28話 転生うさぎと王都出立
公国の姫、春姫さんとの邂逅から一夜が明け、わたしと『白の桔梗』は全員で宿の部屋に集まり会議をすることになりました。今後の方針を決めるそうです。
「春姫様のお話だと、世界中のあちこちで変異種が何体も発見されているらしいの。その原因を突き止める為に、一部の高ランクの冒険者やそのパーティーは国やギルドからの依頼で世界中を回って調査をすることになるらしいよ」
セラさんはそこで言葉を一度切ると、紅茶を一口飲んでから話を続けます。
「私達もヘルスガルドでその異変に出会っているよね。スライムの変異種、スモアネスの変異種、それに・・・」
――わたしですね。
全員の視線がわたしの方に向けられます。わたしは変異種から進化してすでに魔人になっていますし、生い立ちも特殊なので参考になるかは怪しいですけど。
「世界規模の異変、これの調査に私達も先立って参加しようと思うの。皆はどう思う?」
「どう思うも何も、もう受けているのでしょう?」
「いや、一応皆の意見を聞いてからって話にしておいたから、正式に依頼を受けてはいないよ」
そこで、わたしとセラさんを除いた面々がお互いに顔を合わせて頷きました。
「もちろん、私は賛成です。魔物の変異種の討伐、調査は冒険者の仕事の一つですからね」
「クーリアの言う通りだ。私も異存はない。今はまだ水面下みたいだが、そう遠くない内に一般にも出てくるだろう。被害を抑えるためにも、私達が出来ることをやりたい」
「リンナは真面目ね。私も賛成よ。王国にも思っていたより長く滞在してしまったものね。そろそろ、無所属パーティーらしく旅をするのも良いんじゃないかしら」
「・・・わたしは別に興味無いのでお任せします」
最後のわたしの言葉でなんともいえないような空気になります。でも、仕方ないですよね?人間側の都合なんて、わたしにとってはどうでもいいことですからね。わたしは我関せずを貫くために、黙って紅茶を飲んでいることにしました。
「え~と、じゃあ、決定だね。この後の予定としては、王国から公国に向かって移動するよ。さらにその後は魔国、帝国、聖国の順番で大国をぐるってしようと思う。帝国だけはトワちゃんを連れて行くのは危ないから、トワちゃんは別行動で聖国に向かってもらうつもりだよ。大丈夫だよね、トワちゃん?」
「・・・そうですね。地図もありますし、分からなくなったら王国に寄って馬車に乗れば問題ないと思います」
――わたしがその間に姿をくらますのではないかとか思わないのですかね?まぁ、もうしばらくは一緒にいるつもりなので、言われた通りに動きますけどね。
「しばらくの間はどこかに長く滞在することはないと思うから、最後の休息期間として一週間後に王都を出ようか。皆それぞれやりたいことをやっておいてね」
わたしの言葉にうんと頷いたセラさんが、最後にこう締めくくって今日の会議は終わりました。
次の日からは、セラさんが各自ペアになったり単独行動したりしていましたが、わたしは取り立ててやっておきたいことは無かったので、他の皆さんの用事に付き合ったり、街の中や外をお散歩したりして時間を潰しました。
そして取り立てて問題も無く一週間が経過し、公国に向けて旅立つ日になりました。
「次王国に来た時もうちの宿をよろしくね」
「もちろん、女将さんのところに泊まりにくるよ。またね」
「お世話になりました」
セラさんとクーリアさんがそれぞれ別れの挨拶をすると、女将さんは「またのお越しをお待ちしております」と言って見送りました。わたし達は春風亭を出ると東門に向けて歩き出します。
「・・・今回は馬車を使わないのですよね?」
「うん。道中の街や村にも寄って情報を集めたり、場合によってはそのまま周辺の調査とかに行くかもしれないからね」
「馬車ですと滞在期間が限られちゃいますからね。今回の場合は徒歩の方が良いでしょう」
今回の旅の目的は各国を回り、道中の街などから変異種の情報を集めて、可能な範囲で討伐しつつ、変異種が出現する場所や変異種の種類などの調査をするのが目的になります。セラさんの言う通り、変異種らしき存在がある街には調査でしばらく滞在する可能性もあります。
