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転生うさぎは異世界でお月見する  作者: 白黒兎
第二章 人間世界
33/106

29話 転生うさぎと国境門

 王国と公国の国境にある国境門には、王国側と公国側それぞれに小規模ではありますが、宿泊施設や食事処や行商人の露店などがあります。この場所は国境門という名前の小さな街と言って差し支えないでしょう。小さな街とは言いましたが、王国側と公国側の両方を合わせると一つの街としてもそこそこの大きさなのですけどね。



 巨大な門には大型の馬車が二台すれ違う程度の横幅があり、奥行きは50メートル程あります。それぞれの国の入り口に兵士が配属されていて、両国の検査を突破して初めて入国出来ます。



 ちなみにこの巨大な門を通らずに国境を越えたい場合は、国境門周囲にある深い森を抜ける必要があるのですが、この森はBランク超えの魔物の巣窟になっており、Aランクパーティーの冒険者達でも突破は困難を極め、尚且つ、それらを定期的に巡回、討伐している屈強な国境警備兵の目を盗んで通る必要があります。また、これだけの危険な魔物が多く街の周囲を跋扈しているので、街の周囲には強固な壁が防壁として高く街を囲んでいます。



「いや~ここまで来るのに思ったよりも時間がかかっちゃったね」


「私達が想定していたよりも多くの怪しい情報がありましたからね。・・・ほとんど徒労に終わりましたが」


「それでも、ここに来るまでに数体の変異種を討伐したわ。桜の言う通り、数が増えているのは間違いないでしょう」


「この二ヶ月余りでこんなに変異種に会うなんてな。しかし、ギルド間でも情報の共有がされていたおかげで、思っていたよりは楽に調査が進んでる気がする」



 リンナさんの言う通り、冒険者ギルドのみならず、商業ギルドにも変異種の大量発生の調査協力がなされていたので、冒険者だけでなく商人からも幅広く情報が集められていました。そのお陰か、いち早く変異種の存在を見つけることが出来ているため、わたし達が街に着いた段階で街の冒険者が既に変異種の討伐と調査を終えていることもありました。



 しかし、逆にいうならば、それだけの情報が出回り、各街での冒険者が変異種を討伐しなければならないほどあちこちで変異種が発生しているということです。



「これだけ一度に出てくると、とてもじゃないけど上位の冒険者の数が足りないね」


「どこの街も猫の手も借りたいほどの忙しさでしたからね」


「私達も何度も引き留められたからなあ」


「今までと違って、いつ変異種が出てくるか分からないものね。一体討伐しても次にすぐ出てくるからもしれない上に、複数体出現していた地域もいくつかあったくらいだもの。中小の街や村は藁にもすがる思いだったでしょうね」


「かといって、ずっと留まる訳にはいかないからね。可哀想ではあるけど、仕方ないよ」



 仕方ないと首を振るセラさんは、そのあと大きく溜め息を吐きます。



「それにしても、これだけの変異種が出現しているのに、その原因がさっぱり分からないなんてね」



 セラさんの言葉に他の皆さんも重々しく頷きます。



 およそ二ヶ月の間、駆け抜けるようにいくつもの街や村を巡り、時にはわたし達で変異種の討伐をしていた程に接触の機会が多かったにも関わらず、変異種の出現した周囲の調査では怪しいものは何も見つかりませんでした。



 傾向としては、ほとんどが何も痕跡が無いパターンが多く、次に魔力溜まりが近くにあるパターン、後は少し離れた地域からやってきたと思われる外来種の魔物による生態系の乱れがある場合が確認されています。しかし、いずれも以前から変異種の出現する際の現象として知られているので、今回の件にどう関係しているのかまでは分かっていません。



「とりあえず、国境門でも話を聞いてみようか。この周りは強い魔物も多いから変異種も強力な個体が出てくる可能性もあるし、もし居る可能性があるなら早めに討伐しておかないとね」


「この辺りの魔物で変異種になると厄介な奴といえば、アースワイバーンでしょうか?」


「ほとんどの魔物が変異種になった時点で厄介なことになるのは間違いないが、アースワイバーンが変異種になったら間違いなくSランク級の強さになるな。勘弁してほしいぞ」


「個体数で言ったらダブルヘッドウルフやフェアリーキラーの方が確率は高いでしょう?最悪を想定するのは大事だけれど、アースワイバーンの変異種なんて出てきたら、この門は今頃大騒ぎになっているはずよ。可能性はとても低いわ」



