20話 転生うさぎと冒険者ギルド(王都編)
王都に来てからも騒がしい一日を送ったわたし達は、その翌日に王都の冒険者ギルドを訪ねることになりました。
「元々は私が所属していたギルドだから、今でも結構融通が利くよ」
「セラさんは正体を明かせばどのギルドでも融通が利くでしょう?」
「あはは。まあね」
『白の桔梗』の皆さんと王都の街並みを歩きます。街を歩く人々がこちらを見て口々に小声で囁いています。何て言っているか気になったので聞いてみると
「あれって『熾天使』じゃないか?」「『熾天使』ちゃん帰ってきてたんだ」「『熾天使』ちゃんはいつ見ても天使だなあ」「馬鹿が、『熾天使』だけじゃなくて『白の桔梗』は全員天使だろう」「エルアーナ様!?急いで報告しなければ」「あの獣人の娘って王立魔法学園を飛び級で主席卒業したって噂の娘か?」「あの真ん中にいる子供すっごい可愛くない?」「誰だあのお嬢様は?護衛任務中か?」「一度でいいから『赤鬼の剛剣』のリンナに踏まれたい」
「・・・王都の人達は随分と個性的ですね」
思わず遠い目になってしまうほど混沌とした会話内容でした。身体強化まで使って聞いて損しましたよ。クーリアさんは苦い顔をして頷いて、セラさんも苦笑いしています。
「まあ、どの街でも大なり小なり似たようなものだよ。王都は私がいろいろやらかした所だから他の場所よりも注目されるけどね」
「ここまで異種族で集まっているパーティーは他に居ないものね。しかも女性だけでかつ見目も良いのばかりだから、それだけでも目立つなという方が無理よ」
「私も目立つのは好きではありませんが、さすがにもう慣れました」
有名税というやつでしょうか?王都では特に顔が知れ渡っているせいか、他の町よりも面倒事になりそうな要素が多そうですね。気を引き締めました方が良いですね。
様々な視線を感じながら歩き続けていると、ヘルスガルドの倍以上の大きさのある冒険者ギルドの建物がありました。周りにギルドマークの施設がいくつかあります。解体所や訓練場でしょうか?
「さてさて、ギルドマスターが絡んできそうだけど、どうするかなあ」
「ノープランだったのか・・・」
「別に今までの所と変わらない説明で良いのでは無いですか?」
「ああ、うん。まあね。でも、私が目を付けた幼い子だから、ギルド側が勝手に根掘り葉掘り調べそうな気がしてね。それをどう誤魔化そうかな~っと思って」
わたしの扱いは、Aランクパーティー『白の桔梗』の仮メンバーで、『白の桔梗』に庇護され、教育されている新米冒険者です。一部の冒険者パーティーでも新米冒険者の親族やら後見人やらがこのやり方をしている為、同じような境遇の冒険者はいくつも存在しています。
――とはいえ、わたしの場合は少し状況が違いますけど。
『白の桔梗』はsランク冒険者である『熾天使』セラが結成したパーティーで、そのメンバーもセラさんが見初めた人達だけです。つまり、わたしはセラさんが自分の手元に置いておきたいくらいの将来有望な冒険者という扱いで、仮メンバーであって正式なパーティーメンバーで無い為、有益な存在だと思われたらギルド側からの引き抜き話がある可能性があります。
「トワちゃんがギルド側の口車に乗るとは思えないけどね。トワちゃん自信も、危険のあるギルドの中枢に関わるようなことはしたく無いでしょう?」
「・・・そうですね。わたしの立場では、今ここに居るのもかなりリスクを伴っていますから。これ以上リスクを負う気はありません」
わたしは正体がバレた瞬間に全国指名手配ですからね。でも、出来るだけ夜のお月見の時はうさぎの姿に戻りますよ。やっぱりもふもふうさぎの方が気持ち的に落ち着きます。
「ま、なるようになるしかないか。行こう!皆!」
「最初に言い出したのはセラさんではないですか」
「ちょ、クーちゃん~」
