21話 転生うさぎと初ダンジョン
薄暗い洞窟の中をてちてちと進む白いうさぎが居ます。明かりが全く無い為、光魔法や火魔法で明かりを灯すか、魔術具や松明などの道具を駆使しながら罠や魔物の対処をします。
白いうさぎは真っ暗な闇の中を耳と鼻をひくひくとさせながら周囲の状況を探りながら進みます。すると、前方のやや遠くの方で戦闘音が聞こえてきます。恐らく冒険者でしょう。白いうさぎは聞こえる戦闘音に動じることもな・・・びくびくと怯えるように近づいていきます。予想通り男性の四人パーティーが大きいコウモリ数羽と戦っています。
特に危なげもなくコウモリを討伐した冒険者達は、そのままの勢いでダンジョンの奥へと突き進んでいきます。白いうさぎは隠れるようにこそこそとその後を追います。
――あ
白いうさぎは何かに気付いたように立ち止まりました。その時、目の前に居た冒険者達の姿が消えます。足元に突然現れた落とし穴に引っ掛かって下層に落ちてしまったようです。
白いうさぎはうきうk・・・わくわk・・・暇潰しにやっていましたがこれもう面倒ですね。止めますか。
わたしは軽い足取りで跳ねる様に傍まで近づいて罠をじっくりとみます。大きな穴の開いていた場所はやがて何事もなかったかのように周囲の地面と同化しました。わたしはそれをしっかりと目に焼き付けながらイメージを固めます。
わたしが何やっているのかって?ダンジョンの精巧な罠を魔法で再現出来ないか、見てイメージを固めているのです。その為にこっそりと冒険者たちを追跡して罠にかかるのを待っています。
え?そんなことよりも何故こんなことをしているのか最初から説明しろ?仕方ありませんね。面倒なのである程度省略して説明いたしましょう。
まず、わたしはこのダンジョンに普通に人間の姿のままで突入しました。
* * * * * *
――さて、中に入ってはみましたが、真っ暗で何も見えませんね。
あまり強い光源を使うと、それに引き寄せられて魔物に襲われやすくなってしまうらしいので、カメラのナイトビジョンをイメージした暗視魔法を使って周囲を確認します。
――問題無く見れますね。
では、先に進みましょうか。ですが、他の冒険者には見つからない様に立ち回らなければなりません。これはセラさん達と相談した上で決めました。初級ダンジョンに潜るような低ランクの冒険者は比較的マナーの悪い人が多いため、わたしに絡んでくる可能性が高いそうです。『白の桔梗』との繋がりが知られていればなおのこと可能性は上がるとのこと。
冒険者の気配は避けるように、魔物は依頼内容的にも積極的に倒しに行きましょう。入り口近くにいつまでも居る訳には行かないので、事前に用意した地図を取り出して場所を確認しながら移動を開始します。
しばらく歩いていると早速魔物の気配を感知します。周囲に冒険者は・・・居ないようですね。では、小手調べと行きましょうか。近づくと、ジャイアントバットという体長80センチほどの大きなコウモリが三体居ました。わたしは武器を薙刀タイプにして手に持ちます。コウモリ達も近づいてきたわたしに気付いたようで一斉に襲い掛かってきました。
――そういえば、音に敏感で、近づくと高確率で集団で襲われるのでしたっけ?知覚範囲が狭いので遠距離攻撃で先制するのが基本と資料に書いてあった気がします。
魔法を禁止されているので遠隔攻撃なんて出来ません。今度は遠隔攻撃できる物理攻撃を考えましょう。さて、それではサクッとやってしまいましょう。
とりあえず、向かってきた一体が間合いに入った瞬間に袈裟斬りで両断して、そのままくるんと薙刀を回転させてもう一体も両断します。最後の一体は振り下ろした薙刀を掬い上げるように上げてコウモリの頭を突き刺して終了です。死体は収納にポイします。後でまとめて処理しましょう。戦闘開始から僅か数秒の出来事でした。
戦闘はつつがなく終わり、探索に戻ります。その後もちょくちょくと魔物と戦闘しながら移動します。すると、突然足元に違和感がありました。危険察知スキルが警鐘を鳴らしたのと同時に慌てて大きく後ろに跳躍して距離をとります。ちょうどわたしが飛び退いた瞬間、わたしが先ほどまで居た地面に穴が開きました。
――これがトラップですか。罠察知のスキルが無いと事前感知出来ないというのは本当だったのですね。これは確かに厄介です。
罠感知スキルが無くてもいち早く罠に気付ければ避けることは出来るみたいですけどね。それよりも、罠起動時に僅かですが魔力の流れを感じましたので、魔力感知で見破ることが出来ないでしょうか?
