19話 転生うさぎと王都
主な登場人物
トワ・・・主人公。月兎の魔人で白い兎と十歳ぐらいの少女の姿で容姿を使いわけることが出来る。地球の日本での知識がある転生者だが、本人自身の記憶はほとんどない。
セラ・・・冒険者パーティー『白の桔梗』リーダー。種族は人間。世界に五人しかいないsランク冒険者で熾天使という呼び名で有名。呼び名の由来は本人の固有スキルである『熾天使』から来ている。
クーリア・・・冒険者パーティー『白の桔梗』のメンバー。獣人の黒猫族。獣人にしては珍しく魔法使いであり、魔法オタク。
エルアーナ・・・冒険者パーティー『白の桔梗』のメンバー。種族はエルフ。普通の魔法や精霊魔法も使う弓使い。パーティー内での愛称はエル。
リンナ・・・冒険者パーティー『白の桔梗』のメンバー。種族は魔族の鬼と人間のハーフ。大剣を使った近接戦闘が得意。
ここまでのあらすじ。
ふと目が覚めるとうさぎの姿で見渡す限りの草原に居た。自分のことの記憶は曖昧だけども地球の日本での記憶を持っているこのうさぎは転生者だった。
草原でたまたま出会ったスライムと一緒に過ごすうちに何故か魔法が使えるようになったうさぎは、地球の知識を生かして奇想天外な魔法を次々と考案していった。
草原でのスライムとの共同生活は人間と出会うことによって突然の終わりを迎える。生活場所を森に移したうさぎとスライムだったが、人間の動向が気になったうさぎは人間の街の調査のために単独行動する。
しかし、単独行動中に異様な熊と遭遇。辛くも勝利するが、重症を負い、魔力を使い果たしたうさぎは倒した熊の魔石を取り込んで魔力を回復しつつ、一度森の住処まで撤退することになった。
住処で傷を癒していると、再び人間達が襲いかかってきた。スライムが足止めしている間になんとか逃げ切ったものの、時間をおいてから住処まで戻るとここまで一緒に過ごしてきたスライムは魔石となってしまった。うさぎがその魔石を取り込むと体が変異して十歳ぐらいの少女の姿に変身出来るようになった。
うさぎはトワと名乗り、この世界を生き延びる為に人間達の世界を学ぼうと潜入を開始。
文字と言葉と基礎知識を学んだトワは冒険者ギルドに赴いて冒険者になろうとするも、その場に現れたスライムを殺した冒険者パーティー『白の桔梗』に捕まってしまい、半ば強引にパーティーに仮加入してしまう。
魔物としての感性と元人間としての感性に戸惑い、迷うことがありつつも、人間としてはとても善良な『白の桔梗』のメンバーに心を開き始める。
そんな中、魔物の変異種の目撃情報があり『白の桔梗』に調査依頼が来たため、トワを街に残して調査に行ってしまう。トワがそれにこっそりとついていくと、変異種に襲われてピンチになっているメンバーを発見する。
直前まで葛藤するも、結局見捨てることが出来なかったトワは自身の正体がバレることを分かった上で彼女達を助けた。
トワの正体が魔人だと分かったうえでも仲間として接する彼女達と一緒にお月見をして親睦を深めた。
ギルドに報告を済ませると、今いる辺境の街を出て王都に向かうことになった。トワ自身も人間世界のことを知るためには都合が良いと快諾する。
王都に向かうまでの準備期間中に、一度『白の桔梗』と別れてスライムと最後に過ごした森の住処でスライムのお墓を作る。その日の夜に、目が覚めた始まりの場所でお月見をしたトワは、自分の『居場所』を見つけるまで最後まで足掻くと心に決めて王都に向かうため街まで駆けて行きました。
ヘルスガルドから乗合馬車でおよそ三週間。わたしは今『白の桔梗』の皆さんと王都に来ました。移動中の三週間は特に何事もなく平和な旅でしたよ。外は魔物が蔓延る危険な場所なので、盗賊や山賊といった存在はほぼ居ないそうです。もし会えればレアな体験として話のネタに出来るそうですよ。
オズワルド王国の中心地、王都グレイアルド。各国に囲まれているような位置にある王国では、それぞれに国の冒険者や旅人、商人など様々な人達がこの王都に訪れます。その為、多種多様な人種が住んでいるので最も種族差別の少ない国としても知られています。
王都は大きく三つの区画によって分かれています。王都中央にある王城がある王城区画。王城区画の周囲にある王国の貴族達が住んでいる貴族街区画。そして、最も敷地面積の多い平民区画。
王城区画は言うまでもなく、王様とその家族か宰相や一部の大臣、将軍などの非常に高位の立場のある人の許可が無ければ入れない区画で、ほとんどの平民は中を見ることは無いそうです。
貴族街区画は王城で働いている貴族やその関係者の他、社交界の時に帰ってくる各領地の領主が王都に来た時に滞在するための屋敷などが建っています。貴族向けの格式あるお店などの高級店もこの区画にあります。貴族街区画は貴族の紋章が付いた物あるいは貴族街で商売をしている商会の印章を提示するか、貴族や城からの招待状が無ければ入れません。こちらもほとんどの平民には関係のない区画になります。
平民区画は東西南北の区画に分かれていて、それぞれの国の特色が近い門側の区画に影響されているようで、東寄りの区画では公国特有の建物や物品が多かったりするそうです。そのせいか、この王都をぐるりと一周するだけでプチ世界旅行のような感じになるとかならないとか。南側の中央寄りに王立関係の施設があります。貴族街への門のすぐ近くなので、貴族の利用も多いようです。いずれも中央に近づくほど、王国寄りの品ぞろえや建物になっていくそうです。
ちなみに、これらの情報は馬車旅の中でいろんな人から、聞いてもいないのに聞かされ続けたものです。必要な情報ではあるので感謝していますけどね。
乗合馬車ですっかり仲良くなった人達と別れを惜しんでから、まずは街に来て最初にやらなければならないこと、つまりは拠点である宿屋を探します。と言っても、宿屋は以前にセラさん達が借りていたところにするのが決定しているので、迷うことは無いのですが。
「ふふふ~。どう?その服は私がコーディネートしたんだよ?着心地抜群でしょ」
「・・・ええ。そうですね」
白いワンピースだけだったわたしの服は今や数えきれないほど数と種類がわたしの収納の中に入っています。ほとんどが貴族や富豪が買うような高級品で買ったもので肌触りはとても良いです。今は白のブラウスに紺の膝丈のスカートに同じ色の上着を羽織っています。わたしがふりふりの多い装飾過多な服を好まなかったせいか、シンプルで王道ですがそれ故にわたしの魅力が際立っているコーディネート・・・だそうです。