――相変わらず締まらない人達ですね。
何はともあれ、ギルドに入ります。セラさんを先頭にわたしがその後ろで、左右にクーリアさんとエルさん、後ろにリンナさんが居ます。
ざわざわとしていたギルド内が、セラさんの登場でしんと静まり返りました。受付カウンターの奥の方でガタガタと音を立てて建物の奥に駆けていく職員が居ます。セラさんはそれを見ると不機嫌そうな笑顔を浮かべました。
「いちいちギルドマスター呼ばなくて良いよ」
この言い方だと、毎回王都のギルドに来るとギルドマスターが出てくるようですね。どうでもいい情報ですが、セラさんの不機嫌レベルは以下になります。
①不機嫌そうな顔で頬をぷくっとさせる→いじけているだけで特に害は無し。放っておきましょう。
②笑顔だが目が笑っていない→結構不機嫌な状態。基本的に温厚なのでこの状態の時点で危険です。
③無表情→超真面目な状態。この状態になったセラさんには逆らわないようにしましょう。
わたし達はとりあえず依頼ボードまで移動します。わたしはまだEランクなので一部のDランクかEランク以下の依頼しか受けられませんので、セラさん達が確認するAランク以上の依頼が貼ってあるボードには用は無いのですが、今の陣形だと離れることが出来ないので黙ってついていきます。
「う~ん。結構高ランクの討伐や調査の依頼が増えてるね。サボってんじゃないの?ここの冒険者」
「前にこの街でかなりの数の依頼をこなしたはずなのですが?妙に多いですね。どういうことでしょうか?」
「サボっているんでしょう?王都の冒険者ギルドともあろうものがまさか人材不足とか言わないでしょ?」
セラさんがとっても辛辣ですね。思わずエルさんを見上げて首を傾げます。意味をくみ取ったのか、エルさんが少し屈んでわたしに教えてくれました。
なんでも、以前に王都の冒険者として活動していた時に、新米でありながら規格外の強さを持つセラさんをいろいろと指名依頼でこき使っていたそうです。あまりのひどさに思わずたまたま居合わせたエルさんがこっそり助言してあげたとか。それが出会いのきっかけでもあったそうです。
――いいように使われていた恨みが残っているってことでしょうか?もう何年も前のことなのでは?意外と根に持つタイプなのですね。
そう思ってセラさんを見ていたら、わたしの考えていることが分かったのか、エルさんが追加で教えてくれます。というかこの人、表情の変わらないわたしの言いたいこととかよく分かりますね。
「王都のギルドに来る度にギルドマスター直々で勧誘が来たり、指名依頼がしょっちゅう来るのよ。初心者時代の頃にお世話になったのも確かだから断りにくいみたいで、なんだかんだと言いながら最終的には受けてしまうものだから、あれはギルドに対しての不満だけじゃなくて断り切れない自分に対する不満もあるのよ」
まあ、なんやかんやでセラさんは甘いですからね。わたしの正体を見破った上でこうして面倒を見ているのですから。
「ちょっとエル。あんまり昔のことをトワちゃんに吹き込まないでよ。恥ずかしいじゃない」
「たかが6年前のことでしょう?私からしたらついさっきの出来事よ」
「おい。ギルマスのお出ましだぞ。お連れも豪華な顔ぶれだな」
リンナさんの声で受付の方へ顔を向けます。セラさんも真っ先に正面に立って待ち受けます。その顔は感情を感じさせない貼り付けたような笑顔でした。三人の男性がこちらへ向かってきます。白髪の高齢なおじいさんと大柄な体で黒い髪をオールバックにしているおじさんと眼鏡をかけた胡散臭そうな人です。
三人はわたし達の前まで来て立ち止まりました。ニコニコとしている胡散臭そうな人が口を開きます。
「やあセラちゃんにそのお仲間達。随分早い帰りだね?そろそろうちに根を下ろしてくれるのかな?」
「あんまり馬鹿なことを言っていると、その眼鏡叩き割りますよ?」
