっと突く。クーリアはとても頭の良い子だから、意味が分からないのではない。ただ認めたくないだけでしょうね。



 だんだんとクーリアの黒い瞳に涙が溜まってきて、やがて流れ始めた。ぽつぽつとスカートに落ちていく雫を見て、私はそっとクーリアから視線を外す。リンナは感情の分からない顔でしばらく目を閉じていると、未だに無言のまま座っているセラに視線を移した。



「セラ、話せるだけでいい。トワの最後の様子を教えてくれないか?」



 声を掛けられたセラはぴくりと体を震わせると、恐る恐るという様子でリンナの顔を見る。その怯えた様子にリンナはふっと表情を緩めて声音も柔らかくして言葉を続けた。



「言いたいこともあるが、責めるつもりはない。セラがそれだけ苦しんでいるんだ。私にもそれを背負わせて欲しい。お前まで居なくなってしまうのは嫌なんだ」


「・・・・経緯はほとんどエルが言ってくれたので間違いない。私は春姫さんの指示に通りにトワちゃんをあの場所まで連れ出した。あの桜の木の下で、トワちゃんは私達のことを『仲間』だって言ってくれた。居場所にはなることはないけれど仲間だって、それを聞いてやっと私は自分が間違っていることをしようとしているって気付いたの。でも、もう遅かった」



 ある程度時間が経って落ち着いてきたのか、それとも、ただ自分の内に溜まったものを吐き出したいのか、セラの声は震えてはいるけれどはっきりとしていた。



「私はなんとか説得しようとしたけど、それを遮るようにトワちゃんが私を攻撃してきて。それでもう、避けられなくなってしまった。なんとか逃がそうと、結界の端まで誘導してたけど、その間にもグレンさんやゼストの攻撃でどんどんトワちゃんが追い詰められていったの」



――セラの話を改めて聞いているだけでもトワちゃんの強さは普通の魔人種に比べても群を抜いているわね。



 普通の一年ちょっと生きた魔人ならば、Sランク冒険者二人と、本気では無いとはいえ魔物に対する圧倒的な特効能力を持つセラを同時に相手にしたら数分と持たないだろう。リンナも同じことを考えたのか思わず苦笑いを浮かべている。



「トワちゃんがせめて一人は道連れにするって言ってグレンさんとゼストを足止めした瞬間、チャンスだと思った。私の攻撃でトワちゃんを結界近くまで動かして、そのまま私が結界に穴を空けて逃がそうと思ったのに・・・思ったのに・・・」



 セラの声がだんだんと震えが大きくなり両手も震えだした。それを抑えるように手を組んでも震えは止まらない。俯いた顔は目を見開いてここではないどこかを、いや、トワちゃんとの最後の瞬間を見ているようだった。



 私はそっとセラの肩を抱いてこっちに寄り掛けさせる。セラは震える声で話を続けた。



「私の、攻撃を、トワちゃんが、わざと当たって、聖剣が、トワちゃんの小さな胸に突き刺さって、真っ白なワンピースがどんどん赤くなっていって、貫いた感触が、まだ私の両手に・・・」


「聖剣を・・・そうか。トワはそれが目的だったのか」



 リンナもトワの行動の理由に気付いたようだ。その顔は苦々しくなっていて色が変わるほど強く拳を握りしめている。



 聖剣には基本的に浄化能力が付与されているわ。聖剣で魔物に傷を負わせると、魔力による自動修復を阻害する効果がある。さらにプラスしてセラには熾天使という天使系最強の浄化能力も合わさってその効果は非常に高くなっているわ。



 そして攻撃を受けた場所は恐らく心臓部、魔力を蓄えて供給している核の部分ね。ここを浄化能力のある聖剣で砕かれたとなると、魔物としては完全に致命傷だと言える。



――それでも、トワちゃんほどの魔力量と原初魔法があるならば、自己治療することも出来たと思うけど。



 心臓部にある浄化能力を上回る魔力量で再生魔法を使えば核の修復は出来たはずだ。少なくともトワにならば出来たはず、でも、恐らくそれをしなかったのだろう。それがあの惨状でありこの魔石という結果だ。セラがその答えをとぎれとぎれに、でも最初の頃よりは伝わるように説明する。



「私がどうしてって思ってトワちゃんを見たら、いつもと同じ顔で、『これで皆さんに被害が行くことは無いでしょう?』って、私のことを『本当に手間の掛かる人です』って、そう言われて私・・・」



 そこでセラは堰を切ったように泣き始めた。そんなセラを抱きしめるようにしてクーリアも声をあげて泣き始める。とても続きを話せそうもない様子なので、私がリンナに向けて補足することにした。



「私達が関知した異常な魔力なのだけど、恐らくはトワちゃんが前にクーリアが使ったアビスコアを再現したものでしょうね。自分の魔力の全てを使った純粋な魔力のみを原初魔法で強引に再現したという感じだと思うけれど。その影響であの戦闘があった辺りはとても濃い魔力の渦で覆われているわ。今は桜が人払いの結界を張っているでしょうから、近寄ることも見ることも出来ないでしょうけど」