「近くの街まで徒歩でも半日ぐらいだろう。初日は野宿をしなくてよさそうだな」
「それでも、あまり悠長にしていたらすぐに暗くなるわよ。早くいきましょう?」
「そうだね。それじゃあ、『白の桔梗』出発するよ!」
おー!っと皆さんが声をあげます。わたしはその様子を見ながら、こてんと首を傾げて疑問に思っていたことを聞いてみます。
「・・・ところで、わたし頼まれていないので食料を収納に入れていないのですが、大丈夫なのですか?」
「「「「・・・」」」」
あ、全員固まってしまいました。ぎぎぎと音が鳴りそうなぎこちない動きでセラさんがわたしの方を向きます。
「え?ホントに?この一週間でなにも用意しなかったの?」
「・・・わたしは食料番ではありませんし、そもそも、わたしは食事必要ありませんから。頼まれても居ないのに用意なんてしませんよ?・・・あ、お月見用のお団子ならば大量に仕入れましたよ?食べますか?」
「うがああああ!!」
セラさんが突如雄たけびを上げて王都に戻っていきました。クーリアさんもそれに続きます。わたしはそれを見送りながらお月見用に買ったお団子を一つ取り出して口に入れます。
――ん。美味しいですね。
「トワちゃん、私にも一つくれるかしら?待ってる間にお茶にしましょう。緑茶も仕入れたのよ」
「・・・良いですね。お茶会です」
「お前らなぁ・・・。まあ、いいか。私も参加する」
三人で小さなテーブルを囲んでプチお茶会をしていると、セラさん達が帰ってきました。わたし達の様子を見て笑顔のまま固まります。
「・・・おかえりなさい」
「あら、随分と早かったわね」
固まったまま動かない二人に声をかけると、二人とも頭を抱えました。
「「う」」
「・・・う?」
「うがあああああ」
「うにゃああああ」
――仲良いですね。本当に。
「年頃の女の子がそんな叫び声を上げて・・・。はしたないわよ?」
エルさんが頭を抱える二人にそう注意しながら、ささっとテーブルと椅子を片付けます。リンナさんもしれっと出発の準備を整えていました。
出発前にそんなトラブル(?)が起きましたが、予定通りに王都を出発したわたし達は、王都から一番近くの街を目指します。と言っても、ただ街道を歩いただけでは馬車で行くのと変わらないので、道から外れた場所で少し強めの魔物を間引きをしたり、薬草や素材などの採取を並行して移動します。
しかし、道を外れる本当の目的はもちろん周辺の調査ですけどね。
「この辺は特に異常は無さそうだね」
「王都のすぐ近くで異変があったら、さすがにあのギルマスが見逃すわけ無いと思うがな」
リンナさんの言葉に頷きつつ、散歩のような気軽さで道なき道を歩くセラさん。この二人が前衛で一番前を歩き、その後ろをわたしが中衛として続きます。わたしの後ろにはクーリアさんとエルさんが暇そうに歩いていました。
「この辺りの魔物では私達が手を出す必要も無いですし、暇です」
「良いじゃないの。そのうちセラからなにか指示が来るわよ」
「エルさんは既に指示を受けていますから、私のように暇じゃないじゃないですか」
クーリアさんが不貞腐れた様に隣を歩くエルさんに抗議します。エルさんの周りにはいくつかの緑色の光がふわふわと浮かんでいて、時折ぴゅんっと飛んで行ったと思ったら、気付いたら戻ってきているのです。精霊とは不思議な存在ですね。
「私の精霊達もたまには働かせないとぐれてしまうからね。こういう時ぐらいこき使ってあげるわ」
「精霊魔法ですか・・・魔法とか言いながら現存する魔法技術とは根本的に違うものなのですよね。羨ましいです。私も使ってみたいです」
精霊魔法はエルフか一部の精霊に認められた人にしか使えない魔法です。イメージで使う魔法とは違って、精霊を呼び出して、自分の代わりにいろいろやってもらう感じらしいですよ。
「ふふふ。頑張って精霊と仲良くなる方法でも見つけなさいな。・・・私の方は特に問題は無いようだけど、トワちゃんはどうかしら?」
「・・・わたしも特に妙な気配は感じませんね」
わたしとエルさんは、セラさんの指示で周囲の調査をしながら移動しています。エルさんは風の精霊にお願いして何かやってもらっているみたいですが、わたしの場合は魔物としての目線で周囲を索敵して異常が無いかどうか調べるように頼まれています。