「おお怖い怖い。前はもっとおしとやかで可愛らしい子だったのに、こんなに狂暴になっちゃっておじさん悲しいよ?」
――嫌になる気持ちが分かりますね。わたしもこういう人は生理的に無理です。
わたしがそっとセラさんの背後にぴったりと隠れる位置に移動すると、クーリアさんとリンナさんがわたしの斜め前に立って壁になってくれます。エルさんはわたしの後ろで待機しています。
「それで?ギルマスに伝説の冒険者さんに王国の騎士団長さんが揃いも揃ってなんの用?」
セラさんが貼り付けた笑顔のまま問いかけます。次に口を開いたのは白髪で髭もじゃのおじいさんでした。
「ふむ。なに。其方が新しいメンバーを入れたと聞いてな。興味本位で見に来たのだよ。ちょうど時間も空いていたしの」
「そんなに暇ならば、この高ランクの依頼を少しはやってあげたらどうですか?」
「老いぼれをこき使う気か?」
「聖人である貴方が何を言いますか。それに、右も左も分からない初心者の冒険者ならこき使っても良いとでも?」
「それに関しては儂は関わっておらんからの。全部リードのせいじゃよ」
「おやおや。私のせいですか?否定はしませんが、グレンさんだって一緒になって依頼の斡旋をしていたでしょう?ついにボケましたか?」
「そうだったかの?長生きすると物忘れがひどくてな。こればっかしは聖人であろうと変わらんよ。そうじゃろう?ジーク」
「貴殿の場合は都合の悪いことだけを忘れるのだろう?それは物忘れとは言わん」
眼鏡をかけた胡散臭い人が王都のギルドマスターでリードさん、伝説(?)の冒険者で白髪のおじいさんがグレンさん、とっても屈強な体付きで大柄なおじさんが騎士団長のジークさんですかね。
かなりの有名人なのでしょう。周囲の視線も痛いほど感じます。そんな中でも気にもしない風に談笑している三人はきっと旧知の仲なのでしょう。話を聞く感じですと、グレンさんとジークさんは人間の進化した種族である聖人らしいですし、万が一わたしの存在がバレたら一瞬であの世に逝きそうですね。
「それで、そこの小さい子が貴殿らの新しい仲間かね。・・・ほう。大した魔力だ。確かにこれは将来有望だな」
「へえ~。どれどれ・・・これはこれはセラちゃんほどじゃないけど、確かに破格の魔力量だね。天才魔術師のクーリアちゃんより多いんじゃない?」
「ふむう。収納魔法か何かで魔力を使ってしまっているせいで正確には見えんのう。それに武芸の心得もあるのかの?良い気を感じるではないか」
三人の目がわたしの方に向きます。冒険者のおじいさんや騎士団長のおじさんはまだしも、ギルドマスターの視線は値踏みするようなねちっこいものを感じ、思わず逃げるようにセラさんの後ろに隠れます。子供みたいな仕草ですが、見た目は子供なのでセーフです。
「ちょっと、うちの子をそんな目で見ないでくれませんか?エル、リンナ、この子を向こうまで連れて行って依頼を見てあげて」
リンナさんが頷いて後ろに居るわたしの手を取ります。エルさんが反対側の手を取って連行される形でわたしは低ランクの依頼ボードの前まで移動します。
「・・・良かったのですか?」
「ああ、後はあの二人に任せよう。クーリアが付いていれば悪いようにはならないだろう」
「たぶん、高ランクの依頼を二つか三つくらいやる羽目になりそうだけどそれは仕方ないものね」
任せてしまって良いのならお任せしましょう。面倒事はノーサンキューです。というわけで、Eランクの冒険者が受けられる依頼・・・と言ってもこの時間ではすでに売れ残り商品なのですが、気にせず見ていきましょうか。
Gランクでは動物の狩りや危険度の低い場所での薬草採取、Fランクでは非常に弱い魔物(主にウルフや一角兎など)とその地域の素材採取、Eランクでは弱い魔物(ゴブリンのような人型や飛んでいる鳥型のような特殊なタイプの小型系など)の討伐とその地域の素材採取これらが俗にいう低ランク帯の主な依頼になります。このような討伐採取系の他に、街の人達からの雑用や面倒事がその内容によってランク付けされて提示されています。
