17話 転生うさぎと後始末とギルドへ報告
夜が明け、すっかりと魔力も回復したわたしは、まだテントの中で寝ている四人を起こすためにテントに向けて空気を大震動させて大きな音を出します。
「ぎゃああ!!」
「に、にゃにごとですか!?」
「うぅ、耳が痛いわ・・・」
「襲撃か!?おい、寝ぼけてないで行くぞ!」
四人が武器を持って慌ててテントから飛び出してきました。きょろきょろと周りを見渡したあと、テントの前で立っているわたしを皆さん揃ってジト目で見てきます。
「・・・おはようございます。朝ですよ」
わたしはさも何事もなかったかのように挨拶をすると、皆さんがっくしと肩を落としてから武器を仕舞いました。
――息ぴったりですね。仲がよろしいようでなによりです。
わたしは皆さんの様子を生温かい目で見ていると、収納が使えるセラさんとクーリアさんが手っ取り早く野営設備を片付けていきます。全て終わると、セラさんがとても良い笑顔でわたしに笑いかけます。
「で?なんでこんな朝早くに起こしたのかな?まだ日が昇り始めたばかりだし、最初の鐘すら鳴ってない時間だよね?」
――ちょっと怒ってますね。まあ、たたき起こされて良い気分の人はそんなにいませんか。
「・・・変異種の調査について、早くギルドに伝える必要があるでしょう?昨日の変異種が周囲に及ぼした影響や、わたしが派手に戦闘した痕跡をどうするのか。話し合っておかなければなりません。・・・あと、皆さんが起きるまで暇だったので」
「絶対最後が本音ですよね?」
クーリアさんが指摘してきましたが、わたしは一切動じずに質問してきたセラさんを見つめ返します。セラさんは諦めたように溜息をつくと小さく頷きます。
「まあ、本音はともかく・・・建て前の方は確かに大事なことだね。ギルドに報告する前に周辺を調査した方が良いのもたしかだし、トワちゃんの戦闘跡はちょっと常識を逸脱してるから、それっぽく偽装しておきたいし」
ちなみに、わたしが昨日の変異種を倒した時の攻撃で、平原にとてもとても大きいクレーターが出来ました。そのクレーター自体も普通の人間や魔物では再現が難しいものな上、純粋な魔力を爆発させて作り出した影響で魔力溜まりが出来てしまい、魔物や変異種を生み出す原因になるかもしれないらしいです。
「魔法は本来、使った魔力を現象として発現させる際にほとんど消費されるため、魔力がその場に残ることは滅多にありません。例外に当たるのが、トワちゃんがやったような、純粋な魔力のみを使った魔法攻撃です。この場合は、本来表に出ると霧散してしまう魔力を強固な意思で固めて攻撃するので、魔力そのものがその場に残ってしまうのです」
普通の人間では魔力量的にほぼ不可能な攻撃なのですよ。とクーリアさんが説明してくれます。わたしはセラさんに向けて少し胸を張ります。
「・・・ほら。起こしておいて正解です」
「あの方法で起こしたことに対する是非はともかく、あの魔力溜まりは、私の力でなんとか出来るから、クーちゃん達でクレーターをなんとかしておいて」
「私の精霊魔法と、クーリアとトワちゃんの土魔法で、ある程度穴を小さく出来ると思うわ」
「完全に塞ぐのは骨が折れますし、適当に塞ぎつつ、激しい戦闘があったみたいに周囲をぼろぼろにしておきましょう」
「それなら私は周囲の調査に行ってくる。他の変異種が居ないかどうかや、平原の動物達がどこまで逃げているか調べておかないとな」
それぞれの役割が決まり、行動を開始します。わたしはクーリアさんと一緒に巨大クレーターの修復と偽装を手伝うことになりました。セラさんは未だに濃い魔力が漂うクレーターの真ん中まで行くと、突如眩く光り輝き、光が収まったかと思うと背中に六枚の天使の羽根が生えていました。
「・・・あれが『熾天使』の力ですか」
「セラさんはどちらかと言うとトワちゃん寄りの存在ですからね。そのうち本人から詳しいこと聞いてください。私が教えるようなことでは無いですから」
クーリアさんと話している間に、セラさんが差し出した両手から溢れんばかりの光が現れ、そのままどんどんと光が広がり、ついにはクレーターをすっぽりと覆ってしまいます。そして、一度ピカっと光ったかと思うとセラさんを中心とした光のドームは無くなり、先ほどまで満ちていた魔力も無くなっていました。
「ふぅ。久しぶりにやると疲れるなぁ」
