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18話 転生うさぎは始まりの場所でお月見する

 わたし達は今、宿屋の二階に借りている部屋に居ます。四人部屋なのでそこそこ大きく、上位の冒険者が客層の宿賃が高い宿屋なので、防音がしっかりしており、武器を置いても傷がつきにくい防護魔法が付与された収納ボックスも置いてあります。収納魔法持ちのわたし達には無縁なものですが。



 さて、わたし達は大きな円卓を囲んで世界地図を見ています。先ほどギルドで街を出ると宣言してしまったので、次の目的地を決めなければならないからです。



「いやあ、ノリで決めてごめんね。みんな」


「いえ、セラさんの突発的な行動にはもう慣れましたから」



 セラさんがごめんごめんと頭を掻きながら謝ります。クーリアさんが肩を竦めてそう答えると、地図を見ながら指を指します。



「もともとは良くない噂が流れ始めた帝国の様子を見に行くために境界に近いこの街に来たのですが、このまま予定通り帝国に向かいますか?」



――そんな理由でこの街に居たのですね。初めて聞きました。



「帝国か。噂通りなら今行かないと今後は入国が難しくなるだろうな」


「戦争ね。本当に人間は争いがお好きなこと」



 帝国の黒い噂は昔から少なからずあるそうですが、特にここ半年ほどは戦争を臭わせるようなものが多いらしく、高ランク冒険者として実情を見ておきたいと考えているようです。



「私は絶対反対。帝国行きはやめよう」



 セラさんが微笑みながら静かに反対を口にします。その目には意見を翻す気は無い決意を感じます。皆さんもそれを感じたのかお互いに視線を合わせると、代表してクーリアさんがセラさんに問いかけます。



「私達も反対では無いのですが、そこまで強固な反対をする理由を伺っても良いですか?」



 セラさんは微笑みを消して無表情になると、赤茶色の目でわたしを見詰めます。



「理由はとっても簡単だよ。トワちゃんが居るからね」


「・・・?」


「見た目は完全に人間ですから、不注意でやらかさない限りはバレる危険は無いと思いますよ?」


「それに、バレるバレないの話をやりだしたらどこの国でも変わらないだろう?」



 魔人であるわたしは人族の敵ですからね。バレれば世界レベルの指名手配でしょう。わたし達の主張にセラさんは首を横に振ります。



「違うの。そういう意味じゃなくて、帝国には厄介な冒険者が所属しているでしょう?私が一緒に居る以上は関りは避けられないから、合わない方が良いと思う」



 セラさんの発言で他の皆さんは理解したのか、ああ。という風に頷きます。わたしはさっぱりなので、隣に居るクーリアさんのローブの袖を引っ張って聞いてみます。



「・・・どういう意味ですか?」


「世界に五人いるSランク冒険者の一人で、帝国に居る戦闘狂の話です。強い人や強い魔物に見境なく戦いを挑んでは周囲に甚大な被害を被ったはた迷惑な冒険者ですよ。実力だけは本物で、厄介なSランクの魔物を単独討伐したり、極稀に表れる魔人種の討伐も何度もしています。・・・話は変わりますが、もう一度袖を引っ張って上目遣いで見上げてくれませんか?とっても可愛かったので目に焼き付けたいです」



 最後の部分だけ聞き流して目線をセラさんに向けると、セラさんはうんうんと大きく頷いています。



「トワちゃんの上目遣いは凶悪だからね。とっても気持ちがわかるよ」


「・・・」



 真面目な顔で何言ってんのこいつという風に見詰めていると、無表情から崩れたセラさんがエルさんに「無表情な顔だけど、よく見ると少しだけ感情のある顔で見詰められてる時とかすっごく可愛いと思わない!?」と話しかけていますが、エルさんはにこやかな顔で、「ええそうね」と聞き流しています。



「おい。今は真面目な話をしている途中だろう?クーリアも最後まできっちりしてくれ。考える役がおかしくなったら話が進まん」



――いえいえ、リンナさんも考えて下さいよ?



