38話 転生うさぎは蒼い月の下で舞い散る
どうやら戦闘するのは織り込み済みで、あえてかなり広く結界を張ったようですね。恐らくは内側から出られなくするためのものでしょう。
わたしは頭の中を瞬時に戦闘モードに切り替えます。この後の展開はおおよそ読めているので、どう生き残るのかを最優先に作戦を練らなければいけません。ひとつでも選択を間違えたら死は免れないでしょう。慎重に、でも躊躇わずに行動しましょう。
「待って!今の会話聞いていたでしょう!?トワちゃんに害意は無いよ!」
セラさんがわたしの前まで駆けよってきて壁になります。声をあげて叫んだ先には三人の影がありました。
一人は嫌そうな顔をしている春姫さん。恐らくこの結界を張ったのでしょう。
二人目はグレンさん。二メートルは超えている非常に肉厚の大剣を肩に乗せています。その目はいつものような好々爺のような穏やかな目ではなく、威圧感のある険しい目をしています。
三人目はゼスト。にやにやとしながら両手をズボンのポケットに入れてゆっくりと歩いてきます。
「だから言ったじゃん。わたしは協力したくないって。絶対に後味悪くなるもん」
「ふむ。だが、魔人の言葉はああして人の心をも動かす。だからこそ、取り返しがつかなくなる前に排除せねばならぬ」
「くははは!俺はついでに熾天使とも戦ってもいいんだぜ?以前の決着をつけようか?」
三人がそれぞれの思うところを喋りながら一定の距離まで歩いて止まりました。ぎりぎり間合いの外ということですか。セラさんは苛立たし気に聖剣を乱雑に取り出します。
「望むところだよ!私の仲間に手を出す気なら三人纏めて相手してあげる!」
「ふむ。そんなことをしてもなんにもならぬぞ?其方の行為が他の仲間も危険に晒すと諭したではないか?」
――そういうことですか。
恐らくセラさんはわたしをここまで連れ出すようにと、このグレンさんに依頼されたのでしょう。クーリアさん達を盾にされて。わたしを連れ出さなければセラさんだけでなく、その仲間も魔人に与する人類の敵対者になります。そう脅されて悩んでいたセラさんが目に浮かびます。
――全く、これはある意味ではグレンさんが最後に与えた救済だというのに。
今の時点でわたしを殺さないで庇ってきたセラさんの罪を無くすために必要な方法だったのでしょう。こうしてわたしを連れ出せば、魔人に油断させて討伐に協力したということに出来ますからね。
人間側としてもセラさんほどの人を易々と手放したくないというのはよく分かります。Sランク級の魔物に囲まれても生き残れるほどの戦闘力を持っていますからね。当然の考えでしょう。
それでも、ここではっきりと敵対してしまえばそういう訳にもいかなくなるでしょうね。
だからわたしは彼女達を助けるためにはこうするしかないのです。
――世話のかかる人ですね。普段は完璧なのに肝心な時はダメなのですから。
わたしは殺意を込めて魔法を使います。お馴染みのウォータージェットカッターです。セラさんのスキルが反応したからか、反射的にその場から距離を空けて避けました。その顔は驚愕に染まっています。
「な、なんで?」
「・・・いずれこうなることは、予想していましたから」
「ち、違うの!トワちゃん、私は!!」
何か勘違いをしているセラさんの叫びを無視して月魔法を使います。
――月魔法『蒼月の円舞』
わたし達を照らしていた光が蒼く染まり、無数に舞い散る桜もまた白い花びらから蒼い花びらに変わりました。それと同時に『蒼月の進化』の影響で、わたしの魔力量が倍以上に上がり、急速に魔力も回復していきます。
「むう!?」
「へぇ。こいつは楽しめそうじゃねぇか」
「これって、前にあった赤い月に似ているね。あれはトワちゃんの仕業だったのかぁ」
「トワちゃん・・・」
グレンさんは警戒するように身構え、ゼストは楽しそうに舌なめずりして、春姫さんは前にわたしがやった紅月のことを思い出したのか苦笑いをして、セラさんは悲痛な顔でわたしを名を呼びました。
四人がそれぞれの反応を示している中、わたしは重力魔法で上空に浮かぶと蒼い月を背後に携えて片手を突き出します。
わたしの周囲にいくつもの蒼い槍が現れます。どれも蒼い月の魔力を浴びているからか、蒼い光の粒子が周囲に撒かれています。
セラさんの力も借りれば逃げることは出来るかもしれません。むしろ、わたしはそうするべきなのでしょう。でも、それでセラさん達が不利な状況になり断罪されるようなことになれば、自分で自分を許せません。
だからわたしは敵になりましょう。人族達が望む人類の敵に。