いつもの容姿に戻ったセラさんが疲れたように溜息をつきます。実際にセラさんの魔力もかなり減っていました。
「・・・今のは?」
「天使系の力を持つ人はほぼ全員持っている浄化の力だよ。天使の力で満たした魔力を・・・あ、これは神力だったね。まあとにかく、それを魔力にぶつけて消滅させることが出来るの。この神力を生み出すのにかなりの魔力を使うから、実際には消したい魔力以上の魔力が無いと使えない、いまいちな技だよ」
いまいちと言いますが、セラさんの魔力量は今のわたしよりも多いですし、さっき羽根が生えた時はもっと魔力量も増えていましたから、魔力が生命の源である魔物や魔人といった生物にはかなりの脅威でしょう。
「・・・ふむ。セラさんはわたしの天敵ですね。近づかないようにしましょう」
「ふぁ!?余計なこと言った!大丈夫だよ。私はトワちゃんに何かしたりしないから!だからもふもふさせろー!」
「そこ!遊んでないで手伝ってください!」
セラさんの体当たりをひょいっと躱していると、クーリアさんからお叱りがきました。セラさんの相手はやめて、自分の作業をしましょうか。と言っても、魔法で土を盛り上げてクレーターの穴を小さくするだけなのですが。
すっと手を振り、土砂を流し込むようになイメージで魔法を使います。すると、イメージ通りに何もない空間から沢山の土砂が溢れてどんどんと穴の中に入っていきます。続けること十分ほどで大きな穴はあらかた埋まります。
「・・・終わりました」
「魔人というのは本当に規格外ですね。結局私は何もやってないじゃないですか」
何もやっていないクーリアさんが疲れたように溜息をつくと、後ろで待機していたエルさんがわたし達の前に出てきて片手を前に出します。
「大地の精霊よ。荒れ果てし地に恵みを与え賜え」
エルさんの詠唱が終わると、突き出した手から茶色の光が地面に落ちて地面が小さく揺れました。
「これで、周囲の地面との差異は無くなったわ。この広さに草まで生やすのはさすがに精霊の力でも大変だから、後はクーリアが地面を爆破魔法で穴だらけにすれば良いんじゃないかしら?」
「私の魔力も予定以上に余っていますからね。派手にやりましょうか」
「やりすぎると、再生した意味が無くなっちゃうからほどほどにね」
クーリアさんが小さな胸を張って杖を構えます。その目は爛々と輝いていているようです。
――本当に魔法好きですね。クーリアさんは。
わたしが内心呆れていると、クーリアさんの前に赤い魔法陣が展開されました。
「弾ける炎よ。眼前の敵を吹き飛ばせ!フレアバースト!!」
詠唱が終わると、目の前の地面の少し上あたりが突然爆発して小さな爆発跡が残ります。
「フレアバースト!フレアバースト!!フレアバースト!!!」
クーリアさんが連続して魔法を使い、あちこちに爆発が連鎖して発生し、周囲に土煙が立ち込めます。わたしはこてりと首を傾げてセラさんを見上げました。
「・・・これ、やりすぎでは?」
「ん~まあ、Sランクとの魔物の戦闘ならこれくらいでも大丈夫でしょ。ようは、あの異常に大きいクレーターさえ何とかすれば良かっただけだし」
せっかく修復した地面が穴ぼこだらけにされて複雑な気持ちになりながらも、偽装工作は完了しました。この間にリンナさんが周囲一帯を一周してきて、ギルド報告用の調査結果を話し合ってようやく全て完了です。
「今の時間ならば、街に着く頃には大体二の鐘が鳴る頃でしょうか」
「・・・では、わたしは先に街へ帰りますね。黙って出て行ってしまったので、宿屋の人が心配しているかもしれません」
「ああ、そういえば、トワちゃんは宿で待機のはずだったんだもんね」
「それなのに私達を助けにきてくれたのですね。本当にありがとうございます」
――まあ、好意的に思われているならば良いでしょう。
実際に胸騒ぎがして追いかけたのは事実ですからね。直前まで見捨てようか迷っていたなんてわざわざ教える必要はありません。
「・・・では、わたしはこれで」
適当に挨拶をしたらうさぎになります。もう隠す必要も無いですからね。
「「ああ!!もふもふ(です)!」」
セラさんとクーリアさんが何か言っていますが、捕まる前にさっさと行きましょうか。身体強化を使ってさっさとその場を走り去ります。あっという間に四人の姿が見えなくなる距離になります。人間の時と身体能力はあまり変わらないのですが、うさぎの姿の方が速く走れるのですよね。四足歩行だからでしょうか?