――魔物視点と言われても困るのですけどね。まぁ、勘で良いでしょう。
人間が使おうが魔物が使おうが索敵の効果は変わらないのですから、恐らくわたしより索敵のレベルの高いであろうセラさんがやった方が良いとは思います。けれど、そうしないのにもきっと理由があるのでしょうから、深く突っ込まないで承諾しましたけどね。
特に問題も起こらず、変異種に会うような事態も起こらずに五日が経過しました。道中で二つの街に立ち寄ってギルドや街の人達から情報を集めても、特にこれといった収穫もありません。
「う~ん。まだ国の中心に近いとはいえ、春姫様が言ってたほど深刻な状態では無いってことなのかな?」
「とはいえ、わざわざあの姉妹が国を出てまで情報の共有をしたのだから、公国ではかなり問題になっているはずよ。気を緩めるのは良くないんじゃないかしら?」
東の公国に向けて進む道中、相変わらず街道から離れて移動しています。時々魔物に襲われることもありますが、せいぜいがE~Dランクの魔物ばかりなので、このメンバーでは鼻歌交じりに撃退できてしまいます。あ、実際に歌ってはいませんよ?そんなどうでもいいことを考えていた時でした。
――あ。この感じは・・・
「・・・皆さん、止まってください。エルさん、向こうの方角を調べてもらいますか?」
「ん、分かったわ。風の精霊達よ。お願いね」
わたしは全員を呼び止めると、エルさんに気になった場所の調査をお願いします。しばらくすると、エルさんの精霊が帰ってきました。緑の光がエルさんの周りをぐるっと回った後、顔の前で何度か点滅します。
「なるほど、当たりじゃないかしら。トワちゃんが指定した方角に強い魔力を持ったウルフが居るそうよ。恐らく変異種でしょう」
「二人ともナイスだよ。行こう、みんな!」
セラさんの掛け声で全員が走ります。少し移動すると、わたしの感じた異常に他の皆さんも気付き始めました。
「魔物もそうだけど、動物の気配がぐっと減ったね」
「ああ。明らかな変異種の出現する時の兆候だ。本当にお手柄だな、トワ」
リンナさんが走りながらわたしの頭を撫でます。わたしはその間も索敵を続けて、周囲の生き物の状態を確認していました。すると、もう一つ妙な反応を見つけます。
「・・・ん?セラさん。この辺りにCランクほどの魔物はいますか?」
「え?え~~っと、奥地までいくとトロールが出てくると思うけど、大分先だよ?」
「・・・居るっぽいですよ?あちらです。ここから少し遠いですけど」
「え?」
セラさんがわたしの指さした方向を見て、エルさんが風の精霊を飛ばしました。移動を一旦やめて全員立ち止まります。
「はぐれかな?エル、どうだった?」
「確かにトロールね。見た目には変異はしていないように見えるけれど、なんだか様子がおかしいわね。目が血走っていて正気じゃない感じだわ」
エルさんの報告を聞くと、セラさんは考えるように指を顎に当てます。そして、顔を上げると、わたし達を見て指示を出しました。
「私とトワちゃんではぐれトロールの様子を見てくる。他のみんなでウルフの変異種の相手をしてくれる?ウルフの変異種ならどんなに強くてもBランク程度の強さだし、大丈夫でしょ?」
「主戦力のお二人が外れる理由はなんですか?」
クーリアさんの疑問は最もです。セラさんの次に強いのはうぬぼれる訳ではありませんが、恐らくわたしでしょう。チームを分けるならばわたしとセラさんは別々にした方が良いはずです。
「ウルフの変異種は正体が割れているから対処は容易でしょ?別に私やトワちゃんの援護無しでも余裕のはず。だけど、トロールの方は現状判断が出来ないからね。私一人でも良いんだけど、周辺の細かい索敵はトワちゃんほど出来ないから、出来れば連れていきたいかな。特に問題なければすぐに合流できるし」
「・・・?索敵の仕方はわたしと同じでしょう?」
「ん~、トワちゃんの話を聞く限りだと、少し違うかな。普通の索敵は自分の周囲の気配を探るものなの。トワちゃんみたいに遠くまで索敵出来て魔物と動物を区別したり、同時に魔力感知は出来ないんだよね」
――え?わたしが知らない間にアレンジして使っているということですか?