「・・・〈月魔法〉蒼月の槍。・・・行け」
蒼い槍はわたしの言葉で雨のように眼下の敵達に振り注ぎます。蒼い粒子が軌跡のように後を残して流星のように落ちていきます。
〈蒼月の進化〉は言うならば魔法戦特化形態です。〈血月の狂化〉とは正反対の能力ですね。この状態ならば、普段は魔力の燃費が絶望的に多い月魔法を使うことも出来ますし、蒼月の間は性能も強化されます。
今放った月の槍も本来は普通の月明かりのような金色をしていますが今は蒼く輝いています。威力ももちろん折り紙付きで、普通の月の槍でも恐らくあの防衛戦の時のドラゴンの体を串刺しにするくらいは威力があります。強化された蒼月の槍はきちんと性能比較してないので分かりませんが、威力と射出スピード、それに同時に出せる量などが全然違います。〈蒼月の進化〉中でもないと〈月魔法〉の攻撃は魔力の燃費が悪いので原初魔法で他の魔法使ったほうがいいですけどね。
――でも今回は〈月魔法〉による攻撃も思う存分使うことが出来ます。使った端から魔力が回復していきますからね。
わたしが空中で下の様子を見ていると、あえて狙わなかった春姫さんは兎も角、殺す気で狙った三人は案の定無傷のようですね。あれぐらいでは誰も退場してくれませんか。そう思って次弾を発射しようとしたら突然上から衝撃を感じて地面に叩き落とされます。空中で体勢を整えて着地時に重力魔法で衝撃を無くして着地すると、空間転移で移動してきたようで目の前に突如ゼストが現れます。
「くははは!始めて見る魔法だぁ。ユニークスキルか?こいつは見せてくれたお返しだ、遠慮なくとっときな!!」
ゼストの両手にそれぞれ赤い炎と青い氷が生まれて魔法陣が展開しました。わたしは危険察知が働いたのを頭の中で確認する前に身体強化を掛けて一気に遠ざかります。
「極氷の牢獄で地獄の業火よ渦巻け!フレイムフリージア!」
ゼストが呪文を唱えて右手の青い氷を地面に投げつけると地面が一気に凍りついて冷気が周囲に漂います。その後すぐに左手の赤い炎を同じ場所へ投げつけました。すると、凍りついた場所が一気に爆発して周囲に飛び散るかと思ったらそのまま氷の塊が周囲を覆うように固まり始めて、その中を炎のが渦巻いています。わたしは間一髪で氷の牢獄から逃れると、上で召喚していた槍をゼストの真上から降らせます。
「おっと、あぶねえ!ははは!まだまだ楽しませろよお!!」
わたしがゼストに気を取られていると、空から衝撃波が飛んで来たので慌てて避けます。随分とやる気のない攻撃に、なんだと見上げると、いつの間にか熾天使の六枚羽を生やしたセラさんが聖剣を握って空を飛んでいました。
セラさんは聖剣を構えると数回振って衝撃波を出して攻撃してきます。以前の防衛戦の時のような威力や速さもない攻撃ですが、直撃すれば致命傷になりかねないので確実に避けていきます。徐々に端の方に移動させられているの感じて、セラさんの意図に気付きました。
――この状態でもわたしを逃がそうとしますか。でも、そんな見るからにやる気が無い攻撃だと誤魔化されてくれないと思うのですが。
どうしたもんかと考えていると、危険察知が働いたので咄嗟に武器を盾の形にして両手で構えて防御します。ぎりぎり間に合ったようで、衝撃と共に、触ると溶けそうなほどの熱気を感じました。
「ふむ。今のを防御するか」
気配すら感じなかったグレンさんはそう言うと、燃えるように赤くなっている大剣に力を込めていきます。わたしの足元の地面がビシッと音を立てます。
「しかし、甘い」
突然力が抜けて前のめりになりそうな体を魔法で無理やり矯正して体を捻ります。力を抜いて一瞬でわたしの背後に回ったグレンさんはそのまま赤い大剣を下から振り上げました。
じゅっと音がしてわたしの右手と右足が切り落とされて消失します。わたしは切り口から侵食してくる熱を魔力で押さえてそのまま無理やり再生魔法をかけながらグレンさんとわたしの間の空間を爆発させてその衝撃で距離を取ります。
治癒魔法と魔力の自動治癒で切り落とされた右手と右足を即座に再生すると、今度は不可視の弾丸がわたしの体をいくつも貫きました。
「・・・っ!」
何度か頭と心臓も撃ち抜かれましたが、一瞬だけ意識が飛んだだけで魔力による自動治療があるので死ぬことはありません。魔力が尽きるか浄化のような力で急所を攻撃されたら別ですが。わたしは再び重力魔法で空に浮かんで一度体勢を整えにいきます。
――一瞬で治療されるとはいえ、痛みはあるのですよね。叫びたくなるくらい痛いんですよ。