――このまま二の鐘が鳴る前にこっそり宿に帰りますか。
無事に二の鐘が鳴る前に宿まで戻ることが出来ました。セラさん達が帰って来るのは鐘が鳴った後になるでしょうから、それまでのんびりとしていましょうか。
――暇ですね。
早く帰ってきたのは良いですが、何もやることが無くて暇です。仕方がないので、暇つぶしに魔法で遊んでいましょうか。
魔力を使った直接的な攻撃は周囲に悪影響を残しやすいと言われてしまったので、代わりの魔法を作ることにします。あの槍の乱舞は我ながらかっこよく出来たので残念です。
どうしようかと頭を悩ませながら収納を見ていると、一本の鉄製の槍を見つけます。こんなものいつどこで手に入れたのだろうと記憶を首をひねると思い出しました。
――そういえば、リンナさんが「槍術のスキルがあるなら武器として一本ぐらい持っていたらどうだ?」ってわたしにくれたのでしたっけ?あまりものとか言っていましたが、何かの依頼で貰ったものなのでしょうか。
その槍を取り出すと、一度も使ったことが無さそうな新品の綺麗な状態で、見た目はただの槍です。
――この槍、なにかに使えないですかね。
リンナさんの台詞ではありませんが、せっかく槍術を持っているので使えるようになりたいとは思います。それに、今回のように魔法が直接効きにくい相手が出てきた場合での対策にもなりますし、何より、魔法を使うよりいろいろと誤魔化せそうです。わたしが魔法を使うと規格外だそうですので。
――でもこれ、わたしが本気で使ったらすぐに壊れてしまいそうなのですよね。
わたしの見た目は日に焼けてないいかにもなお嬢様風の人間の子供ですが、身体強化無しでも大の大人を吹っ飛ばせるくらいの力があります。完全に見た目詐欺ですが、スキルの概念があるこの世界で生きていて見た目に騙されるなんて甘いとしか言いようがありませんね。
話が逸れました。兎に角、この貧相な槍を使うには強度が圧倒的に足りないのです。というわけでこの槍を強化して遊び・・・いえ、暇つぶししましょうか。
――たしか、鉱石や金属に魔力が溜まると変異するらしいとリンナさんの雑学で言っていましたね。
世界のあちこちにあるダンジョンと言われる不可思議な空間や、強力な魔物が多く生息する場所などで取れる素材は、長い間強力な魔力にさらされたり、特殊な環境だったりすることで、希少で強力な素材になりやすいそうです。この素材を人為的に管理するために、ダンジョンのある場所にはそれを管理する街が出来ることが多いのだとか。
まあつまりは、この槍をわたしの魔力で染め上げてしまえば変質して強くなるのではないかと思うのですが。さっそくやってみましょうか。
両手でしっかりと槍を持ち、目を瞑って集中します。まずは試しに少量の魔力を槍に流してみますが、全然定着せずに霧散してしまいます。
――材質が変質するには時間がかかるそうですから、そう簡単にはいきませんか。次は一気に魔力を流し込みつつ、霧散しないように魔力を押しとどめる感じにコントロールしてみましょう。
先ほどまでとは比べ物にならないくらいの魔力を一気に槍へ流し込みます。今度は霧散しないように流し込んだ魔力を槍の中を循環させるように動かしてコントロールします。すると、槍がかたかたと震えだして、ぴきぴきと音が鳴り始めました。
――あれ?魔力を流し込みすぎても変質する前に耐久が持たないのですね。
仕方ないので、ヒビの入った箇所をすぐさま魔法で修復していきます。ここまでやっておいて妥協はしません。成功するか、盛大に失敗するまで続けましょうか。
そうすることしばらく、鉄製の槍はその色を徐々に変えていき、綺麗な白銀色になり、金の粒子が出てくるようになりました。
――大分良い感じですね。ですが、もう少しだけ続けましょうか。
そう思って流し込む魔力を少しだけ増やそうとした時、部屋の入り口が大きな音を立てて開きます。
「何やってるの!?すんごい魔力を感じるんだけど!?街中でそんな魔力使って暴発したらどうするの!?」
「・・・あ」
