22話 転生うさぎと依頼達成の報告
無事に依頼を達成して『春風亭』に帰ってくると、すでにセラさん達は帰ってきていたようですがちょうど外出中でした。わたしは大人しく部屋で帰ってくるのを待つことにします。
――いえ、折角なのですし、お風呂に入りましょうか。
一人で静かにのんびりと入浴できるチャンスです。この宿には冒険者が多く泊まっていて、今の時間はほとんど出払っているので運が良ければ貸し切りです。わたしはさっそく露天風呂まで向かいます。
脱衣所で着ている服を洗浄して収納に仕舞います。一応脱衣かごを確認しておきます。よし、恐らく誰も居ないですね。わたしみたいに収納に着替えを仕舞っている可能性がまだありますけど。
扉を開けて露天風呂に出て軽く見渡します。気配は無し。貸し切りです。
ちょっとテンションが上がりながら体を掛け湯で流してから、大きな湯舟に入ってお湯に浸かります。残念ながら温泉ではありません。公国や一部の国の地域には温泉宿もあるそうですが、王国には温泉が見つからなかったそうです。残念ですね。
「・・・ふぅ~。極楽、というやつですね」
誰も居ないので独り言を呟いても問題ありません。
「そうねぇ~。温泉じゃないのが残念だけどぉ。やっぱりお風呂は良いわよねぇ~」
誰も・・・居ない・・・はず?
わたしは思わず湯船から飛び出して槍を構えます。わたしが索敵しても感知出来ない程のスキルで隠れている人が居るとは思わず、反射的に行動してしまいました。
――いえ、さっき見渡した時にも人影は無かったはずです。見落とした・・・?でもこんなに近くに居るのになぜ気付けなかったのです?
混乱しているせいでうまく考えが纏まりません。でも、確かなのはわたしが居たすぐ傍に見知らぬ女性が居るということです。白藍色の髪と健康的な肌、鮮やかな蒼色の瞳が目を細めてわたしを見ていました。あと、なにとは言いませんがすごく大きいです。別に気にしてなんていませんけどね。ただ大きいなと思っただけです。羨ましくなんてないです。わたし、うさぎですもん。
「あらぁ~。驚かせてしまったみたいねぇ。まさか私と同類がこんな街中に居るなんて思わなくて、つい声を掛けちゃったのよぉ~」
「・・・同類?」
わたしは慌てて魔力眼と魔力感知を使います。すると、眼に映った光景に目を見張ります。
――セラさんの倍以上、いや、比べ物にならないほどの魔力量ですね。しかし、同類と言っていましたね。まさかこの人は・・・?
「うふふ~。貴方も魔人でしょう?それもまだ生まれたばかりみたいねぇ~。でも、生まれたばかりでそんなに人間っぽいなんてびっくりだわ~。私なんてぇ~ここまで違和感出さない様にするのに数百年掛かったんだからぁ~」
わたしは構えていた槍を仕舞います。こんな化け物にどんな攻撃をしようが通用する気がしません。もう、流れに身を任せましょう。話しかけてくる魔人と少し距離を空けて隣に座ります。
「・・・参考までにお聞きしたいのですが、何故わたしが魔人だと分かったのですか?」
わたしが質問すると、ん~っと顎に指を当てて空を見上げます。「どうしようかなぁ」とか「まぁ~いっかぁ~」とか言っているのを聞いていると、恐らく何かしらのスキルで見破ったということでしょう。基本的にスキルは隠すものですからね。
「本当は内緒なんだけどねぇ~。久しぶりに誰かとこうしてお話するのが嬉しいから話しちゃう~。私はね~高レベルの鑑定スキル持ちなのぉ~。だからぁ、スキルとかぁ、名前とかぁ、もちろん種族だって分かるわよぉ~。あ、でも、スキルはコモンスキルまでが限界ねぇ~それ以上は特別なスキルが無いと見えないわねぇ~」
「・・・鑑定スキルですか」
考えてみれば、鑑定スキルなんてものはよくあるスキルじゃないですか。全く話を聞かなかったので完全に盲点でした。
「大丈夫よぉ。鑑定スキルを覚えるのはとぉ~~~~~っても大変なのよねぇ~。だからぁ、最初から持っているような特別な人じゃない限りは、基本的に持っている人なんて居ないからぁ~」
わたしが考え込んだのが分かったのか、魔人さんがフォローしてくれました。それだけ希少なスキルならば、とりあえずは安心ですかね。
「・・・しかし、貴方はかなりの実力をお持ちのようですが。もし出歩いていてバレたら大変ではありませんか?人族からしたら魔人は魔物と同種ですよ?」
「そうねぇ~。でもぉ、たとえ人間ごときの国が一つ二つ向かってきても、生き延びられる自信があるしぃ?問題ないわよぉ~。あ、でもぉ、たまにこうしてぇ、息抜き出来なくなるのは困るわねぇ。たま~~に人間の国に来るとぉ、いろいろと様変わりしていて飽きないのよねぇ~」