どうやらわたしは、知らないうちに本来の索敵スキルでは出来ないようなことをやっていたようですね。セラさんの話では、本来の索敵スキルは特殊な上位スキルでもない限りは十メートルほどが限界範囲らしく、魔力感知と併用は出来るけど効果範囲はそれぞれ別らしいです。
さらに、気配の大きさやよく見知っている気配、特徴的な気配ならばある程度特定出来ますが、わたしみたいに動物と魔物を区別したり、その種族を特定するのは索敵スキルだけでは出来ないそうですよ。
わたしは草原に生まれて、普通のうさぎだった頃から出来たような記憶がありますけどね。・・・動物や魔物、人間で同じスキルでも使い方が違うということでしょうか?
「細かい話は後にしようか。とりあえず、理由は理解してくれたかな、クーちゃん」
「確かに、調査能力の高い二人を分けるのは理にかなっていますね。エルさんの方が私達も連携しやすいですし・・・分かりました。こちらは任せてください!」
「二人なら問題ないとは思うが、気は抜くなよ」
「こちらで何かあったら精霊で連絡するわ」
クーリアさん達はウルフの変異種の下へ向かっていきました。わたしとセラさんはお互いに顔を見合わせた後、はぐれトロールだと思われる魔物の下へ向かいます。
「・・・見つけました」
「本当に身体強化で視力を強化出来るんだね。今度私もやってみようかな?それとも原初魔法だからなのかな?」
クーリアさん達と別れてから数分、わたしが身体強化で視力を上げて、遠くからトロールを視認したのを報告すると、セラさんが別のことで反応します。わたしが無意識にやっていた視力強化や聴力強化ですが、本来はそれに該当するスキルがあるらしく、身体強化でそれぞれ強化するのは聞いたことがないそうです。
「・・・セラさん」
「分かってるって。私も気配だけなら見つけたよ。確かに、少し異様な気配を感じるね。もう少し近づいてみようか」
わたし達が更に近づくと、所在なさげに立っていたトロールが突然50メートルは離れているわたし達の方を向きました。その眼はいつかの熊を連想させるほど赤く染まっています。
「・・・気付かれましたね」
「みたいだね。トロールにしては感知能力が高すぎるね。こいつは変異種なりたてなのかな?来るよ、トワちゃん」
まるで、前に出会った血熊と同じようにこちらに猛然と走ってくる緑の巨体を見据えて、わたしは薙刀の形にした武器を手に持ちます。
「・・・わたしがやりましょう。なんだか、以前に死にかけた時のことを思い出しましたので、雪辱を果たします」
「え?死にかけた?何があったのさ?」
セラさんの質問には答えず、向かってくるトロールが残り20メートルを切ったところで、以前にセラさんにやった高速移動・・・もう縮地で良いですかね。縮地で目の前まで移動すると、そのまま流れるように薙刀を振りぬきそのままトロールの斜め後ろで止まります。本当にまるでアニメのように、数秒動きを止めた後にトロールの頭がどさりと落ちました。
「おお。トワちゃんカッコいい。でもそれ、薙刀じゃなくて剣の形の方がやりやすくない?」
「・・・槍の方がスキルレベルが高いので使いやすいのですよ。上手くいったので良しです」
くるくると薙刀を回した後に今度は短剣の形に変えます。このトロールを解体しなければいけませんからね。
「・・・この魔石を見る感じですと変異種では無かったですね。骨折り損でしたか」
「骨折り損が何なのかは分からないけど、来た意味はあったみたいだよ。ほら」
わたしがトロールの心臓部から魔石を取り出している中、セラさんはわたしが切り落とした頭からもう一つの魔石を取り出していました。大きさが全然違いますが、見たことのある毒々しい紫色の魔石ですね。見てるだけで嫌な感じがします。
「これが見つかっちゃったかぁ。これは最悪のシナリオも想定しておかないとなぁ」
「・・・結局、その魔石は何なのですか?」
「ん~~。まだ内緒」