――いえ、難しいですね。ダンジョン自体が魔力で満ちているせいで魔力感知で小さな魔力の塊を見つけるのは困難でしょう。
このダンジョンくらい余裕があれば出来ると思いますが、上級ダンジョンのような凶悪な魔物がうろつくような場所では無理でしょうね。ここよりも魔力も濃く満ちていそうですし。
罠に関しても時間が空いたらいろいろと調べてみましょう。発動の瞬間を何度も見ていればイメージが固まって、魔法の応用に使えるかもしれません。
そんなこんなでダンジョンの探索を一日中ぶっ通しで続けた結果、全十階層のダンジョンを完全制覇してしまいました。地図を見ながらだったため道に迷うことなどなく、戦闘は毎回通り過ぎながら数秒ほどで終わってしまったのが主な原因です。罠もほとんど発動と同時に駆け抜けてしまったので引っ掛かることはありませんでした。ダンジョンの調査結果としては、事前情報と全く一致していて異常無しです。
そして、余ってしまった時間をどうするか考えます。ここで、わたしは妙案を思いつきました。
――そうです。ここではうさぎの姿で歩いていても気づかれないのでは?折角の個人行動なのですから、普段はあまり時間のとれない本来の姿で行動するチャンスです。
そして、今度はうさぎの姿でダンジョンを徘徊することにしました。しかし、ただ徘徊するのも時間が勿体ないので、罠の研究や他の冒険者達のダンジョン探索のやり方などを観察させてもらうことにしましょう。
* * * * * *
というわけで、今は久しぶりにうさぎ姿で一日中歩き回っているのです。ちなみに、今日は三日目です。さすがに手持ち無沙汰になってきたので、ダンジョンの資料でも読みかえして新しい発見が無いか見てみましょうか。
ダンジョンとは、ダンジョンコアと呼ばれる魔物が作り出した異空間で、ダンジョンの外と中では大きく地形や気候が変わることもあります。ダンジョンは常に魔力が充満しており、階層が深ければ深いほど充満する魔力も濃くなって強力な魔物が生まれやすいと言われています。
ダンジョンコアは基本的にダンジョンの最深部に居て、これを倒すことでダンジョンは崩壊します。無機物の水晶体のような形から、コア自体が魔物の形をしていたりと多種多様な存在で、未だにコアの生態に関しては分からないことが多いそうです。ダンジョンコアが魔物という種別になっているのは、コア自体が何かしらで成長し、稀に変異種となって凶悪なダンジョンに変質することがあるからだそうです。ダンジョンコア自体はダンジョンから出ることは出来ないが、移動できるダンジョンは存在するとのこと。
ダンジョンはその特異性から、希少な素材が多く手に入り、また取り尽くしてもまた復活するという素材の宝庫でもあります。ダンジョンにしか存在しない魔物も多く居て、たくさんの利益を得ることが出来るため、独断でのダンジョンコアの討伐は国で禁止されているようです。
しかし、長い間ダンジョンが存続していると、溜まった魔力で魔物が大量に生み出されて外にあふれ出ることがあります。これをスタンピードと言い、ダンジョンの管理をしている街は定期的にダンジョンの調査を行ってスタンピードの兆候が無いかどうか、コアが変異してダンジョンの中が変わっていないかどうかを調査する義務があります。
ダンジョン内には、自然発生した魔物はもちろんのこと、何故か宝箱があり、素材や魔術具や武具が入っていたり、あちこちに罠があって侵入者を撃退するような仕組みがあります。これらもどうやって生み出されているのかは謎ですが、ダンジョンが成長するにはダンジョン外からきた生物がダンジョン内で死ぬことが必要なのではないかと推論されています。もちろん、ダンジョン産の宝箱に入っているものはダンジョン限定の物が多く、とても高価な物や希少な物が入っていることもあります。中身はランダムなので、空っぽだったりゴミだったりする時の方が多いですけどね。
そんなわけで、ダンジョンは腕試しや宝物を狙った一攫千金や希少な素材を取りに行く冒険者で人気のスポットなのです。
――読みかえしてみましたが、別にこれといって真新しい発見は無いですね。
最低でも後一週間はこのダンジョンにこもっていないといけません。ここに来る冒険者は八階層ぐらいまでで引き返すことが多いので、九階層をメインに活動して時間潰ししますか。罠観察もなんとなくイメージが固まってきましたので試してみたいですし。
ちなみに十階層目はボス部屋とその奥にコアがある部屋があります。もちろん見に行きましたが、ボスはタイラントワームと呼ばれる大きな芋虫で、一応Bランク指定の魔物で今回の依頼では見て確認するだけで討伐する必要性は無かったのですが、ダンジョンコアを一目見たかったのでサクッと倒しました。ここのコアはただの水晶玉でしたね。ちらっと見てすぐに引き返しました。
先ほど落とし穴の罠に引っ掛かって下に落ちていった冒険者の安否をついでに確認した後、九層まで一気に下ります。
九階層の端の方まで移動したわたしはさっそく罠魔法の製作を開始します。今回創る魔法は触れると爆発する地雷型の魔法です。