――それ、絶対にフラグですよ?これはアースワイバーンの変異種が出ることを仮定して行動した方が良さそうですね。



 ワイバーンは劣化ドラゴン種と言われていて、とても薄いながらドラゴンの血が混じっています。これの変異種で一番可能性が高いのが、巨大な肉体と強大な魔力と身体能力を得る巨躯タイプの変異で、劣化ドラゴンが一気にドラゴン種に匹敵する程の強さになるのです。



「・・・いざとなったら、セラさんをぽいっと投げておけば問題ありません」


「ちょ!?私の扱い!?」


「あ~確かにそうですね。こういう時ぐらいは働いてもらいましょうか」


「いやいや、私働いてるよね?よね?」


「それならばいっそのこと、セラにこの国境門の周囲をぐるっと一周させて魔物を殲滅してもらうのはどうかしら。この方が楽よね?」


「そりゃあ、皆は楽かもしれないけど、私はとっても大変なんだけど?」


「セラならば危険個所の浄化も出来るからうってつけだな。よし、セラ、ちょっと行ってきてくれ。美味い飯と寝床は用意しておいてやる」


「え?冗談なんだよね?なんか皆、目が本気なんだけど?え、マジ!?」



 わたしの言葉を皮切りに、他の皆さんもセラさんに魔物討伐を押し付けることを半分本気で考え始めました。まともな休憩も挟まずに強行軍のように変異種の調査と討伐をしてきた弊害でしょうね。わたしやセラさんはよっぽどの相手ではないと苦戦らしい苦戦もしませんが、クーリアさん達は三人掛かりでもAランクの魔物を倒すのには苦戦する時があります。



 別にクーリアさん達が弱いというわけでは無いのです。むしろ、Sランクというのがそれだけ規格外な存在であり、人間を辞めた人達というだけなのです。わたしですか?わたしはもとより魔物であり、魔人なのでノーカウントです。



「セラさんを森に投げ込むのは後にして、とりあえず、宿屋で休みませんか?私はもうくたくたです」


「そうだね。流石にここ二ヶ月はかなり無理してここまで来たから、情報の整理も兼ねて数日間休憩にしようか」


「賛成だ。私やセラにトワは大丈夫だと思うが、クーリアやエルは体力的にも限界だろう」


「そうね。そろそろまとまって休める時間が欲しいと思っていたところよ」


「それじゃあ、私とリンナで宿を探してくるから、エル達はその辺で休んでいて良いよ」



 いつも通りにとんとんと話が進んで行く中で、わたしはこてりと首を傾げます。



「・・・セラさんを森に投げ込むのは確定なのですね」


「確定じゃないから。皆疲れて冗談言ってるだけだから」


「「「え?」」」


「え?」



 セラさん達がお互いに顔を見合わせます。セラさんの「え?冗談じゃないの?」という顔に対して、他の皆さんは「え?投げ込まないの?その方が楽じゃない」という顔をしています。



――失敗しました。これでは話が進みませんね。・・・強引に進めますか。



「・・・では、食事処を探しましょうか」


「国境門だと宿屋兼酒場ばかりで、食事処ってあまりないのですよね。露店で適当に買ってベンチで食べましょうか」


「ええ、そうしましょう。リンナも何か食べる?」


「ああ。頼む。出来れば肉系が良いな」


「分かったわ。じゃあ、そっちはお願いね。行くわよ、二人とも」



 未だに呆然とした顔で「え?冗談じゃないの?ねえ?」とか言っているセラさんをリンナさんに任せて、わたし達は露店が立ち並ぶ道路を歩きます。香ばしいお肉の匂いが漂ってきて、思わずそちらに目を向けると、フレッシュラビットの肉と大きく書いてある露店が目に入りました。



「あ~。すばしっこくて捕まえるのが難しいうさぎの魔物で、その代わりにお肉と毛皮もかなり高値な高級食材なのですが・・・」



 クーリアさんが苦笑しながらその露店を見た後、わたしに視線を移しました。エルさんも微妙な顔をしています。



「なんだか、ここ最近はうさぎ関係の商品はなかなか買えないわよね。いつもなら、リンナ用の食事は迷いなくフレッシュラビットの肉串なのだけど、リンナも気にしそうだから他のものにしましょうか」