 リンナさんの投げやりな軌道修正に呆れたのか、いつもの調子に戻ったクーリアさんがこほんと咳払いをしてからわたしを見下ろします。



「あの人は世界中で問題行動ばかりしていたせいで、帝国以外は入国禁止なのですよ。無理やり入国すれば不法入国として騒ぎになりますからすぐに分かります」


「・・・その人にセラさんが狙われているのですか?」


「まあ、そういうこと。前にあいつと一回だけ会ったことがあって、適当にあしらったら執着されちゃってね。あの時以来、帝国に行く用事があったらストーカーのように付きまとわれるんだよ」



 ストーカーですか、セラさんは苦笑いしながら茶化すように言っていますが、内心はとても穏やかでは無さそうですね。



「・・・Sランク冒険者相手では、わたしの正体はバレるというわけですか」


「というよりは、あいつは勘が良い上に自分で決めたことは曲げない性格だからね。それにあいつは強い奴にしか興味は無いんだけど、トワちゃんはSランク並みの実力もあるから、それだけで狙われる可能性があるんだよね」


「トワちゃんを危険な目に合わせる訳にはいけませんね。帝国行きは止めましょうか」


「そうね。私もあの人間は嫌いだし、出来れば会いたくないわね」


「右に同じ」



――メンバー全員から酷評されたまだ見ぬSランク冒険者さんのせいで帝国へは行けなさそうですね。となると・・・



 わたしは再び地図を確認します。この街の国境に面していて道が確立しているのは、平原を越えて渓谷の向こう側にあるオルトヴァーン帝国だけですが、魔の森を西に抜ければアスタルト聖国の国境付近までいけそうです。



「・・・では、魔の森を抜けるのですか?そうすれば聖国まで行けそうですが」


「魔の森を抜けるなんて自殺行為ですよ!?」


「・・・?」



――魔の森の奥はそんなに危険なのですか?



 わたしが首を傾げると、セラさんが苦笑しながら首を横に振ります。



「魔の森には神獣が支配する領域があって、そこに踏み入るのはとても危険なの。たぶん、私一人でも難しいかな」


「・・・神獣ですか」



 遥か昔から生きているという魔物で、その一匹だけで国を亡ぼせるほどの強さを持つそうですが、知性が高くて意思疎通が可能で、基本的に人間の世界には無関心なのだそうです。五体の神獣が各々支配領域を持っているようで、人間側も不可侵領域として扱っているとのこと。全部クーリアさんが説明してくれました。



「・・・確かに、そんな危険な場所を通るのは命知らずですね」


「分かってくれたようで良かったです」



 クーリアさんがほっとしたように息を吐きます。すると、今度はリンナさんが地図に指を当てて、下に這わせます。



「となると、やっぱり南下するしかないか。王都に戻るか?」


「そうだね~。この街から東に行っても道は無いし、山しかないしなあ」



 ヘルスガルドから東に行くと、大陸を二分する山脈にぶつかります。この山脈を超えると魔国やその他の小国に行くことが出来ますが、魔人のわたしはともかく、人間には厳しい旅になるでしょう。



「やっぱり王都に逆戻りですね。良いんじゃないですか?トワちゃんに一般的な人族の営みを見せるならばうってつけだと思います」


「王都ならば、周辺国からの情報も集まるしな」


「決定ね」



 とんとんとわたしとセラさんを置いて決定してしまいました。セラさんも「それしかないかあ」と呟くように納得しています。わたしは少し考えるように俯きます。



「ん?トワちゃんどうしたのですか?何か気になることでも?」



――正直、わたし一人ならば単身魔国に行くことは可能なのですよね。今のわたしならば大概の魔物と争ってもなんとかなるでしょうし



 む~と考えていると、ポンと肩に手を置かれます。見上げると、いつの間にか真後ろまで移動していたセラさんが見惚れるほど綺麗な笑顔でわたしを見下ろしています。



「トワちゃんも一緒に王都に来るよね?同じパーティー仲間だもんね」


「・・・ア、ハイ」



 わたしがカクカクと首を縦に振って応えると、セラさんは満足したように元の場所に戻ります。



――絶対に逃がさないって目が言ってましたよ。怖かったです。



 わたしとしても、王国の王都で人間の情報をもっと集めることには賛成ですからね。魔国も非常に気になりますが、今はセラさん達と行動を共にしていますからね。王都にもずっといるわけではないので、またいつか機会があるでしょう。



「それじゃあ、三日後に王都行きの馬車に乗ろうか。それまでに各自で準備しておいてね」



 おーと声を揃えて片手を上げました。わたし以外が。



――さて、わたしは三日間どうしましょうか。



 セラさん達に付き添って時間を潰すのも良いですが、折角の自由時間なのでプリシラさんに挨拶に行きましょうか。あとは、スライムさんのお墓参りですかね。



「・・・わたしは三日間別行動させていただきますね。・・・そんな目で見なくても、ちゃんと戻ってきますよ。セラさん」



 別行動と言った瞬間に、ジト目で見てくるセラさんに釘を刺してから、一緒に買い物をする予定だったらしいクーリアさんが残念そうにわたしを見てくるので、上目遣いで「・・・やりたいことがあるのです。ごめんなさい」と言って落とします。