夜空に浮かぶと、同じく夜空に翼をはためかせて浮かんでいるセラさんと正面から向き合います。セラさんの顔からは普段の微笑はなくなり泣きそうな表情になっています。
「トワちゃん、私が上手くやれば・・・」
話しかけてきたセラさんに蒼月の槍を召還して飛ばして黙らせます。
――まだそんな寝言を言っているのですか。わたしと他の『白の桔梗』の仲間達を比べたら、どちらを優先するべきかは明白でしょうに。
わたしの攻撃を避けたセラさんがわたしの顔をじっと見て、一度目を伏せると、感情を押し殺すように表情を消して目を開けました。聖剣に魔力が込められて刀身が白く光を放ちます。
――そうです。それで良いのですよ。
わたしが心の中で安堵していると、セラさんは翼を羽ばたかせて天使の羽根を周囲に舞い散らせると、無数の天使の羽根が光の弾丸になってわたしを襲い掛かりました。
わたしは周囲の空間を湾曲させて攻撃を逸らさせます。視界が白い羽根でいっぱいになると同時に警鐘が頭に響いたので思わずその場から遠ざかります。
羽根の攻撃が止んだ瞬間にセラさんの聖剣がわたしが居た場所に振り下ろされていました。僅かですが空間が揺らいでいます。
――アーツと魔法剣を組み合わせて空間に干渉する攻撃も出来るのですか。本当に規格外すぎるでしょう。
これで、わたしが防御に絶対の自信を持っていた空間湾曲防御の魔法でも防げない攻撃があることが分かってしまいました。
「何度か致命傷が入ったはずなんだがな。全然魔力減ってねぇな、あいつ」
「ふむ。恐らくあの蒼い月と関係あるのだろうが。一撃で葬り去るか。セラの浄化能力ならば倒せるであろう」
「ようやくあの腑抜けもギアが入ってきたようだしな。これからがお楽しみだぜぇ。これだけ強大に育った魔人はそうそう会えねぇからな」
それからも戦闘は終始わたしの劣勢のまま続きます。何度も手足を切り落とされて、大きな穴を空けられたりしながらも、その度に治療して再生して生き延びます。
ただ、痛みのせいでだんだんと判断が鈍くなってきて被弾が増えてきました。今はまだ魔力の回復が追い付いていますが、じきに回復が追い付かないくらいになるでしょう。特にセラさんの攻撃は全てが浄化能力があるので、被弾するとしばらく魔力の回復が出来なくなるので優先して避けないといけません。
――あ~。服がボロボロですよ。これ結構気に入っていたのですけど。
桜の都で買ってもらった和ゴスロリの服がたくさんの攻撃でズタボロになっています。
わたしは収納から一番付き合いの長い白いワンピースとボロボロ服を取り替えました。魔法で一瞬で着ることが出来るのが楽でいいですね。セラさん達は出来ないようなので、これも恐らく原初魔法のおかげなのでしょうけど。
――そろそろ、潮時ですかね。これ以上戦いを長引かせても、わたしがより追い詰められていくでしょうね。
今の私ならば、あわよくば逃げおおせることも出来るかと思っていましたが、Sランク冒険者三人を同時に相手するのはさすがに荷が重すぎたようです。一人ならなんとかなったと思うのですけどね。
ちなみに、春姫さんは結界を張ったっきりこちらの戦闘を見るだけで参加する意思は無いようです。もしも彼女が参戦していたらこんなに長く戦えなかったでしょうね。
「はん。粘るねぇ。動きも大分鈍ってきたみてぇだな。そろそろ精神的に限界か?」
「ふむ。あれだけの痛みを負いながらも未だに立てる精神力は大したものよ。人族で無いことがなんと惜しいことか」
「・・・」
セラさんは必死に感情を抑えているようで、無言のままわたしを見下ろしていますが、聖剣を握る手はぶるぶると震えています。
激しい戦闘のせいで周囲は悲惨な状態ですが、あの大きな桜の木は戦闘中に大分距離が離れたので無事のようですね。
蒼い月明かりがわたしを後ろから照らしています。わたしはその月明かりを背負って目の前に居るグレンさんとゼスト、そして夜空に浮いているセラさんを見据えます。
「・・・人族で無くて良かったですよ。操り人形のように人族のために戦い続けるなんて、考えるだけでゾッとします」
「ふむ」
わたしの言葉に思うことがなにかあったのか、グレンさんが眉をひそめました。ゼストが「たしかに俺も完全に自由なわけじゃねぇからな。そこだけは同意するぜ」と珍しく真面目な顔で呟きます。
「・・・もう終わりにしましょうか。このままジリ貧で死ぬくらいならば、せめて一人でも道連れにしてやります」
セラさんが空中で聖剣を構えたのを目の端でとらえながら、わたしは蒼い槍を大量に召喚します。