「・・・わたしは気にしませんけど?」


「私達は気になるのですよ。とりあえず、他の物にしましょう。うさぎを串刺しにしてるかと思うとだんだんむかむかしてきました」



 実はわたしも、最初の頃は弱肉強食と言いながらうさぎだろうと躊躇いなく倒してきましたが、あのうさぎの親子を助けた頃からうさぎ種を倒すのに躊躇うようになり、収納に仕舞っていた沢山の死体も売らないで火葬したのです。



 それからしばらく歩くと、アースワイバーンのお肉を焼いている屋台があったので、クレープのようなもので野菜と一緒にお肉が巻いてあるものを全員分(一応セラさんの分も)買いました。そのまま、屋台の客が座って食べられるようにあちこちに置いてあるベンチの一つに座ってセラさん達を待ちます。



「・・・アースワイバーンはAランクの魔物でしたよね?まさか普通にお肉が売っているとは思いませんでした」


「国境付近はもとより強い個体の魔物が多いですし、そもそも、軍事的にも大事な場所ですからね。お互いの協定で決められた人数しか配備出来ないのでその代わりに、王都から直接先鋭部隊が配属されているのですよ」


「大国との国境近くには神獣の領域もあるから、領域近くの強力な魔物がこちら側に流れてくることもあって、一年の間に何度もSランク級の魔物とも戦闘することがあるらしいわ。だから、強固な砦と、強力な防衛用魔術具がいくつもこの境界門に配備されているのよ」



――そういえば、この国境門に来た時に見た街への入り口は、一瞬これが国境門なのかと勘違いしたくらいでしたからね。



 しばらく二人と雑談をしていると、セラさん達が合流してきました。エルさんがセラさんへ、クーリアさんがリンナさんへそれぞれアースワイバーンの肉と野菜のクレープを渡します。



「亜種とはいえ、やっぱりドラゴン系のお肉は美味しいね~」


「屋台で手軽に高級食材が食べられるのは、世界広しと言えど国境門ぐらいだよなあ」


「魔物の食材ばかりなのが一番の特徴だと思います」


「仕方ないわね。魔物の巣窟に動物は近寄らないし生き残れないもの」



 食事は今までもきちんとしていましたが、今日は王都に居た頃のようなまったりとした空気で食事をしています。ここ二ヶ月は街中で食事をすることも少なくて、食事をした後すぐに移動をしていたのでゆっくりと会話をしながらというのがありませんでした。



「・・・今更ですが、何故今回のような方法で街や村を駆け回ってまともな休憩も挟まずに旅をしたのですか?もう少しゆとりがあっても良かったと思うのですが?」


「私も実際に街を回って見てここまで深刻な事態でなければ、今回のようなやり方でここまで来なかったと思うよ。でも、私が当初想定していたよりも加速度的に事態が深刻化してきていたからね」


「まさか、既にいくつかの農村が全滅しているとは思いませんでした」


「本来は小さな街で変異種が出た場合は、高ランクの冒険者の派遣をお願いするケースが大半なの。だけど、今はそこらかしこで変異種が出てきているせいで、高ランクの冒険者が所属している街も他の街に派遣出来るほど余裕が無いんだよ。そして、小さな街は最終的に変異種によって滅ぼされる前に逃げる。そうして街や村を放棄した人達が大きな街や王都に集まってきて市場に混乱が起きる。それが様々な噂になって王国中に広がって人々に不安と恐慌を与えて今度は人間同士での争いが始まる。そこに、人が少なくなって数と力を増やした魔物の変異種が大きな街や王都を襲ってくる。この流れは、過去に変異種の大量発生が出た当時の特に最悪だった状況の頃の話だよ」



――過去に多くの魔物の変異種が出たというと・・・



「・・・アリアドネの災厄ですか」


「うん。そう。事態はアリアドネの災厄の再来に近いところまで進んで来ているの。だけど、当時はアリアドネという魔人が原因だと分かっていたけど、今回はまだ原因が分からない。私達が無理をしてでも情報収集をしていた理由が少しは理解出来たかな?」


「・・・理解しました。現在はその最悪の流れの初期段階というわけですか。皆さんが必死になるわけですね」



 アリアドネの災厄といえば、この世界の全人口の半分近くを死に追いやった正に最悪の事件で、魔人であるアリアドネが多数の魔物とその変異種を操って人間の国に襲わせたという話でしたね。



「あの頃のように徒党を組んで群れとなって襲ってこない分、今回はまだ対応出来る範疇だけれど、原因が分からないのが薄気味悪いわね」


「そうだね」



 何食わぬ顔で相槌を打つセラさんに目を向けます。ひょっとして、セラさんはある程度原因に目処も付けているのでは無いでしょうか?あの頑なに皆さんに教えない魔石の存在が関係していると思うのですが。