 エルさんとリンナさんにそれぞれ「面倒事は起こさないでね」「ちゃんと擬態して、隠れるんだぞ」と念を押されます。



――わたしってそんなに問題起こしていますかね?・・・起こしていない筈です



 次の日、最初の鐘が鳴ってすぐの時間にわたしはうさぎの姿で教会の前まで来ました。人の姿だと、この辺りでは浮いてしまいますからね。嘘です。最近は人の姿でいる時間が長くなってきたので、少しでもうさぎの状態で体を動かしたかったのです。元人間なのでずっと人の姿でも苦は無いのですが、うさぎの方がわたし的に落ち着くのです。



 しかし、さすがに教会に入る時にうさぎの姿ではいけないので、渋々人間の姿になります。そのまま教会の扉を開けて中に入ります。いつも通り、プリシラさんが女神像の前で跪いて両手を胸の前で組んでお祈りをしています。



 わたしはプリシラの後ろにある長椅子の一つに座ってお祈りが終わるのを待ちます。



 ぼーっと、くすんだステンドグラスを眺めていると、お祈りの終わったプリシラさんがわたしに気付いたようで、振り向いてわたしを見ると、緑色の瞳が大きく開きました。



「・・・お久しぶりです。プリシラさん」


「はい。お久しぶりでございます。トワさん」



 わたしが挨拶をすると、驚いた顔から柔和な微笑みを湛えた顔に変わり応えてくれます。



「無事に、かどうかは分かりませんが、冒険者になれたようですね。おめでとうございます」


「・・・知っていたのですか?」


「えぇ。貴族みたいに可愛らしい子供が冒険者の登録に来たと、一時期噂が広がっていましたから。ここまでその噂が来ましたよ」


「・・・なるほど」



 そんな噂出回っていたのですね。どおりで、いつもの門前に居る屋台の人などが色々と話しかけてきたわけです。危険な場所に行くなよとか、危なくなったら嬢ちゃん達に助けてもらえよとか、これサービスしてあげるから頑張ってねとか。ある程度事情を噂で聞いていたからこその反応だったのですね。



「それで、今日はどのようなご用件で教会に?もちろん、用件など無くてもいつでも来ていただいても構わないのですけどね。子供達も喜びますし」


「・・・ええまあ、折角来たのですし、後で子供達と遊んであげますよ。今日が最後になるかも知れませんから」


「最後・・・?」



 わたしは冒険者になってからの出来事と、この街を出て王都に向かうことをプリシラさんに伝えました。全てを聞き終えると、プリシラさんは目を伏せて少し考えるようにしてから、顔を上げてわたしの目を見詰めます。



「そうですか。正体がバレている上で熾天使様の庇護下に入るのは、今の貴女にとっても安全かもしれませんね」


「・・・様、ですか?」


「私達教会に所属している者はほぼ全員が聖国に所属しています。そして、聖国では天使の力を持つ人を聖女として特別な待遇をしているのです」


「・・・聖女?天使の力を持つ人に男性は居ないのですか?」


「天使の力は基本的に女性しか持っていないそうです。代わりにというわけでは無いのですが、悪魔の力は男性しか持っていないと聞いています」



 ほうほう。つまり、セラさんは聖国でかなりの権力があるということですね。天使の中でも特に強い力を持つ熾天使持ちなのですから。



「これも噂話ですが、以前にセラ様の熾天使の力が発覚した時は聖国が国を挙げて歓待しようしていたそうですが、セラ様本人の強い意向で、聖国からの干渉を止めさせたようです。・・・今でも聖国は諦めきれていないようですけれど」


「・・・聖国には他に上位の天使スキル持ちが居ないのですか?」


「いえ、500年前のアリアドネの災厄の時にお亡くなりなってしまった聖天使様の代わりに、現在は二代目の智天使様と四代目力天使様がいらっしゃって聖国を治めています」


「・・・二代目、四代目ですか?」



 わたしが首を傾げて問いかけると、プリシラさんは急にくすくすと笑いだします。そして、なんでもありませんと首を横に振ると、にこりと微笑んで懐かしそうに目を細めます。



「なんだか、前に貴方にいろいろと教えていた時を思い出しまして。あれからそんなに日が経っていない筈なのに、とても懐かしく感じてしまいますね」


「・・・そうですね」



 そう言われてみれば、当時はこんな感じでずっと教えてもらっていましたね。わたしも少し懐かしくなってしましました。あれからまだ一ヶ月も経っていないのですが。



「あら。いけません。話が逸れてしまいましたね。以前に魔人について教えた時に魔力を扱うことが出来る動物を魔物と言い、そこからさらに特殊な進化をしたものが変異種と呼ばれます。ここまでは覚えていますね」