セラさんの大声で驚いてしまい、思わず予定よりも多い魔力を一気に注いでしまいました。注いだ瞬間に持っていた槍がカッと光ったかと思うと跡形もなく無くなってしまいます。
「な、なにが起きたのですか?」
クーリアさんがおっかなびっくりわたしに聞いてきますが、わたしにもさっぱり訳が分かりません。
「収納に仕舞ったの?」
「・・・いいえ。・・・ん?」
セラさんの問われて一応収納を確認しましたが、もちろんさっきまでいじっていた槍はありませんでした。が違う所に違和感を感じました。
「何か気付いたことがあったのか?」
「・・・はい。わたしの中にあるみたいです」
「はい?」
収納魔法は魔法で異空間を作り出して物を出し入れしているのですが、その中身を確認するだけでも空間につなげる為に魔力を動かす必要があるのです。今回はその魔力を動かした時に異物を見つけたおかげで気付きました。
試しに片手を上げて槍を出してみることにします。感覚はわたしが人間になったりうさぎになったりするものに近いですね。まるでわたしの体の一部のようです。
なんの抵抗も無く、わたしの右手には先ほどの槍が収まっていました。柄から槍頭までが綺麗な銀色に染まっており、ただ持っているだけで金色の粉が舞い落ちています。この粉は魔力のようで、すぐに霧散してしまいますが。
「綺麗です」
「その槍の形は、以前に私があげたものだったか?」
「・・・はい。普通に使うには耐久性が低くて使えないと思ったので、強化してみました」
クーリアさんがうっとりと槍を見詰め、リンナさんは形から自分があげたものだと気付いたようで、わたしは質問に肯定しつつ強化した理由を説明しました。
「槍が完全にトワちゃんの魔力で染まっているね。材質も鉄の部分が完全に消えてるし、これはもう別物だね」
「トワちゃんは魔人で、体の構成のほとんどが魔力で出来ているから、完全に自身の魔力で染まってしまった槍を自身の体の一部として収納できたということかしら?」
セラさんとエルさんは興奮している二人の一歩後ろで冷静に考察しています。なるほど、そういうことだったのですね。
「・・・わたしは、魔力で材質が変化すると聞いたので試してみただけなのですが」
「普通は特殊の環境の中で何十年もかけて出来るような物だよ?とりあえず、その武器に関しては後にして、冒険者ギルドに行こうか」
セラさんは早々にこの件を保留にして、わたしの左手を取って歩き始めます。慌てて槍を仕舞うと、今度はクーリアさんが右手を握ってきました。
――これ、完全に連行されている図なのですが
ただ握りたかったであろうクーリアさんはともかく、セラさんは絶対にこれ以上面倒事を起こさないようにわたしを捕まえましたね。わたしが睨むようにセラさんを見上げるとセラさんは苦笑しながら
「そんな可愛い顔しても離さないよ。放っておくと面倒なことばかり起こすって分かったから」
と言って握る手を更に強くします。わたしはそのまま連行されるように宿の食堂に行きました。ちなみに、食堂で席に座る時に開放されました。短い拘束期間です。
食事を終えて宿を後にすると、真っすぐに冒険者ギルドに向かいます。すでに三の鐘が鳴り終わっているので、ギルド内の人の数も少ないでしょう。
ギルドの中に入ると思った通りに、冒険者の数はそれほど多くはありませんでした。わたしは身長のあるリンナさんの後ろで隠れるようについていきます。私の後ろにはエルさんが居て挟まれるようになっているため、横からのぞき込まない限りはわたしには気付かないでしょう。
「Aランクパーティー『白の桔梗』ただいま帰還しました。ギルドマスターに直接報告したいので取次をお願いします」
「・・・セラさんが丁寧な言葉を使うと違和感がありますね」
わたしが思ったことを思わずぼそっと呟くと、聞こえていたのか、リンナさんとエルさんが笑いをこらえるように口元を手で隠します。クーリアさんは振り向いて不思議そうな顔をしていますが、セラさんは受付の対応をしているので顔は窺えません。
「ギルドマスターの確認がとれました。こちらへどうぞ」