わたしはEランクなので、Eランク指定の依頼から下全部と一部のDランクの街の人からの特殊な依頼が受けることができます。ちなみに、常時依頼以外での持ち込みの魔物の素材ではランクのポイントは加算されません。これは、高ランクの冒険者に狩ってもらって低ランクの冒険者のランク上げをするのを防止するためだそうです。
――雑用系の依頼を受けて魔法でちゃっちゃと片付けてしまうのが一番手っ取り早いのですが。
わたしはちらりとセラさん達の方を見ます。まだ話し合っているようで、五人が立ったまま口を動かしています。その気になればここから声を拾うくらい身体強化無しでも出来るのですが、知らない方が良いやりとりというものもあります。盗み聞きなんてしたらバレそうなメンバーですし、止めておきましょう。
「どうした?」
「・・・いえ、今までの街でのようにあまり派手に依頼を片付けるのは止めた方がいいかと思いまして」
「そうね。どうせ情報は掴んでいると思うけど、このギルドでわざわざ目を付けられるようなことはしないで良いでしょう。普通の討伐依頼にして置いたらどう?」
「せっかく武器の扱いの練習をしたんだ。戦闘系の魔法無しでやってみたらどうだ?」
二人からの後押しで討伐系依頼から余っているものを選ぶことにします。改めて依頼を見ていると他の街では無かった点に気付きます。
「・・・随分と遠くの場所の依頼もあるのですね。この辺りとかは他の街の管轄ではないのですか?」
「王都ギルドでは、同じ王国内での他の街のギルドから応援要請の依頼が集められるから、結構遠くの街の依頼もあるぞ」
「あとは、たまに他の国でたらいまわしのように回ってきた依頼が王都に辿り着く場合もあるわね。他の国と比べても種類だけならこのギルドは世界一の依頼量でしょう」
なるほど、各国との中間地点である影響がギルドにも及ぼしているのですね。ある意味、この雑多さがこの国の特色とも言えるでしょう。そう思いながら依頼を見ていると、ある依頼で目が留まります。
「・・・定期依頼。ダンジョン『仄暗い洞窟』の調査。依頼開始から一ヶ月以内で最下層(10層)までの魔物の生態及び地形調査。報酬は銀貨三枚(調査内容によって上下有)」
わたしが依頼を読み上げるとリンナさんがボードに貼ってある紙をさっと取って目を通します。エルさんも横からのぞき込むように顔を出します。
「ダンジョンの調査か。ここならば初心者にうってつけのダンジョンだから良いんじゃないか?」
「そういえば、トワちゃんはまだダンジョンには行ったことが無いわよね?丁度良いんじゃないかしら?」
「・・・ダンジョン。行ってみたいです」
ダンジョン探索。異世界冒険っぽくてとてもそそられます。以前から存在自体は知っていましたが、日帰りで行けるようなものでは無いので、こういう機会がなければなかなかじっくりと探索は出来ないでしょう。わたしが(たぶん)キラキラした目で見上げると、エルさんとリンナさんは苦笑を浮かべて頷きます。
「あまり張り切りすぎないでね?他の冒険者に見られると厄介なことになるかもしれないから」
「くれぐれも、ほどほどにしろよ。ほどほどに、な」
――そんなに念を押さなくても分かっていますよ。あっちに居るお偉いさん達に目を付けられるようなことはしませんとも。
わたしの受ける依頼が決まったのでセラさん達を待っていると、しばらくして、ぐったりした様子のクーリアさんと、不機嫌オーラが抑えきれていないセラさんが帰ってきました。ギルドマスター達は解散したようです。クーリアさんは疲れた顔でわたしの前まで来るとそのままひしっと抱き着きました。