しかし、どれだけお金が余っているのでしょう?これだけの服を買い漁ってもなお、買い足りないと言って王都でも洋服店を渡り歩く予定があるのです。高級店で買っているだけあってかなり御値段も張るのですよね。中にはサイズが合わなくてその場で特注品にしたものもありましたし。
――これ以上考えるのはやめましょう。洋服店巡りの日は思考を停止するのです。
そうそう。王都に来るまでにいくつか討伐と収集依頼をやりましたので冒険者ランクがEに上がりました。セラさんいわく
「Bくらいまではサクサクと上がるからね」
だそうです。リンナさんは呆れた顔をしていまたが、私はそこまでランクを上げるのに執着するつもりは無いので、サクサクとはいかないでしょう。Cランクあれば一流の冒険者らしいのでとりあえずはそれまで頑張る予定です。
「着いたよ。なんかここに来ると帰ってきたな~って思っちゃうなあ」
そう言ってセラさんが見上げた建物は、三階建ての和風な建物で、看板には『春風亭』と書いてあります。こう言っては失礼ですが、中世ヨーロッパ風の建物の中に和風の建物が突然出てくると違和感しか湧かないですね。
周囲の風景に合わせるように建物は石造りだったり、建物の形もあまり代わり映えしないものですが、扉や窓の建具やのれん等の小物は和風なので、日本の記憶があるわたしから見るとちぐはぐな感じがして落ち着きません。
「セラさんは一人の時からここに泊まっていましたからね」
「まあね。パーティー組んでからも王都に来た時は必ずこの宿を使ってるから、皆も馴染み深いでしょ?」
「私も王都に来た時に泊まる宿はここが多いわね」
「王都に滞在した時間なんて、そんなに多く無いだろう。特に私とクーリアは他の国で冒険者になったし、パーティー組んでからも世界中あちこち旅して廻っていたしな」
「も~。確かに長い期間の滞在はしないけど、王都に来る度にここにお世話になっているのは間違っていないでしょ?」
「別に世話になっていないとは言っていないじゃないか」
彼女等と一緒に過ごしてそろそろ一ヶ月経っているのですが、和気あいあいとした空気感というか、特有の仲良し感というか、ただ仲が良いのではなくて、強い繋がりというか絆を感じるのですよね。いつか、パーティー結成時の話を聞いてみたいものです。
「あらあら、店の前が騒がしいかと思ったら、やっぱり『白の桔梗』だったわ。もう王都に帰ってきたのね。帝国に行くと言っていたからしばらくは帰れないと思ってたわ」
宿の前で騒がしくしていると、中から着物を着た人が出てきました。黒髪黒目。顔立ちもアジア人風ですね。クーリアさんは髪色や眼の色が黒色でも顔立ちが西洋風ですから、着物を着たアジア風の顔立ちだと、まさに日本人のようなので少し親近感が湧きますね。
――わたしの記憶にある日本では、着物なんて日常的に着ている人なんてほとんど居ませんでしたけど。あ、でも、舞踊の先生とかは着ていましたので、一般の人よりは見慣れていますよ。
「不思議な服着てるでしょ?公国で日常的に着られている特産品で着物って言うんだよ。私も何着か持ってるけど、やっぱり公国の人が着るのが一番似合うよね」
「あら、嬉しいこと言ってくれるけど、セラちゃんの着物姿見たことあるけど、絵にして飾っておきたいくらい似合っていたじゃない。謙遜は良くないわ」
わたしがじっと見ていたせいで興味を持ったと思ったのか、セラさんが女性の着ている着物について説明してくれました。セラさんの着物姿もちょっと見てみたいですね。セラさんの容姿ならば大体の服は着こなしてしまいそうです。美人は卑怯ですね。
「それにしても、凄く可愛い子を連れてきたのね。護衛対象のお貴族様?」
女将さん(?)が少し屈んでわたしと目を合わせます。黒い目が細められて営業用の笑みを深くしました。
「残念でした。その子は私達の新しい仲間だよ。正式にパーティー加入したわけじゃないけど、私達が面倒見てる子なの」
「そうなの。冒険者なのね。セラちゃんといいエルアーナ様といい、とても冒険者に見えないパーティーに拍車がかかったわね」
確かに、ぱっと見ではリンナさん以外は冒険者に見えませんよね。武器も携帯してないですし。とんだ詐欺グループですね。引っ掛からない馬鹿な男が居ないことを祈りましょう。
「セラさんは見た目だけなら完璧美少女ですからね。通りを歩くだけでも注目を浴びますが、注目を浴びすぎるが故に声を掛けてくる猛者はあまり居ないのですよね」
「うふふ。セラに声を掛けて口説こうとするなんて、帝国に居る問題児のストーカーか、ちょっと権力があればなんでも出来ると勘違いしている貴族くらいかしら?」
「ちょっと~嫌なことを思い出させないでよ~・・・特に問題児のほう」
そういえば、sランク冒険者であちこちの国で問題ばかり起こしている人がセラさんのストーカーでしたっけ。それ以前にもまともな男性との交流はあまり無さそうですね。
「はいはい。そろそろ店の中に入りませんか?いつまでも店の前で立ち話してたら他の客に迷惑だわ」
「そうですね。セラさんの男運の無さはどうでも良いので、ハルカさんの言う通り、とりあえずお店の中に入りましょう」
「ちょ!?クーちゃんひど!」
碌な男に会わないから、若干百合っ気があるのでしょうか?迷惑この上ないことを知ってしまった気がします。セラさんにまともで素敵な男性が現れることを祈っておきましょう。
そんなどうでも良い話が終わり、わたし達は春風亭へと入ります。建物の外はちぐはぐな感じがした景観でしたが、中に入ると純和風の内装でした。まさに旅館というやつです。この世界は外観詐欺ばかりですね。
「お~トワちゃんも驚いてる。外から見ると窓とか扉とかしか公国風の建具が見えないけど、中に入るとまさに別世界って感じだよね」
「公国の宿は木の匂いも良いですし、雰囲気もとても好きです。何より、お風呂が良いですよね」
「最初はクーリア嫌がってたけどな。私も久しぶりに風呂に入りたいなあ」
「そうね。エルフの里でも清めの水浴びの文化はあるけど、熱いお湯に浸かるのを始めて見た時は驚いたものだわ。洗浄魔法で体を綺麗に出来るからお風呂なんて労力の無駄だっていう人もいるけど、私はこっちの方が断然好きね」
――まさかのお風呂まであるのですか!?