「馬鹿の一つ覚えが。そんな単調な攻撃が当たるかよ。最初は楽しかったんだが同じ攻撃ばかりでもう飽きたわ。いい加減死ねよ」
ゼストが魔法陣を展開してので、まずはそれを妨害するために槍を飛ばします。さすがのゼストでも魔法の準備をしながら、当たれば致死の攻撃が無数に飛んでくるのを避けるのは難しいのか、ちっと舌打ちをして一度大きく飛び退きました。
その横でグレンさんが飛び出そうとするのを今まで使わないでいた罠魔法で足止めします。始めて見る魔法でグレンさんの動きが僅かに遅れたのが分かりました。
そして、空中から天使の羽根を撒き散らしてやってきたセラさんが聖剣を持って突撃してきます。やはりどこか手加減しているようで、その速さは今のわたしでも余裕で避けられるものでした。
余裕で避けられる攻撃・・・だったのですが、わたしはあえてその攻撃を受けます。魔物の致命傷に当たる心臓部・・・魔力の貯蓄と供給をしている核の部分に当たるように調整して。
セラさんが驚愕に顔を染めて慌てて軌道修正しようとしますが間に合わず、浄化の力がこもった聖剣がわたしの胸に深々と刺さりました。
「・・・っ。あ・・・これは思った以上に・・・きついですね」
「どうして・・・?」
聖剣を突き刺したままわたしと間近で目を合わせるセラさんは目を見開いて唇を震わせています。
わたしは震えているセラさんの両手をそっと小さい手で押さえます。さりげなくセラさんの後方を確認すると、わたしの致命傷となる箇所に浄化の攻撃が入ったのが分かったのか、グレンさんとゼストの二人は動きを止めて、わたし達からやや距離を空けてこちらを見ていました。
「・・・これだけすれば・・・皆さんに被害がいくことは・・・無くなるでしょう?・・・全く・・・本当に手間が掛かる人です・・・」
「あ、あ、そんな、私は・・・」
「・・・セラさん」
狼狽えるように瞳を揺らしているセラさんを静かに呼ぶと、さ迷っていた焦点がわたしを捉えます。
「・・・最後に・・・お願いがあります。・・・エルさんに預けものをしているので・・・後で皆さんで受け取って下さい」
「あ、分かった。分かったから、最後だなんて言わないで」
わたしは瞳に涙を溜めたセラさんの顔をそっと撫でてその涙を拭き取ります。それでも、涙がどんどんと溜まっていって流れ始めました。セラさんが震える手で聖剣から片手を離すと、わたしの顔に触ろうと手を伸ばしました。
わたしはその手が届く前に思いっきりセラさんを突き飛ばします。セラさんは握っていた聖剣ごとわたしから離れていって受け身もとらずに地面に落ちました。その側にグレンさんが駆け寄ります。
「ふむ。良くやった、セラ。後は儂達でやろう」
「死に損なえのとどめなんぞつまらん。じいさんがやんな」
「・・・ふ、ふふ・・・」
「なにが可笑しい?」
いきなり笑い始めたわたしをゼストが苛立たしそうに聞いてきます。わたしは消えそうになる意識を頑張って耐えながら、両手の手の平に体に残っている全ての魔力を込めてあるものを造ります。
わたしの手のひらに、今のこの夜空に浮かぶ蒼い月のような球体が出来ました。それを見て、ゼストとグレンさんが目を見開きます。
「む?それは!?」
「おいおいマジかよ」
「・・・言ったでしょう?一人でも道ずれにしてやると」
わたしが作ったのは、クーリアさんがドラゴンと戦うのに使った魔法。そう、アビスコアという超危険な魔法を模倣したものです。もちろん、わたしでは制御出来るようなものでは無いので、少しでも制御出来るようにわたしの純粋な魔力のみで再現しました。威力は蒼月の進化による魔力量上昇もあって相当なものでしょう。
――どうせ核は浄化の力で魔力による再生は難しいですからね。余った魔力を全部使ってやります。
「・・・精々頑張って・・・生き残るといいですよ」
「冗談じゃねぇ!!?ここでこんなやつと心中なんざさらさらごめんだ!」
「うむ。そうだな。行くぞ、セラ」
「待って、トワちゃんが・・・」
涙を流しながらわたしを呼ぶセラさんをグレンさんが強引に担いでいきます。ゼストは転移を使って早々に消えました。
――全く、嫌いなゼストを足止めしてわたしと心中させてやろうとは思わなかったのでしょうか?そういうところが甘いのですよ、セラさんは。
わたしが薄れていく意識の中でそう毒づくと、わたしを中心に何重もの結界が広範囲に張り巡らされていきます。恐らく、春姫さんが事態に気付いて慌てて張ったものでしょう。
わたしはそれが完全に張り終わるまでの間に最後の悪足掻きを仕込んでおきます。
――さて、今回の賭けは勝てますかね?