受付嬢が受付の一部を開いて中に入れるようにしてから先頭を歩き案内を始めます。わたし達は素直にそれについていきます。階段を上り、二階の奥の部屋がギルドマスターの部屋でした。受付嬢がドアをノックすると、聞いたことのある声が中から聞こえてきて許可がでます。受付嬢がドアを開けてわたし達入れてくれました。その時に初めてわたしの存在に気付いたのか、可愛いものを見つけたような顔でにこりと会釈をしてきました。わたしも会釈を返しておきます。
全員が中に入ると、少し広い部屋に三人掛けのソファーが二つとその間にテーブルが一つ、その奥にはギルドマスター用の執務机がありました。左右の壁にはそれぞれ武器や防具、書類棚があります。
セラさんとクーリアさんはそのままギルドマスターの前へ、わたしは目の前のソファーに座るように案内されて、わたしの両隣をエルさんとリンナさんが座りました。
「・・・二人はあちらへ行かなくても良いのですか?」
「面倒くさいことはあの二人にお任せよ」
「私は脳筋だから、ああいうのは頭の良い奴に任せておけばいいのさ」
――いやいや、貴方達は向こうの二人よりも年上でしょう?
この年上二人は結構ポンコツなのでは?そんな疑念を抱きつつ、テーブルに用意してもらった飲み物を口につけます。見た目も味もオレンジですね。やはりジュースでしたか。ちょっと遠い目になりながらも、会話をしている向こうのメンバーに意識を傾けます。
「そうか・・・スモアネスの変異種。しかも巨躯化が分裂した双子タイプとは、偶然の産物とは言い難いな」
「双子化してくれたおかげで、本来の巨躯よりも若干弱くなってくれたのが救いでしたね。セラさんが助けに来てくれるまでなんとか持ちこたえましたから」
「さすがの私も焦ったよ。Sランクの魔物をAランク冒険者三人じゃ絶望的だったからね」
ふむ。わたしが一体倒したことは伏せられて、クーリアさん達が一体足止めしている間にセラさんがもう一体を倒して、その後クーリアさん達のほうを倒したというふうになるみたいですね。
「双子ではなくて母になっていなくて良かった。もしそうなっていたら、今頃この街は壊滅していただろう」
「・・・双子とか巨躯とか母とかなんの話ですか?」
「変異種にもいくつか傾向というかタイプがあるんだ。巨躯が魔力量と体が異常に大きくなる個体。双子が若干魔力量が減るが、自分と全く同じ個体が生まれる。母が自分の魔力を使って落とし子を産みだす個体。それぞれ魔物名前だと、エルダー、ダブル、マザーって感じになる」
「・・・魔物の名称でならば、魔物大全の変異種のページで見ましたね。進化するのも傾向があるのですか。なるほど」
会話の途中で気になったことはリンナさんにこそこそと教えてもらいます。ちなみに、変異種においての共通の進化は以前よりも魔力が大幅に増えていることと、賢くなっていることらしいです。その中でもより強く成長したり、特殊な進化を遂げる可能性があるということですね。
「私もあっち混ざりたい」
「奇遇ですね。私も同意見です」
「おい。真面目に報告してくれ」
セラさんとクーリアさんがこちらに混ざりたそうにチラチラソワソワしているせいで、ギルドマスターが呆れたように溜息をつきます。
「真面目な話をすると、作為的に魔物を変異種にしている存在が居る可能性が高いと言わざる得ないね。あまり特定の何かとか言いたくないけど、帝国とかがそんな研究しているって話を聞くけど」
「オルトヴァーン帝国か。最近はかなりきな臭いからな」
「帝国だけではなく、世界中のあちらこちらで魔物に関する研究はしていますからね。正直なところ、怪しい機関がありすぎて今のところはなんとも言えませんね」
「とにかく、他のギルドへの報告はお願いするよ。私達としては、変異種の調査と討伐を終えてきたというのが実績で、そのほかの情報はおまけだからね」
それに本当にたまたま変異種がたくさん出てきただけかもしれないし。とセラさんが付け足すと、ギルドマスターが頭を抱えて項垂れます。
――そういえば、わたしが見つけた魔石の話はしないのでしょうか?