エルさんの説明でもありましたが、基本的に生活魔法の洗浄魔法で体を綺麗に出来るので、お風呂や水浴びの文化はそんなに無いのです。生活魔法はほとんどの人が覚えられる魔法で、少量の飲み水を出したり、小さな火種を出したりと、戦闘にはほぼ使えませんが生活の役に立つ詠唱も魔法陣も使わない超簡略魔法だそうです。
――魔法文化の弊害でお風呂の存在は諦めていたのですが、まさかこうして出会うことが出来るとは、感無量ですね。ぜひとも入ってみたいものです。
「ふふふ~。トワちゃんも興味あるみたいだね」
「この子全然表情変わっているように見えないけど、分かるの?」
「私とトワちゃんくらいの仲になれば分かるよ~。ね、ね。一緒にお風呂に入ろうね、トワちゃん」
「・・・いえ、入りませんよ」
「え?」
そんな絶望的な顔をするほどのことでしょうか?兎に角、話が全く進まなくてこのままだと宿の人に迷惑をかけることになります。わたしはリンナさんの袖くいくいと引っ張って見上げます。それだけでリンナさんは察したようで、了解だと頷きました。
「女将さん。いつもの部屋空いてるか?」
「ちょっと待ってね。・・・ああ。大丈夫空いてるわ。布団は子供用の物を一つ足しておくわね」
「お願いします」
「いつまで泊まる予定かしら?いつも通り、一ヶ月分で良いの?」
「どうしましょうセラさ・・・んはまだダメですね。リンナさん、エルさん、どうしますか?」
「良いんじゃないかしら?必要になればまた更新すれば良いだけだもの」
「そうだな」
「ということなので、いつも通りでお願いします」
「はいはい分かったわ。じゃあ、一ヶ月分の大部屋の宿泊で朝と夕食の二食付きで五人分ね。ええと・・・小金貨四枚と大銀貨五枚になるわ」
「ちょっと待ってください。ええと、・・・はい、どうぞ」
「はい。確かに受け取りました。では、ごゆっくりと当館でお寛ぎ下さいませ」
おお、セラさんが混ぜっ返さなければとんとんと話が進んで行きますね。ところで、一泊銀貨三枚ぐらいでしょうか?普通の宿屋が大銅貨三枚ほどなのでその十倍ですね。高級宿という認識で間違いないでしょう。
「・・・お金は大丈夫なのですか?」
「問題ないですよ。というか、私達は贅沢品とかに興味が無いのでお金が余るのですよね。全員高ランクの冒険者でそれぞれ貯金もありますし、お金の心配は無用ですよ」
「そう言うが、私は前衛で武器と防具の消耗が激しいから、そんなに言うほど貯金は無いぞ?」
「そういうのはパーティーの共用のお金で支払うので早く言ってください!覚えてるだけで良いので後で教えてくださいね!こういう時でないと使う機会が無くて、使いきれなくて持ってるだけで怖い金額になっていくのですから」
――持っているだけで怖い金額って・・・どれだけ稼いでいるのですかこの人達は。
高ランクの魔物の討伐や変異種の調査を多くやっているので、一回当たりの依頼料がかなり多い上にギルドからの指名が入ると、指名料も上乗せされてさらに高額のお金が入って来るのだとか。冒険者という危険な職業ですし、その中でもとびきり危険な依頼ばかりやっていれば、それは確かにお金も沢山もらえるでしょうね。納得です。ちなみに、わたしの洋服の代金は全員個人で支払っているそうです。
「セラさ~ん。いつまで呆然としているのですか?お部屋に行きますよ」
「トワちゃんと・・・お風呂・・・」
まだ言っているのですか。そんな身の危険を感じるような相手と一緒に入るわけないでしょう。
女将さんが部屋まで案内するために先頭を歩きます。ぶつぶつ言っているセラさんをクーリアさんとリンナさんが引きずりながら女将さんの後ろをついていき、その後ろをわたしとエルさんがついていきます。
――しかし、宿の中はどこも本当に旅館みたいですね。襖や障子もありますし、中庭には和風の庭園もあります。
「トワちゃんはまだ人間世界にそこまで慣れていないから、ここまで文化が違うのを見ると戸惑うかしら?」
「・・・いえ、場所で文化や文明が違うのは当たり前のことですからね。・・・公国の宿がここまで堂々とあるのですから、王国とは友好な関係なのでしょうね」
「貴方はそんなことを考えていたの?本当に読めない子ね。ご推察の通り王国と公国は永い間友好な関係を築いているわ。500年前も真っ先に共同戦線を張ったのもこの二ヵ国だもの」
「・・・随分と当時のことに詳しいのですね」
「まあ・・・当時を生きてこうして生き残っているのだもの。それぐらいは知っているわ」
そう言うとエルさんは正面を向きました。話の素振りからして、500年前の話題で何か地雷があるようですね。
部屋に辿り着いてすぐに一息つきます。わたし達には豊富な容量の収納魔法があるため手荷物が無いのが、こういう時に楽ですね。すぐに休むことが出来ますから。
しかし、部屋に縁側がありますよ。なんというお月見スポットでしょう。本格的に餅米を探してお団子を作りましょうか。
団子について考えていると、高い鐘の音が二回聞こえてきました。
「ありゃ、もう五の鐘か~。どうする?ここで食べちゃう?」
基本的に食事付きの宿屋ではお昼は食堂として開いているため、宿泊時に昼食のお金を取らない代わりに昼食を食べたい時は食堂で別途お金を払う必要があります。
「久し振りに公国料理も食べたいですから、食堂に行きましょう!」
「クーちゃんテンション高いねえ。それに夕食でも公国料理食べられるじゃない」
「でも気持ちは分かるな。私も公国料理は好きだし、せっかくこの宿に居るなら食べたくなるな」
「決定ね。トワちゃんも行きましょう」
エルさんに手を引かれながら着いたばかりの部屋を出ます。公国料理ですか。ここまで和風なのですから、きっと和風料理ですよね?期待出来そうです。
「春風亭に来てからトワちゃんの目がキラキラしてるよね。かわいい」
「トワちゃんも気に入ったのでしょうね。この宿の良さが分かるのはセンスが良いですよ」
「おまえら~、置いてくぞ~」
食堂に着くと、なんと畳のある個室があるではないですか。畳の匂いがわたしの鼻腔を擽ります。とても懐かしいですね。
「トワちゃんは畳の部屋が良いのね。昼食はそちらにしましょうか」