まずは、罠魔法の根本的な原理から創りましょう。難しそうなことを言っていますが、つまり、何をどうやってどうすると効果が発現してどのくらい持続してどの程度の威力を発揮するのかを決めるのです。ただイメージだけで使うよりも、こうして使い方を決めておけば魔力の無駄な消費を押さえつつ、効果も一定に出来ます。
では最初に威力から決めてしまいましょう。前世での地雷の役割は戦闘力を奪う程度の威力だったと記憶しています。わたしの地雷魔法もそれを基本コンセプトにしましょう。爆発の威力は高めにして範囲を絞ります。
さて、問題はこの爆発をどのように発現させるかですね。わたしの制御が離れても罠が消えないようにしつつ、きちんと魔法が発現できる状態でないとダメです。
――魔法陣や魔石を使った魔術具ならば簡単に出来そうですけどね。
魔法だけでやろうとすると、制御が離れるという部分があるだけで、暴発、暴走の危険があります。でも、この部分については実はもう目途は立っています。
魔力を半径1メートルくらいの大きさの円状に広がるように設置して、それに魔力を多めに入れて固定し、一度制御を離します。すると、なんの指示をしていない魔力は自然に放置された状態になるので、徐々に減っていきます。この下地に、先ほどの爆発の魔法を魔法が発動しない量の魔力で作り出し下地に組み込みます。そして、この下地の魔力部分に何かが触れた際に、下地の魔力が爆発の魔法に魔力を注ぐ様に設定して完了です。今は検証の為に別々に作りましたが、上手くいけば下地と発現部分をあらかじめ組み合わせておいて設置出来るように訓練しましょうか。
――よし、では犠牲者さんを待ちますか。
数分後哀れな犠牲者のミニマムワーム(ミニマムとかいいつつ、1メートル以上の芋虫です)がのしのしとやってきました。そして、わたしの設置した地雷魔法に当たると、一瞬魔力が活性化した後、爆発しました。地べたを這いずるタイプだったせいで思った以上の効果が出てしまい、この罠だけでミニマムワームを倒してしまいました。とりあえず、実験は成功ですね。あとでもう少し使いやすく出来るように煮詰めておきましょう。あ、ワームも回収しましょう。わたしはあまり気乗りしませんが、人気の食糧だそうです。
それから更に三日間が経過しました。この三日間で罠魔法の研究がある程度目途が立ち、その後はとりあえず暇なので人の姿になって武器をいろいろな形状にして振り回して遊んでみたり、うさぎ姿で冒険者をひたすら後ろからこっそり付け回したりして過ごしています。・・・いえ別にストーカー癖があるわけではありませんよ?これは情報収集のためです。ホントですよ?
ダンジョンの一階層の入り口近くまで戻ってきたわたしは、特に当てもなくうろうろと徘徊します。一応冒険者に見つからない様に配慮して気配を消しながら索敵で周囲を警戒しています。
――こうして一人で居る時間って久しぶりな感じですね。
あと、一日中うさぎ姿で居られるのも久しぶりです。セラさん達と一緒に居てもなかなか戻れる時間がありませんからね。やはり、この姿が一番自然な感じがします。
しばらくうろうろとしていると、ダンジョンでは感じたことが無い気配を感知したので見に行ってみることにします。一応、調査で来ていますからね。
その気配の持ち主はすぐに見つかりました。わたしより一回り小さい子うさぎがこんなところでうろついています。迷い込んだのでしょうか?魔力感知で確認しても普通のうさぎっぽいですし。
すると、案の定と言いますか、ダンジョンの魔物に出くわしてしまいました。まだ幼いせいでうまく気配を感知出来なかったのでしょうね。ただでさえ目の悪いうさぎがこんな暗い場所ではほぼ何も見えないでしょうし。
そして、すぐに逃げれば良いものを魔物の殺気に当てられて固まってしまいました。これは大ピンチです。魔物の牙が子うさぎに迫ります。
「きゅい!?」
――やっちゃいました。
わたしは反射的に体が動いて魔物を魔法で倒してしまいました。こんなところに入り込んで襲われるなんて、危機管理の甘いこの子うさぎが死ぬのは必然のようなものでした。ここで中途半端に助けても、運よく魔物に会わずに出口を見つけなければ助けた行為が無駄になります。つまり、わたしは中途半端に助けてしまったせいで、この子うさぎを助けなければいけなくなってしまったのです。
――ここで見捨てるほど腐ってはいないつもりですよ。
今までわたし自身が結構な数のうさぎ狩りをしていますけどね。贖罪の意味も込めてこの子を助けてあげますか。
わたしは未だにがたがたと震えているうさぎに近づきます。向こうもわたしに気付いたようで気配だけでわたしの方に体を向けます。しかし、うさぎのわたしを見た瞬間先ほどよりもがたがたと震えだしました。
――わたしがただのうさぎでは無いことはすぐに分かったのですね。まあ、これならば捕まえるのも楽で良いでしょう。完全におびえて動けなくなってしまっていますし。
わたしは人型になって子うさぎをそっと両手で抱きかかえます。
――おお。もふもふですね。わたしは自分で自分をもふれないので分かりませんがこんな感じなのですね。
呑気なことを考えているわたしとは裏腹に腕の中に居る子うさぎの震えはより強くなり、このままでは恐怖のストレスで死んでしまいそうです。
「・・・仕方のない子ですね」