無駄に綺麗な顔でウィンクして誤魔化すと、セラさんは踵を返しました。どうやら、本当に教える気は無いようですね。
わたしはこれ以上問うのは無駄かと軽く頭を横に振ります。
「・・・分かりました。では皆さんと合流しましょう」
「うん。行こうか」
それから来た道を引き返して、ウルフの変異種の討伐をしていたクーリアさん達と合流しました。こちらも特に問題は無かったようで、ちょうどリンナさんがウルフを解体して魔石を取り出しています。
――おー。灰色の綺麗な魔石ですね。さっきの石は要らないですけど、こっちの魔石は欲しいですね。
変異種の魔物の魔石は食べて取り込みたくなる欲求にかられるのですよね。以前のスモアネスの時は月魔法【紅月の狂宴】の効果のせいかと思っていたのですが、どうやら、全く別の本能的なもののようですね。じっとリンナさんの手元にある魔石を見詰めていると、突然視界が真っ黒になります。後ろに居たセラさんが両手でわたしの目を覆ったようです。
「トワちゃんが物欲しそうに見ちゃうから、早く収納に仕舞っちゃって」
「その様ですね。リンナさん、ちょっと失礼します」
クーリアさんの声が聞こえたあと、セラさんの手が離れて視界が戻ると、リンナさんの手にあった魔石はもう姿形もありませんでした。会話にあった通り、クーリアさんの収納に仕舞ったのでしょうね。
――あ~、とても(魔力的に)美味しそうな魔石ちゃんが失くなってしまいました。
わたしががっかりしていると、そんなわたしをよそに他の四人で報告会をしていました。
「それで、クーちゃん達は特に何事もなかったのかな?」
「そうですね。いたって普通の変異種でしたよ」
「その言い方では、そちらは何かあったようね。何があったのかしら?」
セラさんの言葉から何かを感じたのか、エルさんがセラさんの目をじっと見て問い掛けました。セラさんはいつもの微笑を崩すことなくその視線を受け止めます。
「こっちは変異種になりかけの魔物に出会っただけだよ。それにしても、まさかこんなに近くに二体も出現するなんてね。これは本当に異常事態だよ」
「・・・・そうね」
納得のいかないような目ですが、諦めたように顔を横に振ると、エルさんは両腕を組んで返事をしました。セラさんが隠し事をしているのには気が付いていても、追及する手段が無いようですね。わたしは興味が無かったので追及しませんでしたけど。
「・・・一応、この辺りの調査をするのですか?」
「一応というか、変異種が出現した原因は探らないといけないからね。それじゃあ、エルとトワちゃんで組んでこの場所の近くを歩きながら辺りを索敵して。そのほかのメンバーは各自で周囲を一周しようか」
セラさんの指示で各自が動き始めます。わたしもエルさんの隣を歩きながらゆっくりと周辺を索敵します。しばらく無言で作業をしていましたが、エルさんが帰ってくる精霊の報告を聞いて再び送りながら、わたしに声を掛けてきました。
「トワちゃんは、今回の件でセラが何を隠しているか知っているかしら?」
「・・・詳しいことは分かりませんが、何を隠しているかは知っていますよ」
「それは、話せること?それとも、口止めされているの?」
「直接口止めはされていませんが、話すなという圧力は感じますね。・・・聞きたいですか?」
「ふぅ。・・・そうね。聞きたくないと言えば嘘になるわ」
そこで言葉を切ると、エルさんはわたしを見下ろして微笑みます。
「あの子が話さないと決めたことなら、きっとそれが正しいのでしょう」
エルさんの言葉と表情からは、セラさんに対する絶対的な信頼感が感じられました。
羨ましいわけではありません。ただ、ちょっとだけ、凄いと思っただけです。
――わたしには誰かをそこまで信用することも、信頼されることも無いでしょうからね。これまでも、これからも。
「・・・エルさんがそれで良いと思うのならば、このままで良いのではないですか?ただ」
「ただ?」