「じゃあまずはご飯を取りに行こうか」
食堂の受付に行くと、先ほどの女将さんより少し若い女性が立っていました。受付にある立札に本日の日替わりメニューと書いてあります。
――ふむふむ。ざっと見た感じ代表的な日本の家庭料理ですね。追加料金で何品か追加で買えるようです。
「私は唐揚げとかき揚げ追加で頼む」
「リンナは油っぽいものばっか食べるよね~。私は特になくて良いかな」
「私もそのままでお願いします」
「私は漬物を貰おうかしら」
「はい。かしこまりました。では、セラさん達はあちらの受け取り場の前でお待ちください」
「あ~待って待って。トワちゃんはどうする?」
「え?うわあ。すっごい可愛い子ですね。どこかの貴族様ですか?」
――わたしを見る人は大体貴族かどうか確認しますね。まあ、良いですけど。
しかし、追加品ですか。日替わりメニューの内容は、白米、豆腐とわかめの味噌汁、肉じゃが、ほうれん草のお浸し、確かにもう一品ぐらいは欲しくなりますね。しかし、揚げ物という気分では無いですし、漬物やサラダ類ですかね。
「・・・漬物は、なんのものですか?」
「白菜の漬物ですよ。少し味に癖がありますけど美味しいですよ」
「・・・ああ、塩麴漬けですか。では、それを追加でお願いします」
「はい。かしこまりました」
皆さんと一緒にあちらでお待ちくださいと言われて全員で移動します。軽く雑談をしていると料理が少しずつお盆に乗ってやってきます。リンナさんのは少し時間がかかるようなので先に畳の小部屋に向かいます。
――おー掘りごたつですよ。本当に日本に帰ってきたみたいですね。いえ、別にわたしの家には無かったような気がしますが
わたしは料理の乗ったお盆をそっとテーブルに置いて座布団に正座します。静かに争奪戦をして勝利を収めたセラさんがわたしの隣に座ると、正座しているわたしを見て目を見開きます。
「トワちゃんその恰好足痛くないの?」
「・・・はい。皆さんとは体の造りも違いますから」
慣れているとは言えないですね。悪い人達では決してないのですが、秘密を全て教えるほど信用しているわけでもないですから。
「でも、姿勢はとても綺麗ですね。やりたいとは思いませんけど」
「待たせたな。・・・トワ、その恰好足痛くないのか?」
「・・・痛くないですよ。そんなことよりも、早く食べましょう」
普段は食事なんて必要が無いのであまり興味は無かったのですが、和食となれば話は別です。食にうるさい日本人の名に懸けて、しっかりと判断しなければなりません。
「じゃあ、久しぶりにやろうか。・・・世界を造りたもうし神々と数多の精霊達よ。その命の恵みに感謝しこの食事を頂きます」
わたし達もセラさんの後に復唱した後にさっそく食事を始めます。まずは、白米ですかね。まさか、こんなにも早く再会できるとは思わなかったので感無量です。
お箸で一口分とってぱくりと食べます。ふむ。普通に白米ですね。取り立てて言う事は無いでしょう。わたしが意識を覚醒してからまだ半年も経っていないのですから、言うほど感動もしませんね。少し、残念です。
「トワちゃん初めてでよくお箸が使えるね。私でもちょっと苦労したのに」
「うぐぐ・・・私は今でも使えませんよ。これは猛練習の必要がありますね」
「しかし、本当に凄いな。私もなんとなくは使えるが、トワはまるで指先の一部みたいに滑らかな使い方だ」
あんまり意識していませんでしたが、お箸で食事をする文化も公国特有の物で、王国の辺境で生まれた魔物が扱えるのは違和感がありましたね。少しやらかしてしまいましたが、この程度ならばいくらでも誤魔化せます。
「・・・わたしはなんとなく使いやすいように持っただけだったのですが。変でしょうか?」
「いやいや、そんなことないよ。トワちゃんだからしょうがないよねって感じだから」
――それは、探られないだけマシと考えるべきか、もう手遅れなのか、判断に迷いますね。
その後も和食を楽しんだわたし達は一度部屋に戻ってこの後の予定を決めます。
「今日は移動で疲れたし、ギルドは明日でもいいよね?」
「良いんじゃないでしょうか。・・・となると、少し時間が出来てしまいますが」
「私はまだ読んでいない本の消化をするわ。用事があったら声をかけて頂戴」
エルさんはさっさと窓際の肘掛け椅子を占領して、収納の腕輪から本を取り出して読書を開始しました。ああなると、本当に声をかけるまでは動きませんね。
「ん~~私はちょっと挨拶しておきたい人がいるから少し出るね。夕食までには帰って来るから。じゃね」
「私も魔術具の調整をしたいので、顔なじみの店に行ってきたいと思います。では、またのちほど」
セラさんとクーリアさんも王都での用事を済ませる為に部屋を出ていきます。わたしはリンナさんと顔を見合わせます。
「・・・どうしましょうか?」
「う~ん。私は特に用事は無いからな。・・・・・・そうだ。一緒に訓練場に行かないか?」
「・・・訓練場?」
わたしが首を傾げると、リンナさんは大きく頷きます。
「以前から思っていたんだが、トワの魔法はいろいろと規格外だ。注目を浴びないためにも魔法を使わない戦い方を学んでおくべきじゃないか?前に槍を使えるように強化したのもそういう目的だったんだろ?」
そういえば、そんなこともありましたね。リンナさんの言う通り、わたしは魔法を使わないで戦う術を得る為に、スキルも持っている槍を使ってみようと思ったのでした。槍の強化の時は途中から楽しくなってきて目的が頭の中から隅の方に押しやられていましたけど。
「・・・あの槍は人目に見せても大丈夫なのですか?」
「あ~まあ、それは微妙だが、ダンジョン産の魔剣だと言えば大丈夫だろう。私達の庇護下にあるんだからそれぐらい持っていても問題ないさ。すこしやっかみがあるだろうが」
「・・・気にしませんよ」
『白の桔梗』という有名パーティーに贔屓されているというだけで、そういう視線は何度か感じたことがありますからね。
「よし!じゃあ訓練場に行こうか。この宿からも近いからすぐに着くぞ」
なんか、リンナさんの方が行きたそうにしていますね。そんなに体を動かしたかったのでしょうか?