子うさぎを抱きかかえたままわたしはダンジョンの出口を目指しました。と言ってもここからそこまでは離れていないのですぐに辿り着きましたが。外に出るともう夜で、いつもの満月が闇夜を照らしています。と、同時にわたしの月の加護の能力が強くなりました。
――ダンジョンの中だとあまり加護を受けられないのですよね。
月明かりの量でわたしの加護は強くなりますが、月明かりが全くなくても月が出ている時間帯は、上昇量が低くなりますが加護を受けることが出来ます。でも、ダンジョン内は特殊な空間なのか、加護自体は受けることが出来るのですが、微量なものなってしまうようです。
月明かりに照らされる道を逸れて、子うさぎを抱えたまま近くの茂みに入っていきます。とりあえず、人目のつかない位置まで移動して、念には念を入れて索敵スキルや魔法を使って周囲の安全を確認してから子ウサギを地面に下ろしました。
「きゅう?」
諦めたようにすっかりと大人しくなっていた子うさぎが不思議そうな目で見上げてきます。
――今ならばセラさんやクーリアさんの気持ちが分かりますね。うさぎ、とっても可愛いではないですか。
別に前世では特別うさぎ好きでは無かったと思うのですが、飼っていた記憶もありませんし、やはり、わたしがうさぎだから親近感が湧くのですかね。これから先、うさぎ系の魔物や動物狩れなくなりそうです。
わたしはしゃがみこんで子うさぎの頭を優しく撫でて語り掛けます。
「・・・もうあんな所に行ってはいけませんよ?次は助けられませんからね」
――言葉が通じるはずはないのですけどね。何やっているのでしょう?わたし。
子うさぎも、もちろんわたしの言葉が通じる訳も無く、首をこてんとさせます。いちいち仕草が可愛いですねこいつ。そこでわたしはふと疑問に思いました。
――それにしても、どう見ても子供のうさぎがどうして一匹でこんな場所に居るのでしょう?親とはぐれたのでしょうか?
「・・・貴方、親はどうしたのですか?」
「きゅい?」
「・・・ですよね」
いえ、聞いたことろで分かるわけが無いって分かっていましたけどね。思わず聞いてしまったのですよ。しかし、わたしはうさぎのはずなのにうさぎの言葉が分かりませんね。うさぎになれば分かるのでしょうか?
というわけで、もう一度うさぎの姿に戻ります。そして、わたしもきゅいきゅいと鳴きながら伝われ~と念を込めつつ再度聞いてみます。
「きゅい、きゅいきゅいきゅい?(貴方、親はどうしたのですか?)」
「きゅい、きゅいきゅい。きゅ~」
むむむ・・・わたしの言葉伝わった(?)ようですが、肝心のこの子の言葉が分かりませんね。でも、感覚的には親はどこかに居るようです。
「きゅい。きゅいきゅい。きゅい。(とりあえず、貴方の住処まで案内してください)」
「きゅい!」
何故伝わったのか分かりませんが、子うさぎは大きくひと鳴きすると元気よく茂みの奥に走り出しました。その先には小さな森があったはずです。わたしも後を追いかけます。
思った通り、特に名の無い森まで来ました。子うさぎはそのまま森の中に入っていったので、わたしもそのまま追いかけます。そのまま森の中を走っていると、僅かに血の臭いがします。嫌な予感がしつつもその匂いの元に向かって走っていきます。そして、とある木の傍で子うさぎは止まります。木の根の近くに小さな巣穴があります。
「きゅい」
どうやらここがこの子の棲みかのようですね。巣穴の中には二匹の気配があり、先ほどから臭ってくる血の臭いもここからします。子うさぎの鳴き声が聞こえたのか、中に居たうさぎが顔だけ出して周囲を確認しています。そしてゆっくりと巣穴から出てきました。後ろ脚が大きく抉れて黒く変色しています。当然動かすことが出来ないようで、前足だけで引きずるようにしてこちらに向かってきます。
――この状態で良く生きていますね。もう、長くはないでしょうけど。
子うさぎが走ってそのうさぎの傍に寄り添います。かなり痩せていますけど子うさぎよりも体も大きいですから、間違いなく親うさぎでしょう。巣穴の中に居た残りの一匹も出てきて、再会を喜ぶようにきゅいきゅい鳴いています。しかし、親うさぎはわたしのことをじっと見詰めていました。子うさぎが気づいたのです。その親が気付かない筈がありませんよね。
――ここまで関わってしまったのですから、もう少しだけ面倒を見てあげましょうか。どうせ暇でしたからね。
わたしはゆっくりとうさぎの親子に近づきます。警戒心を高める親うさぎと、何かわからずにきょとんとする二匹の子うさぎ達がじっとわたしを見詰めます。わたしをここまで連れてきた子うさぎは親うさぎの前に立って心配そうな目でわたしを見てきます。それらを無視して親うさぎの前まで来たわたしは痛いほど視線を感じながら前足を片方上げて治療魔法を使います。
「きゅい!?」
親うさぎが驚いたような声を後ろ脚を確認します。問題無く動かせるようですね。かなり酷い状態だったので治せるかは賭けでしたが、結構な魔力を使ったくらいでなんとかなったようです。
「きゅい!きゅいきゅい」
「きゅいきゅい」
「きゅい~」
二匹の子うさぎ達も最初は淡く光った親に驚いたようでしたが、悲惨な状態だった親うさぎが動ける姿を見て喜ぶように声を上げてくるくると親うさぎの周りをまわりだします。