「エルはそんな中に入っていってその魔石を回収したのか?」


「早く入らないとどこが中心地だか分からなくなっていただろうし、桜の人払い結界の後に入るのも躊躇われたからね。それと、本音を言うならば、見付からなければ良いと思っていたのだけど」


「そうだな・・・。でも、回収してきてくれてありがとう、エル」



 リンナと会話をしている内に落ち着いてきたのか、セラがゆっくりと顔を上げた。落ち着いてきたといっても顔には生気はないし目も虚ろだ。ある程度整理がつくまでにもうしばらくは必要ね。



「・・・・そういえば」



 静かにポツリと呟いたセラに私達が視線を向ける。



「トワちゃんが、最後にお願いって、たしか、エルに預けてあるから、皆で受け取ってほしいって」



 皆の視線が今度は私に集まってくる。私もセラの言葉でトワちゃんから預かっていた物を思い出した。



『もしわたしが無事に公国から出ることができたら』そう言って私に託してきたものだ。



 あの時にもっとよく問い詰めて話を聞いていれば、何か変わっていたかもしれないと思うと、非常に歯痒く思うし何よりも悔しかった。私はそんな気持ちを表に出さない様にしながら、収納からトワちゃんからの預かりものを取り出してテーブルの上に置いた。



「袋?何が入っているのでしょうか?」



 まだ赤くなっている目をしながらも、明るく装った声でクーリアが袋に手を伸ばした。



「ん~?中に四つ箱が入ってますね。私達の名前が書いてあるようなので配りますね」



 クーリアがそれぞの名前の通りに箱を配ると、一番先に箱を開けた。すると、くしゃりと顔を歪めてまた涙を流し始めた。



「こんなの、ずるいじゃないですか・・・。う、うぅ・・・。トワちゃん・・・」



 再び、今度は声を殺すように泣くクーリアを見ていると、今度はリンナが席を立った。箱は既に開けられていて何かを握っているようだ。



「すまん。少し頭を冷やしてくる」



 ずっと押し殺していた感情が僅かにあふれ出るようにリンナの声は震えていた。そのまま、部屋から出ていくのを見送った私は、今度は呆けた様に箱の中身を見ているセラに視線を移す。



「セラ?大丈夫?」


「ふ、ふふ。トワちゃんは、やっぱりトワちゃんだなぁ。なんで、なんでこうなっちゃたんだろうね?」



 もはや出てくる涙も無くなってしまったように、セラは泣き笑いを浮かべながら箱の中身を愛おしそうに撫でた。私も箱の中身を空けて確認してみる。



――これは。



 まず目についたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()紅い宝石だ。美しくカットされた宝石はペンダント様に加工されて付いている。よく見ると魔術具になっていて魔法陣が刻まれていた。そしてチェーン部分も魔術具の材料として最適なミスリル製という徹底ぶりだった。



――どこでこんな技術を覚えたのやら。王国の一流の宝石加工の職人でもここまで宝石を綺麗には出来ないわよ。



 呆れるやら感心するやらで、それでも、まぁ、トワちゃんなら仕方ないかという気持ちになってくる。そんな気持ちで苦笑しながらペンダントを手に取ると、箱の蓋の裏になにやらメッセージカードが貼られているのに気付いた。そこには



『エルさんへ

 いつもセラさんとクーリアさんの暴走を抑えてくれてありがとうございます。それと、いつも淹れてくれる紅茶はとても美味しいです。これは今までの感謝の気持ちです。遠慮なく受け取って下さい。 トワより』



 今まで必死に我慢していたものが、止めることが出来ないほどに溢れてきた。私の視界はぼんやりと歪み、声にならない声が口から漏れる。



 セラとクーリアに構われ倒されて無表情ながらに困ったような面倒そうな雰囲気を出していたトワちゃん。



 着せ替え人形のように一日中服屋で色んな服を着替えさせて死んだような目になりながらもどこか楽しそうなトワちゃん。



 団子を前にして本人は気付いていないが目が嬉しそうに爛々と輝いていたトワちゃん。



 そして、満天の星空の下で月光に照らされながら月を見上げるトワちゃん。



 ひとつひとつの場面が一気に流れてきて、私の頭の中を埋め尽くしていった。たったの数か月、私の生きてきた中でのほんの短い時間しか一緒に居なかったはずなのに、私の中でトワちゃんの存在は自分の思っていたよりもずっと大切な存在だったのだと、今、ようやく気付いた。



 私はペンダントを手に取って席を立ち窓際まで移動する。かつてトワちゃんが何度もやっていたように、私は夜空に浮かぶ月を見上げた。



 見上げた月はいつもよりも霞んでいて、ぼんやりとした黄色い光で世界を照らしていた。




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