宿から出てから本当に近くに冒険者や騎士用の訓練場がありました。いくつかの部屋に分かれていて、普段は見せることの出来ない戦闘時の切り札の練習や、外聞の悪い死霊魔術などの練習用にと作られたのがこの共用訓練場という施設だそうです。ここ以外にも規模が若干違いますがいくつか同じ施設もあるようです。
「ここならばクーリアの爆裂魔法でもヒビ一つ入らないように頑丈に作られているから、いちいち街の外に出なくても練習が出来るぞ」
「・・・ふむ。では試しに」
「待った待った!トワの原初魔法だと施設を破壊しかねん。もし壊されたら修繕費用を払わないとだから勘弁してくれ」
流石に壊すつもりは無かったのですが、ちょっと耐久試験をやってみたくなっただけなのですよ?弁償はしたくないので今回は諦めましょう。
わたしが壁に向けた手を下げると、リンナさんがあからさまにほっと胸を撫で下ろしました。ちょっとイラっとしたので軽く手を振ってクーリアさんの爆破魔法を模したものを壁に打ち込みます。
「ちょ!?何やってるんだ!?」
「・・・むしゃくしゃしてやった。後悔はしていません」
「お前は何を言ってるんだ!?」
「・・・ちょっと言ってみたかっただけです。ちゃんと加減しましたので大丈夫ですよ。ほら、傷一つ無いでしょう?」
普段からサバサバとしていてカッコいいリンナさんですが、こう慌てる姿を見るとちょっと可愛いですね。ジト目で見られますが、無視です。わたしは自作の槍を取り出して構えます。
「って、その槍見た目がすごく変わっていないか!?明らかに別物だろう!?」
「・・・わたしの体の一部のようなものなのである程度形を変えることが出来るのですよ。なので、別に槍にこだわる必要も無いのですが、スキル持っていますので」
相変わらず全体の色が白銀色で金色の粉が舞っていますが、見た目は普通の槍から西洋風の突撃槍・・・ランスにしてみました。投げたり突進して攻撃するならば一番適した形だと思うのです。おや、リンナさんが眉間をもみほぐしながら大きな溜息を吐いています。どうしたのでしょうか?
「トワにはもう驚かないぞ。いろいろとおかしいのは今に始まったことじゃないじゃないか・・・ぶつぶつ」
「・・・リンナさん?リンナさ~ん?・・・ふむ。訓練をするのでは無かったのでしょうか?仕方ありませんね。壁打ちでもして耐久テストでも」
「やめろおおおおおおお!!!?」
――あ、帰ってきました。
「・・・では、やりましょう?時間が勿体ないですよ?」
「くっ、セラと違って素な感じがするから本当にやりづらい」
「・・・なんの話ですか?」
「なんでもない。よし!訓練するぞ」
というわけで、ようやく本題であるわたしの槍術の練習時間になりました。
それから鐘一つ分の時間、模擬戦をやりました。途中で武器を全く違う武器種に変化させてみたり、近距離用の魔法(もちろん殺傷能力を落としたものです)を織り交ぜて戦ったりと、様々なシチュエーションで訓練をします。
「ふう。休憩にするか。・・・しかし、本当に外見詐欺だな、トワは」
「・・・今更ですね」
大剣を突き立てて地面に座るリンナさんを見ながら答えます。リンナさんは苦笑した後、真面目な顔になりました。
「それで、トワ的にはどういう戦い方が合ってた?」
「・・・やはり、一般的な武の型はあまり馴染まないですね。こう、踊るようにというか、足運びをしながら体全体を動かして戦う感じが一番しっくりきます。それか、なんの捻りもない一点集中突破ですね。速さには自信がありますから」
「確かにくるくると回ったり、無駄な動きが多いようで攻防がしっかりとなっていたし、もっと慣れて研究していけば面白い戦い方になりそうだな。うん。今後もその戦い方で訓練を積んで上位の近接スキル持ち相手でも立ち回れるようにしよう」
「・・・ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
実際に身体能力はわたしの方がリンナさんよりも上なのですが、技術で大きく負けている為、全ての攻撃を防がれてしまいました。リンナさんは守りの戦いは得意じゃないと言っていたのにも関わらずです。反対に攻められると、かなり苦戦して、反撃する余裕もなく回避と防御で精一杯のあり様でした。ちょっと悔しいです。
「トワは技術はまだ拙いが成長はとても早いし、身体能力も普段は私より少し上程度みたいだから、一緒に訓練していて楽しいな。私達のパーティーだと他にまともに近接戦闘出来るのがセラだけなんだが、あいつは剣術も天才だからなあ」
「・・・やっぱり剣も強いのですか?」
「今の私でも触れることも出来ないだろうな」
――リンナさんほどの強豪でも相手にならないほど強いって。わたしよりよっぽど化け物じゃないでしょうか?あの人
「だからちゃんと手加減して訓練に付き合ってあげるよって言ってるじゃない。それを断っているのはリンナでしょ?」
突然背後から声を掛けられます。後ろを振り向くと、入り口近くの壁で寄り掛かっているセラさんが居ました。用事は終わったのでしょうか?
「セラ。いくらパーティー仲間でも、訓練中の部屋に割り込むのはマナー違反だぞ」
「ごめんごめん。次はしないから安心して。それに、私が来た時にはちょうど休憩していたからセーフだよね?」
だよねっとにこりと首を傾げる姿も男性ならばコロッと落ちてしまいそうな可愛らしさですが、場所も告げていないのに的確にここまで来たのには恐怖を覚えます。発信機か何か仕込まれているのでしょうか?
