3話 転生うさぎと強襲
スライムさんと別れて、周囲の調査を再開しました。スライムさんは動きが遅いですからこれ以上は付き合っていられません。
調査のために散策していると、気が付いた時には日が傾いてきて、夕暮れ近い時間になってきました。もうすぐ夜になるでしょう。そろそろ、散策は終わりにしないといけませんね。
そう思いつつ辺りをうろうろしていると、遠目に森が見えたので近くまで行ってみます。が、近付くと、なにやら嫌な予感をひしひしと感じたので、さっさと引き返します。好奇心は猫を殺すと言いますからね。わたしはうさぎですが。
森から距離を離して、いい加減に散策を切り上げて今日の寝床を探しましょう。わたしの背丈くらいの平べったい石を見付けたので、とりあえずこれを目印にして寝床を造りましょう。
――うさぎの寝床って、穴掘るのでしたっけ?歩き回って心身共に疲れたのですが。
疲れた体に鞭を打って、やけくそ気味に穴を掘ります。体が隠れるくらいの小さい穴が出来た頃には、空はもう真っ黒でした。沢山の星がキラキラとしていて、大きな月が輝いています。
近くでちぎった草を持って、目印にした石の上に置いて、もぐもぐと食べながら夜空を見上げます。とっても綺麗な大きいお月様が見えます。
――星もたくさん見えますし、まるで、テレビの中の光景みたいですね。
ぼーっと月を見上げて、その光を浴びながら、今日一日のことを振り返ります。
目が覚めたらうさぎになっていて、色々とやっていたら、狼に襲われそうになって、食事の為に草を食べて、周囲の散策をしたらファンタジーな生き物に出会って・・・。元日本人としては、なかなかに濃密な経験をしているのではないでしょうか?
さて、考えなければならないことはたくさんあります。わたしの前世のこと。今のわたしのこれからのこと。
まずは前世のことです。わたし自身に関する記憶はほぼ無いですが、日常生活や常識、化学や社会などの知識、技術。こうしたものは、うさぎの体でも大きな強みになるでしょう。転生特典なんて無いじゃないと思っていましたが、これだけでも大きな特典です。
そしてこれからのことです。まずは当面の目標と最終的な目標を決めておきましょう。方針を決めておくことは大事ですからね。
まず、当面の目標ですが、うさぎとしての生活に慣れ、安全で安定した日々を得ることにしましょう。
わたしは、この一帯の食物連鎖の底辺ですから、まずは明日を生き抜くことに全力を尽くします。気を抜けばあっという間に死んでしまいます。朝襲われそうになった時にひしひしと感じました。
最終的な目標は・・・後々に修正もあるかもしれませんが、安寧に暮らせる居場所を手に入れることでしょうか。
とりあえず、今はこの綺麗なお月様でお月見をしていましょうか。スマホが無いのが残念ですね。持っていれば是非この風景を写真に撮って保存しておきたいものです。
ついさっきまで警戒を怠るとどうなるかを考えていたはずなのに、目の前に広がる、前世でも実際に見たことが無いような、広大で綺麗な景色を楽しんでいました。
夜になったら、皆が静かに眠って休むものだと考えてしまいまいました。夜行性だとか、世界が違うから生態が違うとか、頭の片隅では警鐘が鳴りますが、わたしは気付かないふりをします。なによりも、わたし自身が一番にゆっくりと休むことに飢えていました。
そして、月をぼーっと見ていたわたしはようやく、自分がいかに危ない状況なのかに気が付きました。しかし、気づいた時にはすでに遅く、相手の殺気がすぐ隣まで感じました。
ぼーっとしていた頭を思いっきりぶん殴るような強烈な危険信号を感じたわたしは、直感に従って石を思いっきり蹴って跳ぶようにその場から離れます。その瞬間背後から殺気と共に何かが飛びついてきました。
――やってしまいました!疲れていたとはいえ、こんな弱肉強食世界で、目立つところで警戒もせずにぼーっとしているなんて、餌にしてくれって言っているものじゃないですか!数分前のわたしを小一時間説教してやりたいです!