「・・・はぁ。そうですか」
この人ぐらいの強さがあると、人間ごときで済むのですね。羨ましい限りです。
「それにしてもぉ、私もなが~~いこと生きているけどぉ、月兎なんて種族初めて見たわぁ~。兎の魔人自体は何度か見たことあるけどねぇ~」
――居たのですね。兎の魔人が過去に。わたしが言うのもアレですが、とても弱そうに聞こえるから不思議です。
「それにとぉ~~~~~っても可愛いわねぇ~。貴方は人間にバレたら大変でしょう~?私と一緒に来ない?」
「・・・魅力的なお誘いではあるのですが、わたしはまだ人間界でやりたいことがありますので、また次の機会ということで」
「ざんね~ん。でもぉ、仕方ないわよねぇ~。・・・あ、どうやら天使さんが帰ってきたみたいねぇ~。私はそろそろ帰ろうかなぁ。問題はないけどぉ、バレたらいろいろ面倒だからねぇ」
じゃあねぇ~うさぎちゃ~んと気の抜けるような言葉を残して、魔人さんは唐突に姿を消しました。魔力の反応があったので、転移魔法かなにかでしょうか?間近で見れたのは収穫ですね。
わたしは肩まで湯舟に浸かって頭を倒して後頭部までお湯につけます。長い白銀色の髪がお風呂に広がっていきます。
――マナー違反ですけど、誰も居ないから良いですよね?
しかしまぁ、唐突に現れてはさっさと消えてしまうのですから、嵐のような人でしたね。いや、喋り方とかはイラっとするくらいのんびりな感じでしたけどね。
――天使さんが帰って来たって言っていましたよね?あんまり長居しているとここまで突撃してきそうですね。ちょっと予定よりのんびり出来ませんでしたが、諦めますか。
わたしはお風呂から出ると、魔法でさっと体と髪を乾かして服を着ます。そしてその場を後にします。
部屋に戻るとあの人が言っていた通り、セラさん達が帰ってきていました。わたしが部屋に入った瞬間、セラさんに抱き着かれます。
「うわ~~ん疲れたよ~。最近はクーちゃんにもふもふしようとすると本気で嫌がるし、もう私の癒しはトワちゃんしか居ないよ~」
「最近のセラさんは触り方がいやらしいのですよ!そのうち本気で爆破しますからね!」
「トワちゃんの方は変わった事はあったかしら?初めてのダンジョン探索だったでしょう?」
「そうだな。何をやっていたか是非聞かせてくれ」
「・・・それは構わないのですが、この人、邪魔です」
「トワちゃんまで、酷い!・・・ていうかトワちゃんひょっとして湯上り?さっきまでお風呂入ってたの?何で私が行くまで待っててくれないかな!?」
「・・・」
じゃらっと、モーニングスターを出します。
「ト、トワちゃん?なにその物騒なものは?ちょ、ちょっと待って、ここ室内だからね!?離れるから止めて!?」
「あ~なんだ、その、本当にダンジョンで何をやっていたんだ?お前は」
慌てて離れていったセラさんといそいそと部屋の隅に避難したクーリアさんを傍目に見つつ、モーニングスターを仕舞います。そして、質問者のリンナさんを見上げます。
「・・・では、お互いの情報交換をしましょうか」
わたしからは依頼であるダンジョンの調査報告書と、ダンジョンに何周もして時間を潰していたことを報告します。
「寝たり、食事の必要が無いトワちゃんだからこそ出来ることだよねぇ」
「それでも、一日で攻略できるようなものじゃ無いですよ。トラップだってあるのですから。たしか、罠感知などのスキルは持っていなかったはずでしたよね?」
「・・・危険察知のスキルを持っていますから、避けるのは余裕でしたよ」
「ああ、なるほど、危険察知かぁ」
「報告書に変なところは無さそうね。このまま出して大丈夫でしょう。一応クーリアとリンナも確認してちょうだい」
わたしの報告書に一番最初に目を通していたエルさんが報告書をクーリアさんに渡します。リンナさんはクーリアさんの後ろからのぞき込むようにして見ています。
「じゃあ、次は私達の話をしようか。と言っても、別に何かあったわけじゃないけどね。むしろ順調すぎて予定より早く終わったから」
セラさん達は東の方にある街の近くの山で出た魔物の討伐を受けていました。えっと、たしか、ジェネラルスパイダーというAランクの蜘蛛型の魔物です。この討伐に関してはセラさんのサポート無しでクーリアさん達だけで討伐に挑戦したそうです。多少の苦戦はあったそうですが、無事に討伐は完了してかなり早めに街に帰ってきて、折角だからと観光していたとか。
その間、他の討伐依頼もいくつか受けていたセラさんはあっちこっちを移動して回って依頼を片付けて、一週間ほどでようやく終わったらしく、早々に討伐が終わってのんびりしていた仲間を見て憤慨していたとか。