――わたしが考えることではありませんね。これは人間側の問題ですし。



 それだけ深刻な状況だというのに、セラさんが報告をしないのです。なにか理由があるのでしょう。わたしは自分のことで精一杯なので、面倒なことは任せてしまいましょう。



「あ~やめやめ!この話はここまで!今日くらいはゆっくりしよう。休息も大事だからね」



 そう言ってセラさんはクレープをはむっ口に入れます。たったそれだけの所作なのに、妙に絵になってしまう容姿がなんだか無性にむかつきますね。



「なんでしょうね。普段は見馴れているので気にならないのですが、こう、ふと、セラさんの容姿に見惚れてしまう時があってむかつきますね」


「それは、誉めているんだよね、クーちゃん?」


「誉めていますよ?嫉妬心すらおこがましいむかつくくらい完璧な容姿だって」



 とか言っていますが、クーリアさんも可愛い系の美少女です。というか、わたし達のパーティーは見目だけはとても良いですからね。見るだけならば眼福です。



――性格に難あり、ですね。完璧美少女なんて夢ですよ夢。



「なんか、トワちゃんが失礼なこと考えてる気がする」


「・・・気のせいです」


「トワは表情は変わらないが、慣れてくると感情豊かなのが分かるからなあ」



――え?わたしって感情豊かなのですか?



 わたしが首を傾げると、くすくすと皆さんが笑いだします。食べ終わったセラさんが席を立って、わたしの頭をぽんぽんと撫でます。



「あはは。トワちゃんが可愛いのは今更だからね。そろそろ宿に行こうか」


「あら、本当ね。気付けばもう良い時間だわ」


「はい。行きましょう。今日は久し振りにゆっくり眠れそうです」



 クーリアさんが「うにゃ~」と言いながら大きく伸びをします。わたしは自分が感情豊かと言われて、そんなはずはないと困惑していましたが、宿屋に向かうために皆さんが席を立ったのでわたしも一旦思考を止めて席を立ち、少し前を歩く皆さんの後についていきました。



 次の日、わたし達は国境門に近い酒場に来て情報収集することになりました。ただし、クーリアさんとエルさんは先日までの疲れを取るために今日はお休みです。



「全く、気になるのは分かるけど、休める時にきちんと休んで欲しいよね」


「クーリアは責任感が強いから仕方無いさ。エルを見張りに付けたし大丈夫だろう」



 まだ疲労が見えたクーリアさんには、食料調達という名の休み時間を与えました。エルさんには勝手にわたし達についてこないようにクーリアさんの見張りも兼ねて今回の情報収集から外れてもらっています。



「エルならきちんとわきまえているだろうから、任せておけば問題無いだろう。・・・っと、ここだな」



 目的の酒場に着いたので、早速建物の中に入ります。入り口のドアを開けるとからんからんと音が鳴りました。「はぁ~い、今伺います!」と大きな声でまだ若い女性が声を掛けてきました。



 待っている間に店内をざっと見回します。まだ日も高い時間だというのにたくさんの人が集まっていて酒場は喧騒としています。若い女性が三人(ひとりはまだ十歳くらいの女の子)も入ってきたことに気付いてか、ちらちらと視線も感じます。こういった視線は街中でもしょっちゅうなのでもう慣れました。



「お待たせしました~。三名様ですか?今は男性客ばかりですけれど大丈夫ですか?」


「ああ、はい。大丈夫ですよ」


「それでは、ご案内しますね。ご注文が決まったらお気軽に呼んでください」



 二十台くらいの恐らく看板娘なのでしょう。愛嬌のある笑顔を浮かべながら空いているテーブルまで案内してくれました。隣のテーブルにはいかつい顔をした四十ぐらいの歳の大柄な男性と爽やかな笑顔を浮かべながらグラスを傾けるまだ若そうな男性が座っています。



 いかつい男性がこちらにちらりと目を向けると、驚いたように目を見開きました。



「まさか、貴殿は『熾天使』のセラ殿ではないか?」


「セラ、呼ばれているぞ」


「え?なになに?・・・あ~え~と、どちら様でしょうか?」



 メニュー表に目を通していたセラさんはリンナさんに声を掛けられて隣のテーブルに顔を向けます。でも、別に知り合いでは無かったのか、外向き用の微笑を浮かべながら首を傾げました。