思わず振り返ると、わたしがいた石の上に、どこかで見たことのある狼がわたしを睨みつけていました。わたしはまさに脱兎のごとく逃げだしました。
現在わたしは、夜の草原で死に物狂いに逃げ回っております。しかし、相手は執拗に追いかけてきます。朝昼の散策で体力と精神をすり減らし、まだ満足に休んでもいないせいで逃げるスピードがあまり出ません。更に襲われた距離もとても近くて最悪でした。
満足に距離を引き離すことも出来ないまま、常に狼の攻撃射程に入っています。時折襲い掛かって来るのを直観で跳ぶように躱します。体力は既に限界にきていて、ほとんど気力だけで動いているようなものです。これは非常に危険です。このままでは、遠からず食べられてしまいます。
――なんとかしないと!なにか、なにか、ないの!?こういう時に前世の記憶から素敵な解決策とか・・・そんなの考えてる余裕ないよ!?というか、日本に住んでた頃は平和だったし、人間だったし、こんな経験したことないから、解決策とか出てくるわけないじゃない!!
あまりのパニックで心の声の口調が乱れてしまっていますが、逃げ惑い、死の恐怖と戦いながらも必死に生き延びる術を考えます。とりあえずは、逃げることに集中して雑念を払いましょう。
ところで、今考えるべきことでは無いのですが、相手が飛び掛かって来る度に、頭の中で警鐘が鳴り響く感覚が気になってしまいます。これのおかげで助かっているのですが、一体これは何なのでしょうね?おっとまた攻撃してきそうです。避けなければ。
何度も飛び掛かってきたところを避けて、逃げている内に段々と頭の中も落ち着いてきました。今ならば、有益な考えが出てきそうです。出てこなければ死にますが。
距離を引き離すことも出来ずに必死に逃げ惑い体力も気力も限界に差し掛かってきました。とある気配を見感じました。その瞬間に、わたしはある考えが思い浮かび、すぐに実行に移すことにします。わたしは逃げる方向を変えてその気配のもとへ向かいます。しつこく追いかけてくる狼がまた飛び掛かってきましたがなんとかぎりぎりで躱します。
――どうなるかは賭けですが、もうこの手を使うしか生き延びられる可能性がありません!
今になって気付きましたが、この狼はわたしの目が覚めてから最初に襲ってきた奴です。狼の見分けなんて出来ませんが、この異常な殺気はわたしを狙うことに執着している感じがします。一度逃げられた餌に偶然会えたので、雪辱を晴らすつもりなのでしょう。
そして、なんとか目的地に着いたわたしは最後の力を振り絞って、思いっきり勢いをつけて、ぴょーんっと跳びました。体力はもう限界で、これ以上逃げるのは不可能でしょう。この賭けに負ければ、わたしは転生初日でゲームオーバーということになります。
――さすがに初日で死ぬのは勘弁です!せっかく転生したならば、もう少し異世界探索したいじゃないですか!!
うまく着地出来ずに転がるように起き上がると、すぐに後ろを振り返ります。ちょうど狼が半透明な緑色のゼリーに捕まっていました。とりあえずは、狼のほうはなんとかなったみたいです。
わたしがほっと一息を入れていると、食事を終えたスライムさんがその場でぺたーっと地面に広がって動かなくなりました。休んでいるのでしょうか?というかスライムって疲労感があるのでしょうか?謎は深まるばかりですがわたしの体力も限界でもう動く気力もわきません。
――もうこの場所で寝ましょうか。スライムに襲われないことを祈りましょうか。今の状態では逃げられませんしから、諦めもつきます。
その場にあった長草のに隠れるようにしてうずくまり、心身を休ませます。
――うさぎ生活も大変ですね。今日襲われたのは大体わたしが原因なのですが。
精根尽きたわたしは、そのまま目を閉じて眠りにつきました。ようやく、転生初日の終了です。