「こほん。私がここに来たのは偶然だからね?最近剣の練習してなかったから、少し体動かそうと思って来てみたら利用者の名簿に二人を見つけたから顔を出しただけなの」
わたしが不穏なことを考えているのがバレたのか、セラさんがわたしに向けて弁明します。リンナさんは立ち上がると突き刺した大剣に手を掛けます。
「それなら久しぶりにセラと訓練してみるか。手加減してくれないと訓練にならないから頼むぞ?トワに良い所見せようと本気になるなよ?」
「うっ。善処するよ。じゃあ、普通のミスリルの剣にしようかな」
セラさんはそう言うと、収納から一振りの剣を取り出して魔法で膜を張ります。この膜を張っておくことで相手を切りつけようとしても切れなくなります。衝撃まで和らげてはくれないので、運が悪いと骨折したり、当たり所が悪ければ死ぬこともありますけどね。
「トワは隅っこで見ていてくれ。危ないからな」
わたしはこくりと頷いて部屋の入り口近くまで非難します。それを確認すると、リンナさんも大剣に魔法で膜を張りました。そして大剣を正眼に構えます。セラさんは特に構えずに自然体です。ニコニコと笑みすら浮かべています。
「せい!」
リンナさんが身の丈以上の大剣をまるで重さを感じさせないほどの速さで斜めに斬りつけました。セラさんは瞬時に半身をずらして躱します。リンナさんは斬りつけた勢いのままくるりと一回転して大剣を横に凪ぎ払います。セラさんはその攻撃を今度は後ろに軽やかに跳んで避けます。
「まだあ!」
リンナさんは距離を空けて空中にいるセラさんに一足飛びに近付きながら、振り切った大剣を戻すように逆方向へ斬りつけます。しかし、セラさんは剣を下から斬り上げて大剣をあっさりと弾いて軌道をずらしました。そのまま、音もなく着地すると、大剣を弾かれて僅かに体勢の崩れたリンナさんの目の前に瞬時に近付きます。
「くっ!」
「身体強化使ってもいいからちゃんと守ってね」
セラさんがそう言った時、持っている剣が眩しく光りました。
「なっ!?」
リンナさんは体勢を崩しながらも素早く大剣でガードします。助言の通りに身体強化も使いましたね。
セラさんはしっかりと防御体勢に入ったのを確認してから、眩しく光る剣を斜め下から上に斬り上げます。大剣に当たった瞬間、閃光と爆発音のような激しい音が聞こえて、リンナさんは防御姿勢のまま、ズササっと引きずるように数メートル吹き飛ばされました。
――うわあ。
軽く打ち合ったのを見ただけで分かるレベルの違いですね。わたしよりセラさんの方がよっぽど規格外で常識はずれだと思います。
「おい!剣聖スキルの技は使うな!手加減するんじゃ無かったのか!?」
「え~。一番威力の低い技で出きるだけ威力を抑えたよ?吹き飛ばなかったじゃない?」
――あ、あれで一番威力が低い上に加減したのですか?
セラさんは不満気に口を尖らせながら剣を一度振って、また自然体なります。無防備で隙だらけに見えますが、隙だらけだからこそ、どこを攻撃すればいいか迷います。そこまで考えているかは分からないですが、非常に嫌らしいですね。
「せめて普通の剣術だけにしてくれ。超級スキル相手に訓練とか死ぬからな!?」
「死なないように手加減してるし、万が一瀕死になっても私が癒してあげるから大丈夫だよ」
「怖いわ!!」
セラさんは意外とスパルタ教育なのですね。確かに一緒訓練したくないです。毎回心が折れそうになる寸前までぼこぼこにしてくるのでしょうか?
「なんかトワちゃんが引いてる気がする。・・・分かったよ~普通の剣術スキルのみで戦うから。それでいいでしょ?」
「そうしてくれ。と言っても、それでも相手にならないと思うが」
「リンナは攻めが強いんだから、常に攻められるようにたたかわないとダメだよ?ほら、打ち込んできて」
それからしばらく二人は模擬戦を続けていました。わたしでは勝てなかったリンナさんをぼこぼこにしながら、かすり傷ひとつ無く立ち回りつつ、ああした方が良いとか、こう動かないと隙だらけになるだとか、指導しながら戦うセラさんは確かに別格な存在なんだと再認識しました。
「ぜぇ・・・はぁ・・・」
「ん~今日はこの辺にしておこうか。まだ夕食まで時間あるし、トワちゃんも少しだけ見てあげようか?」
「・・・あ、いえ、わたしはリンナさんに優しく教えてもらいますので」
息も絶え絶えに床に座り込んでいるリンナさんを見ながら、セラさんの提案を拒否します。
――今のわたしがあんなのと訓練しても学べるようなことなんてないですから!
「・・・そんなことより、一応治療してあげた方が良いのでは?」
「あ、忘れてた。天使の癒しを」
「はあ。大分、楽になった。ありがとう、セラ」
受けた傷は全て癒えましたが体力が回復するわけではありません。リンナさんは何度か深呼吸して息を整えます。わたしはじっと見ているセラさんから目を逸らしながら、じりじりと出入口まで移動します。
――狙われています!このままではわたしまでスパルタ教育の餌食に!
もういっそ出入口まで駆け抜けてしまいましょうかと思った瞬間、久しぶりに頭の中を激しい警鐘が鳴り響きました。反射的に跳んでその場から遠ざかります。着地してからわたしが居た方を見ると、先ほどよりも一層ニコニコしたセラさんが剣を薙ぎ払った格好でわたしを見ています。
「さすがトワちゃんだね。今の奇襲を避けられるとは思わなかったよ。これは少しレベルを上げても良いかな?」
「・・・全力でご遠慮願いたいのですが・・・」
大きく溜息を吐きます。わたしは槍を取り出してランスモードにして構えます。避けることに専念しつつ、余力があれば攻撃する作戦でいきましょう。
「トワちゃんには純粋な武術だけじゃなくて、魔法と組み合わせた魔法剣も体得してほしいかな。難易度は高いけど、原初魔法の使えるトワちゃんなら出来ると思うんだよね」
「・・・魔法剣ですか?」