「ああ、これは失礼した。俺はこの公国との国境門に駐在している王国国境警備隊の隊長を任されている、フォーマルハウトと申します。俺は遠目に見たことがありましたが、こうして間近でお会いするのは初めてになります」


「ああ、これはこれはご丁寧にどうも。言葉も崩して良いよ。私は別に貴族じゃないからね。フォーマルハウトさんといえば、大斧の使い手で有名な人だったかな?」



「騎士団長のジークに比べたら、俺などその辺の雑兵と変わらない」



「いやいや、団長は別格だから仕方ないですよ。あのグレンさんに見込まれて幼少の頃から戦い方を叩き込まれていた人なんですから。しかし、噂には聞いていましたが『熾天使』殿はお綺麗ですねえ。店に入ってきた時はどこの天使だよって思いましたよ。あ、俺の名前はトーマと言います。一応副隊長やっていますよ」


「ん。私のことはセラでお願い。『熾天使』なんて呼ばれ方はあまり好きじゃないからね。副隊長さんも今日は非番なんでしょ?言葉崩しても良いよ」



 なんと、たまたま座った席の隣にこの国境門のツートップが座っています。・・・たまたまですよね?セラさんなら裏で手を回していそうな感じがしますけど、特に何も言ってませんでしたし。



 わたしがリンナさんを見ると、リンナさんは肩を竦めてメニュー表に視線を落とします。



――あ、これは情報収集はセラさんに押し付ける感じですね。わたしも便乗しましょう。



 少し身を乗り出すようにしてリンナさんとメニュー表を見ていると、セラさんがちらりとこちらに目を向けて笑顔を深めました。あ、これはちょっとイラっとしてますね。ですが、お偉いさんのお相手は面倒なので無視です。



「セラもエールで良いか?トワは・・・さすがにジュースだな。つまみは適当に頼むぞ」


「うん。りょーかい。・・・ところでリンナ?少しくらいこっちの会話に交じっても」


「おねーさん!注文だ!」


「はーい!今行きますね~」



 セラさんの言葉を遮るようにさっきの看板娘を呼ぶと、お酒二人分とわたし用のジュース、それにおつまみと注文していきます。注文が終わると、何食わぬ顔でリンナさんが「何か言ったか?」とセラさんに顔を向けました。セラさんがはぁっと溜息を吐くと諦めたように隣のテーブルの二人に話しかけます。わたしはそれを横目に見つつ、リンナさんに顔を寄せます。



「・・・わたしはともかく、リンナさんは向こうの会話に交じった方が良いのでは?」



「私はセラに絡んでくる面倒な男除けで来ただけだ。そもそも、隊長と副隊長なんていう立場の人間から一冒険者が情報を引き出すのは難しいからな。ここは有名人の出番というわけさ」



「・・・なるほど。立派な建前ですね。・・・で、本音はなんでしょう?」


「考えるのは私の仕事じゃない。あと久しぶりにエールをじっくり飲みたい」



――欲望に忠実でなによりです。



 この世界の飲酒は十五歳からなので、わたし以外の『白の桔梗』のメンバーは皆さん飲めます。でも、エルさんはあまり好きではないのと、クーリアさんはとてもお酒に弱くて、すぐ潰れてしまうので酒場にはあまり行かないそうです。一番強いのはセラさんらしく、酔ったところを見たことがないのだとか。こんなところでも強いのかと呆れましたが、冷静に考えれば、セラさんは人間ですが意図的に聖人になっていないだけでいつでも聖人化出来るそうなので、聖人化してしまえば体の造りが魔人と同じようになり、アルコールも魔力に変換されるのでしょうから酔うはずがないのですよね。



 後でセラさんに聞いてみたら、お酒を飲むときにいちいち聖人化なんてしないとのことでした。つまり、普通にお酒に対しても非常に強かっただけということです。わたしの無駄な考察の時間を返してほしいと思いました。



 それから、注文の品がテーブルに置かれて、わたし達がジュースやらおつまみを食べている間にセラさんがせっせと情報を集めていました。さすがのSランク冒険者と言いますか、変異種の情報を集めていると言っただけで、隊長から平の隊員に呼び掛けて情報を効率的に集めています。