――なごみますね~。
さてと、傷は癒したので次です。ここを中心に血の臭いが漂っていたせいで、その血をたどって付近まで魔物や肉食獣が寄ってきているようなのでそいつらを一網打尽にしてある程度安全を確保しておきましょう。
その場を後にしたわたしは森をぐるっと一回りして生態系を壊さない程度に危険な存在を排除します。死体も収納で回収しておきます。証拠は残さない様にしなければいけませんからね。排除するついでに魔法でまだかすかに漂う血の臭いを上空に飛ばして臭いも消しておきましょう。これで寄ってこなくなるはずです。
――良い仕事しました。後はそうですね・・・
ここまで来たらもう徹底的に援助してあげましょう。助けたのに後で死体で発見したら悲しくなりますからね。というわけで、お守りでも作ってあげましょうか。ここも規模は小さいながらも森なのでアレがあるかもしれません。わたしはさっそく森の中を探索します。うさぎ姿で森の中を探索だなんてなんだか懐かしいですね。まだ三ヶ月程度しか経っていないはずなのに何年も前のような感じがします。
――お、発見しました。やはりありましたね。
魔物を寄せ付けない魔木。あの時は名前など知りませんでしたが、冒険者としての知識の一つにこの木のことが書いてありました。聖樹フローディア。それがこの木の名前です。この木の皮や落ち枝、葉などを使ってお守りを作ると、魔物から襲われにくくなると言われているらしいです。実際、落ち葉とかには僅かに聖樹の魔力があるのでこの影響でしょう。さすがに完全に寄せ付けなくするのはこのままでは無理でしょうけど。
実はこの聖樹は高い魔法耐性ととても頑丈な造りをしている上に再生能力まである超性能な木なので、わたしが全力で攻撃しても折るのはとても大変です。やりませんけどね。いつか試してはみたいですが、罰が当たりそうですし。
さて、話が逸れましたが、これであのうさぎの家族のお守りを作りましょう。結構な量の葉や枝があるので(この葉や枝は自然と落ちてくるものです)後は、頑張って皮をはぎましょうか。剥いでもすぐに再生しますから問題ありません。むしろ剥ぐのが非常に大変です。
懐かしのウォータージェットカッターで斬るよう剥ごうとしましたが、魔法耐性が高すぎてはじかれました。さすがのわたしも目が点になりましたよ。これをはじくってどうなっているのですか?さすが聖樹です。というわけで、武器を取り出してナイフの形にします。普通に剥いでみましょうとやってみると、硬すぎてびくともしません。削るように刃を滑らしても木の表面のでこぼこにがつっとぶつかって止まります。
――なんなのですかこの木は!?
結局、人型になって魔力を半分近く使った身体強化で武器を普通の剣のサイズにして居合のように剥ぎ取ることでなんとか成功しました。剥ぎ取る度に硬いものに強く打ち付けたような反動が来て物凄く手が痛くて痺れますが、頑張りました。
そうして手に入れた素材で今度はお守り作りです。これも人型の方が作業がしやすいのでこのままでやりましょう。聖樹の枝を加工してまずは骨組みを作ります。不思議なもので、一度聖樹から落ちた枝は普通の木程度の硬度でした。まあ、これまでさっきの硬さだったらさすがに心が折れていたかもしれませんけどね。正直、素材さえ組み合わせてしまえばもうお守りは完成なので、形などどうでも良いのですが、せっかくお守りなので前世の神社のお守りっぽくしてみます。
木枠でそれっぽくして、皮でうまく固定しつつくるくると巻いていきます。そうして袋状になったものの中に葉を入れて、最後に空いている蓋を閉じれば完成です。なのですが。木の皮だけではうまく成形出来なかったので、洋服店を回った時に何故か買った裁縫道具や糸や布で成形して、形は宣言通り前世のそれっぽくします。
――この裁縫道具は花嫁修業用でしょうか?誰がこんなものを買ってわたしに渡したのでしょう?服と一緒にいろんなものをまとめて渡されたので記憶にないですね。
そんなどうでも良いことを考えながら、お守り作りを続けます。お守りの外見は目立たないように白一色にしました。みんな白うさぎでしたからね。あれ、保護色にならないのですけど大丈夫なのでしょうか?わたしも真っ白な姿で平原や森に居ましたから人のことは言えないのですけどね。そういう種族なのだと納得しておきましょう。
葉を数枚入れて、ぎゅっと口を縛れば完成です。首に掛けられるようにしましたし、完璧ですね。でも、ちょっと聖樹の魔力が弱いのが気になりますね。もともとが気休め程度だったのだとしても、ここまで手間暇かけて作ったのですからきちんと働いてほしいです。というわけで、わたしの魔力をぐっと注ぎます。しばらく反発されましたが、徐々に馴染んできてお守りに魔力が満ちていきます。ここで完全にわたしの魔力で染めてしまうと聖樹の効果が無くなってしまうので、混ざり合ったところでやめます。後は聖樹に上って月明かりが良く当たる場所に置いておきます。
――わたしの魔力は月の加護で回復する仕様なので、これで聖樹の魔力を混ざり合ったわたしの魔力が回復すれば、聖樹の力が少しは強くなりませんかね?