わたしはそっと目を閉じて、両手に乗っている超濃縮された魔力の球体を握り潰します。
そして、凄まじい魔力の奔流がわたしを呑み込み、視界が蒼く染まりました。
* * * * * *
深い森の中を三匹の白いうさぎが駆け抜けていた。僅かに繋がっている懐かしい気配を感じたからだ。でもその気配は今にも尽きそうなくらい弱弱しいものだった。
ようやくその気配のもとに辿り着くと三匹のうさぎは一斉に人になった。白銀の髪と金色の瞳をした女性と双子の小さな少女と男の子が暗い木々に隠れるように倒れている人影に駆け寄る。
「これは・・・なんていう酷い状態なのでしょう」
「かあさま、このままじゃ、あるじ様が・・・」
「あるじさま!あるじさま!死んじゃイヤなのです!せっかく会えたのに!」
「魔力が尽きかけていますね。私達の魔力を注げば・・・」
白銀の女性はうつ伏せに倒れている人影をそっと丁寧に起こした。人影から流れるようにとても長い艶やかな白銀の髪がサラサラと流れる。息を呑むほどに整った顔立ちをしている少女の目は閉じられている。そして、美しい彼女の胸には大きな剣で貫かれた穴が空いていて光の粒子が魔力による再生を阻害していた。
その傷の場所から状況を察した女性は顔を真っ青にする。魔物の核、人間や動物で言う心臓が破壊されていて治療も出来ない状態になっているのだ。むしろ、今この状況で生きているのが不思議なほど酷い状態だった。
「あ、ひかってる?」
双子の男の子が少女の左手についている指輪を指差してそう呟いた。白銀の女性がその指輪を確認して見ると、ほんの僅かに魔力が残っていてそれが少女の方に流れているのに気付く。
どうやらこの指輪のおかげで今まで動けたようだ。試しに指輪に触れて魔力を入れてみると、まるで底なし沼のようにどんどんと魔力を吸って少女の方に流していく。これならばなんとかなるだろう。
「二人とも、これに魔力を入れておいてちょうだい。二人が動けなくなると困るからほどほどにね。私はあの方達へ主様を招き入れられるように許可をもらいに行くわ」
「わかった」
「任せてなのです!」
残された双子は順番に魔力を入れていく。本当は自分の魔力を全部あげたいくらいなのだがそれをしてはいけないと言われているので我慢していた。しばらく待っていると先ほどの女性が帰って来た。一緒に二人の女性が現れた。
「あらぁ~驚いたわねぇ~あの時の子じゃない~」
「知り合いか?・・・それにしても酷い状態じゃの。よく生きているものじゃ」
「この指輪が核の代わりに魔力を貯蓄してくれているみたいねぇ~。後は~自然と魔力も回復しているみたいだけどぉ~、それでも奇跡よねぇ~」
「お願いいたします。主様をあの場へ連れていって休ませてあげたいのです」
「おねがいするのです!」
「おねがいします!」
「ん~、私の領域じゃないしぃ~?どうするのぉ~?」
「ふむ。魔力を補給しても核が壊されて浄化されているしの。まだ魂は残っておると思うが、目覚めるかは五分五分じゃな。・・・でもまぁ、良いじゃろう。許可しよう」
白銀の髪の女性は許可をくれた二人にお礼を言うと、未だに意識のない少女を大切な宝物のように抱きかかえた。双子も心配そうに少女に寄り添う。
そして、まるで何事も無かったかのようにその場にいた女性たちは忽然と姿を消した。
後に残されたのは静寂に包まれた森と深い木々の間から僅かに漏れる月の明かりだけだった。
 