 横で聞いていたのをまとめると、この国境門では以下のことが起きているようです。



 ①普段よりも魔物の数が少なくなっている。


 ②普段よりも高ランクの魔物が出現する割合が増加した。


 ③ここ三ヶ月で普段はあまり見ない魔物が付近に現れるようになった。


 ④ここ三ヶ月で変異種が三体も出現した。


 ⑤変異種は三体とも北側から出現した。


 ⑥北側含め、国境門付近は魔力溜まりが多いが、事前に警戒している魔力溜まりから変異種は生まれていない。



 大体こんなところですかね。情報収集を粗方終えたセラさんは、わたし達の席に戻ってきてジョッキをぐいっと傾けました。



「・・・後で皆さんの意見を聞かなければなんとも言えませんが、ここは中々厳しい状況のようですね」


「トワちゃんはきちんと話を聞いていたんだね。リンナは?」


「うん?ああ。もちろん聞いていたさ」


「・・・リンナさんはずっとお酒を飲みながら小道具をいじっていましたよ」


「リンナ?」



 リンナさんは笑顔で圧を掛けるセラさんから目を逸らしてジョッキを手に持ちます。ですが、もう中身は空っぽです。そっとジョッキを置きなおすと、リンナさんは諦めた様に項垂れました。



「一応途中まではきちんと聞いていたさ。ただ、途中からこいつが気になって夢中になってしまってな。すまん」


「ああ。カラクリ魔術具か。魔力操作の練習に良いんだよね、それ」



 リンナさんが手に持っているものは、四角い箱のようなもので、入り口から魔力を注いできちんとした手順で中にある魔法陣を起動させて最後まで魔力を注ぐとぱかっと蓋が開く仕組みになっています。これは、貴族の家や商業ギルドでの貴重物の防犯にも利用されています。



 注ぐ魔力が強すぎると余計な魔法陣を起動して失敗したり、魔力が弱すぎると反応しない魔法陣があったり、魔力のラインが多岐にわたっていて特定の順番で魔法陣を起動させないといけなかったりと非常に面倒くさいものです。地球の商品で言うならば知恵の輪に近いですね。



「けっこう長くやっているんだが、全然上手くいかなくてな。セラは出来るか?」


「う~ん。ちょっと見せて?・・・ふ~む。出来ると思うけど、ちょっと時間かかるかも。私は理論云々よりも感覚で魔法を使うからなぁ」


「・・・ちょっと見せてください」



 実はリンナさんが一心不乱にいじっている時から興味があったのですよね。わたしがセラさんからカラクリ魔術具を受け取ると、少量の魔力を流しつつ魔力眼と魔力感知で中にどんな魔法陣が入っているかを確認します。



――ふむふむ。全部わたしが知っている魔法陣ですね。ほうほう。こんな造りでも、機能するのですね。



 かなり複雑に作られている魔法陣に感嘆しながらも、わたしのやり方で合っているか確かめる為に魔力を流して起動させてみます。



――これを、こうして・・・ここを通るとあれが起動してしまいますね。・・・こっちを先に起動させて・・・



 格闘すること数分間。全ての魔法陣を起動させることに成功すると、四角い箱に綺麗な光の線が浮かび上がりました。どうやら、収納用の箱では無かったようですね。光源の魔法陣があったので、光るのは予想していましたが。



「うわお。トワちゃんすごいね。こんな短時間で成功させたよ」


「わ、私はあんなに頑張ったのに・・・」



 わたしが手を離してテーブルに魔術具を置くと、魔力供給が絶たれてすぐに光が消えました。周りに居た他の客からも「すごいな」とか「あの歳で大したもんだ」といった声が聞こえてきます。看板娘さんが笑顔でわたしの前にやってきて「おめでとうございます!ご褒美にジュースを一杯無料サービスします!」とジュースをジョッキ一杯持ってきました。



「・・・クーリアさんなら数十秒で終わりそうですけどね」


「あはは。確かに。クーちゃんはこういうの好きだし、今度来る時は誘ってみよっか」


「私が魔力の扱いが下手なのか・・・?」



 何故かリンナさんがしょぼくれていますが、目的の情報収集が終わったので、わたしが最後に貰ったジュースを飲み終えた段階で酒場を後にしました。手に入れた情報を皆さんと共有して話し合う必要がありますからね。



 ちなみに、この話を聞いたクーリアさんが酒場までやってきて例のカラクリ魔術具を手に取ると、ものの数秒で光らせました。他の皆さんはそれを見て大人げないと呆れていましたが、わたしはクーリアさんの魔術具や魔法陣の知識と魔力操作は別格だと感心しました。




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