わたしが疑問に思ってセラさんを見ていると、視線に気づいたセラさんが振り向いて首を傾げます。それに合わせてサイドテールがゆらゆらと揺れています。しばらくじっと見て、口パクで魔石は?と聞くと、にこりと微笑みを深めて正面に向き直りました。
――報告するつもりが無いということですか。一体あの魔石はなんだったのでしょう?
「報告も終わったし、私達はもう下がっても良いかな?」
「ああ、いや、ひとつだけ聞きたいというか、頼みたいことがあるんだが」
話を終わらせて帰ろうとするセラさんをギルドマスターが止めます。クーリアさんやわたしの隣に居る二人も嫌そうな顔しました。セラさんは相変わらず微笑を浮かべています。
「なにか?」
「あぁ、なんだ。もう少しこの街に居るんだろう?ギルドマスターの権限で、ギルドの依頼として街の周囲の細かい調査を頼みたいんだが。まだ変異種が居る可能性もあるからな。やってくれないか?」
セラさんはちらっとわたしを見ると、首を横に振ります。
「残念だけど、私達はそろそろ別の街に行こうと思っていたところだから、この街の冒険者にでも依頼してください。というか、こういう時のために街所属の冒険者が居るんじゃない。私達に頼らないで」
セラさんが笑顔で拒否すると、ギルドマスターは慌てたように立ち上がって青ざめた顔で引き留めようとします。
「ち、ちょっと待ってくれ、うちの街には変異種以外にも危険な魔物が多いんだ。調査に割けるような奴らは居ない。手を貸してくれ!」
「それはこの街の、このギルドの事情でしょう?私達には関係ないね。そもそも、森の奥地のランクの高い魔物ばかり倒して、変異種の調査に力を入れないのがいけないんでしょう?この街の冒険者の質が悪いのは、貴方達ギルドのせいよ?これを機に指導し直すんだね」
この街の冒険者と何かあったのでしょうか?セラさんの言葉の所々に棘があります。セラさんが話は終わりと言わんばかりに踵を帰して部屋の出口に向かいます。わたしも皆さんに連れていかれるように部屋から出ました。
「もしもトワちゃんが居なかったら、私以外は死んでいたかもしれないのに。Sランクの魔物を二体も討伐した私達に対していくらなんでも厚かましいと思わないのかな」
部屋から出ると、セラさんが口を尖らせながら不満を言います。他の皆さんもうんうんと頷きます。
「全くですよ。報酬も特別手当が無かったですし、そのくせ調査を追加依頼なんかして、私達を便利屋か何かと勘違いしてるのでは無いですか?」
「ギルドマスター直々の依頼ならば、若い女冒険者だったら素直に言うことを聞くと思ったのだろうな。フリーのAランクパーティーをなめるなという話さ」
「ふふ。まあ、もう私達には関係ないのだから良いじゃない。このまま何も変わらなければ、そのうちこの街が地図から消えるだけよ」
「・・・ところで、ドアの前でそんな話をしていたら、全て中に聞こえますけど?」
わたしが指摘すると、全員が悪い顔をしながらわたしを見て微笑みます。なるほど、確信犯ですか。
無事に(?)報告を終えたわたし達は、そのままギルドを後にしました。
後で聞いた話ですが、ヘルズガルドの冒険者ギルドはフリーの冒険者に危険な依頼ばかりを斡旋すると噂が広がり、フリーの冒険者のほとんどが街を早々に出ていってしまい、深刻な冒険者不足に陥ったそうです。
他の街のギルドに頭を下げて冒険者を派遣してもらったみたいで難を逃れたそうですが、ギルドマスターの評価は地まで落ちたそうで、解任の話も出ているとか。
わたし達がその話を聞いた時にはすでにヘルズガルドを出て他の街にいましたので、わたし以外の四人はその話を聞いてざまあみろと爆笑してましたね。
わたしはそんな四人を見上げながら、今度から出来るだけ怒らせないようにしよう。と決意していました。