 わたしが頷くと、プリシラさんは満足そうに笑みを深めて頷きました。



「相変わらず物覚えが良いですね。安心しました。では、ここからが重要なことです。魔物が変異種となった時に魔物の体が造り替えられ、魔力だけで体を維持するようになります。この瞬間に()()()()()寿()()()()()()()()()。恐らくトワさんも魔力さえ無くならなければ永遠に生きることができますよ」



――薄々は感じていましたが、やはりそうですか。



 人間はもちろん全ての生物には、年月を重ねるにつれて体を構成している細胞等が老朽化していつか必ず死にます。ですが、魔力で体が構成されているならば、体が老朽化することは無くなり半永久的に生きることが出来るというわけですか。



――今の理論が正しければ、わたしって一生子供の体のままなのですか・・・?



 いやいや、そんなことはないと思いたいですが、魔力を使って大人の体に造り替えるなんて失敗したら怖くて出来ないので、何かのきっかけでも無ければこのままでいましょう。



「・・・この話をしたということは、人族もこのような体の造りになることが出来るということですか?」


「はい。正解です。人族の中で強力で特殊なスキルを持ち、強大な魔力をその身に宿していれば、魔物の変異種のように体の造りを変えて半永久的に生きることが出来ます。そんな進化した人族のことを聖人と呼びます。ちなみに、長命で有名なエルフは生まれた時から強大な魔力を持っていて、祖先が精霊という特殊な体の造りをしているので、長く生きることが出来るそうですよ。魔族もそれに近いですね」


「・・・上位の天使スキル持ちはその条件を満たしているから長生きなのですね。それでも世代交代をしているのはやはり事故や事件によるものなのですか?」


「いいえ。たとえ肉体が長い生に耐えられたとしても、人間の精神が耐えられるわけではありません。徐々に精神を蝕まれ、最後には自ら幕を閉じることが多いのです。幸い、と言えるのかは分かりませんが、上位天使スキルは、他の天使スキルを持っている者に継承することが出来るため、前任者が次代に引き継ぎを行うことで智天使様と力天使様は永いこと聖国を支えてきました」



――体が不老になったとしても、精神がもたないなんて人間は脆弱ですね。



 思わずそう思ってしまいましたが、わたしも前世は人間だったのです。これから先とても永く生きていたらわたしももう生きたくないと思うような時が来るのでしょうか?先のことは分からないのでどうでも良いですね。今は今のことを考えましょう。



「・・・おかげ様でまた、新しいことを知れました。ありがとうございます。プリシラさん」


「いえいえ。私も楽しかったですからお気になさらず。もうそろそろ二の鐘が鳴りますね。今日は子供達と一緒に遊ぶのでしょう?こちらへどうぞ」



 その後、フェイちゃんや他の子供達とも顔を合わせて裏庭で遊んだり、文字を教えたりしていたらあっという間に時間が過ぎてしまい。夕食の時間になります。朝食はご馳走になってしまったので、夕食はわたしが狩った狼を出して子供たちに教えながら解体して、わたしが魔法でちょちょいと焼いて適当に塩を振ったものを振舞います。



 久しぶりの肉でとても喜んでもらえました。夕食の後も少しだけ雑談をしてから、子供たちは寝室へ向かい眠りにつきました。フェイちゃんがどうしてもとせがむので、仕方なくフェイちゃんが寝静まるまで一緒に寝るはめになりましたが、まあ、大したことではありません。



 そして、子供たちが寝静まった深夜遅く、再びプリシラさんと教会で二人きりになります。



「今日はありがとうございました。子供たちもとっても喜んでいました。夕食もお肉を頂いてしまって、それに、狼やうさぎ、薬草をあんなに貰ってしまって、良かったのですか?」


「・・・どうせわたしにとってはただの娯楽品ですので気にしないでください。その気になればあの程度の量なら一日かけずに集められます」



 教会の倉庫に数日分のお肉(腐らないように冷凍処理済み)とそこそこの量のいくつかの種類の薬草を置いていきました。わたしは食事の必要性が無いですからね。こういう時にため込んだものを排出しなければ。



「・・・本当は、中途半端に食料を与えたりするのはよく無いのは分かっていますが、他にお礼が思いつきませんでしたので」


「お気持ちは伝わっていますから大丈夫ですよ。それに、冒険者の心得の本や、木刀などの練習用の武器に練習台まで作って貰いましたからね。解体の練習にもなりますし、将来のあの子達のためになるでしょう」