「うぇ~めんどくさかったです~。あの根暗ギルドマスターがしつこくトワちゃんと接触しようとしてくるので、その度に話を逸らして拒否するのがほんと~~にめんどくさかったです」
「あの根暗ギルマスはともかく、グレンおじさんとジークフリート様は引き際をわきまえているから、そんなに追及はしてこないと思うけど、トワちゃんはこのギルドに来る時は出来るだけ私達の誰かと一緒に来るようにしてね。もし一人の時に話しかけられたら聞こえなかったふりして逃げても良いから」
クーリアさんがわたしに抱き着きながら耳元でう~とかあ~とか言いながら文句を言っているのを聞き流しながら、セラさんの助言に頷きます。あの三人は恐らくわたしの正体を見破る可能性が高く、かつ見逃してくれるような甘い人達ではないでしょう。関わり合いは極限まで避けるべきですね。
「それで?リンナが持っているのはなんの依頼?」
「ダンジョンの定期調査だ。南の方にある『仄暗い洞窟』だよ」
「ああ。ダンジョン初心者のトワちゃんにはちょうど良いかもね。私達と別行動でしばらく時間も潰せるだろうし」
「・・・別行動?」
セラさんの言葉に首を傾げると、苛立たしそうにセラさんがこめかみに手を当てます。
「『白の桔梗』に陰湿根暗ギルマスからの指名依頼よ。ちょっと遠いから日帰りは難しいと思う。出発は二日後で、現地到着から指定魔物の捜索と討伐で一~五日ぐらい、往復の移動で四日はかかるかな。その間にトワちゃん一人でダンジョンに潜っててもらおうか」
「・・・セラさんが本当にここのギルドマスターが嫌いなことがとても伝わってきました」
「あの人は優秀な人なんだよ。すごく陰湿で根暗でしつこくて鬱陶しくて趣味が悪いだけで、このギルドをほぼ一人で動かして、何度も王都の危機を少ない被害で解決してきた実績があるからね。個人的にはとても、とてもとても嫌いだけど」
最後の台詞の時だけセラさんが無表情になりました。よっぽど嫌いなのですね。ここまでセラさんに嫌われているのってあとは例の帝国に居る戦闘狂ストーカーぐらいじゃないですかね。
「とにかく、トワちゃんにダンジョンについて教えながら私達も準備しよう。Aランクの依頼だから、私が居るからといって気を抜かないでね。ついでに私個人でいくつか依頼をこなしてこれ以上頼まれないようにしておくから」
そう言ってセラさんは高ランクの依頼ボードからいくつか依頼書を剥がすと受付まで早足で歩いていきました。
「・・・あの、これで本当に融通が利くのでしょうか?」
「融通を利かせるための儀式のようなものですよ。王都ギルドに来た時は毎回こうですから気にしないでください」
「ギルマスだけならばもっと適当にあしらうのだけど、今回は大御所が揃いも揃って出てきたから仕方ないわね」
「こっちこっち~。ついでに君の分も受けちゃうよ~」
「・・・あ、呼ばれています。行ってきますね」
手招きするセラさんのもとへてくてくと歩いて近づいていき受付前に来ました。わたしが受付前まで来ると、受付嬢の後ろからいつの間にかいたギルドマスターがにょきっと出てきます。
「へぇ~。さっきは良く見えなかったけど、とっても可愛い子じゃないか?ギルドカード貸してくれるかい?ささっと手続きしてあげるよ?」
「Bランク以下の依頼でギルドカードの検査義務は無いでしょう?遠目に見せてあげなさい」
わたしは言われるままにあらかじめ首から下げていたギルドカードを取り出します。ちらっと見せたらすぐにセラさんが前に立ち塞がって「もう良いでしょ?」とギルドマスターに威圧します。
「過保護だね~。名前も教えてくれないし、そんなに露骨だと何かあるんじゃないかと勘繰ってしまいたくなるじゃないか?」
「私のパーティーに何もない人なんて居ませんよ?今更何言っているの?馬鹿なの?」
――セラさん、言葉が崩れていますよ?