「ま、簡単言っちゃえば剣を振った時に魔法が出る感じかな?似たようなもので・・・アーツっていう技もあるんだけど、かなり高レベルのスキル持ちでも習得するのに時間がかかるからもう少し追々に教えていこうと思うの」
「簡単な技でもアーツが使えれば熟練者扱いになるからな」
「私としては魔法剣である程度再現出来る技が多いから、あまりアーツは練習して無いんだよね。魔法剣と違って咄嗟に出せるっていう利点はあるから使える様にはしてるけど」
「・・・ふむふむ。・・・ちなみに、こういうのはアーツに入りますか?」
「ほえ?」
前世で習ったことのある体術に二歩一撃というものがありました。アニメなどでは縮地や瞬歩といった名前の移動方法の元になった一つだと思われるものです。似たようなもので滑り足という体重移動を使った移動方法もあります。詳しい仕組みややり方は割愛します。理論云々ではなく、感覚的なものに近いものでやっていますので。
兎に角、そうした移動術にこの世界のスキルを組み合わせて使うことで、予備動作を極力無くして瞬時に短い距離を移動することが出来るのではないかと思い付いたので試してみることにしました。それこそ魔法がある世界でアーツなどという前世では考えられない技があるのです。アニメとか漫画みたいな技もきっと出来るはずです。
「っ!?」
図らずも奇襲になってしまいましたが、わたしの移動術は一応成功したようで、予備動作無しでセラさんの眼前に迫り、ランスでの攻撃をしましたが直前で避けられてしまいました。バックステップで距離をとったセラさんが反射的に剣を空中で薙ぎ払いました。
「あ、しまっ!トワちゃん避けて!!」
セラさんの声が最後まで聞こえる前にわたしは危険察知スキルに従って回避します。わたしを掠めるように光の剣閃が飛んで行き壁に当たって大きな音を立てます。わたしが振り向くと、頑丈さにお金をかけて作ったと言われていた建物の壁が大きく抉られています。
「び、びっくりして思わずやっちゃったけど、私悪くないよね!?」
「修理費はセラ持ちだな」
「・・・あれは本気だったのですか?かなり焦った感じでしたが」
「ううん。直前でかなりセーブしたから半分くらいかな。いやあ、咄嗟に出たアーツが普通の剣術で良かったよ。剣聖の技だったら大惨事だった。私、偉い」
「・・・」
――今度からは奇襲攻撃はやめましょうか。反射的に街を半壊にされたのでは目覚めが悪いです。
わたしがそう心に誓っていると、リンナさんがわたしの両肩に手を置きました。見上げると、キラキラと赤い目を輝かせていて、ただでさえ男前な顔に磨きがかかっています。
「で?さっきのはなんだ?私からの視点だと、トワが転移したみたいに突然セラの前に現れたが?」
「そうそう。びっくりしちゃったよ。魔力も感じなかったし、動く気配もしてなかったのに突然危険予知スキルが警告してきたと思ったら槍を構えたトワちゃんが目の前に居たんだもん」
「・・・何と言われましても」
――前世の記憶の技をこの世界風にやってみたとは言えませんよね。
「・・・お、思い付きです」
「「・・・」」
あ、二人の疑惑の目線がとても痛いです。わたしはそっと目を逸らしました。視界の端で二人が大きな溜息を吐いて「今更だよね(な)」とお互い目を合わせて苦笑しています。今回ばかりはわたしも反論がありません。
「まあいっか。今のはアーツと言っていいのか微妙だけど、似たようなものではあるね。リンナ、体力もある程度回復したと思うし、私と一緒にトワちゃんの近接戦闘強化訓練をやろうか?」
「ああ、賛成だ」
「・・・」
――余計なことをしたせいで、何かスイッチが入ったのでしょうか?反省です。
でも、また思い付きでやらかしそうだなと思いながら、その後、七の鐘が鳴るまで訓練が続きました。その日の訓練が終わると、これからは定期的にリンナさんと今日のような模擬戦の訓練をやりつつ、たまに気分で参加するセラさんが魔法剣やアーツを指導するスパルタ教育をするという方針に決まります。ちなみに、わたしの意思は一切ありませんでした。
結局宿に戻ってすぐに八の鐘が鳴って夕食になりました。夕食が終わって部屋に戻ると、セラさんとクーリアさんがそわそわとしだします。ちらちらとわたしを見ていますし、目的はなんとなく察するのですがどうしましょうか?ついにセラさんが興奮を抑えるような声でわたしに話しかけてきます。
「ね、ねえトワちゃん?そろそろお風呂に入らない?ここの露天風呂ならお月見しながら入れるよ?」
「そうです!一緒に入りましょう!体洗ってあげますよ!」
――セラさんはともかく、クーリアさんは煩悩を隠しきれていませんね。しかし、露天風呂ですか。
わたしは全員を見まわします。これだけの美女美少女が入っているのをのぞき見しようとする人が居るのではないでしょうか?ましてや魔法やスキルがある世界です。のぞき見できるようなものが無いとは言えません。エルさんと目が合うと不思議そうに首を傾げた後、ぽんと手を打ちます。
「ああ。トワちゃん、心配しなくてもいいわよ?露天風呂には公国特製の結界が張ってあるし、セラや私が一緒に居てそういう不届きな輩を見つけられないはずがないもの」
「ん?覗きの心配してたの?大丈夫だよ。・・・そんな奴居たら私達の姿が目に入る前に潰してやるから」
「セラさん達が何かするまでもなく、公国の結界は高ランクの冒険者でも破るのは困難ですから大丈夫ですよ」
セラさんが冷ややかな笑みをしているのを見るととても安心します。確かに、目に見えない結界はどうにも不安ですが、セラさんの目があるうちは覗きなんて不可能でしょう。そこは納得しました。
「・・・ですが、そのセラさんやクーリアさんが一番危険だと思います」
「手は出さないから!見るだけ!見るだけだって!」
「わたしも直接触るのは断腸の思いで我慢しますので、一緒に入りましょう!」
――その必死さが更に危険性を煽っているのですが、本人は気付いているのでしょうか?