「・・・セラさんも人間です。どんな天才で才媛であろうとも、間違える時くらいはありますよ」
「ちゃんと解っているわ。だからこそ、私は近くで見守ると決めたのだから、今度こそ、あの時と同じ後悔をしないようにね」
これだけ気にかけてくれている人が近くで見守ってくれているならば、セラさんは大丈夫でしょう。天才というレッテルに潰されることは無さそうです。
――天才というレッテル・・・ですか。
何かひっかかる感じがしますが、頭の端にぽいっとしておきましょう。深く考えようとするとすごく不愉快な気分になるのですよね。うーん。自分に関する記憶は無いので確かなことは言えませんが、わたしにとって地雷のようなワードなのでしょう。きっと。
「トワちゃん?トワちゃん、どうしたの?ぼーっとして」
「・・・え?いえ、なんでもありません」
「そう?それにしても、特におかしなところは無さそうね。逆に言えば、変異種が生まれるような環境が無いわ。どういうことなのかしら?」
――おっといけません。今は調査の途中でしたね。
わたしは周囲の索敵に集中します。魔力の流れ、魔物や動物達の居場所、草木の状態、地形など、分かる限りの情報を集めます。
「・・・わたしには異常を判断出来るほどの経験は無いので、なんとも言えませんが。違和感を感じるところは無さそうですね」
「そう。・・・どこかに魔力溜まりがあってもおかしく無いのだけれど」
「・・・普通はあるものなのですか?」
「変異種に関しては分からないことも多いけれど、魔力溜まりが近くにあることは多いわね。あとは、どこかから紛れ込んだ場違いな魔物が居たり、地脈に流れる魔力が乱れていたり、何かしらの異常があることは多いわ。今回のように原因不明のときもあるけどね」
「・・・既に原因となっていたものが収束している場合は、原因を探りようがありませんからね」
話を聞いている感じでは、魔力に関する異常や、生態系の異常が原因として考えられるようですね。生態系の異常はともかく、魔力の異常は自然と直ることが多いので、時間が経てば経つほど発見しにくくなります。
「・・・大体回りましたね。皆さんと合流しますか?」
「ええ。ちょうど今、セラと連絡をとったところよ。合流しましょうか」
――精霊魔法便利ですね。わたしも使いたいです。
クーリアさんみたいなことを考えながら、わたしは頷きました。調査を切り上げて他の皆さんと合流します。それぞれの調査の結果、なんの異常も確認出来ず、変異種出現の原因は不明となりました。
「まだ新しい個体っぽかったから、何かしら見付かると思ったんだけどなあ」
「見付からなかったものは仕方がありませんよ」
「そうね。むしろ何も痕跡が無かったということが、手に入った情報とも言えるわ」
「何も無かったことが情報か・・・。なんだか先行きが不安になってくるな」
皆さんで今回の件での考えを話し合っています。わたしはその様子を一歩後ろでぼーっと見ていました。やはり、気が乗らないというか、どうしても他人事のように捉えてしまいます。それに気付いたセラさんが、仕方のない子を見る目でわたしを一瞥すると、パンパンと手を叩いて話し合いを中断させます。
「はいはい。憶測ならばいくらでも立てられるけど、これ以上は時間の無駄だよ。もっといろんな場所から情報を集めないと、今ここでどんな憶測を立ててもただの妄想で終わりだよ。もうここで出来ることは終わったのだから先を急ごうか」
セラさんがその場を締めて、話し合いは終わりました。ここからは改めて公国を目指します。もちろん、道中で変異種の情報を集めつつ、出来る限り討伐もしていきます。まだまだ先は長そうです。
それから道中の街や村に寄って街の人達から話を聞いたり、街にある冒険者ギルドだけでなく、商業ギルドからも情報を集め、怪しい情報があったものは片っ端から調査をしていきました。
そして、およそ二ヶ月かけて王国と公国の国境門に到着しました。