「・・・伝手でもない限りは、孤児は冒険者になるしかありませんからね。後はプリシラさんに教育を任せます」


「はい。任せてください」



 プリシラさんが茶目っ気たっぷりにウィンクします。美人がやると似合いますね。わたしがやろうとすると子供に泣かれるんでやりません。



「・・・では、そろそろ。わたしは行きますね」


「はい」



 わたしはくるりと踵を返すと背中に視線を感じながらゆっくりと出口まで歩いて扉を開けます。後ろを振り返ると、正面の奥の女神像の前でこちらを微笑みながら見ているプリシラさんと目が合いました。



「・・・縁があればまた会うこともあるでしょう。お元気で」


「トワさんこそ、大変な身の上なのですから、くれぐれもご自愛ください」



 わたしはその場でうさぎになると、扉から夜の外へ出ていきます。後ろのほうでプリシラさんが言葉を発するのをわたしの耳が拾いました。



「どうかあの子の未来に、幸多からんことを」



 次の日、わたしはうさぎの姿で街を出て草原を疾走しています。早く目的の場所に行かなければ、出発の日までに帰ってこれませんからね。



 転生したばかりに居た場所は魔の森付近の平原の東部区画と言われているところで、草も中央部より長くて見通しが悪く、道もないので冒険者に不人気の場所らしいです。どうりで、人間に会ったこともなければ道も見付からなかったわけです。



――久しぶりにここまで来ましたが、懐かしいですね。



 わたしの始まりの場所。わたしが転生して目覚めた場所のすぐ近くで、わたしが魔人になって初めて目覚めた場所でもある大きな岩までたどり着きました。今日はここでお月見しましょうか。その前に用事を済ませてしまいましょう。



 そのまま平原を駆け抜けて魔の森に入ります。懐かしい魔の森の狼(ウルフというそうです)や角兎(イッカクウサギというそうです)が居ます。さすがに今度は熊には会いませんでした。本来こんな浅い場所には居ませんからね。



 そして、かつての親友と過ごした魔木まできました。魔を払う聖樹と言われているようで、魔物が近づかない特別な魔力を一日中放っているそうです。わたしは元人間としての意識があったせいか、あまり効果が無かったようですね。言われてみればスライムさんは最初嫌がっていましたし。



 わたしは魔木の窪みまで移動して、魔法で小さな石碑を作り()()()でスライムさんと書いて墓標をにします。



 わたしはうさぎのままで伏せて目を閉じ黙祷します。初めてスライムさんに会った時のことや最後の別れのことを思い出しながら、長く、長く、そこで祈り続けます。



――今はスライムさんを手にかけた人たちと一緒に居ますが、わたしはスライムさんが言葉は無くても最後まで生きろと言ってくれた通りに、最後まで足掻いて自分の居場所を見つけて見せます。だから、どうか安らかに眠ってください。



 日が傾き始めたところで、急いで平原まで戻ります。例の岩まで来るとその上を陣取って、ストックしてあるスライムさんのゼリーを取り出します。もちろん、団子の形に整正済みです。



 既に丸い月が煌々と闇夜の草原を照らしており、満天の星空とそよ風にゆれる長い草の葉が絵のように綺麗な光景でした。



 わたしはしばらくその光景を楽しむと、月を見上げてゼリーをぱくりと食べます。



――今日も月が綺麗ですね。



 なんか、どこかの文豪の告白の場面っぽい台詞になってしまいましたが他意はありません。



 夜が明けて月が見えなくなるまで、わたしのお月見は続きました。そして、月が見えなくなるとわたしは街へ向けて駆けだします。



 さあ、王都へ行きましょうか。




トワ保有スキル(18話ヘルズガルド出発時)


『コモンスキル』

〈原初魔法レベル3〉〈危険察知レベル8〉〈気配遮断レベル8〉

〈索敵レベル10〉〈俊足レベル10〉〈跳躍レベル10〉

〈魔力自動回復レベル3〉〈料理レベル3〉〈舞踊レベル7〉

〈槍術レベル5〉〈体術レベル4〉〈体捌きレベル8〉

〈投擲レベル1〉


『エクストラスキル』

〈人体変化〉〈魔力返還〉〈魔力体〉

〈魔力感知〉〈魔力眼〉〈魔力物質化〉

〈魔力操作〉


『ユニークスキル』

〈異世界からの来訪者〉〈月の加護〉〈月魔法〉




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