実験も兼ねてやってみましょう。魔力の制御を切ると魔力が回復しなくなってしまうはずので、お守りから離れることが出来ません。ついでにここでお月見しましょうか。今日は久しぶりにかなりの魔力を使いましたからね。・・・ほぼ聖樹の皮剥ぎで使いましたが。
そうして夜も明けてお月様も見えなくなってしまった頃、わたしはお守りに込めた魔力の制御を切って状態を確認します。
――う~ん。聖樹の魔力も増えていますが、わたしの魔力の方が強いですね。わたしの魔力に魅かれてむしろ危険な魔物が寄って来ませんかね?
魔物の変異種とかが寄ってきそうで怖いですね。しかしこれ、やってみて思いましたが、魔石として使えませんかね?このお守りは聖樹の魔力と混ぜてしまったので魔石代わりにはできませんけど、これを応用すればいざという時に使えそうです。
――これはこれで追々考えましょう。
とりあえず、このお守りの効果を確認して、使えそうならばあの親子にあげることにしましょう。では、さっそくお守りを首から下げて魔物の多いダンジョンを徘徊してみましょう。
丸一日実験してみたところ、無事に聖樹の効果を確認出来ました。一定距離まで近づくと嫌がるように魔物が逃げていくのです。
しかし、誤算もありました。わたしの魔力も詰まっているせいで森に居る普通の動物も遠ざかっていきます。普通は明らかに強力な魔物には近づきませんからね。さらに、このお守りの魔力は夜になると朝昼に自然消失した分を回復します。わたしの魔力が原因だと思うのですが、制御を切るとわたしの月の加護の効果は得られないはずなのですが・・・これは謎ですね。
――ま、まぁ、効果は実証されたわけですし、これをさっさとあの親子に渡してしまいましょう。
そういえば、結局あの子うさぎはどうしてダンジョンに迷い込んだのでしょうね?餌なんて森に棲んでいるのですからたくさんあるでしょうに。まあ、もうどうでも良いですか。
ダンジョンから再び森に戻りあの親子の下へ向かいます。周囲を索敵しますが、わたしがこの間集まりかけていた奴らを討伐して回ったおかげか、無害な小動物がちらほらと表に出てきているようです。
あのうさぎの親子の下まで来ると、嬉しそうに鳴きながら子うさぎ達が群がって来ました。その後ろで親うさぎも姿勢を低くして控えています。今のわたしはうさぎ姿なので、もふもふがもふもふされている不思議な絵面ですね。出来れば第三者視点で見たかったものです。
わたしは人型になってお守りを収納から取り出します。小動物用の小さいお守りをそれぞれ親うさぎと子うさぎ達の首に下げます。走ったり跳んだりして落ちない様に首が締まらない程度にひもをきつくして完了です。子うさぎ達が不思議そうにお互いのお守りに鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅いでいます。
――さて、これでもう良いでしょう。
さすがにこれ以上面倒を見るつもりはありません。この後、この子達がどう生きていくのかはこの子達が決めることです。
「・・・折角助けたのですから、頑張って生きてください。では、さようなら」
どうせ言葉なんて通じないでしょうけど、なんとなく別れを言葉にしてからその場を後にします。後ろから少し寂しそうにきゅいきゅい鳴く声が聞こえますが、わたしは振り向かずにダンジョンまで戻りました。
まあいろいろとあり、ダンジョンに来てから十日経過しました。
そろそろ王都に戻っても良いのですが、今わたしは各種武術系のスキル習得、レベルアップすることに夢中です。折角一人で伸び伸びと普段できないような動きが出来るのですから、もう少しだけここに居たいですね。日本のアニメやゲーム等で出てくる技がこの世界ではスキルの補正のお陰で出来たりするので、体を動かしているだけでも結構楽しいのですよね。
それに、この世界のスキルはレベルが上がっても技を習得したりはしません。剣術を例に出しましょうか。まず当然ですが、剣術スキルを覚えていなくても剣は持てますし振って攻撃できます。剣術スキルはあくまで剣を持った時に剣が取り扱いやすくなるものなのです。なので、剣術スキルのレベルが上がるとより剣の扱いの補正が強くなり、より強く、より早く、より自在に剣を扱えるようになります。そして必然的に剣の扱いが上手くなればいろんな動きが出来るようになり、それが技になるのです。そうやって体得した技を後世に残すために書物にしてまとめたり、代々親から子へ又は師から弟子に伝わっていき、剣術スキルのレベルでどのような技が使えるようになるかが広く普及されるようになりました。
なので、剣術スキルの技はスキルで勝手に覚えるわけでは無く、スキルレベルを上げてなおかつきちんと技の訓練をしなければ使えないものなのです。例外はありますけどね。
そして、技を極めた先にある常識の理を壊すような技がアーツと呼ばれるものらしいです。アーツに関してはわたしも触りしか教えてもらっていないのでよく分からないのですが、セラさんとリンナさんがそう教えてくれました。
言葉だけではまだよく分からないですよね。では、実践して見せましょう。剣はまだそんなに得意ではないので槍になりますけど。