「私の予想ではもう少し苦戦して何度か撤退を繰り返してから討伐すると思ったのに、一回目の邂逅で討伐しちゃうなんてとんだ誤算だよ!こんなことなら、私の依頼も手伝ってもらえば良かった!」
「貴方の移動に付いていけるわけないでしょう?どちらにせよ貴方は一人で討伐に行くしかなかったのよ」
「うがーー!!」
――荒れてますね。セラさん。
頭に両手を当てて叫んでいるセラさんを他人事のように見ながら、わたしはダンジョン探索期間中に会ったうさぎの親子について報告するか考えます。
――依頼とは関係ない話ですし、いろいろと突っ込まれると面倒な話題もあるので黙っておきましょうか。
「ふむふむ。特に問題ないと思いますよ。良く書けていますよ、トワちゃん」
「ああ。初めてにしては上出来だ。報告書に関してはきちんと教えていなかったから不安だったが、全然問題無かったな。むしろ、私がお手本にしたいくらいだ」
そういえば、特に何も考えず前世で作ったことのある資料と同じ感じで報告書を作成したので、教わっていないのにやたらときちんとした報告書を作ってしまいましたね。もう今更ですが。
「私にも見せて~。ふむふむ。ほうほう。・・・へぇ~。確かに良く出来ているね。初めてとは思えない出来だよ。ギルドの庶務より丁寧なんじゃない?」
「・・・ありがとうございます」
――次はもっと雑に作りましょう。疑念を持たれると面倒ですからね。
「それじゃあ、ささっとトワちゃんの依頼をギルドに報告して、明日からは王都観光するぞ~」
わたしの報告書を返してから、セラさんは嬉しそうに宣言して立ち上がります。他の皆さんもどこか嬉しそうに頬が緩んでいます。
「王都はもう何度も来ていますが、トワちゃんは初めてですからね。行きたい所とかありますか?」
「ほらほら。まずは報告でしょう?予定を決めるのはその後、早く行くわよ」
「私達の報告は済ませてあるからすぐに終わるはずだ。今日はもう時間が無いから、本格的な観光は明日からだな。余った時間で訓練をしないか、トワ?さっきの武器も気になるしな」
「・・・そうですね。わたしも訓練したいです。試してみたいこともたくさんありますので」
ですけど、はたしてすんなりと行きますかね?ギルドにはあの面倒な人が居るのですよ?
それから少しして、王都ギルドのカウンター前ではとっても不機嫌な笑顔を浮かべているセラさんとあからさまに不機嫌な顔を前面に出しているクーリアさんとリンナさん、そして対面にいる王都冒険者ギルドのギルドマスター、リードが感情を見せない笑顔でカウンターに立っています。言うまでも無く険悪な雰囲気がギルド内全体に広がっていて、誰もが固唾をのんで見守っています。
「ほらほら、早く報告書を出しなよ?私自らが確認してあげるって言っているでしょ?こんな名誉なことは無いよ?普通は」
「貴方に見せる物なんて無いから。早くそこを退いて仕事してください」
「そもそも、セラちゃんの依頼じゃないんだからセラちゃんに決定権は無いだろう?さあ、君?報告書を提出して?」
「出さなくて良いですからね」
「ああ。こんなやつに出す必要はない。低ランクの依頼をわざわざギルドマスターが確認するなんて聞いたことが無い」
ずっとこんな感じです。ちなみにわたしは後ろでしっかりとエルさんに掴まって動けませんし、喋るなという圧力を全員から受けていて話すことも出来ません。
「この子は私達が庇護している子です。いくらギルマスでも、横暴は許さないよ?」
セラさんの目がいよいよ怪しく光ります。口調もあべこべになっていますし、なんとなく魔力での威圧も感じます。これを飄々とした顔で受け流しているギルドマスターは凄いですね。
「ギルマス!セラさん達の言う通りです。いくらなんでも越権行為ですよ?早く執務室に戻って仕事してください!」
「越権って君ね、私、一応最高責任者なんだけど?」
「無所属の冒険者に対する命令、強制、過度な干渉は禁止事項です。監査会に報告しますよ?」
監査会に報告と言われて、初めてギルマスの顔が嫌そうに歪みました。
「はぁ。わかったわかった。引き下がってあげるよ。こんなことで監査の連中呼ばれたんじゃたまったもんじゃないからね。・・・でも、そこまで隠されちゃうと逆に気になって来ちゃうんだよねぇ?近々、二人だけでゆっくりとお話しようか、お嬢さん?」
そう言ってわたしに向けてウインクすると、ギルドマスターはようやく引き下がりました。後ろを向いて去っていくギルドマスターに向かってセラさんとクーリアさんと受付嬢さんが舌を出してあかんべーをします。って、ちょ、受付嬢さん!?一応貴方の上司なのですが!?