何度か応酬をした後にようやくギルドマスターは引き下がりました。受付嬢さんも申し訳なさそうな目で苦笑しています。そして、わたしと目を合わせてにこりと笑うと少しカウンターから身を乗り出して書類を一式手渡ししてきました。
「セラさん達が教育されるそうなので問題ないと思いますが、初めてのダンジョン探索と伺いましたので、こちらがダンジョンに関する基本的な資料になります。・・・セラさん、本当にこんな幼い女の子が一人でダンジョン探索などして大丈夫なのですか?こちらで良心的な護衛パーティーを斡旋しても良いですけど」
「ありがとう、カリンさん。でも、こう見えて私達が総出で鍛えているから、cランク以上の実力があるから大丈夫。あの辺りをうろついている魔物やガラの悪い冒険者に絡まれても問題無いよ」
――なるほど、当たり前ですが冒険者にも人を襲うような悪い奴が居るのですね。
考えるまでも無いことでしたが、基本的に冒険者というのは孤児出身か、職にあぶれた人達が多いです。なので教養のあまりない、粗暴で性格に難のある人が出てきてしまうのも仕方のないことなのかもしれません。全ての人が聖人君子になれるわけありませんからね。
「・・・ありがとうございます」
わたしは受付嬢のカリンさんから資料を受け取ります。別に狙ったわけではないのですが、高さ的にどうしても上目遣いになってしまいます。
――断じて媚びているわけではないのですよ。不可抗力です。
「いえいえ、これも私の仕事ですから。困ったことがあったらいつでもご相談くださいね。・・・根暗ギルマスに目を付けられない様に出来るだけ配慮致します」
「カリンさんもこの子の可愛さにやられたね。それはともかく、出来るだけギルドに来る時は私達の内の誰かと一緒にするから、迷惑かけるかもしれないけどカリンさんもよろしくね」
「セラさんにはあの陰湿ギルマスが散々迷惑かけているから気にしないでください。むしろ恩を返せる機会がこんな時ぐらいしかないから積極的に強力させてもらいますね」
ギルドマスター個人との仲があまり良くないというだけで、ギルドの職員さんとはかなり親しいようですね。しかし、職員にすら根暗とか陰湿呼ばわりされているとは、自業自得だと思いますがここのギルドマスターは哀れですね。
無事にダンジョン探索の依頼を受けることが出来たため、わたし達は一度ギルドの外に出ました。今回は受付嬢さんから資料も貰いましたので、ギルド内の資料室に入って調べ物をする必要はありません。
「それじゃあ、私達は武具の整備と食料とか確保しておかないとね。今回はトワちゃんを連れていけないから保存のきくものにしないと」
わたしが時間の止められる収納を使っていることから、食料関係はわたしがほとんどを持ち歩いています。セラさんやクーリアさんもわたしの収納魔法を再現しようしていましたが、普通の十倍近い魔力で時間を少し遅延させる程度の収納しか出来ずに断念したようです。わたしも原理うんぬんじゃなく、アニメやゲームや小説のイメージでやっているだけなので、教えることも出来ませんでした。
「まあ、本来のやり方に戻るだけね。トワちゃんの魔法は便利すぎるから、慣れてしまうと大変だわ」
「うう・・・再現出来ないのばかりで悔しいです。いつか私も原初魔法を覚えて再現して、いえ、もっとすごい魔法を考えてやるのです」
基本的に面倒くさがりなエルさんが深々と溜息を吐いて、クーリアさんがわたしの魔法に対抗心を燃やしています。
「はいはい。そこまで。Aランクの依頼とはいえ危険なことに変わりはないんだよ?ついこの間、油断していたせいで死にそうになったのをもう忘れたの?今回はトワちゃんも助けてくれないよ?」
セラさんの言葉でクーリアさんが顔を引き締めます。今回はセラさん達が向かう方向と逆方向にあるダンジョンに行きますので、以前のように都合よく助けることは出来ないでしょう。
「私達の準備ももちろんだが、トワは初ダンジョンなんだ。しっかりと教えておかないと小さな油断が命取りになることもある。大概のことは力押しでなんとかしそうな気はするが、今後高難度のダンジョンに入る際は必要な知識だからな」
「そうですね。それでは、商店街に行って必要な物を買い揃えながら、トワちゃんに教えていきましょうか」
それから三日後、わたしは今依頼先であるダンジョン『仄暗い洞窟』の目の前に居ます。
――しかし安直な名前ですね。もう少しまともな名前は思いつかなかったのでしょうか?
ダンジョンの第一発見者が命名するそうですから、よっぽど語彙力のない人だったのか、よほどこのダンジョンに特筆すべき点が無かったのか、どちらかでしょうね。
さて、そんなどうでも良いことは一旦置いておきまして、さっそく初のダンジョン探索と行きましょうか。
 