お馴染みのランスモードで槍を取り出します。魔法で出来るだけ硬く作った案山子を作ります。これで準備完了です。あ、ちなみに場所はダンジョンの九階層の端っこにあるちょっと広い空間です。たまに宝箱もあるのですが、今日は無いですね。では、まずは普通に槍で突きます。槍スキルの補正もあるので非常に早く重い一撃が案山子に当たり、ガツンと大きな音を立てます。頑丈に作ったので少し傷がついた程度のダメージしかないですね。
次に今度は少し腰だめに構えて力を蓄えてから思いっきり突きます。ボコンと凄い音を発して案山子の体を大きく抉りました。これが、最も簡単な技で力突きだとかパワーピアスだとかそんな名前の技です。この時点で岩をも抉るほどの威力があるので、前世からしたら常識外なのでアーツじゃないの?って思いますけど違います。これはあくまで技であって技術です。
最後にアーツです。アーツは完全に体得した技を更に昇華させて基本は同じ技なのに常識外の現象を引き起こすものです。さっそくやってみましょう。わたしは槍を片手でくるくると高速回転させて力を蓄え、ピタっと止めた瞬間に踏み込みそのまま案山子に突きだします。すると、今度はドカンと凄まじい音を出して案山子を吹き飛ばし、突き出した槍から出た衝撃破がそのままダンジョンの壁に当たって大きな音を立ててダンジョンが少し揺れました。
「・・・」
確かに常識外ですね。実はアーツは初めて試したのですが、これは安易に使って良いものでは無いでしょう。使える人がとても少ないらしいのが幸いですね。こんな技を使う人がごろごろ居たら、この世界は今頃更地ですよ。・・・いや、魔法も大概ですね。よくこの世界の地形は更地になりませんでしたね。
少し現実逃避をしてしまいました。アーツを使うには主に三つの要素が必要です。一つ目が先ほどから言っている通り、元となる技の熟練度がとても高くなくてはいけないこと。二つ目は各対応する武術スキルがかなり高くなくてはならない。基本的には上位スキルぐらいないと難しいらしいですね。三つ目は相応の身体能力が必要であること。これが無いと自分の技の反動で自分の体が傷つくか、アーツとして未完成になってしまいます。また、身体能力が非常に高ければ、武術スキルのレベルが少し低くても補うことが出来ます。これは今のわたしに該当しますね。
さてと、もう何周したか分かりませんけど、またこのダンジョンを一階層目から攻略しますか。今度はなんの武器でやりましょうか。元日本人としてはやはり刀とか使ってみたいですね。居合とか格好良いと思うのです。後は・・・鎖が付いているタイプのモーニングスターとか面白そうですね。遠隔攻撃出来る武器に困っていましたし、ちょうど良いかもしれません。わたしの姿とのギャップも凄まじいですけどね。
他にも案はありましたが、結局はモーニングスターに決まりました。やはり遠隔攻撃は欲しいですからね。ある程度力任せに使えそうですし。問題はここは洞窟型のダンジョンなので狭いということでしょうか。一応大の大人が三人並んでも通れるくらいの道幅と天井は三メートルくらいの高さがありますけど、これ、振り回せるでしょうか?
わたしはイメージしたモーニングスターの鎖をじゃらりとたらしました。基準までは分からなかったので、鎖の長さを五メートルぐらいにして先端に直径五十センチほどの棘のついた鉄球を付けてみました。改めて思いますが、自由に武器を変えられるって素晴らしいですね。これを考えたわたし、ぐっじょぶです。まあ、偶然の産物ですけどね。
右手で柄を持ち、左手で鉄球の根本近くの鎖をつかみます。余った鎖部分は・・・とりあえず纏めて右手に持っておきましょうか。
――ちょっと長すぎましたかね。結構邪魔くさいです、この鎖。でも短いと遠隔攻撃出来ませんから、仕方ないですよね。最悪は引きずりながら持っていきますか。
さあでは、ダンジョン攻略開始です。(周回済み、武器縛り)
こういう音の鳴りやすい武器で他の冒険者に気付かれない様に行動するのは骨が折れますね。気付かれそうになったらいっそのこと始末してしまいましょうか?・・・バレなければセーフですよね?そんなことを考えながら一階層目を大回りして冒険者を避けながら進みます。一階層目から三階層目までは冒険者の数もちらほらと居るので、特に気を張らなければなりません。
――おっと第一被害者のジャイアントバットさんですね。
毎度おなじみのジャイアントバットさんが五体天井に張り付いています。気配を消しながら音を立てずにそっと近づき、モーニングスターの射程に入ったのを確認してから、左手にある鎖の先にある鉄球を思いきりジャイアントバットに向けて投げます。同時に右手で持っていた鎖を離して射程を限界まで伸ばしておきます。鉄球が物凄い速さで飛んで行きそのまま轟音を立ててジャイアントバットを三匹ほど一気に潰しました。残った二匹が慌てたようにバタバタと飛び回ります。わたしはすぐさま鎖を引いて鉄球を天井から引っこ抜くと、そのままぐるんと鉄球を振り回し残りの二匹を叩き落とします。落ちた瀕死のジャイアントバットにそのまま鉄球を落としていってトドメを刺しました。
――初めて扱うにしては中々上手くいったのではないでしょうか?