「・・・はあ。エルさん、リンナさん。お手数ですが、お守りください」
「了解したわ」
「あの二人は近付けさせない。任せときな」
「うぐう。せこいよ~」
「なぜあの二人は良いのですか・・・」
それはですね。エルさんとリンナさんは野獣のような目でわたしを見ないからですよ。心の中でそうクーリアさんに答えつつわたし達は部屋を後にして露天風呂に向かいました。
脱衣所に辿り着くと、いくつもある脱衣かごの中に何人かの服が入っています。貸し切りでは無いので当たり前ですが。わたしは洗浄魔法で体と着ている服を綺麗にして服を収納に仕舞います。収納魔法があればかごは要りません。服を仕舞うといくつか視線を感じます。
「ふおおお~かわいい~」
「今のトワちゃんを抱きしめたい気持ちを私は必死に押えています!」
「全くこの子達は」
「気持ちは分からんでもないが。お前らの反応はただの変態だぞ」
――全くもってリンナさんの言う通りです。
わたしは無言で光学迷彩の魔法で姿を消しました。その途端悲鳴が上がりますが、無視してお風呂場へ向かいます。
――ほう。これはなかなか良いですね。
日はすでに落ちていて、空には満月と星空が浮かんでいます。わたしの予想より大きいお風呂場で、湯気がもくもくとたち視界は少し悪いです。わたしは魔法を解いて縁に座って足を湯の中に入れます。たぶん、40度くらいでしょうか?熱いような物足りないような、絶妙なラインの温度ですね。まあ、適温と言えるでしょう。
そのまま入ろうと思いましたが、このまま入ると無駄に長い髪が湯に浸かってしまいます。面倒ですが、まとめますか。おしりぐらいまである髪を頑張って結いあげていきますが、小さい手では難しい上に毛質がさらさらとしていてとてもやりにくいです。しばらく苦戦していると、後ろから来たエルさんが手を貸してくれました。
「トワちゃんの髪は長い上に艶やかでさらさらして真っすぐな髪をしているから大変ね。っと、こんな感じかしら?」
わたしは水面に映る自分の姿を確認します。長かった髪が大きな団子になって頭に乗っているのを見てほっと一息吐きます。後ろを振り向いてエルさんにお礼を言うと、にこりと笑みを浮かべてからわたしの隣に腰を下ろして肩まで湯に浸かりました。わたしも体をずらしてお湯の中に入ります。座ると頭がぎりぎり顔を出すくらいの深さです。エルさんと反対側のわたしの隣にリンナさんがやってきました。
「お、髪上げたのか。あれだけ長いと大変だろう?」
「私達のパーティーでは髪が短いのは貴方だけよね。こういう時は羨ましいわ」
「いや~長いと見た目は綺麗なんだけど手入れが面倒なんだよね~。洗浄魔法だと髪をほぐしたり結ったりするの大変なんだからね?」
「そうですね。前は鬱陶しかったので切っていましたが、ここ最近は伸ばしていますので苦労が身に沁みます」
「そういえば、クーちゃんと出会った時はセミロングぐらいだったね」
セラさんとクーリアさんが私達の対面に座りました。セラさんは普段はサイドテールでクーリアさんはツインテールですから、解いて髪を上げた姿は新鮮です。
「しっかし、トワちゃんは髪を上げると一気に色っぽくなるね。同じ童顔のクーちゃんとは全然違うよ」
「子供っぽくて悪かったですね!というか、私はまだ十五歳ですよ?これから大人っぽくなりますから問題ないです」
「最初に会った時よりも胸も大きくなったもんね~」
「っ!?変態!どこ見ているのですか!?」
「いやいや、お風呂なんだし、嫌でも目に入るから」
セラさんとクーリアさんのコントを聞き流しながらゆっくりと溜息を吐いて視線を上にあげます。ここでも月の加護のスキルが働いているため、わたしの中で魔力が活性化しているのが分かります。ぼーっとしながら体内の魔力を動かして時間を潰します。突然肩にぽんと手を置かれました。相手を見ると、エルさんが真剣な目でわたしを見ています。お風呂で上気していて、エルフの端整な顔立ちはとても艶めかしいです。
「トワちゃん、魔力を動かすのはほどほどにね。原初魔法はイメージだけで魔法を使えてしまうから、意識せずに思い浮かんだことを動かした魔力が反応してしまうかもしれないわ。ただでさえ今のトワちゃんの魔力は活性化していて量も増えているから、持て余す気持ちは分かるけど、ほどほどにね」
「本来は強固なイメージが無いと使えないはずなのですが、トワちゃんは自然と使ってしまいますからね。さっきの姿を消した魔法だって事前の魔力の動きも分からなかったくらいでしたから。安全の為に自重しておいてください」
「・・・・・・はい」
「なんか、いつもより間が長かったね。ホントに分かってるのかな~?襲っちゃうぞ~」
セラさんがふざけてわたしに迫って来ました。警鐘ががんがんと鳴ったので、ためらわず懐かしのウォーターカッターの魔法でスパンと水面を切ります。
「うわあ!?ちょ、今のすっごい殺意高い魔法じゃなかった!?」
「ま、巻き込まれたらどうするのですか!?私の方に来ないでください」
――失礼な。わたしの魔法は爆弾かなにかですか?
「・・・危険察知が働いたので思わずやってしまいました。ゴメンナサイ」
「普段からあまり感情が表に出ないけど、最後のごめんなさいは心がこもってなかった気がするけど?」
「お前ら、他の客も居るんだから危ないことはするなよ」
――ちゃんと安全に配慮してやりましたとも。
心の中で反論しつつ、再びぼーっと湯に浸かります。やっぱり、元日本人としてはお風呂の文化はとても馴染みますね。ここでゆっくり考え事をしたいです。
「ありゃりゃ、トワちゃんがまた思案モードだよ。仕方ない。クーちゃんで遊ぼうかな」
「セクハラしたら爆破しますからね?」
「だから、危ないことはするなよ?頼むよ?」
周りが騒がしいですが、とりあえず考え事です。わたしが王都に来た目的は大きく二つあります。一つが世界情勢を知ること。大国の間にあるという王国は世界各国の情報が旅人達から集められます。その内容は信憑性のない噂からなにまで多種多様です。ですが、どれも魔物の生活をしていては得られない情報には違いありません。出来るだけ多くの情報を手に入れましょう。
もう一つは冒険者ランクをCまで上げることです。このランクは冒険者として一人前の扱いになりますので、冒険者ギルドから直接情報のやりとりをしたり、依頼を斡旋してもらいやすくなります。それに、身分としても一人前の冒険者とそれ未満とでは扱いに違いが出てきますので、今後も人間界で行動する際には必要なことでしょう。
とりあえずはこの二つをある程度達成したらもう一度身の振り方を考えましょうか。今のところは『白の桔梗』がわたしを手放さない感じなので、その辺りも追々どうするか考えなくてはなりませんね。
良い人達ではありますが、この人達の中にわたしの居場所はありません。なぜか確信を持って言えます。やはり、人族と魔物では相容れないからでしょうか?
細かいものとしては、魔道具をもっといろいろな種類を見たいと思いますし、大きな図書館があるそうなので、そこでいろいろと本も読んでみたいですし、純粋に異世界観光もしてみたいですね。やりたいことは沢山あります。
――本当に大切な目標さえ見失わなければ寄り道しても大丈夫でしょう。
そう言い聞かせて、わたしはぼーっとしていた視界のピントを合わせます。気付いたら、一緒に入っているのはリンナさんだけになっていました。わたしが首をかしげると、リンナさんは苦笑交じりに教えてくれます。
「他のみんなはのぼせそうだからって先に上がったよ。トワもそろそろ上がるか?」
「・・・リンナさんは大丈夫なのですか?」
「全然余裕だ。私的にはこのお湯はぬるいくらいだからな」
「・・・では、もう少しだけ」
「ああ、いいぞ。好きなだけ居るといい」
そう言ったリンナさんに甘えて、わたしは再び月を見上げます。何度見ても変わらずに丸い月はわたしを照らし続けます。
こうして、初めての王都での長い一日がゆっくりと終わりを告げました。
 