受付嬢さんがわたし達の方に向き直ると申し訳なさそうに顔を下げました。
「本当に申し訳ありません。あのクソ根暗陰湿ギルマスのせいで、皆さんにご不快な思いをさせてしまって」
「カリンさんが誤ることないよ。全部、あの、ギルマスが、悪いから」
「そうですね。早くあのギルマス更迭されてしまえば良いと思います。・・・と言いたいところですが、仕事に関してはとても優秀な人ですからね。悩みます」
「仕事が出来てもあんな奴と一緒の仕事場なんてやっていられません。私なら速攻で仕事辞めますね」
「そうですね~。しかし、私が居なくなると、ギルマスを止められる人が居ませんから」
この受付嬢さん・・・カリンさんでしたか。どうやらこのギルド内ではギルマスの次くらいには影響力の高い人みたいですね。実際、この人が居ないと困ることになるので、是非ともギルドに残っていてほしいものです。
「さて、では報告書の提出をお願いします。・・・はい。確かに受け取りました。確認致しますね?・・・とても良く出来た報告書ですね。助かります。では、確かにダンジョン『仄暗い洞窟』の調査の完了を確認致しました。依頼達成とさせていただきます。冒険者カードを少しお借り致しますね。・・・はい。これで完了です。お疲れ様でした」
ギルドマスターの邪魔が無いととんとんと進んで楽で良いですね。これが普通なのですが。カリンさんにお礼を言ってカードを返してもらいます。
「皆さんこの後はどうするのですか?」
「もちろん、この子が王都初めてだから観光に連れまわそうかなって予定を立ててるよ」
「今日はもう回れるほど時間が無いので明日からですね」
「そうですか。是非王都を楽しんできて下さいね」
「・・・はい」
わたしが頷くとカリンさんは嬉しそうに笑いかけます。それから、別れの挨拶をしてギルドを後にします。この後はリンナさんと訓練施設での特訓です。
「・・・セラさんは来るのですか?」
「う~ん私は遠慮しておこうかな。明日の準備もしたいし」
セラさんは来ないのですね。明日の準備って何をする気なのでしょうか?ただ街を歩き回るだけですよね?なんだか嫌な予感がするのはわたしが気にしすぎなのでしょうか?
「じゃあ今回は私だけかな?クーリアとエルも来ないだろう?」
「私はこの前買った魔術書を読みたいので、パスです」
「私も読みかけの本があるから、今日はそれを読むわ」
メインはわたしの近接戦闘の特訓ですからね。後衛の二人はあまり興味が無さそうです。リンナさんと顔を合わせて肩を竦めます。
「それじゃあ、ここで一旦別れようか。また夕食に」
「・・・それでは」
「気を付けてね。特にトワちゃん、慣れない武器で力加減間違えてうっかりリンナを殺さないでよ?」
――わたしをなんだと思っているのですか。
「・・・大丈夫です。死なない様に加減できる程度には練習していますから」
「おい、そもそも近接戦闘ならまだ負けないからな?」
そういえばそうでしたね。でしたら遠慮は無しでも大丈夫でしょう。楽しみですね。あれを思いっきり振り回せるなんて。
「リンナさん、煽るのは結構ですが、身体強化使われたらリンナさんでも勝てないでしょう?痛い目見ますよ?」
「・・・・・・身体強化は禁止だからな?」
この後、訓練場でモーニングスターを中心にいろいろな武器の練習の成果をリンナさんで試しました。
「はぁ、はぁ。アーツも平然と使ってくるし、始めて見る技ばかり使うし、はぁ、非常識な奴め」
「・・・もう回復したのですか?では続きをやりましょうか。ここまで捌かれるとさすがにちょっと悔しいので、次は身体強化も使いますね?」
「え?ちょっとまっ、悪かった!訂正するからちょっと、うわ、おい!本当に身体強化使ってるな!?くそぉ!!」
いやいや、本当にリンナさんと訓練していると勉強になりますね。わたしがまだまだ力だけのごり押しに頼っているのが良く分かります。これを機会にもっと技術を磨きますか。
「ぎゃーー!!」
それからしばらく、リンナさんの叫び声が訓練場に響いていました。