言うまでも無く、魔人の身体能力の高さがあるからこそ出来ることなのですけどね。鎖を引いて鉄球を手元に戻すと、押しつぶされた哀れな被害者が見えます。体がボロボロになって潰れているので素材回収は無理ですね。重量武器の思わぬ欠点です。魔石だけ回収して死体は燃やしておきましょう。別にわざわざ処理しなくても勝手に消えるのですけどね。気分の問題です。
それから数度戦闘を繰り返し、利点と弱点を見極めていきます。使い勝手は思ったほど悪くはないのですが、かなり修練を積まないと素早い敵に攻撃を当てたり、集団戦などで振り回していて鎖に自分が絡まらない様にしたり、鉄球を投げている間に接近された時の対処法を考えたり等々・・・。いろいろなシチュエーションを考えながら戦闘を繰り返し、動きを微調整していきます。
もちろんダンジョン探索自体もしっかりとやります。宝箱部屋を確認して、宝箱があったら開けに行ったり、罠にわざと引っ掛かって素早く階層を降りてみたり、念のため持っているマップから変化が無いか確認したり、出来るだけ時間をかけてダンジョンを降りていきます。
時間をかけたおかげか、気付けば二日経過していました。ちなみに休憩は一切取っていません。お月見もしていません。思い出したらお月様見に行きたくなりました。とっとと終わらせて外に行きますか。そして現在はボス部屋手前まで来ております。ボスはボス部屋に入った時に召喚され、討伐すると一日~三日は出現しなくなります。ボスが召喚出来ない間はボス部屋の扉も開かない仕様になっております。
さて、ではボス部屋に突入です。ぎぃ、と音を立てて大きな扉を開きます。そのまま中に入ると、部屋の周りにある明かりが一斉に点灯し、入り口の扉がバタンと閉じられました。そして、大きな空間の真ん中に巨大な魔力が集まり段々と形を成していきます。そうして、ついにこのダンジョンのボス『タイラントワーム』が現れました。もう何度か討伐していますけどね。
ダンジョンの魔物は外の世界の魔物と同じ種類でも特製が変わる時があります。ボスとして出てきた魔物はその変化が顕著に現れます。単純に魔力量が多くなり身体能力も上がっています。変異種というと微妙に違うのですが、それに近い感じです。
――さて、大分慣れてきたわたしのモーニングスター捌きを見せてあげましょう。
ドスンと鉄球を地面に落として、余った鎖を左手に渡します。大きく左手を動かして鉄球を浮かせると、そのままタイラントワームに目掛けて投げ飛ばします。ぐわあと口を大きく開けたタイラントワームに見事命中してそのまま壁まで吹き飛ばします。
手首を捻って鎖を手前に引くと同時に鎖に魔力を通して操り、一気に鉄球をわたしの手元まで引き寄せます。そのまま引き寄せた鉄球はわたしを通り過ぎて後方まで行き、目一杯まで鎖が伸びたのを確認してわたしは大きく踏み出しながらそのまま円を描くように鉄球を横殴りに振り回します。
遠心力とわたしの力と魔力で固定された鎖のおかげで威力が増大した鉄球が、壁に激突したワームを横殴りにしてまた大きく吹き飛ばします。鉄球の棘にも刺さっているので威力は見た目以上に凶悪ですね。
鎖に魔力を通しながら手を上にあげて鉄球を天井近くまで振り上げると、そのまま吹き飛ばされて倒れているタイラントワームの頭に叩きつけます。
ドカンという叩きつける轟音と大きな振動に紛れて微かにぐしゃっという何かが潰れる音がしました。しばらく残った胴体部分がびくびくとしていましたが、それも収まって完全に息の根が止まったようです。わたしはほっと一息吐いて鉄球を引き戻します。
――やっぱり広い場所で使うと爽快ですね。癖になりそうです。
メイン武器は槍一択ですが、遊び半分で持つサブ武器としては合格でしょう。今後も訓練していきましょうか。そして、結局はまだ修練不足で鎖まで含めて完全に操る技術を得ることが出来なかったため、魔力を鎖に通して補助することで安定させました。この辺りもいずれは魔力無しで操れるようになりたいですね。
わたしは残ったタイラントワームの死体を収納で回収してから引き返します。ボスを倒したら出口へのショートカットなんて出ません。歩いて帰りましょう。さすがにそろそろ街に帰っても良い頃合いだと思いますので、今日の夜に街の外でお月見したら帰りましょうか。
こうして、わたしの初ダンジョンは終わりを告げました。結構楽しかったので、次はもっと難度の高いダンジョンに行ってみたいですね。




